空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

あの頃の君の物語

リアクション公開中!

あの頃の君の物語
あの頃の君の物語 あの頃の君の物語 あの頃の君の物語 あの頃の君の物語

リアクション



双子の弟〜水神 樹〜

 水神家は独自の武術を継承している家である。
 その家に双子の子供が生まれた。
 水神 樹(みなかみ・いつき)水神 誠(みなかみ・まこと)の姉弟である。
 2人は仲の良い姉弟だった。
 泣き虫の姉・樹は近所の悪ガキにいじめられたり、普通の人間には見えないモノが見えてしまい、それに怯えてよく泣いていた。
 そんな悪ガキから姉を守り、見えないモノに怯える姉を抱きしめたのが、弟の誠だった。
 2人はこの世に生を受けた時からずっと寄り添い合って生きてきて、その時間はずっと続くものだと思っていた。
 そう、あの日までは……。


「終わった〜!」
 武術の訓練が終わったら2人は、麦茶を飲んでくつろいでいた。
 今日はいつも遊んでる幼なじみや、他の姉弟たちはいない。
「これから洞窟に行ってみようか」
「うん!」
 家のそばにある山の洞窟は2人だけの秘密の遊び場。
 2年前、6歳の時に2人でその洞窟で紫色の石を見つけ、2人はそれでお揃いのペンダントを作った。
 今も2人の胸にそのペンダントが光っている。
 2人の秘密の洞窟の奥には小さなお社があった。
「今だと、このお花だね」
「そうだね」
 春に咲く白いお花を摘み、2人はお社に向かうことにした。
 ところが、その途中で誠が別行動をすると言いだした。
「ちょっと寄るところがあるから、先に行ってて」
「うん」
 樹は笑顔で手を振り、誠を見送った。


 誠が取りに行ったもの。
 それは春に咲く赤い花だった。
 偶然、その花を見つけた時、誠はその花が姉の樹の瞳の色に似ていると思った。
 もうすぐ、自分と姉の誕生日。
 可愛いものが好きな姉はこのかわいらしい赤い花を喜んでくれるかも知れない。
 そう思いながら、誠は赤い花を摘んだ。
 白い花はお社に、赤い花は大切な姉に。
 優しい思いで花を摘む誠の影に、見知らぬ大きな影がいくつも重なった。
 誠は後ろを振り向こうとしたが、その前に口を塞がれた。
「ん、ん……」
 抵抗をする前に、誠は眠らされた。
 幼い頃から武術の訓練に励んでいた誠だが、複数の大人相手では為す術もなかった。
 しかも、この大人たちが普通の大人たちでなかったことを、少し後に誠は思い知ることになる。


「来ないな〜、誠」
 洞窟にあるお社に着いた樹は、白い花をお供えして、誠を待った。
「そういえば、どこに寄ってるんだろう?」
 寄る場所も聞かずに別れてしまったことを、今さら気付く。
 きっともう少したら来るだろう。
 そう思って誠を待つことにした樹だったが、いつまで経っても弟は来なかった。
「……家に帰ってるのかな」
 不安を感じながら、樹は家へ急いだ。
 約束は絶対守る弟だ。
 黙って来ないわけはない。
 何か予想外の事態が起きたのだ。
 樹は震える気持ちを抑えながら、家へと向かった。


 誠は家にいなかった。
 道場を探しても居間を探しても部屋を探しても弟の姿はなかった。
 それからは大騒ぎとなった。
 家族が警察に連絡し、幼なじみや近所の人も協力して、誠の捜索が始まった。
 家の周囲から、樹が入った洞窟、どこかに流れたのかと川の探索までされた。
 しかし、どこにも誠の姿はなかった。


「……誠」
 不安を抱えた樹は無意識に手を探した。
 怖い時に自分の手を握ってくれる優しい手。
 でも、その手はなかった。
 いつも近くに感じていた弟の気配。
 それが、どこにもない。
 自分を受け止めてくれる手は、もうここにはない。
 ボロボロと樹の目から涙がこぼれていた。
 どうして私はあの時、別行動など取ってしまったのだろう。
 誠が寄るところがあるならば、一緒に行けば良かったのに。
 どこに行くのか聞けば良かったのに。
 先に行っててと言われて、自分だけが先にお社に行かなければ良かったのに。
 ボロボロ泣く樹を見て、母は樹を慰めた。
「泣かないで、樹のせいじゃないのよ」
 その言葉に樹は首を振った。
「私はお姉ちゃんなのに……お姉ちゃんなのに……」
 どこからこれほど涙が溢れてくるのか分からないほど、樹の目から涙が落ちてきた。
「お姉ちゃんなのに、誠を助けに行けない。ううん、あの時、私がいれば誠はいなくならなかったかもしれないのに。私が一瞬でも気をつけていれば……」
 それからは言葉にならなくなり、樹はわんわんと泣いた。
 生まれた時からずっと一緒で、これからもずっと一緒だと思っていた弟。
 それがほんの一瞬の気の緩みと一回のちょっとした判断間違えで失ってしまうものだと樹は知った。
 誰も樹を責めなかったけれど、樹は悲しくて辛くて、その日は泣き続けた。


 あの日ほど樹が泣いた日はない。
 樹はそれからほとんど泣かなくなった。
 弟を守れなかった戒めであるように。


 樹の胸には誠とお揃いの紫石のペンダントがあった。
 捜索が続く中、誠自身も、手がかりになりそうなお揃いのペンダントも見つからなかった。
 だが、見つからないからこそ、樹は希望を持った。
「いつかまた、会える……」
 紫石のペンダントが誠がまだ生きていることを教えてくれる気がした。


 一方、誠はある組織に誘拐されていた。
 姉とお揃いのペンダントを心の支えに、生き続け、17歳の時に手術を受けて、強化人間となる。
 組織から脱出して、パラミタに渡り、誠と樹が再会するのは、あの時別れてから、11年後のこととなる。