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リアクション
ザンスカールを出立し、広がる森を車で走る。
早朝に出たため、パラミタ内海には午前中のうちに到着することができた。
ここで待ち合わせをしているのは、ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)とデイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)の二人だ。
ハルディアの提案で、夏と言えば海ということで、ここで合流することになったのだ。
頃合いはちょうど海水浴のシーズンで、海辺には海の家が建ち並んでいる。車を停めると、そこの一つで、レモとカールハインツはそれぞれハーフパンツの水着と、長袖のパーカーに着替えていた。
「これが、海?」
海といえば雲海しか知らないレモにとって、一面に広がる海原は驚きの一言だった。知識としては知っていても、やはり直接見るのとは訳が違う。
「すごい、すごいね!!」
久しぶりに薔薇の学舎の生徒と会えたということもあり、レモは久しぶりにはしゃいだ声をあげた。
「社会の授業で習ったと思うけど、パラミタは浮遊大陸だから、海って言うとこの内海の事を言うんだ。地球の海と比べるとそこまで広くないように思えるんだけど、魚や様々な海洋生物…珍しい生き物や巨大な生物が沢山棲んでいるんだよ」
「そうなんだ!」
「と、いうわけで。その一つでもある、貝をとりにいこう」
ハルディアは微笑んで、レモの頭に麦わら帽子を乗せた。それと、冷たい麦茶がたっぷりと入った水筒も肩から下げさせる。
「ありがとう」
レモは素直に礼を言う。今回の旅行で初めて自分でも知ったことなのだが、レモはどうも、あまり強すぎる直射日光は苦手のようだ。本に日焼けは大敵だからか、あるいは、霧に閉ざされたタシガン以外の場所に慣れていないせいだろう。なので、麦わら帽子は、ひどくレモにとってありがたかった。
「今なら時間もちょうど良いしね。行こう」
「ね、ディビットさんは貝とったことあるの?」
「いや。オレも初めてだ。貝、いっぱい獲ろうな!」
「うん。負けないからね!」
明るいディビットの声に、レモも元気よく答える。その背中を見守りつつ、カールハインツは無言だった。
潮干狩りの場所は、海水浴場から歩いて少し離れた干潟だ。ぬかるんだ砂地をサンダルで歩くと、くるぶしのあたりで透明な海水がぴちゃぴちゃと跳ねた。
「冷たいね。気持ち良いな」
「はい、これ。熊手って言うんだよ」
ハルディアに手渡されたのは、先が丸くなっている子供用のものだ。とはいえ、砂を掘るだけなのだから、これで十分だろう。それと、とれた貝を入れるための網だ。
「ここに、貝がいるの?」
「そう。掘ってごらん」
「ハル、ここらへんでいいのか?」
ディビットも身をかがめ、レモの隣で同じようにハルディアに尋ねる。なんだか、年の離れた兄弟のような図で、ハルディアはふふっと笑ってしまった。
ハルディアの指導で、二人は早速砂地を掘り返す。するとすぐに、いくつかの貝が見つかった。
「これはシジミで、こっちはアサリだね。これはまだちょっと小さめだけど、ハマグリ」
「食べられるの?」
「ああ。美味しいよ」
「そうなんだぁ……ハルディアさんは、なんでも知ってて、すごいな」
「時々吃驚するくらい大きな貝が出てくるみたいだけど、見付かるかな?」
その言葉に、レモはさらに一生懸命砂を掘り返しはじめる。頬を紅潮させ、真剣な眼差しはきらきらとしていた。
(よかったな)
こんな子供らしい一面、レモは日頃、なかなか見せようとはしない。なるべく邪魔にならず、なるべく早くオトナになろうと、そんな努力ばかりしているように思える。
だから、今回の旅行の計画を聞いたとき、ハルディアはここを選んだ。たまには思いっきり、子供としてはしゃがせてあげたかったのだ。
「わ、……あははははっ!!」
足下をとられ、ひっくり返ったレモが、全身をびしょ濡れにさせながらも笑い声をあげる。その手をとって起こしてやりながら、ハルディアは満足げに微笑んだ。
「あれ? カールハインツは?」
そのうち、姿が見えないことに気づいたディビットが、きょろきょろとあたりを見回す。
「少し休んでるって」
「ああ、そうなのか」
見ればたしかに、海辺のビーチパラソルの下で、デッキチェアを広げてカールハインツは昼寝をしているようだ。
「ちょっと、声をかけてくるよ」
「はーい!」
ディビットはそう言うと、一端その場を離れた。二人とも、もうコツはのみこんだようだし、問題はないだろう。
「あ、見て見て! これ、大きいよ」
二人きりになって、レモは大きなハマグリを見つけると、得意げにディビットに差し出した。
「これ、ハルディアさんにあげたら喜んでくれるかな?」
「そりゃあ、もちろん」
じゃあ、そうするね! と笑顔を浮かべるレモに、ディビットは微かに痛いように顔をしかめる。
「ディビットさん?」
「なあレモ…海って大きいな。空も青くて、広くて……それに比べたら、オレ達ってなんてちっぽけなんだろう」
それはずっと、ディビットがレモに伝えたいと思っていたことだった。不器用ながら、訥々と言葉を選びつつ、ディビットは話し続ける。
「オレもさ、なかなか背も伸びないし思うように強くなれないし…上手く言えないけど、一見凄く充実してる人でも皆そうやって抱えてるものがあるんだと思う」
「そう、かな。……そうなんだよね」
「でも、だからって、お前が悩んだり引っ掛かってる事は当たり前にしたくないよ」
ディビットの青い瞳のなかに、レモの姿がまっすぐに映っていた。
「そ、それにさ。まだ生えてないからってクヨクヨするなよ!学校には色んな種族がいるからそういう奴もいるよ。着替えとか風呂とかはさ、分かってる奴とだけにすれば良いし、なんか因縁付けて触る奴とか苛めてくる奴がいたら言えよ。オレがぶっ飛ばしてやるから!」
「…………」
ディビットの勢いに、レモは目を丸くし、それからぷっと吹き出した。
「ありがとう。すごく、頼りにするね」
「おう、任せとけよ!」
「うん。……あー、気持ち良いなぁ……」
ざぶん、とそのままレモは浅瀬に寝転がる。肌にあたる波の感触は、ゆらゆらと揺れるようで。空は広くて、どこまでも自由になれるようで。
「……僕、ここに来られてよかった。ありがとう」
瞳を閉じて、レモはぽつりとそう口にした。
心から楽しくて、声をあげて笑ったのは、なんだか久しぶりだ。
……閉じた瞼の下から、一筋涙がこぼれたことは、飛沫とまざって気づかれなければ良いとレモは思った。
それから、さらに岩場でカニやイソギンチャクを見つけたり、少し泳いだりした。
捕まえた貝や魚(いつの間にかカールハインツは釣りをしていたらしい)で、豪勢なバーベキューに舌鼓をうつと、一休みをし、カールハインツとレモは再び旅路へと戻った。
次の目的地は、ヴァイシャリーだ。
ジャタの森を車で抜け、そこからは、船の旅だ。
「女の子だけなんだよね? 百合園女学院は」
「そうだな。まぁ、うちの対極といえばそうだぜ」
「……どんな感じなんだろうね?」
常日頃男性しか身の回りにいないレモには、想像もつかないらしい。だが、女性の相手が苦手のカールハインツとしては、あまり乗り気ではない様子だ。
「ま、案内を名乗り出てくれた奴がいるからな。大丈夫だろ」
そう答えながら、助手席のレモをちらりと見やると、いつの間にかレモは眠ってしまっていた。海ではしゃいで、疲れたのだろう。
やれやれとため息をついて、カールハインツは暗くなる森の中を走り続けた。
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