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第2章 目的地は、空京ミスド

 『遊びに来たぜ!』 と電話があったのは、本日、数時間前のことだった。
 久々に休暇が取れたらしいが遊びに行く、ではなく、遊びに来た。何という事後報告。まあ、気まぐれはいつものことだが。
「いきなり過ぎるだろう……」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)フレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)を連れ、突然連絡してきたヨハン・ブラウナーを迎える為に空京の街を訪れていた。
 ヨハンは、真司の元同僚だ。7歳上の彼は兄貴分的な存在で、ヴェルリアも妹のように可愛がられている。ヴェルリアも、彼を慕っていた。
「どうして私まで来なくちゃいけないのよ……」
 その中で、フレリアは少しばかり不機嫌そうだった。ヴェルリアに『フレリアお姉ちゃんも一緒に行きましょう』と言われて仕方なく同行したが、彼女は別に、ヨハンと面識があるわけではない。
「ヴェルリア、ちゃんとついてきてる? ……ヴェルリア?」
 そこで、フレリアは足を止めた。変わらず歩いていく真司の袖をがしっと掴む。丸くなった目で、来た道から向かってくる人々の顔をざっと見る。
「? どうした、フレリア」
「ヴェルリアがいないわ」
「……え?」
 真司も立ち止まり、フレリアと同じように周囲を確認する。姿が見えないと分かると、彼はまず精神感応を使ってみた。ヴェルリアの声が聞こえてくる。

「え〜っと、ここはどこでしょう?」
 その少し前、すっかり迷ってしまったヴェルリアは、きょろきょろとしながらあさっての方角に向けて歩いていた。見覚えがない場所だが引き返そうとはせず、そのまま前へ前へと進んでいる。のんびりしている……ように見えるが、慌てていないわけではない。
「確か、真司とフレリアお姉ちゃんと一緒にヨハンを迎えに行ってたはずなのですが……と、とりあえず、コッチの道に行ってみましょう」
 見知らぬ道から見知らぬ道へ、彼女は移り歩いていく。
『迷子か? ヴェルリア』
 真司からのテレパシーが聞こえてきたのは、その時だった。第一声が『迷子』である。その声に迷いはなく、確信が感じられる。それもその筈、ヴェルリアは極度の方向音痴なのだ。知っている場所でも約6割、初めての場所だとほぼ確実に迷子になる。
『あ、真司、ここはどこなのでしょう……?』
『それはこっちが聞きたいんだが……今、どこにいるんだ?』
『“今”ですか? そうですね……』
 ヴェルリアは目に付いた大きめの看板に書いてあった文字を読み、迎えに来てくださいと頼んだ。これからそっちに行くと言ったきり、真司の声はしなくなる。
「…………」
 そして、彼女は看板をしばし眺めるとそれを置き去りにしてまた歩き出す。人波に乗って、移動していく。目印からどんどん、離れていく。
 迎えに来て、と頼んだ筈だが――

「案の定というか何というか……」
 精神感応を終えた真司は、頭痛を感じたように軽く、頭を押さえた。
「居場所、分かったの?」
「そんなに遠くじゃないみたいだ。これ以上遠くに行かれる前にヴェルリアを回収してくる。悪いが、フレリアは先にヨハンの所に行って、事情を説明しておいてくれ」
 そう言って真司は方向転換した。素晴らしく行き先とは違う位置にいた事に、自然と1つ息を吐いた。後ろから、明らかに慌てた声が追ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、私1人で行くの?」
「携帯のナビに従っていけば迷わないだろ?」
「えーー……? ……分かったわよ」
 振り返って答えると、フレリアは少し自信の無さそうな顔になってから渋々と頷いた。改めて、真司はヴェルリアの伝えてきた場所を目指す。
「まったく、一体いつの間にはぐれるんだか……」
 気をつけているのだが、まこと、不思議な現象である。

「もう……どうしろっていうのよ」
 1人になったフレリアは、携帯画面とにらめっこしながら待ち合わせ場所へ向かい始める。割と有名な『空京ミスド』の近くだが、油断はならない。何を隠そうフレリアも、立派な方向音痴だったからだ。クローンであるだけに容姿も瓜二つだが、ヴェルリアと違うところは――
 やはり、しっかりしているところだろうか。
「……ふう、着いたわ」
 ドーナツの大きな看板が見えてきて、フレリアは携帯を鞄に仕舞った。手近にあった電灯の前に立ち、街の風景や通行人を見るともなく、眺める。半ば無理やりに連れられた挙句にこんな事になるなんて、さすがに予想外だった。
 程なくして、焦茶色の髪をポニーテールにした男が近寄ってきた。「おまたせ〜」とか言って、やけに明るい笑顔を浮かべている。背が高く顔も悪くないが、それがフレリアには、お調子者のナンパ男に見えた。
「アンタ誰?」
 さっさと追い払おうと、ナンパ男を一蹴する。すると、男はきょとんと目を瞬かせた。
「え? 誰って? ……またまた〜、年上をからかうもんじゃないぜ? ヴェルリアちゃん」
「私はフレリアよ。って……ヴェルリア? もしかして、あんたがヨハン?」
「ん? ヴェルリアちゃんじゃない? でも今、俺の名前……やっぱりヴェル……」
「フ レ リ ア よ!」
 埒が明かなそうだったので、強制的にヨハンの言葉をぶち切って事情を説明する。ヴェルリアが迷子になって真司が迎えに言って……だからどっきりじゃないっつの! という感じで、一番苦労したのは別人だと理解させることだった。
「そうかあー。フレリアちゃんかあ、よろしくな! そういや、雰囲気違うもんな〜!」
 何とか信じたヨハンは、陽気に笑ってフレリアを見る。不機嫌そうな表情が、ヴェルリアと違ってまた可愛い。せっかく知り合えたのだし、何か親睦を……と考えて、ヨハンは思いついた。
「んじゃあ、間違えたお詫びにドーナツ奢るから許してほしいなー、とか」
「ドーナツですって? そんな、ヴェルリアじゃあるまいし、そんな事で許すと……」
「好きなだけ頼んでいいぜ? どうだ?」
「好きなだけ? …………。……まぁ、今回は初対面だし……。許してあげてもいいわ」
 妥協を示すようにそっぽを向くが、実はそこまで怒っているわけではなく。
 私も最初間違えたし、と内心で付け加え、少し照れたように頬を赤らめ、フレリアは言った。
(それにしても、真司……まだヴェルリアを捕まえられないのかしら)

「また居ない、だと……!?」
 精神感応で現在地を聞き、迎えに行くこと幾数度。待っているように伝えたはずなのだが、ヴェルリアの姿は、やはり無い。
 愕然としてその場に立ち尽くし、また精神感応を使う。合流出来たら、今度こそはぐれないように気をつけて空京ミスドに向かうつもりなのだがそれが何だか、彼には遠い未来に思えた。
 何とか捕まえよう、と急いでいるせいだろうか。肌寒くなりはじめたこの季節、上着を重ねた体が汗ばむ。
『ヴェルリア、今、どこにいるんだ?』
『私は“今”は……真司はどこですか?』

 真司から居場所を聞いて、ヴェルリアはそこへ行こうと歩き出す。
 季節は秋と冬の真ん中で、羽織ってきたコートの前を合わせて。今度は合流できたらいいな、とのんびりと思う。そうしたら、フレリアお姉ちゃんとヨハンさんが待っている筈の空京ミスドに向かうつもりだ。
 そうだ、知っていそうな人に聞いてみよう。
「すいません。道に迷ってしまったのですが……」