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薔薇色メリークリスマス!

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薔薇色メリークリスマス!
薔薇色メリークリスマス! 薔薇色メリークリスマス!

リアクション

5.


 賑やかさを増すパーティ会場とは裏腹に、薔薇園は静けさに包まれている。
 ただそれは、寂しげなものではなく、穏やかに満ちた静寂だ。
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は上着を手に、きょろきょろとあたりを見回す。先ほどまで室内にいたはずの早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、いつの間にかその姿を消していたからだ。
(えっとこれは……いつものパターンかな……。具合が悪い訳じゃ、ないよね)
 そのうち、ようやく視界に呼雪の姿を捕らえ、ヘルは足を止めた。
「…………」
 呼雪は、目を閉じ、闇夜に浮かび上がるようにして咲き誇る薔薇の花弁にそっと頬を寄せていた。
 言葉ではなく、心を通わせる。その一輪の薔薇が、薔薇の木へと連なり、そして大地へと続くように。呼雪の心もまた、この世界全体へとつながっていく。
 それは、見る人の胸を打つような、美しい光景だった。
 おそらく、ヘルが探しているも、呼雪は感じとっていたのだろう。けれども、彼のほうから近づいてくるまで、呼雪はじっと動かずにいた。
 ……ヘルならば、きっと見つけてくれる。そして、見つけてほしかったから。
「呼雪」
 ヘルがそっと背後から近づき、ジャケットを肩にかけながら、長い両腕で呼雪を抱き締める。
「もー、いくら他のところより寒くないっていっても、夜は冷えるでしょ?
風邪ひいちゃうよっ」
「これくらいなら、俺は大丈夫だって」
 呼雪は寒さに強いので、実際なんということはないのだが、ヘルが寒がり過ぎるが故に心配なのだろう。
「それより、お前まで中座させて悪かったな。折角のパーティーなのに…」
「呼雪と一緒が良いのー」
 ヘルははっきりとそう言い切る。
 その迷いのなさが、呼雪には少し眩しく、愛しい。
 口にはださないが、呼雪の心の底には、ふとしたときに現れる孤独感や空虚さが潜んでいる。それを、ヘルは明るく振る舞いつつも、感じ取っていてくれるのだろう。
 だからこそこうして、いつでも一番に、側にいてくれる。
(お前がいてくれるなら、俺は……)
 そう、呼雪が思ったときだった。
「二人っきりなんだし、膝枕してー」
 傍らのベンチを指さすと、さっそくヘルは寝そべって呼雪を待っている。
「…………」
 甘えたリクエストに、呼雪はしばし無言で悩んだ。
 躊躇いはあるが、まぁ、人目にはつきにくい場所だから……と、結局呼雪もベンチに座り、ヘルの頭を乗せてやった。
 ふふっと、ヘルが嬉しそうに笑う。
「呼雪」
 とても大切そうに、幸せそうに、ヘルは呼雪の名前を呼ぶ。
 その声も、柔らかい金髪を撫でる時の感触も。
 傍にいてくれると、ほっと、暖かい気持ちになる。
 ヘルの指が、髪を撫でていた呼雪の指に絡む。どちらからともなく微笑みあい、軽くじゃれあった。
「もうちょっとしたら戻ろうね」
 ヘルの言葉に、呼雪は小さく頷いた。

 聖なる夜に光る星と、静かに咲き誇る薔薇。
 寄り添うその光景を、月は静かに見下ろしている――。



「ごめん、待たせちゃったねぇ」
「ううん、大丈夫です」
 ようやく調理場から離れることができた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、薔薇園で待っていた佐々木 樹(ささき・いつき)の元に一目散にやってくる。
 弥十郎の手には、樹の好きな和菓子と暖かい紅茶、寒さ対策のためのブランケットが携えられている。それらをさっそく広げ、ささやかな聖夜のピクニックが始まった。
 カップに注いだ紅茶から、暖かな湯気があがる。両手でそれを包むようにしながら、瞳はつねにお互いだけを見ていた。
「覚えてる?この白薔薇」
「ええ」
 もちろんです、と樹は頷いた。
 出会ったのは三年前の夏。つきあい始めたのは、その年の秋で、この薔薇の学舎の庭園だった。
『花になれるなら薔薇ではなく蘭になりたいな。蘭の咲く傍らには樹がいつもあるからね』
 それが、弥十郎の告白だった。
「今考えると、必死だったんだろうなぁ。あの頃は樹もかなり緊張していたよねぇ」
 照れくさそうに、弥十郎は笑う。
 今もです、と心の中で樹は囁く。
 あのときだって、いつだって。赤面するような、嬉しくてたまらなくなるような思い出ばかりで。弥十郎といると、ドキドキさせられっぱなしだ。
 弥十郎の手製の和菓子は、すのーまん。葡萄と生クリームを牛皮で包み、雪だるまのように細工したものだ。
「可愛くて、食べるのがもったいないですね」
「ありがとう。でも、樹に食べてほしくて作ったからねぇ。遠慮しないで? ……はい」
 そう言うと、弥十郎は可愛らしい和菓子を樹の口元に運んだ。あーんして、ということらしい。
「弥十郎さん……」
 樹は恥ずかしがりつつも、目を伏せて、小さな唇を開く。手をそえて落ちないようにしつつ、弥十郎は甘い気持ちで彼女にお菓子を食べさせた。もちろん、樹も同じようにしたのは言うまでもない。
 ただでさえ美味なのは確実な弥十郎のお菓子だけれども、こうしてお互いに食べさせあうと、よりいっそう甘くになるようだ。
 お茶を終えてから、ブランケットを肩にかけたまま、二人はゆっくりと薔薇園の中を歩き出した。
 きらきらとイルミネーションが輝き、薔薇をよりあでやかに彩っている。
 久しぶりということもあり、話すことは尽きない。
 そうしているうちに、ふと、小径の脇にヤドリギのクリスマス飾りを樹は見つけた。たしか、あの下では、キスをしてもいいという話があったはずだ。
(……思い切って私からしようかな。だいたいいつもキスは弥十郎さんからだし……)
「樹?」
「あの、弥十郎さん……」
 ヤドリギの飾りの下で立ち止まり、樹は弥十郎の左手をとる。そして、勇気を出して、彼の薬指にしとやかに口づけた。
「え……」
 驚く弥十郎の瞳をじっと見つめ、樹は素直な想いを口にする。
「弥十郎さん。私、あなたの手が好きです。優しくてあたたかくて、色々なものを生み出すこの手が、好きです」
 一端言葉をきって、樹は弥十郎の手を大切そうに両手で包み込んだ。
「そんなあなたの手に触れられると、とてもドキドキします。そして、この手を持つあなたのことを、心の底から、愛しています」
 あの日と同じ薔薇園で、あの日と変わらない……いや、もっとずっと、深くなった想い。
 それを、伝えたくて。
「私の、蘭の君…。メリークリスマス」
 そっと、樹の唇が、弥十郎のそれに触れた。
「……メリークリスマス。ワタシの、大切な樹」
 喜びと驚きに打たれつつも、弥十郎もそう答え、それから「ワンモア」と笑った。
「え?」
 頬を染めた樹の両耳を優しく手のひらで塞ぎ、彼女の意識が他にそれないようにしながら、しっとりと唇を重ねる。
 柔らかな感触を楽しみ、秘めやかなその奥までも絡めあう。
 樹の心臓はもう、壊れそうだ。
 ときめきと、愛しさで、息が詰まる。いつまでも枯れることなく溢れ続けて、いつか、本当に息が止まってしまうんじゃないかと思うほどに。
「……ん、……」
 ようやく唇を離すと、弥十郎は舌をだして「久しぶりに会ったからつい」とおどけて笑って。
「それとも、ここがいい?」
 尋ねられ、樹は首筋までも赤く染め、消え入りそうな声で答えた。
「……誰かに見られるかもしれないから、できたら別のところが…」
「じゃ、続きは家でやろうっか」
 額におまけのキスを落として、弥十郎は樹の手をとった。

 その後のことは、夫婦だけの秘密だ。