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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第13章


「最後にいい夢見られたかよ!?」
 メアリー・ノイジーの裏人格『グレゴリー』の嘲笑が響く。
 姉妹機である相田 美空の呼びかけに応じて記憶を取り戻したはずのメアリー。しかしそれは、美空や相田 なぶらを油断させるためのグレゴリーの演技だったのだ。

 全てはこの瞬間のため。
 はるか昔にしとめ損ねた死に損ないを確実に始末する。油断させて抱きついてきたところを背後から非物質化で隠しておいた六連ミサイルポッドを全弾叩き込む。
 それによって今度こそ徹底的に破壊できる。
 今度こそこの死に損ないのヘッドパーツも残らないほど粉々にして、この世から消してしまえる。
 そう、今度こそ『彼』は呪縛から解き放たれ、自由を手に入れる――。


 筈だった。


「……どうやら間に合ったようだな」
 銃口から立ち上る硝煙。
 そこにいたのは、楪 什士郎だった。
 酒人立 真衣兎のパートナーである彼は、燃え盛るパーティ会場から地下へと侵入し、美空とメアリーの下へと急いでいた。
 結果、事態が収束に向かうと思って油断していたなぶらよりも早く、グレゴリーのミサイルポッドを破壊することができたのだ。
 場所はすぐに分かった。彼だけが美空とメアリーの居場所を本能的に突き止めることができただろう。
 何故なら――。

「……その、ヘッドパーツ」

 美空は驚愕の声を上げた。
 自分の背後でミサイルポッドが爆発した衝撃よりも、その爆発を引き起こした男に驚いている。

「……さあな、何のことだか」

 什士郎は美空の声を無視して、銃口をグレゴリーに向けた。
「……ちッ!! 邪魔しやがって、どこのどいつだ!!」
 グレゴリーは作戦の失敗を悟り、その場から逃走を開始する。
「さぁな、少なくとも今の俺にとっては何の関係もない――赤の他人さ」
 その背中に向けて狙いをつける什士郎。だが。
「待って!!」
 その手に美空が抱きついて、銃弾の発射を阻止した。
「邪魔だ!」
「待ってください、あの娘は大事な妹なんです!! 撃たないで!!」
 二人がもみ合っている間に、グレゴリーの姿は見えなくなってしまった。

「――分かった、もう撃たない。離せ」

 狙うべき対象が消えたことを確認した後、軽いため息と共に什士郎が呟いた。
「あ……」
 その言葉に美空はずっと什士郎の腕を押さえていたことに気付き、ようやくその腕を離した。
「ご、ごめんなさい」
「……大事な妹、か。その妹に殺され――破壊されかけていたのに、か?」
「……はい」

 一言だけ返して、美空は黙ってしまった。
「まぁ、なんにせよ助かった。礼を言うよ」
 そこに、なぶらが声をかける。とりあえず美空の記憶の一部が戻り、妹の存在が分かっただけでも良しとしなければなるまい。
「いや、礼を言われるまでもない、ただの偶然だ……ただ、目の前で破壊されそうな機晶姫を黙って見過ごすわけにもいかないもんでね」
 そっぽを向いた什士郎。その横顔を、美空は見上げていた。

「……あの」

 美空が口を開く。聞こえているのかいないのか、什士郎は反応しない。
 美空とグレゴリー――メアリーを姉妹であると断定させた材料のひとつである特徴的なヘッドパーツ。
 什士郎の頭部にも、二人と同様のパーツが使用されていた。

 無論、ここまでたどり着いたのも偶然である筈もない。それはなぶらにも美空にも分かっていた。

「……」
 しかし、什士郎が自分の過去を語りたくないと思っているのは態度からも明白であるし、今この場でその論議をしている暇もないことは更に明らかだった。

「はいはい、そういうこと! とりあえず脱出するよ!!」

 什士郎と共に地下に来ていたパートナーの真衣兎は、パンパンと手を軽く叩いてやけに明るい声を出した。
「……そうだな、とりあえず今は」
 なぶらもそれに同意した。美空も姿をくらましたメアリーのことは気になっていたが、すぐにどうにかできる問題でないことも分かっていた。
 きゅっと、なぶらの手を取る。

「……よし、行こう美空。話したいことも聞きたいこともあるだろうけれど」
「……」
 美空は無言で頷いた。更に真衣兎が声を上げる。

「よし、いいね? このままだとこのビルは崩れるよ、瓦礫の下敷きになって永眠したいワケじゃないでしょ? おねーさんが脱出ルートは押さえてあるから、早く逃げるよ!! ほら、什士郎も!!」
「ああ――分かった」

 什士郎は、真衣兎が先導してなぶらと美空が脱出を始めるまで、メアリーが逃げていった方向を見つめていた。

「大切な妹……か」


 その先では、什士郎に美空の破壊を邪魔されて逃走したメアリー・ノイジー――グレゴリーが走っていた。

「はあっ、はあっ……!!」

 燃え盛るビルの中を、走る。

「何だって……言うんだ……、どうして邪魔ばかり……入るッ!!」
 苛立ち紛れに壁を叩いた。

「邪魔したあいつ……あのヘッドパーツ……」
 グレゴリーは思い出していた。製造されるとほぼ同時に自らの兵器としての存在に疑問を持ち、シリーズ名とそのナンバーを捨てた弟がいたことを。
「……ちっ……また厄介なのが……けれど、いいさ……また次だ……一体ずつ……あの時のように壊してやる……。
 そうだ、俺は自由だ……誰にも邪魔させるものか……まずは零号……姉さんから」

 そこで、ふと呟きが止まる。

「……姉さん。いや違う。そんな呼び方じゃない。あれは演技だ。あの殺しそこない……」

 ふと、足元に壊れた鏡の破片が映った。そこに映し出された、自分の顔。
「……!!」

 そこには、先ほど美空をレニ姉さんと呼んだ自分の顔が映っていた。懐かしさと愛おしさに溢れたような、慈愛に満ちた顔。
「……見てんじゃねぇよっ!!」
 グレゴリーはその破片を踏み潰して、ふらふらと通路の奥へ消えた。

「ちくしょう……俺は自由なんだ……誰にも……誰にも……」

 おぼつかない足取りで。

 逃れられない運命を呪いながら。