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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第19章


「幸輝の旦那との契約がここまでってなぁ……どういう意味だ」
 ビルの屋上で、大石 鍬次郎はパートナーである天神山 葛葉に尋ねた。

「そのままの意味です……そもそも、幸輝さんとは共同で研究をしていたワケですから、僕達の関係は対等……契約は存在しません。
 僕はこれから幸輝さんの研究を引き継ぎ……『運命改変』の研究を独自に始めようと思います」
 葛葉の思惑はすでに幸輝の存在を離れ、次の研究対象へと向いている。
 だがいくら契約はないと言われても、鍬次郎は納得することはできない。
 裏の仕事で生きる彼にとって契約は絶対であり、自ら破棄することは許されない。また、契約者によほどのよほどの落ち度がない限り、それを裏切ることもまた同様だ。
「おい葛葉、テメェ……裏切るのか?」
 顔を動かさず、葛葉の瞳だけが鍬次郎を見返す。
「裏切る……という表現は適切ではありませんね。仮に契約があったとしても、当初から想定された状況をあまりにも逸しています。
 これでは条件を再設定した上で契約を更新しなければいけません。
 だが、僕には契約を更新する意志がない、それだけです。もし契約を続行したいと思うなら、勝手にするといいでしょう。
 僕は僕の実験を行いたい。もうこの屋上には用はありませんよ」
 ギロリ、と葛葉の瞳が狂気を帯びた。
「――チッ」
 鍬次郎は葛葉の視線を逸らした。ただでさえ圧倒的な劣勢である今、少なくとも仲間割れしている場合ではない。
 自らの生命も危ぶまれるこの状況では、葛葉の意見を飲むしかった。

「まあそれに――」
 そんな鍬次郎の耳に、視線を戻した葛葉の言葉が届いた。
「自らの研究と能力の為に、仮に義理であっても、自分の娘という存在を次々と犠牲にするやり方は――」

 正直、相容れない。

 と、葛葉の表情が語っていた。


                    ☆


「ふん……こうまで劣勢の上、裏切り者まででる始末か……何とか状況を立て直したいところだけど……はてさて」


 松岡 徹雄はフレデリカ・ベレッタと対峙しながら呟いた。
「何をごちゃごちゃと……っ!! おとなしく投降しなさいっ!!」

 徹雄はフレデリカに狙いがつけられないように、霍乱しつつ動く。
 フレデリカは強力な魔力を持っているものの、それゆえに乱発はできず、徹雄のトリッキーな動きに翻弄されていた。

 そもそも、フレデリカの直情的な性格は、徹雄のような手段を選ばないタイプの人間の相手は向いていない。
 まともにぶつかれば戦闘力ではフレデリカの圧勝だ。だが、その実力差は戦っている徹雄自身がよく理解していた。

「……さてさて……」

 一瞬、徹雄の視線がフレデリカのパートナー、ルイーザ・レイシュタインに向けられた。

「ルイ姉!!」
 その視線の意味には、フレデリカもすぐに気付いた。
 直接戦闘には参加せずに『ハッピークローバー』社の情報の裏づけを取っていたルイーザ、一応の警戒はしているが、やはり戦闘の場においてはその隙が命取りにもなりうるものだ。

 徹雄の狙いはすぐに読めた。パートナーであるルイーザを攻撃し、その隙を狙ってフレデリカをも攻撃。
「そんな手に、引っかからないわよっ!!」
 すぐにルイーザを庇うように身体を翻すフリッカ。徹雄とルイーザの間に自分を挟んで防御すれば、少なくともその一撃は耐えられるはず。
 そして、今度はその隙を縫って反撃すれば終わりだ――フレデリカはそう読んだ。

 しかし。


「甘いねぇ」


「――!!」
 徹雄が次の瞬間放った攻撃は、フレデリカとルイーザそのどちらにも命中しなかった。
「……え?」
 敵の手元から一本の刃物が投擲されるのが、スローモーションのように見える。
「フリッカ!!」
 後ろでルイーザが叫んだ。
 分かっている。
 だがもう間に合わない。
 徹雄の狙いは始めからフレデリカでもルイーザでもなかった。
 ルイーザに視線を送ってフレデリカに妨害させた。あえて割って入る隙を作れば、直情タイプのお嬢様は間違いなく自分の手で大切な者を護りに来る。
 そうすることで、二人が直線状に並ぶ。屋上には、施設を照らすライトもある。二人はちょうど真上に浮かんだ月の下に入る。

 今夜は満月だ。

「――影っ!!」
 二人の声が上がると同時に、『影縫いのクナイ』が重なった二人の影に命中した。


「あああぁぁぁっ!!!」


 悲痛な叫びが徹雄の耳に届く。
 あえて二人を意識させることで影をひとつにまとめて、そこを影縫いのクナイの一撃で射抜いたのだ。
 このクナイが射抜いた影は、その持ち主にダメージを与える。
 もちろん、ここで生じた一拍の隙を見逃す徹雄ではない。

 フレデリカもルイーザもまだ動けない。次の一撃で勝負が決まるだろう。徹雄の片手に持った『さざれ石の短刀』が怪しく光った。

「お疲れさん……こっちは仕事中なんでね……邪魔しないでおくれ、お嬢さんがた」

 そして、一閃。
 ――まずはその短刀がフレデリカに突き刺さり、哀れな犠牲者を石像に変えてしまう――


 筈だった。


「――何のつもりだい?」


 突如、パーティ会場から駆け上がった人影が、フレデリカと徹雄との間に割って入り、短刀の一撃を防いだのだ。
 その男は、こちら側の人間のはずだった。四葉 幸輝に警備員として雇われ、事前の面通しで徹雄や竜造とも面識がある。
 研究施設まで入り込むつもりはなかったようだが、侵入者を防ぐ警備の仕事としては、今はむしろ徹雄に協力してフューチャーXを捕えなければならない立場にある筈である。


 その男の名は、ハイコド・ジーバルス。


「――何のつもり、だって?」
 徹雄の持つ短刀をカイザーナックルで防ぎ、そのままギリギリと拮抗を続けるハイコド。
 口の端にタバコのようなものを咥え、牙のように鋭い犬歯を剥き出しにしてニヤリと笑った。
 その瞳を真っ向から見返し、もう一度徹雄は問うた。

「そうとも、何のつもりかと聞いている。
 君の仕事は警備……研究施設やビルから怪しい者を排除するのがお仕事だろう?
 それなのに何故、明らかに雇い主に害意のある連中の味方をしているのかな?」

 徹雄の言葉を、ハイコドは軽い笑いひとつで蹴り飛ばした。
「はん、僕は人殺しの契約なんてしていないよ。
 割りのいい警備の仕事に釣られて来たけど、正直、ここまでヒドイとは思わなかったしね。
 そもそも最初の契約書に人殺しなんて書いてない……ああ、焼かずに取っとけば良かったか」
 その一言に、さらに徹雄の短刀に力がこもる。
「ふん、その程度かい。
 対象物を警護し、不審者を撃退する仕事でありながら殺人は嫌……実にご立派なことだねぇ。
 情に流されて仕事を破棄する仕事人など、三流と格付けすることすら許されない存在さ」
 だが、当のハイコドはどこ吹く風、その攻撃をいなして軽やかな回し蹴りを一閃、徹雄を遠ざけた。

「ははっ、格付けだろうがなんだろうが好きにすればいいよ――僕の価値は僕だけが決めるさ。
 正直、あのフューチャーXが正しいのかどうかも判断できないけど、恋歌さんとえーっと……アニーさんだっけ?
 あの爺さんが二人を助けようと頑張っているということだけは分かる。
 ……それならば、逆に契約なんかに囚われて大事なことを見失うことのほうがよっぽど愚かさ……そう思わないかい?」
「悪いなぁ、こちらもプロなもんでねぇ。それが仮に人道に反していようとも、依頼者の意向には従うのが筋ってもんさ。
 いかなる事情があろうとも、ね。
 そもそも、あのフューチャーXという得体の知れない爺さんが、どうしてあの二人のために動いていると信じられるんだい?
 単に研究を横取りして私腹を肥やそうとしているだけかもしれないじゃないか?」

「ふん……どうしてだって? ……簡単だよ」
 ハイコドは、口の端に咥えていたタバコのようなもののフィルターを噛みちぎった。
「?」
 その途端、ハイコドの口元からもくもくと煙が立ち上る。
 タバコなのだから、火をつければ煙が出るのは当然――いや違う。
 咥えていたのは、ハイコド特製の紙巻タバコ型煙幕発生装置、スモーク・シガレット(S・C)であった。
 ハイコドが息を吹き込むと、S・Cから湧き出た煙幕がすぐにハイコドやフレデリカたちの姿を覆い隠していく。


「――狼の勘、さ」


 周囲をすっかり覆い隠した煙幕の向こうで、ハイコドの言葉の徹雄の耳に響いた。