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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第20章


「ああん?、何だこりゃあっ!?」
 視界を徐々に塞ぎ始めた煙幕に、白津 竜造は苛立ちの声を挙げた。
「……煙幕か、どれ、この隙に……」
 竜造と対峙していたフューチャーXは、これ幸いとばかりに煙幕の中に身を隠した。
 そもそもアニーが入ったカプセルを護ることが目的の彼にとって、竜造との戦いは本意ではない。

「待ちやがれこのジジぃ! テメェさっきから本気で戦ってねぇだろうがっ!!」
 殺気しか感じられない竜造の怒号。フューチャーXはそれを受けることなく、煙幕の中に身を投じた。
「当然だ。
 儂の目的はアニーの救出、お前さんのようなのとジャレついてる暇はない……少なくとも、そうまでブチ切れてる間はまともな勝負にもなるまいよ」

 フューチャーXの気配が遠ざかっていく。
 その時、やや遠くからパートナーの松岡 徹雄の声が響いた。

「煙幕だ!! 一度引いて体勢を立て直すぞ!!」

 その言葉は竜造の耳にも届いている。
 いや、言われるまでもなく、今ここに留まることは分かっていた。
 ただでさえ多勢に無勢、たらにこの混乱に乗じて四葉 恋歌に、ひいてはフューチャーXに味方するコントラクターはまだ集まるだろう。
 比べて、こちらの戦力はあまりにも少ない。一人ひとりの戦力としては申し分ないが、相手の数があまりにも多すぎるのだ。
 竜造の目的はひたるら強い相手と戦いあい、殺しあうことにある。
 個人としては契約やアニーの奪還などはおまけみたいなものだ。
 とすれば、ここは一度引いて立て直すほうが得策なのは明らかだ。何しろ、いまここではまとも戦える状態ではないし、そもそもフューチャーXにまともに戦う気がないのだから。

 しかし。


「――ふざっけん、なーーー!!!」


 竜造は怒りのあまりに、手に持ったブールダルギルを振りかざした。
 ほぼ無意識、不思議な感覚だった。何故こんなにも怒っているのか、もやは何に対して怒っているのかも分からないまま、竜造は感情をはけ口を探した。

 その対象はやはり、フューチャーX以外にありえない。

「未来からやって来ただぁ?
 過去を変えてあのカプセルの小娘を救うだぁ?
 ふざけんじゃねぇ、何があろうと死ぬ奴は死ぬ!
 それがそいつの運命なんだよ! 仮に変えられるからって、好き勝手されてたまるかってんだ!!」

 竜造の人生は、戦いの人生だった。
 強者と戦い、高め合うその行為は、本気で戦うが故に殺し合いにまで発展し、竜造もまたその殺し合いのための強さを求める修羅の道へその命を投じてきた。
 その中で竜造は生き残る強さを得、また戦いに勝つためには自らの肉体を道具としてまで、戦いに戦い抜いた。

 もちろん、幾多の相手を殺して来た。
 人間もそうでないものも、数限りなく殺し、憎まれてきた。一歩間違えばこちらが殺される状況の中で、竜造は初めて喜びと命を実感し、また次の戦いへと明け暮れる日々だった。

 その全てが、フューチャーXの言葉で揺らぎを見せた。

 人生とは選択の連続だ。

 ひとつの選択が次の選択へ向かう状況を作り、また次の選択の繰り返し。
 成功することもあれば、失敗することもある。
 竜造とてそれは変わらない。
 殺し合いの最中、合わせた刃を押すべきか引くべきか。そんな刹那の選択を無数に繰り返すことで、戦いにおける勝利と、その瞬間の命を繋いできたのだ。
 その選択のひとつひとつが、彼の現在を支えている。その瞬間の積み重ねが人の人生であり、竜造の全てでもあるのだ。


 そのそれこそ命を賭けたほどの選択を、やり直しが効くとしたらどうだろうか?

 仮に失敗しても、いくらでもやり直しが効くとしたらどうだろうか?

 その勝利に価値はあるのだろうか。

 その命に価値はあるのだろうか。

 その人生に、価値は――。


「……!!」


 竜造は、そこまで意識的に考えたわけではない。
 ただ、無意識的に感じていたのだろう。フューチャーXのやろうとしていることは、自分にとってはとても恐ろしい、自分の全てを否定されることに繋がるのではないか、と。

 竜造が振りかざした剣を持つ両手が震える。
 力を込めすぎているせいで、筋肉が硬直し、手の平からは血が流れている。
 全身に震えが走った。

「……許せねぇ」

 口をついて漏れた言葉。そんな身勝手な真似は許さない。
 時間を遡るということは、そういうことだ。仮に誰の過去を改変しようとも、その影響はどこに現れるか分からない。自分の選択とは無関係に過去や未来が誰かの手によって変えられる可能性がある、ということ。


 だが、もうひとつ。


 竜造には許せないものがあった。

「一瞬でも……ぜってーに……許せねぇ……」

 竜造とて人間だ。
 常に自分の選択に迷い、見えぬ未来に惑うこともある。誰しも考える『あの時こうしていれば』という過去への後悔を、しかし竜造は許せなかった。


 ――ひょっとしたら、同じ様な方法を使えば『あいつ』を蘇らせることができるのではないか――


「……!!」


 そのことを思うと、怒りで眼前が真っ赤に染まった。
 そんなことを一瞬でも考えた自分が何よりも許せなかった。

 ひょっとしたら、もう一度会えるかも知れないなどと。
 ひょっとしたら、あの言葉の続きが聞けるかも知れないなどと。


「誰のモンでもねぇ、この――これまでの戦いは、殺し合いは全部俺のモンだ!!
 奪ったモンも、手に入れたモンも、拾ったモンも、失ったモンですら全部全部全部!!
 少しでも誰かの好き勝手弄らせるなんざ、我慢できるワケがねぇ!!!」


 それすらもタダの言い訳。
 それだって分かっている。
 けれど、こうでもしなければ。


「うがああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 気が狂ってしまいそうだった。


                    ☆


「オゥ、なんですかァ!!?」

 竜造の絶叫にゼブル・ナウレィージが振り返る。戦っていた月摘 怜奈たちが煙幕に紛れた直後だった。
 全身の力と、その怒りの全てを込めた竜造の一撃が、屋上の床に叩きつけられた。
 鈍い破壊音が周囲に響き、一瞬だけ静かになった。

 そして、次の瞬間。

「こ、ここれは危なぁいですネ!! デンジャラスですよ!!」

 竜造を中心として屋上にヒビが入る。怒りの一撃はビルの屋上を破壊し、フューチャーXが爆弾で空けた穴などは比べ物にならないほどの大穴を開けた。

 それにより、屋上にいたコントラクター達は、アニーの入ったカプセルと共に崩落する屋上に巻き込まれることになる。


 その中で竜造は一人、空のぽっかりを浮かぶ満月を見上げていた。

 なんとなく、そうなんとなく。


 耳の奥で、あの言葉が鳴った気がして。


 ――『生きなさい』――