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東カナンへ行こう! 4

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東カナンへ行こう! 4
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リアクション

 そのとき。
 崖の上から七刀 切(しちとう・きり)のとんでもない叫びが響き渡った。

「その触手でわたしにあーんなことやこーんなことをするつもりなのね!! エロ同人のように!!」



 順を追って説明しよう。
 彼がアホなこと――げふんごふん。とんでもないことを口走る直前、月谷 要(つきたに・かなめ)月谷 悠美香(つきたに・ゆみか)それに榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)たちは
「やっぱりビーチっていったらバーベキューだよね☆」
 ということで、昼食用にとバーベキューの準備をしていた。
 ちゃんと煙がビーチで遊んでいるほかの人の邪魔にならないように気遣って、場所は湖に面した小高い崖の上にした。
「考えて選んだわけじゃなかったけど、ここ、なかなかの絶景ポイントよね」
 肉や野菜、イカ、タコ、ホタテといった海鮮系の食材をランダムに串に刺していた手を一時止めて、悠美香が言う。
 彼らのいる崖は湖の上に少し飛び出して、下はハングしており、まるで崖の先が湖にそのままつながっているように見えた。
「本当」
 つられて面を上げたルシェンがキラキラと小さな白光を放つエメラルド色の湖面を見て、まぶしそうに目を細めた。
「きれいだわ。
 ね? あなたたちも見て」
 そばで野菜の外皮を剥いて、ひと口サイズに切り分けていたアイビスやエンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)にそう言って促す。彼らも手を止めて、湖へ見入った。
「エンヘドゥさんのおかげですね」
「そうね」
「え? わたくしは何もしていませんわ」
 きょとんとした顔でエンヘドゥはルシェンとアイビスを交互に見る。エンヘドゥが本気で分かっていないのを見て、ルシェンがもう少し言葉を補足した。
「あなたが持ってきた造波装置よ。あれが湖面を波打たせているからあんなにもたくさんキラキラ輝いているのよ」
「まあ。そうなんですの?」
「ええ」
 悠美香もルシェンたちに賛同する。
 意外な効果だった。自分はただ、海のように波を作り出せばより楽しめるのではないかと思って持ち込んだだけなのに。
 エンヘドゥは少しほおを赤らめて、うれしそうに小さく笑んだ。
「……いや、本当にね。あれで海感がさらにアップしてるよねぇ」
 4人とは対照的に、暗い声で小さくつぶやいたのは要である。
 何度も海に来る機会を得ながらいまだカナヅチの要には視界いっぱいに広がる巨大湖はもともと海同然。造波装置なみなみくんによって潮の満ち引きが再現されて、耳をすませばさざ波が打ち寄せる音まで聞こえてくる状況に、彼は複雑な思いでいた。
「まあまあ、要さん。そう悲観することもないですよ」
 ひっそりとため息をこぼし、肩を落とし気味に串を焼いている要を元気づけようと、テーブルセッティングをしていた朝斗が近寄って肩パンをする。
「ここはともかく、みんなのいる浜の辺りは遠浅な所が大分広がっているようです。ひざぐらいまでだそうですから、あとでみんなで遊びましょう」
「朝斗……」
 朝斗の思いやりに感謝する思いでうるっときた目を向ける。
「あ、いえ。僕もその方がいいんです。アイビス、泳げないから……」
 体のほとんどが鋼鉄製で生身部分があまりないアイビスは、泳げないということからここへ来るのを内心ためらっていた。自分が泳げないことでルシェンや朝斗が気兼ねして、十分楽しめないのではないかと。
 泳げなくても楽しくすごせるのだと分からせてあげたい。彼女の内心の思いを感じ取って、朝斗はそう思っていた。
 笑顔でルシェンやエンヘドゥと会話しながら食材の下準備をしているアイビスを見つめる。
 そして「ところで」と切り出した。
「提案者の切さんはどこです? さっきから姿が見えないようですが」
「ああ切さんならたしか、大分前にバァルを呼びに行くって……んーと……あ、あそこ」
 きょろきょろ周囲を見渡して、手に持った串で崖の途中を指す。そこには切とバァル・ハダド(ばぁる・はだど)がいて、湖の方を向いて何か話し込んでいた。
 2人とも長年のつきあいで気心の知れた友人同士だ。バァルは切が渡したらしい、切と色違いのトランクスタイプの水着とパーカーを着ている。そしてパーカーのポケットに手を突っ込むなどして、見るからにリラックスした様子で終始笑みを浮かべている。何を話しているのか聞こえないのが残念なほど、2人はいい顔をしていた。
「なーんか楽しそうだよねえ」
「ええ。もう準備はできているんですから、2人ともこっちへ来て食べながら話せばいいのに」
「よっし。じゃあひとつ、これでも持って行ってやるか」
 朝斗が持っていた皿の一番上の1枚を取り、焼けたばかりの串をひょいひょいっといくつか乗せて要が2人の元へ行く。
「――けどまぁ、また何かあったらワイは絶対駆けつけるぜ。バァルが困ってたらバァルが嫌がってても首突っ込んでやるから、これからもよろしくな」
「ああ。おまえにそう言ってもらえると、とても心強い。おまえたちがいてくれるから、わたしはシャンバラという国を信じられるんだ。ありがとう、切」
 バァルの真摯な言葉に、切は照れくさそうに笑う。
 そして近付いてくる要の姿を見て、場所を代わるように一歩後ろに下がった。
「や! おひさしぶり、バァルさん」
「やあ要」
「はい、これどーぞ。焼きたてだから気をつけてねえ」
 要が渡したのは、小さなイイダコが3匹そのまま並んで刺された串だった。
「これは……?」
 バァルがその造形を凝視しているのを見て、ああ初めて見たのかと察した要が「味は保証するよん♪ 」と付け足す。そして後ろの切に向き直り
「はい、切さんの分」
 と、やはり串を渡そうとしたときだった。

 要は見た。
 見てしまった。
 すすすと背後へ回った切が、串のタコに気を奪われているバァルの背中を押すのを。

「バァル、ドーーーン」

「!!!!!」

 背中に強い衝撃を受けて、バァルは前へよろめく。
「切、おまえ――」
 振り返りつつ右足を前に出し、踏みとどまろうとしたバァルだったが――左足が宙を踏んだ。
「!?」
 大きく目を見開いたまま、背中から崖下へと落ちていく。間もなくザパーーーーンと水しぶきのあがる音がして、小さな飛沫があっけにとられた要の視界で光を弾いた。
 はっと現実に立ち返る。
「ちょ、切さん!? あなた何を――」
「要さんもドーーーン」
 振り返った直後、案の定というか、要も突き飛ばされた。
「!!!」
「あ、これはもったいないから受け取っとくねえ」
 要の手からこぼれそうになっていた、串の乗った皿をうまくキャッチする。要は開いた手をぐるんぐるんしてバランスを取り戻そうとするが、そのころにはもはや落下の運命を受け入れるしかないほど湖に向かってそっくり返っていた。
 再びザプーーーーーーン。
 その音を聞いて、してやったりと超イイ顔で切は笑う。
 あせったのは後ろで全てを目撃していた朝斗たちだった。
 突然の出来事に愕然とするあまりすっかり出遅れてしまったが、要が視界から消えたのを機に悠美香が飛び出す。
「ちょっと、要!?」
 あせって崖まで駆けていく悠美香の姿に、朝斗たちの金縛りも解けた。
「切さん、何してるんですか! 要さん、泳げないんですよ!?」
「あ、そーだったっけ?」
 全然悪びれた様子もなく、切は頭を掻く。
 どこかその辺の木の実か何か、悪い物でも口にしたか? そう言いたげな視線でジロジロ見てくる朝斗を、やっぱり切は突き落とした。
「朝斗もドーーーン」
 と。
「うわーーーーっ!」
「朝斗っ!?」
 すぐさまルシェンが手を伸ばしたがぎりぎり届かず、朝斗もまっさかさまに落ちていく。ルシェンとアイビスが崖の際に飛びついて下を覗き込むのと同時に、朝斗が浮かび上がってきた。
「朝斗、大丈夫なの!?」
「要さん、しっかりしてください。ここはそんなに深くありません」
 朝斗が下を向いて、何かを引っ張り上げる動作をした。ぷかっと手の先で、先に落ちたはずの要が浮かび上がる。落ち方が悪かったのか、それとも水に落ちたというショックからか、要は目を回していた。
「要さん、目を覚まして! お、重い…っ」
 要の体はほとんどが金属でできている。今はまだなんとか支えることができているが、自力でなんとかしてもらえないと、すぐに朝斗も一緒に沈没だ。
「要、無事か!」
 バァルがもう片方の腕をとり、朝斗の負担の軽減を図った。そして目を覚ますよう呼びかける。何度か呼びかけた結果、要は目を覚ました。
「……ッハ! い、生きてる!? 俺、生きてるよね!?
 なんか河の向こうにやたら豪奢な羽の生えた金髪の女性が見えた気がしたけど! でも生きてる!」
 生きていることにホッとして。安心したら、ムラムラと怒りが沸き起こる。
「よくも落としてくれたね切さん…! こうなったら今度、満腹になるまで海京か明倫館のご飯おごって――」
 ぶつぶつ復讐を誓う言葉をつぶやいていたら。
「要、無事なの!? けがはない!?」
 真上から心配そうな悠美香の声がした。
「悠美香ちゃん! うん、大丈夫だよ!」
「そう。よかった。早く上がってきて。――そして、夢に出てきた金髪の女性とやらについて、きっちり話し合いましょうね……」
 どうやら悠美香は命にかかわる危機的状況で夫が思い浮かべたのが自分ではなく別の女性であると知って、大いに不満を感じているようだった。
 言葉に冷たいトゲを感じて、要はさーっと顔面からますます血の気を引かせる。――水に落ちた時点でとっくに蒼白していたのだが。
「ゆ、悠美香ちゃん、あのですね……。あれは現実の女性というわけではなくて――」
「要さん、それは今でなくてもいいでしょう。今からアイビスに引き上げてもらいます。いいですか?」
「あ、うん。ごめん」
 朝斗は鋼の蛇からワイヤーを引き出して先端を要に巻いてくくりつけた。朝斗自身はぽいぽいカプセルから取り出した空飛ぶ箒エンテに乗って宙に浮く。
「バァルさん、少し待っててください」
「分かった」
 崖上に戻った朝斗は鋼の蛇の片方をアイビスへと渡した。
「アイビス、お願い。終わったら要さんからはずしたワイヤーを投げて。僕がバァルさんにくくりつけるから」
「分かりました」
 うなずき、アイビスは荒ぶる力、叫び、レゾナント・アームズを用いて要を引っ張り上げる。
「お待たせしました、バァルさん。今から――」
 そのときだった。
「ルシェン、あれを見てください!!」
 要を引っ張り上げた直後、何かを見つけたアイビスが、一瞬で蒼白した顔でとなりのルシェンの腕を掴んだ。
「あれって……」
 アイビスが指さす沖の方を見て、ルシェンの顔が強張る。
「朝斗!! 早くバァルさんを連れて上がって!! 急いで!!」
「え?」
 2人の突然の剣幕に目をしぱたかせる朝斗。アイビスが指さしているのが自分たちの後方だとバァルが気付いた。振り返り、そちらを凝視する。
「あれだ。見ろ」
 沖の方で何かが浮上してきていた。丸くて黒い影。影が濃く、大きくなるにつれて水面が波立ち始める。
 翻弄されながらも必死に水を掻いてその場にとどまろうとするバァルの前、ザザザザザと水面が盛り上がり、巨大なタコが姿を現した。