校長室
タングートの一日
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「楽しそうで、よかった」 「まぁ、な」 彼らを眺め、レモが微笑む。カールハインツは、まだ若干複雑そうだ。 カルマはまた少し眠そうで、大きなアクビをして、ぬいぐるみに肩頬を埋めている。 「あの……」 そこへ、マユがおずおずと声をかけた。 「お久しぶり、です」 「マユさん!」 レモは笑顔でマユを差し招き、隣の席をすすめた。 「レモさん、すごく立派になっちゃって、びっくりしました」 「そうかな? ありがとう」 「今日は色んな人たちがいますね。なんだか不思議です……。でも、みんな楽しそうだから、嬉しいです。こんな風に、ずっとみんな仲良くできたらいいなって……レモさんは、どう思いますか?」 「僕も、本当にそう思うよ」 パラミタと、タングートと、ナラカと。本来ならそう簡単に混じり合うはずのない種族が、ひとときとはいえ、こうして同じテーブルにいるのはとても幸福なことだ。 レモが同じ意見だったことに、マユはどこかほっとする。なんだか遠くなってしまった気がしていたけれど、ちゃんと、こうやって共感できることが嬉しかったのだ。 「ねぇ。マユさん。カルマはね、僕と違って、歌がとっても上手なんだ。だから、また一緒に歌ったり、演奏したりしてくれる?」 レモからそう頼まれて、マユは「はい!」と瞳を輝かせて答えた。それから、少し寝ぼけた顔のカルマに、「よろしく、お願いしますね」と微笑みかけた。 「かつみも、少し座れよ」 カールハインツに促され、なんとなく空いた皿を片付けていたかつみも、テーブルにつく。すぐにカラのコップが渡され、カールハインツが冷えたお茶を注いだ。 「ほら」 「あ……ありがと」 「さっきは、こっちこそありがとな。たいしたことは……あったようななかったような、だけど。まぁ、騒ぎにならなくてよかったぜ」 「別に、たいしたことはしてないし」 ありがたく冷茶を口にしつつも、かつみの返答は歯切れの悪いものだった。 「カールは一度甘えられそうだと思うと、けっこう人使い荒いから。気をつけて」 レモはそう、揶揄するように口にして、かつみに笑いかける。 「甘える?」 「おい! 別に、甘えてるわけじゃ……」 「あー、じゃあ、信頼できそうって思ったら、ってこと」 信頼してくれてるのだ、とかつみはカールハインツを見つめると、カールハインツは照れた顔で、小さく頷く。 ――昔からずっと一人でいた。薔薇の学舎に入ってからも、基本的にパートナー以外の人と、こうして普通に話すこともあまりなかった。 その上、先日、パートナーたちと離れる未来夢まで見てしまい、かつみはいよいよ思ったのだ。 (……俺、人と接するのに向いてないのかもしれない) 一応、せっかくの招待だしと思って来てみたが、それを考えると気が引けて、つい店の手伝いのようなことばかりしてしまっていた。カールハインツと会うのも、あのとき以来だったが、話しかけるきっかけもなくて。そうしていたら、あの騒ぎで、カールハインツは真っ先にかつみに「手を貸してくれ」と声をかけてきたのだ。 「呆れてるのかと、思ってた」 「そんなことねぇよ。ナダをあそこで止められたのは、祥子とあんたのおかげだろ?」 カールハインツはそう言うと、かつみの頭に手をやり、その髪をぐしゃりと撫でた。 「ま、それはいいじゃねぇか。それより、ちゃんと食ったか?」 「ねえ、かつみさんは、甘い物食べる? デザートもすごく美味しいんだよ」 「甘イもの……」 「カルマはそろそろだめ」 うつらうつらしていたくせに、デザートの話題に目を覚ますカルマに、苦笑しつつレモはそうたしなめている。 「とってきてやるよ」 カールハインツが席を立つ。カルマも止められたくせに、マユと一緒にその後ろをちょこちょことついていった。 「少し考えてたんだけど、今度は逆に、花魄さんもタシガンに来てもらえたらいいなって。でも、学舎には入れないから、オペラハウスとかかなぁ?」 「ああ、そうだな」 頷きつつも、どこか心あらずといった感じのかつみに、レモは微笑んで言った。 「カールは、気にしてないよ。あの人、嘘つくのは案外下手だし。本当に、信頼してるんだと思う。……ちょっと、羨ましいなぁ」 「え?」 かつみは驚いた。先ほど、カールハインツに信頼してると言われたときも驚いたが、今はもしかするとそれ以上かもしれない。 「内緒だけど。僕、わりと焼き餅焼きみたい」 照れた顔でレモはそう言って、肩をすくめた。 「いや、そういうのじゃなくて、ぜんっぜん!! 俺はカールのことはちっとも」 「…………ちっとも、なんだよ」 思わず立ち上がって否定するかつみの背後で、デザートを盛りつけた皿を手に、カールハインツが憮然としていた。 「いや、えっと」 「嫌いじゃないんだって。よかったね、カール。避けられてるのかなって、気にしてたでしょ」 レモがさらりとそうフォローすると、「言うなよ、そういうこと」とカールハインツは照れつつも、「ほら、食おうぜ」とかつみを誘う。 「うん」 お菓子は美味しくて、食べながら話すうちに、自然とリラックスしてくる。 和やかに話している自分が、自分でも意外だった。 (……よかった) 思い切って、来てよかった。そう、かつみは思っていた。 「ささやかな幸福ね」 つまらなそうにラー・シャイは呟く。その巨体なだけあって、さすがに食べる量はハンパない。 「積み重ねていくことでしか、大きくならぬものもあろうよ」 その差し向かいで盃を傾けつつ、共工がゆったりと答える。 「積み重ね、ね。あたしには、なんにもないけど」 「そうであろうな」 穏やかながら、二人で会話する様は、圧倒的な迫力だ。 だが、当の本人たちは、案外楽しそうでもある。 「ねぇ、あんた。もう食べないならそれちょうだいよ」 「一口ならば」 「……案外ケチくさいオンナね」 呆れた顔をしつつ箸をのばすラー・シャイに、共工は澄ました顔でまた酒を口にした。 長い一日が終わり、パーティもお開きだ。 「本当に、お世話になりました」 花魄は、そう深々と佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)たちに礼を言う。 「またいつでも来るとよい」 鼠白も、そう二人を労った。 人々が店を出ていくなか、安堵半分、疲労半分のため息をついた花魄の前に、花束がそっと差し出される。 「え?」 「お疲れ様、と。パーティの成功、おめでとう。頑張りましたねー」 チョコレートの詰まった花束を手にしているのは、うさぎ型のゆる族……の、着ぐるみをかぶったスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)だった。 「スレヴィさん……!」 ほっとしたのか、花魄の瞳にみるみるうちに涙が浮かぶ。 「泣かないで、ほら〜」 裏声で優しく声をかけると、「は、はい」と喉を詰まらせつつも、花束を受け取り、花魄は涙をぬぐった。 「忙しそうだったから、最後に声かけたんです〜。地球のチョコは食べたことある…ありますか? 口に合えばいいけど、皆で食べてみてください」 こくこくと頷いて、花魄はぎゅっと花束を抱き締めている。 今日、花魄が必死で働いていたことを、スレヴィは見ていた。 引っ込み思案でおろおろしてばかりだった花魄が、たくさんの人を招いて、もてなしし、時に大声をあげて仲裁に乗り込んで(その結果はともかくとして)。 「本当に、頑張ったな」 つい、ぼそりといつもの男声で呟いて、スレヴィはあわてて咳払いする。 「えっと、……ちゃんと、楽しめましたか?」 「はい。ちょっと、怖いときもあったけど……やっぱり、やってよかったです」 「それなら、よかった」 スレヴィは笑顔のかわりに、ゆっくりと可愛らしく揺れてみせる。そのユーモラスな動きに、ようやく花魄は、ふふっと笑った。 「花魄は、変わりましたね」 「そう、ですか?」 「はい」 今日の騒ぎに割って入ったときも、そう思った。鼠白に会いに行こうとしたときもそうだが、時々花魄は無謀な行動力を見せる。 「女の子は、覚悟を決めると、すごいですよね。前につきあってた人もそうで……泣きそうだったくせに、いきなり豹変したかと思うと踏まれたりしてそれがまた……」 「…………」 花魄は不意に黙り込み、眉根を寄せて、スレヴィを軽く睨み付けている。 「あ、なんでもないです」 性癖のことを不審がられるのもアレだなと、あわててスレヴィは手を振って打ち消す。が、花魄はまだ難しい顔をしたままだ。 (あ、俺は今女の子だと思われてるから、女の子同士で恋人関係だったことに……? でも、タングートなら珍しくないよな?) 「花魄?」 「ご、ごめんなさい!! スレヴィさんみたいに優しい人なら、そりゃあ、恋人だっていましたよね。でも、なんか……」 唇を噛んで、花魄は俯く。 ひょっとして、もしかして。 花魄は、焼いていたらしい。 「えっと……」 まさかそんな反応をされるとは思わず、スレヴィは困惑してしまった。信頼されているとは思っていたが、そこまで好意を抱かれているとは知らなかった。 「すみません、忘れてください!」 ばっと頭をさげて、しきりに花魄は詫びる。 「うん、まぁ……その。あ、あのねー、花魄の次の目標は? どうするのー?」 わざとマスコットらしい、可愛らしい言い回しで、スレヴィは尋ねてみた。 「えっと……」 花魄は口元に手をあて、恥じらいつつ思案している。 「料理でタングートを支配するとか、なにかあるだろ?」 すると、花魄は。 「もっと、素敵な人に、なりたいです」 はにかんで、そう答えた。 「厳しいことも時には言えるような、それで、困っている人には手をさしのべられるような、そういう、優しい人になりたいなって」 貴方みたいに、なりたいと。 花魄はそんな思いをこめた瞳を、じっとスレヴィにむけている。 「そ、そうですか。なんにしろ、応援してますよ。いつでも。みんなで考えれば、きっとなんとかなりますから」 「……はい。頑張ります」 スレヴィの応援に、花魄は嬉しそうに微笑んで、頷いた。 こうして、それぞれに。 タングートの一日は、過ぎていったのだった。
▼担当マスター
篠原 まこと
▼マスターコメント
●ご参加いただき、ありがとうございました。 最後までリアクションをお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。 少しでも、楽しんでいただけたのなら、幸いです。 ●おかげさまで、タングートの都にも色々な場所ができて、個人的に作成している地図にメモが増えました。 分校については、いずれ出来ることになるかと思います。ですがそれはまた、別の機会に……。 ●また次のシナリオで、お会いできれば嬉しいです。 今後とも、なにとぞよろしくお願いいたします。
▼マスター個別コメント