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 第13章 家出娘ついにつかまる。

(絶対、絶対怒られる……)
 8月11日、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)とレストランのボックス席に座っていた。広明とは隣同士で、向かいの席には誰も居ない。そこには、大叔父である九条 常(ときわ)が座る予定になっているからだ。待ち合わせ時間は既に過ぎていて、もういつ来てもおかしくない。そう思う程、彼女の中で焦燥感が募っていく。
(ああぁ……どうしよう。叔父さんは優しいけど、きっと凄く怒ってるよ……)
 約4年前に家出してから、彼女は九条家に帰っていない。連絡も取っていなかった。それが今回、常が家の代表として会いに来るという。用件は容易に想像がつき、だからこそ、戦々恐々ともする。親戚の中では親交も深く、小さい時から世話になっていた相手だから他の誰かが来るよりは気が楽だ。
 けれど、やっぱり……という思いは消えず、ローズは広明に頼んで同席してもらうことにした。それには、自分が家出娘だということも話さなくてはいけなかったが、どちらにしろ、いつまでも今のままではいられない……そう思ったからだ。
「そんなに緊張すんなよ。その叔父さんとは割と親しかったんだろ?」
 いつも通りの自然体で言う広明に、ローズは姿勢を固めたまま小声で答える。
「まあ、仲悪くはなかったですけど……」
「おっ? 来たみたいだぜ」
「えっ!?」
 広明が示す方を見ると、窓の外、駐車場にメタリックな小型飛空艇が停まっていた。ほんの30センチ程浮いた状態でホバリングしている飛空艇から、30歳前後――28歳になる可もなく不可もなくという顔立ちの男性が降りてくる。常は、運転手の少女に軽く手を上げてレストランに入ってきた。メニューを手にした店員と何事かを話してからきょろきょろし、ローズを見つけたらしく歩いてくる。
「また大人になったな、ローズ」
「叔父さんはあまり変わらないね。そのブランドスーツ、まだ着てたんだ」
 常はローズが『スカしたブランド』と評し、どうにもちょっと好きになれないイタリアのスーツを着用していた。向かいに座った彼は、それはそうと、と彼女の隣の広明を見る。
「で、あの……この方はどなたで?」
「広明さん……恋人だよ」
「恋人!?」
「どうも、初めまして。長曽禰広明です」
「は、はぁ……どうも」
 仰天していたら挨拶をされ、戸惑いながらも軽くぺこりと頭を下げる。そして、話し合いは始まった。

「ごめんなさい、叔父さん……」
 自分が悪いことは分かっている。だから、ローズはまず常に謝罪をした。
「まあ、譲さんと確執があったことは知ってるしさあ、今さら戻りにくいとは思うけどよお……」
 常は、困りきった顔で窓の外に視線を逃がした。そこから、彼が今回の来訪を不本意に思っていることが感じ取れて、彼女は思う。やはり、彼はローズの最大の理解者のようだ。それがまた、自分の罪悪感をびしびしと刺激する。
 パラミタに来る前、彼女は父親の九条 譲と2人で生活していた。だが、譲は仕事が忙しく、ローズが思春期だったこともあり話をする機会は碌になかった。反発で家を出た1年後には譲が亡くなり、色々な体験を経て彼への誤解は解けたものの、気まずくて家に戻らずに今まで時が経ってしまった。
 その中で常が派遣されてきたのは、深い訳があって親戚の中で彼が一番ローズと歳が近いから、という内情があるからだ。
「叔父さん、私は今、医学を教える立場にあるの。仕事場もあるし、パラミタを離れられない。まだ未熟な所もあるし……」
 そして、一度広明の方をちらりと見てから向き直る。
「何より大切な人もいるし、今すぐというわけには」
「……せめて、譲さんの仏壇に手を合わせる位はした方がいいんじゃあないか?」
「…………」
 俯き、ローズは考える。戻ってきてそのまま暮らせと言わない辺りに、常の優しさと本音が見えた気がした。地球に帰れば、爺や親戚達に報告しなければいけないだろうと思うのに。
「そうしたいとは思ってる。私を心配してくれた多くの人に謝りたいし、必ずそっちに一度戻るよ。……約束する」

「じゃあな。送ってくれてありがとう」
 聞けば、常は道に迷ってしまい待ち合わせ時間に遅れたらしい。1人で戻るとまた迷うかも、とローズ達は空京の駅まで同行し、『一度戻る』という約束を手土産に彼はパラミタを後にした。
 常の姿が人混みから見えなくなると、ローズは改めて広明に礼を言う。
「広明さん……変なことに巻き込んでごめんなさい」
「気にするな。理解のある叔父さんで良かったじゃないか」
「スーツの趣味だけが問題なんですよね……」
 2人で何となく、常が歩いていった方向を見遣る。思っていたより常は全然怒っていなくて、そのおかげで言うべきことが言えた気がする。勿論、一番心強く感じていたのは隣にいた広明なのだが――
「もし、あの……実家帰りするときは、一緒にきてもらえますか? 迷惑ついでに……」
「ん? ああいいぞ。日本にもしばらく戻ってないしな」
 存外あっさりと、広明は首肯した。それがいつになるかはまだ決めていないが、彼が一緒なら親戚達とも堂々と渡り合える。
 そんな気がした。