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リアクション
横転した装甲通信車から離れていくアストー01とルドラの様子は、数百メートル離れた位置から双眼鏡で見られていた。
(……無事逃げられたようね)
JJは次に双眼鏡を水平にずらして、【Saoshyant】側の追跡者たちを見た。ちょうど装甲通信車に残った2人の教導員たちとの銃撃が始まったところだった。
「うわー、もったいねー! こんな美女2人が!」
斜面の反対側にあぐらを組んで座ったクイン・Eが、ひざ上のパソコンを前にワシャワシャと髪をかきむしった。自他ともに認める女好きの彼は、偵察用に飛ばしてあった発信機から送られてきたゆかりとマリエッタを見て、心から嘆いているようだった。武装した強化人間20名が相手では、いかに教導団兵士といえど数分ももたないだろうというのは分かり切っていた。
「…………」
無言で見つめるJJの前、しかしクインは「もったいない、もったいない」と嘆いてはいても、助けに行く素振りは皆無である。
いくら美女のためでも勝算がなく、金にもならないことには手を出さない。こういうドライさを持っているからこそ、こんなふざけた調子の男とでもバウンディハンターとしてパートナーを組めているのだとJJはあらためて思う。
――そんなことより、やることがあるだろ――
「……ええ、兄さん。向こうね……」
JJはぶつぶつ独り言をつぶやくと双眼鏡をアストー01たちに戻した。
厄介な【Saoshyant】の強化人間たちがいない今が接触の機会だろう。
――おい――
「……なぁに?」
――ワン公がいねぇぞ――
「……ワン公じゃなくて、パルジ……あら」
言われて気づいたというように周囲を見渡す。兄の言うとおり、いつの間にかパルジファルの姿が消えていた。
――ここは大荒野だからな。ネズミかウサギでも追ってったか――
「……兄さん、パルジは犬じゃないってば……」
兄に答えつつ、JJはクインへと目を戻した。
「クイン……パルジを、見かけなかった?」
「いや?」
首を振って答えるが振り返りはしない。何やら忙しくキーボードを打っている彼を見て、JJはすべるように斜面を下りて行った。
「パルジ? パルジ?」
抑揚のない、独り言に毛が生えた程度の発声で名を呼びながら、JJはパルジファルを探す。返答がないことに、兄は「やっぱ、ワン公だからな」と笑ったが、今度はJJは無視することにした。
パルジファルは犬ではない。狼型ギフトだ。姿こそ鋼鉄でできた犬のような形をしているが、知性は人間に劣らず、むしろこういった場では人間の自分たちよりはるかに優れている。そのパルジファルが姿を見せず、JJの呼び声にも返答しない、ということに懸念を抱きつつ岩陰を覗きながら歩いていると、ややしてそれらしい影が伸びているのを岩の向こうに見つけることができた。
犬がちょこんと座っている形の影だ。
「パルジ。どうしたの?」
何気なくそちらへ回り込み、次の瞬間ぎくりとなった。
そこにはパルジファルだけでなく、武装した人間たちがいたのだ。
ここはシャンバラ大荒野だ。彼らの姿にJJはとっさに腰の銃へ手をあてたが、パルジファルが戦闘態勢をとっていないことで手を止めた。メーメー、メーメーと子ヒツジが必死に鳴いているような緊張感に欠ける声もする。
「パルジ」
JJはパルジファルを呼んだ。
「姐さん」
パルジファルが低い中年男性の合成音声で応えて振り向く。そのやりとりでJJがこの場に現れたことに今気づいたように
「――ああ。あなたがこのギフトのパートナーですか?」
セルマ・アリス(せるま・ありす)はパルジファルとその前に立つ牧場の精 メリシェル(ぼくじょうのせい・めりしぇる)を見つめる笑顔のまま顔を上げた。
彼女に死角となる位置では、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)の銃を持つ手にそっと手を触れている。
「俺は空京大学のセルマ・アリスと申します。こちらはパートナーのミリィ・アメアラ」
「はじめまして」
ぺこっとミリィは頭を下げる。
「それと、メリシェル」
セルマの手が背中の毛に触れ、名前を呼ばれたことで、メリシェルはメーメー鳴くのをやめた。
「……この子が、鳴いていたのね……」
パルジファルが身をよじってJJの方を振り返ったことで見えた、子ヒツジのぬいぐるみのような姿のメリシェルを見下ろす。
「めーめめー ♪ 」
メリシェルは両手をちょこんと前に揃えて、かわいらしく頭を下げた。あいさつをしているのだろう。その姿に最後の緊張感も崩れた気がして、JJはふうと息をついて銃から放した手を腰にあてた。
「それで、あなたたちはここで何をしているの」
「めっ? めっめめ。めめっ、めめめめっ」
メリシェルが再びメーメー鳴いて、張り切って説明を始める。身振り手振りをまじえたその姿は無邪気で愛らしく、一生懸命なのも伝わってきたが、ヒツジ語を解せないJJには無意味だった。
いったんはJJの方へ近寄ろうと腰を浮かしたパルジファルだったが、困っているような、なんとも言えない困惑げな表情で動きを止め、メリシェルを振り返っている。
(これは……パルジが毒気を抜かれるのも無理はないわね)
――おっもしれーな、こいつ ♪――
「……黙って、兄さん……」
――えー? なんでだよー?――
「……いいから……」
「えっ?」
JJのつぶやきにセルマがきょとんとなる。
「何でもないわ」
すうっとJJの面から表情が消えて、見えない壁がセルマを突き飛ばした気がした。まるでセルマが友好的な笑顔と言葉で距離を縮めようとしていることに気づいたようだった。
「そこまでよ。そこからは入って来ないで」と、間合いの線引きをされた気がする。しかもかなり遠い距離から。
しかし彼女が何者かを知るセルマはめげなかった。こんなもの、想定済みだ。大学の学生同士が友達になろうとしているわけでもない。
「さっきも言ったけど、俺は空京大学のセルマ・アリスっていいます。大学の研究のために最近シャンバラ大荒野で発見された遺跡に向かっていたのですが、道が分からなくなってしまって……。
もしお邪魔でなければ同行してもかまいませんでしょうか?」
「……許可証は、あるの?」
「え。あの……」
JJからの質問にセルマはとまどった。
数カ月前地中から発掘された古代遺跡は現在もまだ発掘調査が終わっておらず、Vendidad(ヴェンディダード)という名前の財団の管理下にあった。蛇足ながら、Divasもここに属している。
空京大学がVendidadの発掘チームに加わったり、見つかった埋蔵物の調査を表明しているかはJJも知らず、情報収集能力の長けたクインに確認してもらわなくてはならないだろうが、セルマが即答しなかったことで、JJの勘は疑わしいと判断した。
どちらにしても、発掘調査の大学生を連れ歩く気はまったくなかったが。
「去りなさい」
JJは背中を向けた。あきらかな拒絶だった。
彼女の判断に従ってパルジファルもその横につく。
「あの、待ってください」
セルマは追いすがろうとしたがJJもパルジファルもそんな声など聞こえないというように振り返ることなく歩いていく。
メリシェルは懸命に仲良くなろうとしたパルジファルが振り返ってもくれないことがさびしそうだ。「め〜……」と鳴いてしょんぼりしているメリシェルを、ミリィが抱き上げた。
「しょげないの。きっとメリーの気持ちはあのパルジってワンコにも通じてるし、タケシにも会えるから」
「……めめっ」
メリーはミリィにしがみついた。
「で、どうする? ルーマ」
「もちろんついて行く」
セルマは駆け足で追いつくと、JJの後ろを歩いた。そしてコミュニケーションを図ろうというように話し続ける。
「実は俺、大学の方にはまだ許可を得てないんです。ディーバ・プロジェクトってありますよね? それで今度論文書こうかと思ってるんです。それで、その遺跡で【Astres】の入ったデータチップが見つかったって聞いたので、遠くからでもいいから一度見てみようと思って。
あの、あなたはそのプロジェクトについて何かご存じですか?」
「……どうしてわたしが知ってる思うの……」
「ですよね……。
えーと。じゃあ、アストーについてはどうです? ほら、今話題の歌姫。あのアストーという機晶姫は美しいですよね。光を浴びて七色に輝く銀髪なんて、とても幻想的ですてきだ。
どうやってあんなに美しく自然な姿の機晶姫を生み出すことができたのか、とても気になっているんです」
JJは答えなかった。無視する作戦に出たのだろう。だがセルマはへこたれない。アストーについてのあれやこれやを話題に振って、何かとJJから反応を引き出そうとする。
当然JJはいい気がしなかった。
足を止め、振り返り、今度は多少きつめに言った――つもりだった。本人なりに。
「……去りなさいと、言ったでしょう」
ぼそぼそ声である。
「去っていますよ。ただ、その進行方向があなたと同じなだけです」
セルマは平然と、にっこり笑って答えた。
――おお ♪ なかなか根性あるな――
兄はさっきから面白がっているようだが、JJは困りきっていた。
「……兄さん、なんとかして……」
――自分でなんとかするんだな。さもなきゃアキラメロ ♪――
ああもう。こういうのは苦手だ。
「姐さん、なんならあっしが追い払ってやりましょうか?」
「いいわ。クインに任せることにする」
心配してくれてありがとう、というようにパルジファルの頭をなでて、JJはクインの元へ戻る。
しかし、セルマの対処を彼に任すことは無理そうだった。
クインも1人ではなかったのだ。男女1名ずつ、それに花妖精(? 幼獣?)が1体。その隙のない立ち姿から、JJはすぐに自分たちと同じにおいを嗅ぎ取った。
「クインから離れなさい」
今度こそ腰のリボルバーを抜き、かまえる。パルジファルが威嚇のうなり声を発した。
「ちょ、ちょっと待ってください」セルマがあわてた。「いきなり銃をつきつけるなんて、乱暴ですよ!」
「なに? あなたも彼らの仲間?」
JJは銃口をセルマへ向けた。
彼らが武装しているのは知っていた。しかしそれは大荒野という場所では当然のことだ。彼らからはそういったにおいはしていなかったが、もしそうだというのならこのままにはしておけない。
その様子に、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は面食らった。
「おいおい。物騒だな。
俺たちはたしかに同業者だが、そいつらは俺たちの仲間じゃない。顔見知り、友人ではあるが」
「……偶然は、信じてないのよ」
JJの冷めた表情と態度に、宵一はやれやれと内心肩をすくめる。
彼女が現れるまで、このクイン・Eという男とはそれなりにコミュニケーションがとれていた。同業者として名乗ると、クインは宵一の名前を知っていて、顔も見た覚えがあると言った。
『あんたは知らないだろうがな。昔何度かニアミスしたことがあるんだ』
そう言って、クインは宵一も知る店の名前を出した。過去、情報を得るために何度か利用したことのある、少し物騒な飲み屋だ。
『なるほど』
「調子はどうだ?」「まあまあといったとこかな」――そんな世間話から入り、だんだんと仕事の話へ移行しようとしていたところにJJたちが現れたというわけだった。
この女にどこまで話しているのか、探るようにセルマを見る。セルマはその意味を理解して、軽く肩を上下させた。
(なるほど。ゼロか)
それならまだやりようはある。
「偶然は、俺もあまり信じる方じゃない。特に仕事中はな。しかし今回は信じてもらうしかないな。俺の仲間は後ろの2人だけで、そいつらはそいつらの考えでここに居合わせたんだろう」
「そうです! 俺たちと宵一さんたちとは関係ありません!」
セルマが真摯な目でうなずいた。
宵一もクインとJJの2人については耳にした覚えがあった。女好きで口のうまい色男と男を寄せつけないクールビューティーの異色コンビは、わりと飲み話のネタになる。そのうわさのなかには、JJが機晶姫をあまり好いていないようだというものがあったことを思い出して、そこからいくことを決めた。
「ヘタな探りあいは時間の無駄だ。腹を割って話そう。
名は言えないが、俺はある会社からアストー01を手に入れるよう依頼された」
この手の女はヘタなごまかしを嫌う。そして1度ぴしゃりと閉ざしたら最後だ。そう読んで、宵一は単刀直入に切り出した。
「アストー01?」
「世界初の生身の音声合成ソフトウェアでふ!」
答えたのはリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)である。
リイムはここへ到着するまでの間に、蒼空学園へ現れた少女アストーと連絡をとり、「アストーシリーズ」について情報を仕入れていた。
「億と金を積んでもその秘密を手に入れたい企業はいくらもいるんでふ。アストーは稼働しているのは全部で12体あったのでふが、そのどれもがDivasに完全管理されていて、近付く隙がなかったのでふ。でも、今度の事件をみんな、チャンスと思ったのでふよ」
「早合点しないでほしいが、今度の事件を起こしたのは依頼主じゃあない」
JJたちの思考の先を読んで、宵一が補足する。
「あくまでチャンスと見たというだけだ。そして同じように考えて「アストー」を欲しがっている企業は1社だけじゃないだろう。あんたたちもそうなのではないかな?」
「わたしたちは――」
「おれたちの目的は、彼女の体内のデータチップだ」
突然クインが話に割り込んだ。
「クイン!」
「思ったんだがJJ、今度の件はこいつらと手を組むことを考えてみてもいいんじゃないか?」
クインが言ったのは、こういうことだった。
宵一たちの言うように、アストー01をねらっている者は多い。おそらく今回の事件をチャンスと捉え、それ目当てでシャンバラ大荒野へ入っている同業者は少なくないだろう。すでにいくつか自分の網にヒットしているやつらがいる。あの強化人間たちのこともある。正直、自分たちだけでは手の余る仕事だ。ここは手を組んだ方がいい。幸い彼らはコントラクターで、能力があり、バウンディハンターとしての評判もいい。
「そんなことは、ないわ……」
「おい。おまえたちの依頼主はデータチップ込みなのか?」
クインは宵一に問う。
宵一は首を振った。
「そんなことは訊いていないな。俺たちの目的はアストー01のみだ。内部にある音楽データの有無は契約に入っていない」
「私たちの依頼主は、アストー01さ……アストー01の確保を望んでいます」
つけ入るならここだと見たのだろう、それまで静観していたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が、ゴールドシールドを取り出して2人に――主にクインに――見せつける。
「これは前金です。依頼主は太っ腹です。アストー01を持ち帰れば、この数倍が報酬として支払われます」
「もちろん俺たちだって太っ腹だ。手伝ってくれれば成功報酬の2割をあんたたちに払おう。どうだい、乗るか?」
「少ないな」
クインは顔をしかめる。ここからが交渉だ。
「そっちにはデータチップの報酬がまるまる入るでふよ。少なくないでふ!」
リイムが胸を張って、怒っている素振りを強調する。
「4」
「2.5だ」
「3は譲れないな。こっちは正当な持ち主からの依頼だ。最優先でないとはいえ、本体も一応入ってはいる。そこを曲げておまえたちにやろうって言うんだ」
「おいおい。ばかを言うなよ。俺たちが手を貸さなければ、その本体が手に入るかも分からないんだぞ?」
「……あなたたちで、勝手に言いあってればいいわ……」
JJは苛立ったように髪を払うと、その場に背中を向けてさっさと斜面を上がりだした。
「あ、待ってください、JJさん」
セルマがミリィに視線で合図を出し、JJのあとを追う。宵一の出したハッタリはかなり有効で、アストー01の破壊を抑止するのに効果的な展開になってきていたが、このJJという女性が納得していないのはあきらかだ。
「……まったくもう……よけいなことに時間を食うから……」
斜面の向こう側、ルドラとアストー01の姿がかすかにしか見えないほど遠ざかっていることに舌打ちをする。
一方で教導団と強化人間との戦闘はというと、教導団側に増援が入ったことによって善戦状態になっていた。
――あれならかなり時間が稼げそうだぞ――
「……そうね、兄さん……」
(なんだろう? この人。独り言多いな)
もしかして電波系の女性?
眉をひそめるセルマの前、JJは双眼鏡をしまうとまた斜面をすべり下りた。その先にはバイクがある。バイクに飛び乗ったJJは斜面を駆けあがり、跳んで、向こう側へ着地した。ギャリッと音をたてて旋回したバイクはスピードを落とすことなく走り出す。いつの間にかパルジファルが併走していた。
進行方向にいるのはもちろんルドラとアストー01だ。
「俺たちも行こう、ミリィ」
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