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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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 第7章

 初日の出を眺望してから数時間。
 超一流ホテルの高層階にあるスウィートルームの窓から見える太陽は、その全貌を覗かせて輝いていた。バスルームのジャグジーから朝の光を望んだセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、超高級おせちを優雅な気分で楽しんだ後、今は色艶やかな晴れ着が揃う部屋で着物に身を包んでいた。青地に白の花模様が散った上品な着物に和装ショールを合わせ、セレンフィリティは鏡の前で明るく、少し自慢気にセレアナに言った。
「どう? セレアナ。清楚なお嬢さんに見えるでしょ?」
「ええと……残念だけど、見えないわ」
 放散される雰囲気がそうさせるのか、着る者が着れば確かに清楚に見える筈なのに、セレンフィリティは何故かそうは見えない。
「……あ、やっぱり?」
「でも、とても良く似合ってるわよ」
 一方、深緑色の地を桃の花で彩った着物姿となったセレアナは、どこかのお金持ちの令嬢と見紛われてもおかしくない上品さを湛えている。……否、セレアナは事実、下級とはいえシャンバラの貴族令嬢だ。上等な着物に袖を通すのも初めてではないし、高級ホテルの環境にも慣れていたりする。だが今回、検証で最高級スウィートルームの宿泊券を当てたセレンフィリティはそうではなかった。
 映画の中でしか見たことがないような豪華なジャグジー。滅多なことでは食べられない高級おせち。そして、上質素材で作られた晴れ着の貸し出しと、セレブな正月をいつもより高めのテンションで楽しんでいる。少尉に昇進してからというもの、やたらと忙しくて休みもなかなか希望通りにいかなかった。それが、ちょうどいいタイミングで休暇を年末年始に獲得でき、その嬉しさも手伝っているのだろう。
 うきうきしているのが良く分かって、落ち着きとは程遠い状態なだけに慎み深さを感じないのは仕方ないことかもしれない。
「お客様、お写真をお撮りしましょうか?」
「そうね。セレン、撮ってもらいましょう」
 着付けをしてくれた、こちらもやはり着物姿の従業員の申し出を受けてセレアナとセレンフィリティはカメラの前に立った。体の前で両手を合わせ、微笑んで写真を撮る。プリント前の画像を見ると、そこにはおしとやかな2人が写っていた。
「ふふ、ほら、あたしもやればできるのよ!」
 小物も一式揃え、鼻高々に言うセレンフィリティと一緒にホテルを出る。これから、空京神社へお参りだ。

「いつも通り、すごい人ね。お正月って感じがするわ」
 拝殿へ続く参道を行く2人の前後左右、普段ならもっと空間がありそうなすぐ傍に他の参拝客が歩いている。この人入りの中で、セレンフィリティはまた心が踊るのを感じた。例年、この時期の神社は非常に人で賑わっている。しかし、賑わっているのが好きな彼女にはそれが全く苦にならない。去年は色々とあった……まあ、何もなかった年なんてないけれど。
 今年も、こうして最愛の人と1年を迎えられることが何よりも嬉しい。
「今年はどんな年になるかしら。楽しくてラッキーな1年になるといいわよね」
(それはどうかしら……)
 賽銭箱の前に立ったセレンフィリティが言うのを聞き、セレアナは内心で苦笑する。去年のセレンフィリティは宝くじで二等を当てるわ何故か少尉に昇進するわ、今回は超一流ホテルの宿泊券を当てるわで、くじ運に類するものがやけに強かった。
(今年は、その反動で何も当たらないかもしれないわね)
 心中でそんな事を思いながらお賽銭を入れる。ふと隣を見ると、セレンフィリティは既に目を閉じて手を合わせ、神妙な表情で何かを祈っていた。そこに先程までの軽さや明るさはなく、ただ、真剣さだけが感じられる。
 セレアナはそれだけで、恋人が何を思っているのかが察せられた。自分も、同じ気持ちでいるから。
 それは――
「…………」
 目を閉じ、周囲のざわめきに包まれた暗闇の中で、セレンフィリティは祈る。
 ――どうか……今年も2人が2人でいられますように。
 ……軍人という道を選んだ以上、戦場で「死が2人を分かつ」時がいつ訪れるか判らない。
 今までは来なかったけれど、もしかすると今年、その時が訪れるのかもしれない。
 敵の命を散々に奪っておきながら、自分達だけ命永らえたいなんて虫が良すぎるのは判っている。でも……
 自分の傍らにいる最愛の人のために生きていたい。
(そう思うのは、悪いことでしょうか……?)
 たとえ、そんな資格はないと判っていても。
 頭を掠めるのは、記憶から決して消えない、葬り去る事のできない幼少時の経験だった。性を売り物とする行為を強要されたその過去が影を落とし、セレンフィリティにそんな事を思わせるのかもしれない。
 気持ちを切り替え、無事に1年が過ごせるようにと改めて願う。
 目を開けると、包むような微笑を浮かべたセレアナと目が合った。優しい眼差しから伝わってくる想いに、彼女の心は癒されていく。
「よし、次はお守りを買いに行くわよ! その後はおみくじね」
 交通安全や厄除けのお守りを買って、2人でおみくじを引く。今年初めての運否天賦と受け取った紙を開くと、セレンフィリティの結果は中吉だった。
「中吉かー。なんだか中途半端なの引いちゃったわね。内容も、吉ってほどいいこと書いてないわ……セレアナは?」
「私は大吉よ」
「大吉!? 見せて見せて! ……良かった。セレアナが大吉ならきっと私も大吉だわ!」
 そう言う彼女の笑顔はいつも通りで、手を合わせている時の真剣な雰囲気はもう影も形も感じられない。恋人とおみくじを見せ合って他愛無い感想を言い合う。それが、とても貴重で幸せなことに思えてきて。
(来年も、また……)
 セレアナはそう思いながら、後にした拝殿を振り返った。