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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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リアクション



【甘い作業は渋い味】


「リンス師匠ー♪ お久しぶりなのですよ♪
 ふっふっふー、オルフェ、ついに空京大学に合格したのですよ!」
 スキップするようなリズムでオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は誇らしげに近況報告をする。
「最近見ないと思ったら大学生になってたんだね。おめでとう」
「ご丁寧にありがとうなのですよ♪」
 ぺこりと頭を下げたオルフェリアに続いて、『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)がリンスの前へ出た。
「人形師……、オルフェが「大学に合格したので師匠にお話しするです」と言うから……自分も様子見がてら来てみたんだが……」
 アンノーンは工房の中をぐるりと見渡して、もう一度リンスへ視線を固定した。
「とりあえず、元気してるか。
 御飯はきちんと三食、良く噛んで食べているか。
 仕事に精を出すのはいいが、睡眠もきちんと……」
 友人の心配というより田舎のお母さんのような質問というより気遣いに、リンスはこくりと頷いた。
「元気だし食べてるし眠ってる。大丈夫だよ」
「なら、いい」
 こうして二人が挨拶を終えたのを確認し、さて雑談をと口を開きかけたオルフェリアは、ふとキッチンに向いた目にある人物を捉えて硬直の後叫んだ。
「へ、変態さん!?
 出ましたねパンツ怪人さん! く、クロエちゃんから離れるですよー!!」
 しかしオルフェリアのそんな声に反応したのは『変態』アレクの方では無く、キッチンで忙しくしているクロエでもなく、一番近くにいたリンスの方だ。
「ミシェロヴィッチって変態で怪人なの?」
「えっ……。
 う、うーん……決して、決して悪い人、では、ないです。
 寧ろ、ジゼルさんとか妹さん思いの良いお兄さんだと、オルフェも思う、です、が!」
 続く言葉をオルフェリアは口をとじて飲み込み、頭の中で改めて考えてみる事にした。
 オルフェリアの中に鮮烈に残るアレクのイメージといえば、ロミスカで豊美ちゃんのを被って平然と歩いていたそれだ。挙げ句その時アレクの冗談を真に受けた彼女は、アレクを幼女のぱんつの匂いを嗅いだ本物のド変態だと思っているのだ。
 その事を思い出して真顔になっているオルフェリアに、リンスは首を傾げた。
「とはいえ……これをクロエさんに言うのも……」
 モゴモゴ言いながら今度は難しい顔になったオルフェリア。目の前で百面相をされてもリンスにはどうしていいのか分からない。
「大丈夫?」
「はっ、はい! 大丈夫なのですよ! それよりえっと、あの……。
 あ、アレクさんは……ジゼルさんのモノだから、ジゼルさんと二人っきりにさせてあげましょうね!」
 良い事を思いついた!と表情で言うオルフェリアに、リンスは丁度向こう側を駆けて行ったジゼルを見て、それからアレクの居るキッチンの方へ視線を向けた。
 二人を紹介してくれた時に豊美ちゃんは「お二人はご兄妹でパートナーでご夫婦なんですよー」と少々意味不明な事を言っていた。そこまで深い間柄ならこちらが気を遣う必要も無く四六時中『二人っきり』なのではないだろうか。
 しかも人形工房では既に作業が始まっているのだ。お菓子を作り始めたクロエの傍に居て役立つかどうか不明なアレクの方は兎も角、人一倍作業の早いジゼルはぬいぐるみ作りの班に居てもらわないと皆が困るだろう。
「役割分担は話し合って決めたんだし、こっちが変に気遣いしなくていいと思うよ」
 そんな言葉にオルフェリアは「うぅー……」と詰まっているが、アンノーンがリンスの言葉を繋げる様に、オルフェリアの肩を叩いて首を横に振った。
「人形師……自分も何か手伝おう……。
 ……食べものでも……とりあえず、栄養は、偏らないように、この前は野菜クッキーだったからな」
「そうです! リンス師匠と皆に配れるお菓子を作るのですよー♪」
 料理の二文字にオルフェリアはぱっと顔を輝かせるが、アンノーンの方は何か思い当たる事があるようでギクリと肩を震わせて、「オルフェは休んでいろ」と慌てている。
「え、なんで止めるのですかアンノーン」
 本人ばかりは知らぬようだが、何か問題があるらしい。
「アンノーンが作りたいんだってさ。オルフェリアはこっちの仕事手伝ってくれる?」
「! はいなのですー」
 察したリンスが助け船を出すと、オルフェリアの興味が移った。その隙にアンノーンはさっさとキッチンへ足を向けてしまう。
「待って下さいですー!」と慌てて追いかけてきたオルフェリアに、アンノーンはどこか呆れたような顔で言った。
「どうでもいいが、人様を変態扱いするのはどうかと思うぞ」
「オルフェ、今何か間違ったでしょうか?」
 全く分からないといった様子のオルフェリアに見切りを付けて、アンノーンはキッチンの面子に軽く挨拶を済ませると、早々に作業に入っていく。
凝ったメニューは時間がかかったが、アンノーンの手際の良さで数十分の後にキッチンから新たな甘い香りが漂い始めた。
「ねぇアンノーンおにぃちゃん。これ、なぁに?」
「おからのパイ生地、人参のパウンド生地に胡麻クリームが入っていて、ホウレンソウのシュー生地で包んである。
 まぁ、野菜のシュークリームだな」
「からだによさそうだしおいしそうね! ね、さっそくみんなにくばりましょ?」
「ああ」
 クロエに手を引かれながら、アンノーンはキッチンから出て行った。
「ここに居るメンバー分はある、はずだ。とりあえず、何事も、休憩は取るようにな」
 皆へ声を掛けながらクロエとシュークリームを配り歩くアンノーンを、オルフェリアはキッチンから恨めしげに見つめていた。自分も料理に参加したかったのに、手を出そうとすればその度アンノーンに止められてしまっていたのだ。その視線に気づいているから、アンノーンは引き結んでいた唇をむにゃりと歪ませてオルフェリアに振り向いてやる。
「……オルフェも、手伝いたいのは判ったから……」
「え? アンノーンも手伝ってくれるのですか?
 ありがとうですよー♪」
 キッチンの真ん中に戻ったオルフェリアは気合いを入れる為に腕まくりし直すと、テーブルの上を確認して誰かが準備していたらしいボールへ手を伸ばす。
 中に入っているのは泡立てる前の生クリームだ。
「確か生クリームにあれを入れると……」
 記憶の中を探ったオルフェリアの頭の中では柑橘系の香りが蘇っていた。それを再現しようと冷蔵庫から瓶を持ってきたオルフェリアがボールを片手に持った瞬間、腕が動かなくなる。
 数珠状の祈りの用具をはめた腕に、右手の結婚指環というところで背中の後ろの人物を思い当たり、オルフェリアはもしや先程の件に相手が怒っているのではと震えながら声を発した。
「なななな何する気ですか!」
「そっちこそ何する気だ」アレクが何時もの無表情に僅かな色を滲ませながら問いかける。含んでいるのは怒りではなく、不安だ。
「レモン汁を入れるんですよ。生クリームに入れると直ぐに泡立つって豆知識なのですー♪」
 言いながら腕を動かそうとするが、拘束は放してもらえないようだ。それが駄目だ、という意味なのだと悟って、オルフェリアは眉を下げた。
「……え、駄目なのですか? 良い香りもついて美味しそうですよ?」
 呑気な声にアレクは内心溜め息をつきながら真顔で答える。
「レモン汁で泡立つのは卵白だ。生クリームに入れたら固まるぞ」
「く、詳しいんですね?」
「バイトで本の翻訳やってるんだよ。昔レシピ集をやった事が……どうでもいいな、それなりに力仕事だから、こっちに任せとけ」
 呆けた顔でいるオルフェリアからボールを取り上げて、アレクは泡立て器を持った片手でオルフェリアを払う仕草をする。アンノーンがオルフェリアが料理しようとするのを必死に止めていた理由を、今の出来事で何となく理解したのだ。勇気有る勘違い系創作料理は恐ろしい結果を生み出しかねない。  
「じゃ、じゃあこっちを手伝うのです。えぇと……、『薄力粉200グラムを卵に加える』」
 メモを見ながらふむふむと頷いて、ボールにどしゃーっと粉を入れた。
 今度はちゃんと計ったし、完璧だと卵を粉の上で割ろうとした瞬間、またも腕が動かなくなる。
「むぅ、今度は何なのですか!」
 目の前で膨らむ頬に、理不尽だとしまっていた溜め息を吐き出して、アレクはボールの中を指しながらオルフェリアに問いかける。
「振ったか?」とそんな質問の意図をオルフェリアの方は意味が全く分かっていないらしく、卵を片手に「え?」と声を漏らすばかりだ。質問は丁寧に。物わかりの悪い新兵にそうするように、アレクは言い直す。
「粉、振ったのか?」
「……え、粉をふる? なんでですか?」
「ダマになるからやるだろ。そこの網は何だと思ってんだよ草挟んで偽装して敵地に突っ込む為じゃねえぞ!?」
「だまにならないように?」
 全く分かっていないという表情が返ってくるのに、アレクはもうだめだと目を閉じて首を横に振った。
「ここも俺がやるから」
 またも器具を取り上げられてしまい、オルフェリアはどうしたものかと周りを見て、目についたものへぱたぱたと駆け寄って行った。
 数秒後にキッチンから聞こえてきた「Give me a break!(*勘弁してくれ!)」という叫び声に、シュークリームを配っていたアンノーンは向こうの状況を大体察して額を抑えるのだ。
「あちらの監視も必要……か」と。