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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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【あなたに甘いお菓子を】


 十二月に入り、街の様相は随分と様変わりした。
 店の軒先にはクリスマスツリーが置かれ、緑と赤のクリスマスカラーに彩られ、家々にもイルミネーションが飾られ。
 ここ人形工房も、クリスマスのプレゼントを手作りするとかで人が集まっている。
「クリスマスかぁ……出費の増える季節だなぁ」
 七刀 切(しちとう・きり)は、ぼんやりと呟いた。呟きに意図はない。クリスマスだと思ったら自然と言葉が口をついて出てきただけだ。みんなが楽しそうにしているのに、真っ先に金銭問題を考えてしまうのはどうしてだろう。貧乏性のせいだろうか。だって仕方がないじゃないか。家計の管理は切が担当しているのだから。
 しかしどうして切り詰めても減る一方なのだろうか。たまに溜まったと思っても、予想外の出来事が起きたりして維持できたためしがない。これはあれか。貧乏ループか。
「くそうっ。貧しくて悪いか! 悪いのか!」
 再び、心の声が表れた。隣にいたクロエが、きょとんと切を見上げる。切はクロエの曇りなき真っ直ぐな目を見なかったことにして、泡だて器を握る手に力を込めた。
 シャカシャカシャカシャカ。
 規則的な音を立て、ひたすら卵を泡立てる。この行為は日頃の鬱憤を晴らすには最適だ。そう思い込むことにする。……実際は、泡立てる作業が大変だからと黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)に強制連行されたわけだが。
 だが、ただ手伝うのも味気ない。言われたことしかできないと思われるのも癪だし、ちょっとばかり見返してやりたい気持ちもある。
 ので、切は棚にあった茶葉の缶を取った。蓋を開け、スプーン一杯分の茶葉を細かく刻んでクッキー生地に混ぜ込む。型を抜き、クッキングシートを敷いた天板に並べて焼けば、
「ほい完成ー」
「いいにおいー。きりおにぃちゃん、なにしたの?」
「紅茶クッキー。食べる?」
「わぁい」
 クロエに一枚食べさせて、切は調理に戻った。小麦粉とベーキングパウダーと砂糖、卵と牛乳を混ぜて生地を作り、フライパンで丸く焼く。
「ホットケーキ!」
「正解。ちびっこもいることだし、いい感じでしょ?」
「きのきく、できるおとこね!」
「クロエはさ? どこでそんなませた言葉を覚えてくるのかねぇ……」
 苦笑しつつ、これもクロエに味見させてやる。おいしい、と笑う顔にほっこりしたのも束の間、殺気にも似た気配を感じてぶるりと震えた。
「…………」
「音穏さん、顔、顔。クロエが驚いちゃうよ」
「……覚悟しておけ、主夫」
「えええ。ワイ頑張ったじゃん」
 ひどい、と言いつつもこの流れは想像できていた。ついでにこの後どうなるのかも大体見当がつく。
「でもワイめげない。めげないよ!」
 強い子元気な子、と適当に歌を歌いながら、混ぜる、混ぜる。


 切がクロエに褒められた。
 実際、気の利いたことをしたのだ。褒められて然るべきだと思う。思うが。
「……羨ましい」
「えっ?」
「いっ、いや。なんでも」
 音穏は、クロエから目を逸らしながらチョコレートを刻んだ。何度も作ったので、手順はきちんと覚えている。思い出しながら、緊張でややぎこちなくなった手つきでお菓子を作った。
「あ。それって」
 途中で、クロエは音穏が何を作っているのか気付いたようだ。嬉しそうな声を上げ、目をきらきらさせて音穏の作るお菓子を見ている。見られると余計緊張したが、クロエが楽しそうなので何も言えなかった。それになんとなく、見ていてくれて嬉しいとも思った。
 チョコの形を整えて、ココアパウダーをまぶす。
「出来たぞ」
「あは。なつかしいわね!」
 完成したのはトリュフチョコだった。昔、クロエと一緒に作ったものと同じレシピだ。
「あの時よりも上達したぞ」
「そうなの? すごい!」
「食べてみろ、ほら」
 チョコを一粒クロエに食べさせる。もぐもぐと口が動くのを、愛しいと思いながら見ていた。
「……おいしい!」
 満面の笑みに、つられてこちらまで笑顔になる。
「良かった」
「すごい、すごい。ねおんおねぇちゃん、こんどいっしょにおかしつくろうね」
「! ……ああ。そうだな」
 こうなることを望んで、日頃お菓子作りの練習をしていたということは、黙っておこう。
「一緒に、作ろう」


*...***...*


 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と一緒にクリスマスプレゼント作りに参加した水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、気づけばお菓子作りをお願いされていた。
 勉学と厳しい訓練に日々を追われているが、こう見えてもゆかりはお菓子作りは得意な方で、自信があるし、慣れない作業に集中し甘い物が欲しいだろう参加者達におやつを労いに配ろうというクロエ達の考えには大いに同意していた。
「それで、ですね。皆さんに食べてもらう分とは別に、クッキーとかを少量ですけど小さな袋に入れて子供達に渡したりとかはどうでしょう。変、でしょうか?」
 と、食べ物であるがプレゼントサプライズを増やせないか提案するゆかりに陣頭指揮を執るクロエとそれに付き合うアレクは一度互いに見合った。
「すてき! みんなきっとよろこぶわ! ね、アレクおにぃちゃん?」
「Da.」
 と、二人は二つ返事で了承する。
 皆の賛同を得られれば、そちらも用意しようと生地を分け、取り置くためのボールをもう一つ追加した。
 必要な道具と材料をテーブルの上に置き、計量カップを手にしたゆかりと小麦粉の袋の口を開けたマリエッタが作ろうとしているのは焼き菓子だ。
 気軽につまめるし、焼き立てで食べれば美味しいし、冷めてもやはり美味しい。時間や室温に左右されない手軽さと気安さは作業をする皆に気を使わせずに済むだろうし。
 そうと決まれば頭の中からレシピを引っ張り出してきて、作るのは何にしようか。
 ブラウニーや、フルーツパイ、キャレアル、アーモンドクッキー等々。ああ、甘い物が苦手な人には塩味のクッキー、カロリーを気にする人には塩分やバター、砂糖を控えめにした物とかも作りたい。
 一度に他種類か、とボールに計量した小麦粉をそれぞれ入れながらゆかりは生地作りの工夫も混ぜ込んだ。サクッと柔らかな食感や、適度な硬さで食べ応えのあるものまで作るお菓子ごとに細かく調整していく。同じクッキーや焼き菓子でも食感が異なる方が味覚的にも美味しいし、何より食べていて楽しく飽きが来ないのを、ゆかり自身が良く知っているので、皆に言葉ではなく自然と伝えられたらと思う。
 計量が終わり手順通りに生地を捏ねるのはマリエッタの担当である。
 おかし作りに参加しているもののマリエッタはゆかりほどはお菓子作りが得意というわけでもなく、手伝えることが限られてしまう。
 味付けや形を整えたりといった工程は、料理の味付けが怪しく繊細な作業を苦手としているマリエッタが進んで手伝うのは捏ねたり混ぜたり切り分けたりという部分だ。
 クッキーやパイ生地を指示の通りに捏ねていく。こねこね、こねこねと捏ねていく。種類が多い分脇見などできないのだが、気づけば、マリエッタはパートナーの横顔を見ていた。
 流れる様にお菓子を作るパートナーの横顔はおだやかでとても女性的。
 どっかんどっかんとコミカルに生地を捏ねているマリエッタとは対照的過ぎて、女子力という点では、すでに負けている。そのことを改めて思い知らされたので、気分はショボーンと落ちてしまう。どっかんどっかんの音も気落ちして、ぺちぺちと小さくなった。
 が、落ち込むなとマリエッタは自分を励ます。
 料理が下手ではあるが下手なりに、自分のやっている仕事だって決して無駄じゃないはずだ!
 気持ちを入れ替えるように腕捲りをしてマリエッタは砂糖とバターによって甘い匂いを放つ生地に手を突っ込んだ。