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はっぴーめりーくりすます。4

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はっぴーめりーくりすます。4
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リアクション



16


 クリスマスイブからクリスマスにかけて、ヴァイシャリーで『シニフィアン・メイデン』のコンサートが行われる予定だった。
 過去形だ。
「コンサートが中止?」
 当日になって、会場がトラブルに見舞われたのだとプロデューサーは言った。
 来てもらったのにすまないと謝る声は、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)には半ば届いていなかった。
 ばっと振り返り、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を見る。アデリーヌも、どこか嬉しそうにしていた。同じ気持ちなのだとわかって、余計に嬉しくなる。
「申し訳ないけど、今日は一日オフってことで……きみたち、聞いてる?」
「聞いてるわ。ありがとう、プロデューサー!」
「ありがとう?」
 言葉の意味を取りあぐねて首を傾げるプロデューサーを残して、さゆみはアデリーヌの手を取った。
 思わぬ形で取れた休み、しかもクリスマスに恋人とふたりきり。
「何をしようか」
「さゆみと一緒でしたら、なんでも」
「コンサートでも?」
「それでもきっと、わたくしは楽しかったと思います」
 アデリーヌの返答にさゆみが笑うと、アデリーヌもどこかくすぐったそうに笑い返すのだった。


 『Sweet Illusion』でケーキを食べて、人形工房に顔を出して。
 楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
 宿泊先のホテルに戻り、窓の外を見る。
 既に日は落ち、暗くなりはじめていた。
「今年は、ふたりだけで過ごすなんて無理だって思ってたわ」
 コンサートの予定は早くから組まれていたし、コンサートが終われば打ち上げだなんだとあって日をまたいだことだろう。
 絶望的だったはずなのに、今、ふたりだけで過ごせている。
「奇跡ね」
 そう、奇跡的なのに。
 なのに、さゆみの心には暗い想いがもやのようにかかっていた。
「……さゆみ?」
 アデリーヌが、心配そうにさゆみを呼んだ。悲しそうな顔をしている。そんな顔はしてほしくなかったので、無理やりにでも笑顔を作った。
「なんでもないよ!」
 心配をかけないように、さゆみは努めて明るく振舞った。アデリーヌは気付いていないのか、はたまた気付かない振りをしているのか、さゆみの笑顔に流されてくれた。
「これ、プレゼントです」
 渡されたものは、ポインセチアをモチーフにした髪飾りだった。
「わあ……ありがとう。ねえ、つけてくれる?」
「はい」
 バレッタが、ぱちりと止まる音がした。顔を上げて、アデリーヌを見る。
「似合う?」
「とっても」
 幼く笑うアデリーヌを見ていたら、不意に胸が締め付けられた。押し込めていた暗い想いが、じわりじわりと広がっていく。
 今日は、クリスマスだ。
 同時に、さゆみの誕生日である。
 つまり、ふたりにとって最も祝福すべき日と、残酷な現実とが一緒に訪れる日。
 アデリーヌは吸血鬼だ。千年の時を超えて、今もなお生きている。
 対して自分は、ほんの数十年、長くても百年と少ししか生きることは叶わないだろう。
 アデリーヌからすれば、ほとんど一瞬のような寿命しか持たない自分。普段は、そのことを決して意識しようとはしなかった。けれども誕生日だけは、年を重ねてしまうこの日だけは、否応なしに自覚させられてしまう。
「……さゆみ?」
 優しい声が、さゆみを呼んだ。
 アデリーヌは、数百年前に最愛の人を自分の過失で死なせてしまっている。失う悲しみを、わかっている。それでもなお、さゆみの傍にいることを選んでくれている。
 私はアディに何ができる?
 自問した。答えはいつもひとつだった。
 できるだけ長く、彼女の傍にいてあげたい。
 けれど、いつか必ず、『その日』は訪れるのだ。
「なんでもないよー」
「……本当に?」
「本当だってば! やだなー疑うのー? くすぐるよ?」
「えっ、ちょっとっ、くすぐるのにどういう関連が……!」
「あはは」
 悪ふざけしているうちに、ベッドに倒れ込んだ。アデリーヌを押し倒した形だ。ベッドの上で、緑の目がさゆみを見上げている。最愛の人の存在に、さゆみは微笑みかける。
 不意に、決壊した。
 ぽろぽろと、涙が零れ落ちる。
「……さゆみ?」
「ねえ……あと何回、こうしてふたりでふざけあったりできるかな……。あと何回、こうしていられるの……かな……?」
 去年のクリスマスも、こうして泣いてしまった。今年は泣かないと誓ったのに、それでも涙は零れてしまう。
 泣いてなんかいられない。そう思っているのに止められない。
 涙を拭おうとした手が、アデリーヌによって掴まれた。あっ、と思う間もなく、引き寄せられる。
「わたくしはあなたの泣き顔なんて見たくない」
 はっきりとした声に、息を飲む。謝りたかったが、声が出なかった。
「わたくしは、あなたの笑顔がこの世界で一番好き。ねえ、さゆみ。笑ってくださいな。わたくしのために」
 耳元で囁かれる言葉に、嬉しさと悲しさが同時に沸く。
 なんとか悲しさは追いやって、涙を拭った。笑顔を作る。
「ありがとう、さゆみ」
「ううん……ごめんね」
「何を謝ることがありますか。今こうして貴方と過ごせて、確かにわたくしは幸せですわ」
 その一言に、再び涙が出そうになった。泣きそうになるのをこらえて、笑う。
「メリークリスマス」
「アンド、ハッピーバースデー」
 くすりと笑って、どちらからともなく口付けを交わした。