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春待月・早緑月

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春待月・早緑月
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リアクション

 初詣を筆頭に正月イベントは全部こなした。
 テレビの正月特番にも飽きた。
 どこかへ遊びに行こうにも、どこもかしこもイモを洗うみたいに混んでいる。
 とにかく暇過ぎてもう死にそう。

 とくれば、次はどうすればいいか?

「そりゃーやることっていったら1つよね〜!」
 ふははははっ。
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)はだれもいないリビングルームで、1人胸を張って高笑った。
 足元には炬燵が設置されており、ひと目見て分かるほど暖かな熱を放出している。
 ついふらふらと入ってしまいそうな……。
「おっと危ない」
 いつの間にかつま先が入っていたことに気づいて、リーラは一歩後ろに下がる。
 元からある炬燵を撤去したりと手間かけてまでわざわざ設置したこの炬燵。ただの炬燵であるはずがない。
 知る人ぞ知る『1度入っちゃうと自力では出れない、しかも時間が経つにつれて体もネコ化しちゃうよ(byなぞの占い師)』という、厄介な魔法炬燵である。
 去年の冬、この炬燵によりツァンダの街と冬山でひと騒動あったわけだが、その後この危険な炬燵はすべて処分されたはずだった。
 まぁ、「はず」というのは往々にして実はそうなっていないことが多いわけで。今回もご多聞に漏れず、ここにちゃっかり1台現存していた。
「ふふっ。この威力、さすがね〜。これでこそ根回しとイノベーションを駆使して裏ルートから横流しで手に入れた価値があるってものだわ」
 苦労して手に入れたあとも、だれにも見つからないようこっそり隠し通したこの逸品。今使わないでいつ使うっていうのか。
「問題は、真司の記憶に残ってないかってことよね〜。もう1年も前のことだし、頭からさっぱり抜けてくれてたらやりやすいんだけど〜」
 うーん、と考え込んだそのとき、2階からヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が下りてきた。
「リーラ、話し声が聞こえますけど、お客さまですか?」
「ヴェルリア! いいとこに来たわ〜。ちょうど呼ぼうと思ってたとこなのよ〜」
 いそいそ部屋の入り口で出迎え、逃がさないとばかりに後ろ手で戸を閉める。
「え? あ、炬燵。新しいのに変わってますけど、買い替えたんですか?」
「そーそー。前のはスイッチが入らなくなっちゃったから、さっきひとっ走りして買ってきたのよ〜(大嘘)」
「そうですか。前の、気に入っていたからちょっと残念――って、あれ? これ、なんだかどこかで見たことあるような気がするんですけど……」
 どこで見たんだったっけ? と首をひねるヴェルリアの肩を掴み、リーラはぐいっと前に押し出した。
「今年の人気商品で、テレビやチラシでも大々的に広告してたから、それじゃない〜?(超大嘘)」
「そうですか? そうかもしれませんね。って、何押してるんですか? リーラ」
 ぐいぐい押されて、ヴェルリアはいつしかこたつ布団に触れる際まで来ていた。
「べつに他意はないわ〜。入って具合見てもらいたいのよ〜」
 あえて「他意はない」と口にする者ほどあやしいものはない。ヴェルリアもうさんくさそうな表情をして肩越しにリーラを見ていたが、意識していなかったこともあって、すぐに炬燵の魔力に囚われてしまった。
「……そうですね。寒いので、真司が帰って来るまで炬燵に入って待っていることにします。帰ってきたら、お昼の準備しないといけませんし……」
「そうね〜そうしましょうね〜」
 にっこにっこ笑顔でテキトーにうなずいて。リーラはヴェルリアをなかば強引に炬燵へ押し込んだのだった。



 ガチャリと玄関ドアが開く音がして、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が買い出しから戻ってきた。
 リーラはさささっと隠れる。それと入れ違って、廊下側から真司がコートの前を開きながらリビングへ入った。
「ただいま。――ん?」
 ヴェルリアが炬燵から上半身を出してうたた寝している姿が目に入る。
「そんな所で寝ていると、風邪をひくぞ」
 声がけをしてダイニングに向かった真司だったが、買ってきた荷物をテーブルに下ろした直後ようやく気付いた。
「あの炬燵はまさか!?」
 大急ぎ、ヴェルリアの元へ戻る。
「ヴェルリア! おいっ、ヴェルリア!?」
 もちろん真司も例の一件にかかわったため、この炬燵が何か知っている。炬燵に触れないよう気をつけながら、ヴェルリアの傍らに膝をついた。
 名前を呼ばれ、目を覚ましたヴェルリアは仰向けになるよう寝返りをうち、赤くほてった顔で真司を見上げる。
「……ふにゃぁ……しん、じ……?」
 広がった銀色の髪の間からは、長毛の白い耳がピコっと生えていた。
「一体いつから……いや、それより、なんでこの炬燵がうちに!?」
「ああ、真司……いつの間に帰ってたんです……? 今、お昼、に……。
 ちょっとだけ、待ってください……なんか、体が、重くて……。ふうう……あつーい……」
 セーターの襟を引っ張って、少しでも冷たい空気を送り込もうとしている。
 すっかりのぼせきって脱力し、目がとろんとして、焦点があっているようにみえなかった。
 炬燵には入った者を出さない魔力がある。だが炬燵の魔力だけでここまでなるか?
「ヴェルリア、何があった?」
「何、が……? ……ええと……炬燵に、入って……暑いと言ったら……リーラが飲み物を……」
「リーラ? またあいつか!!」
 またというか、やっぱりというか。
「あいつめ……。どうせ暇だからという理由でヴェルリアで遊ぶことにしたに決まっている。見つけたら今度こそ説教だ」
 とにもかくにもまずはヴェルリアを引っ張り出さなければ。
 ぶつぶつリーラへの文句を口にしつつ、腰を浮かせたときだった。
「ぴんぽーーーん ♪ 」
 そんなリーラの声がすぐ背後からしたと思った瞬間、真司はどんっと強く体を前に押されていた。



 数分後。
「あらー、かわいいー」
 すっかり炬燵の魔力に囚われて、こたつテーブルの上に突っ伏している真司の頭からにょっきり生えたロシアンブルーの耳に、リーラはいたずらが成功した子どものような満面の笑顔で手をたたいて喜んでいた。
「……くっ。
 もう気が済んだだろう。出せ」
「やぁーよ。出したらお説教するんでしょ」
「当たり前だ!」
 がばり身を起こして叫んだあと、頭がくらりときて再び盤上に額をつけた。
 炬燵が、まだ真司が抜け出したいとの気持ちを捨てきってないと見抜いたのか、さらに魔力を強化したような気がする。
「炬燵から出られないだけなんだし〜? 耳やシッポだって、出たらそのうち消えちゃうんだからいーじゃないの〜」
 ただし、長期間入っていた場合どうなのかは前例がないためだれも知らない。
「完全にネコになったって、大丈夫よ。私、捨てたりしないから〜」
「リーラ!」
「あー、なんかおなか空いちゃった〜。準備できるヴェルリアも真司もいないし〜、外でお昼食べてこよーっと。
 あ、ネコちゃんたちにはこれね〜」
 ポイっとマタタビの枝を放って、リーラはさっさとドアへ向かった。以後、いくら真司があせって呼び止めようとしてもまったく聞く耳を持たず、振り返ることなく出て行く。
 ガチャンと玄関ドアが閉まる音がしてリーラの気配がなくなり、本当に自分たちを置いて出かけてしまったのだと知った真司は、文字どおり頭を抱えてしまった。
「どうしたらいいんだ……」
「うふふっ。しーんじっ ♪ 」
 マタタビはすべてのネコに効くわけではない。むしろ効かないネコの方が多い。
 リーラの置き土産に真司は特に何も感じなかったが、ヴェルリアには効果てきめんだったらしい。くすくす笑いながら這いよって来て、真司の脇腹に頭や額をこすりつけだした。
「ヴェルリア?」
「真司、だーい好きっ」
「うわ!」
 突然しがみつかれ、勢いよく仰向けに押し倒される。おおいかぶさるようにヴェルリアの両手が顔の横について、銀の髪がカーテンのように真司の両側に垂れた。
 熱っぽく潤んだ青い瞳が真司を見下ろして「真司……」とつぶやいたあと、徐々に顔を寄せてくる。
 真司の鼓動が急速に早まった。
「ヴェルリア、おまえ……」
「ふふふふふっ」
 唐突にヴェルリアは肩を震わせて笑いだし、真司の肩に顔をうずめると、頭やほおを真司のほおにすり寄せた。
(まるっきりネコだな)
 ほっとする思いのなかに、少し残念に思う気持ちがあるのを自覚しながらヴェルリアの頭をなでる。ヴェルリアは気持ちよさそうに目を細めて自分から手に頭をすりつけていくと、真司に体の半分を乗り上げたまま、眠り始めてしまった。
(う、動けない)
 ヴェルリアの手足がしっかり真司の体の上に乗って、がっちり固めている。
 どうにか方法はないものかと考えていたが、やがて、はーっと息を吐き出して、真司はあきらめた。
 何をしようが無駄だ。自力で炬燵からは抜け出せない。そのうち外で息抜きして戻ってきたリーラが気を変えて引っ張り出してくれるだろう。
 そう結論した真司は、自分も寝ることにした。それしかすることがない。
 うとうとしかけたころ、眠っているとばかり思っていたヴェルリアがむくっと身を起こす。そして、何を思ったか、うちゅっとキスをした。
「!!!」
「うふっ。うふふふっ」
 男女のキスという感じはなく、小さな子ども同士のたわむれ、ネコがネコの口元をなめた、そんな感じのキスだった。
 しかしキスはキスだ。
 顔を赤くして声も出せないでいる真司の胸に、またもヴェルリアは頭をすりつける。そしてすーっとそのまま眠ってしまった。
「………………寝ぼけてたのか」
 だろう。たぶん。起きたらきっと覚えていない類いのやつだ。
 しかし真司ははっきり覚えている。今も唇からヴェルリアのやわらかな唇の感触が消えず、頭のなかでリピートしていて……。
「ああ、くそっ」
 両腕で目元をおおう。
 体がざわざわして、なんだか落ちつかなかった。妙に意識してしまい、ヴェルリアを引き離したかったが、がっちり両手でしがみついていて放しそうにない。
 それにしても、自分たち以外だれもいなくてよかった。リーラが見ていたなら一体何を言われるか知れたものじゃない。
 引きとめようとした自分に従わず、出かけてくれてよかったと感謝さえしていた真司だったが。
 彼はまったく気づいていなかった。
 あのリーラが、面白くなりそうなこんなシチュエーションを放置して出かけたりするはずがないではないか。

 物陰に隠れるようにして配置されていたビデオカメラがしっかり現場を捉えていたことを彼が知ることができるかは、また別のお話である。