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リアクション
11 シャッターの怪
鈍い音が、響いていた。
「壊れてよ……っ!」
長いドレスの裾をひるがえし、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が立ち塞がるシャッターを蹴っている。
周りにいる人が遠巻きに美羽の様子を見ているが、美羽は気にせず破壊を続ける。
壊れる気配がないのに、破壊と言えるかは不明だが。
――四十五分前、B棟五階、女性服売り場。
「うわーっ、これ可愛い!」
「ほんとう! すっごくふわふわしてて、おかしみたい!」
美羽はクロエ・レイス(くろえ・れいす)と並んで服を見ていた。先ほどまではピノも一緒に見ていたが、ラスからの電話があって今は少し離れたところにいる。
美羽たちがいる店はノスタルジックをテーマにした店で、レースやフリルがふんだんに使われた服がたくさん並んでいる。
女の子としては、やはり、こういう可愛い服にときめくものだ。あれもいいこれもいい、と姿見の前で合わせてははしゃぐ。
「ねぇみわおねぇちゃん、パーティいしょうなんかもあるわ!」
「へえ、どれどれ?」
レジの脇、店の一角がパーティドレスのコーナーだった。ミニドレス、ロングドレス、ボレロ、靴、バッグ、と服から小物まで品数豊富に揃えられている。
「みわおねぇちゃんならこれね」
「クロエならこれかな」
「しちゃくする?」
「したいんでしょ?」
「みわおねぇちゃんこそ!」
「バレた!」
やり取りの後、くすくすと笑ってから店員さんを捕まえる。試着室の数の関係で、ひとりずつ通されることになった。「おさきにどうぞ!」とクロエが譲ってくれたので、先に美羽が入る。
クロエが美羽に選んだドレスは、丈の長い白のドレスだった。長いスカートを履いたのはのはいつぶりだろうか、と美羽は鏡の中の自分を見ながら考える。
純白の衣装、あしらわれたフリル、長い丈。このことからふと、ウエディングドレスを連想した。同時に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の顔も浮かぶ。途端に恥ずかしくなって、美羽はぶんぶんと頭を振った。鏡の中の自分は、顔が赤くなっていた。頬に手を当て、熱を冷ます。
落ち着いてから試着室を出ると、クロエが「わぁっ」と目を輝かせた。
「およめさんみたいね!」
その一言で再び気恥ずかしくなったが、「似合うでしょー」と笑っておく。
クロエも着替えるよう促してから、ふと紺侍のことを思い出した。リンス、クロエ、といて紺侍がいないのは、なんとなく寂しい。
携帯を取り出して、電話帳から紺侍の名前を探し、かける。数コールの後、機械音声が電話に出られない旨を伝えた。
ああそういえば、このデパートで働くことになったと言っていたっけ。そう思い出して、美羽は電話を切った。バイト中なのだろう。バイト中、携帯を持って働くことはない。まして、出るはずがない。
だからおかしくはないはずなのだ。
なのに、この胸騒ぎはなんだ?
「…………」
嫌な、予感がする。
「美羽?」
美羽の様子に気付いたコハクが、心配そうな顔で呼びかけた。コハクの隣にいたリンスも、電話を終えたピノも、美羽の方を見ている。
「みわおねぇちゃん、どうかしたの?」
試着を終えたクロエも、美羽の隣にやってきた。
この人たちに心配をかけてはいけない。そう思い、美羽は笑った。
「いやー、コンちゃんもここにいたら楽しいかなって考えてたんだ。知ってる? コンちゃんさ、このデパートで働いてるんだよ。私ちょっと、呼んできちゃおっかな!」
「なら、わたしもついてくわ」
というクロエの申し出はいつもなら有難いのだが、今は別だ。断らなければならない。
「ううん、クロエは色んな可愛い格好をするべきだよ! せっかく可愛いんだから。あっ、言い忘れたけどそのドレスもすごく似合ってる。素敵! じゃあね!」
クロエは妙に鋭いところもあるし、長々と誤魔化していたら怪しまれるだろう。そう思って美羽は言葉を置き去りにして走り出した。
後方で店員さんの「お客様、お洋服――」という声が聞こえた。
「ごめんなさい! 必ず戻りますから!」
とりあえず謝って階段へ向かう。たぶん、コハクがなんとかしてくれるだろう。大丈夫だ。
そう願って、連絡通路のある六階を目指した。階をひとつ上がるだけならエレベーターを待つより階段で行った方が早い。
階段を上りきり、連絡通路を目指して走った。通路も駆け抜ける。買い物客が、ドレス姿で走る美羽に怪訝そうな顔を向けたが気にしてはいられなかった。
本館に着き、地下へとエレベーターで向かう。エレベーターの壁に背を預けて、美羽はスカートを見下ろした。長い丈のスカートとは、こうも走りにくいものか。当然といえば当然なのだが、もどかしい気持ちになった。ぴったりとした素材でないことが唯一の救いだ。
ちん、という音がして、エレベーターが止まった。地下一階だ。二階を押したはずなのに、降りてくれない。ここで足止めを喰らうのも馬鹿らしい。階段で向かおうと、美羽はエレベーターから降りた。
地下一階に降り立ってすぐ、異変に気付いた。
「何、これ……」
そこかしこにシャッターが降りていた。階段や、エスカレーターの前だ。はっと気付いてエレベーターを見る。エレベーターも、地下へは降りてくれなかった。
――これより地下へ行く手段が、ない?
どうしてシャッターが閉まっているのか。問いたくても、地下一階にひとけはない。右を見る。左を見る。誰ひとりとして見当たらない。遠くで何かに重いものをぶつけるような音が響いたが、それ以外はしんとしている。
非日常すぎる空間がただただ不気味で、気持ち悪かった。胸の中に生まれた不安が、急速に膨れ上がる。
絶対、この先に。
いや、地下二階に、何か、ある。
確信した美羽は、勢いよくシャッターを蹴り飛ばした。長いスカートがひるがえり、衣擦れの音が耳に届いた。
美羽は蹴り技に自信がある。デパートのシャッター程度、これで壊れるはずだった。
はずだったのに。
「……嘘」
けれど、シャッターは依然としてそこにある。蹴った部分はへこんですらいない。まるで何事もなかったかのように、道を塞いでいた。
知らず知らず手を抜いたのだろうか? 踏み込みや体重移動が甘かった?
まさか、と思いつつ、もう一発蹴り飛ばす。今度はしっかり意識した。壊すつもりで蹴りつけた。
けれど結果は変わらなかった。シャッターは、衝撃の瞬間に鈍い音を響かせた以後黙り込んでいる。壊れる気配など微塵もない。
二度。三度。連続で蹴る。しかしシャッターは破れない。
嘘でしょ。小さく呟いて、蹴りを繰り出す。
何度も、何度も、蹴り続けた。
ルークから連絡があったのは、五分程前の事だった。事情を説明し、『赤ん坊からお婆ちゃんまで、全世界の女性を口説くまで、俺は死ねないんです!』という声を残した電話に大変冷徹な眼差しを送ってから移動を開始し、その道中でソフィアは空京警察と教導団に連絡する。
(買い物から戻らないと思えば、そんな油の売り方をしていたなんて……)
心配よりも、頭痛を先に感じつつデパートに到着する。外の様子は、事件の匂いを一切感じさせないのんびりとしたものだった。悪くない日和の中、それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。
A棟から一階に入ると、どこにでもある買い物風景が目に入った。フロアを歩く誰一人として慌てていないし、その多くに笑顔が見られる。
「…………」
毅然とした空気を崩さぬまま、ソフィアは淡々とした表情で一階を歩く。周囲を観察しながら彼女が向かっているのは、地下一階へ続くエスカレーターの一つだった。ともかく地下へ行って、直に状況を確認しないと始まらない。
やがて、がぁん、がぁん! という激しい音が耳に届くようになってくる。音はエスカレーターへ近付く程大きくなり、辿り着いた時点で音源は地下一階なのだと確信する。店員が通行止めをしているその先で、金属質な何かを叩く音が響いていた。恐らくは――シャッターか。
このデパートのエスカレーターは少し特殊で、下の階に続くエスカレーターのみが二列平行に設置されている。上へ行く為のものは別の場所にあり、ここからは下へしか移動出来ない。
そうでなければ、ルークの言っていた『シャッターで地下二階を封鎖する』という事象は起こりえない。何故かといえば、通常は『一階から地下一階へ。地下一階から地下二階へ』のエスカレーターはくの字型に隣り合っているからだ。地下二階を封鎖しようとすれば一階からシャッターを降ろし、地下一階を巻き込む形で人々を閉じ込めるしかない。
――だから、犯人はこのデパートを選んだのだろうか。
「すみません、この先へ行きたいのですが、通していただけますか?」
「申し訳ありません。今この先は工事中でして……関係者以外は立入禁止となっております」
通行止めをしている店員に話しかけると、彼はそう言って礼をした。だが、その口調にはどことなく戸惑いが含まれている。実を言えば何が起こっているか分からない――彼の口調と表情は、それを如実に物語っていた。ソフィアは表情を引き締め、彼に対して身分証を示す。
「シャンバラ教導団の者です。地下二階で起きている事件を調査しに来ました」
「……! そうでしたか。ご苦労様です」
これで謎が解ける、と思ったのだろうか。店員はさっと場所を空けた。立入禁止の割に稼動したままのエスカレーターに乗り、地下一階へ降りる。
「これは……」
音源は、程無く見つかった。地下二階へ降りるエスカレーターと、その階段の二箇所だ。エスカレーター側では、パーティードレスを着た少女が必死に蹴りを入れていた。威力から見るに、少女は一般人ではない。契約者だ。
契約者が、渾身の力で蹴りを繰り返しても壊れないシャッターなど、有り得ない。何か――特殊な仕掛けがある筈だ。
「例の現場とやらはここか。何も起きていないように見えるが……」
「中に入ってみないと、よく分かりませんね」
背後から声が聞こえてきたのは。その時だった。振り返ると、スーツを着た男二人を先頭にしかつめらしい顔をした男達が入ってくる。一般人をあの店員が素通りさせるとも思えないし、関係者だろう。
「これからどうします? 警部。シャッターが壊れるまで待機でしょうか」
――警察のようだ。ソフィアの連絡した時間から考えても、妥当な到着時刻だろう。
「シャッターは壊れません。ビルの管理会社に連絡しましょう」
彼等に近付き、ソフィアは先程と同じく身分証を示す。そして、続けた。
「私のパートナーも事件に巻き込まれています。通報したのも私です。協力して調査に当たりたいのですが」
「そうか、君のパートナーも……。分かりました。よろしくお願いします」
部下らしい若い男が微笑んで言う。その彼にまず、どれだけ事態を把握しているのかを確認する。すると、部下は中で兎が変異して人を襲っている事、地下二階が封鎖されている事、怪我人が沢山居る事を挙げた。
それだけ知っていれば充分だ。的確に伝言ゲームがなされているようだった。
「そうですか。では、まず救急車の手配をお願いします。中には多数の重傷者が居ると聞いていますので、なるべく迅速に病院に搬送出来るように。また、その際に渋滞などに巻き込まれないように交通誘導もしておく必要があります」
次々とされる要請を、部下は手帳にメモしていく。書いたものを一度見直すと、彼は頷いた。
「分かった。救急車に関してはこちらでやっておくよ。ところで……」
「管理会社がどうとか言っていたな。どういう事だ?」
部下の言葉に割り込むように警部が言う。このままでは空気になると危惧したのかもしれない。何となく無能そうな警部と有能そうな部下に対し、ソフィアはこの状況の異常さを説明した。
「ビルの管理会社に連絡を入れて、セキュリティシステムについて確認しなければいけません。恐らく、そこで何か操作がされている筈です。恐らく、魔法的な何かだと思いますが」
機械がメインである筈のシステムに対して魔法とはミスマッチだが、シャッターが契約者の攻撃を完全に跳ね返している以上、そう考えざるを得ない。
「なるほど。このビルの管理会社は何処なんだろう。えっと……あ、すみません」
地下一階に居る面々を見回した部下は、警備服を着た中年男性に声を掛けた。そして、また手帳に何か書き込み、ページを破った。戻ってきた彼は、そのページをソフィアに差し出した。
「ここが管理会社のようです。電話番号がこれ」
渡された紙の番号に電話を掛けて責任者を呼び出す。部長と名乗った野太い声の男に対し、ソフィアはデパートの名前を出して説明を求める。
「何をしてもシャッターが壊れません。防災には有効かもしれませんが、今はそれが問題です。システムを解除してください」
『壊れない? システム解除? 話が見えないんだが……デパートで事故が起きているとは聞いていないぞ』
訝しげな声は、演技とは思えなかった。ソフィアが地下二階で起きている事について話をすると、唸るような声が聞こえてきた。
『事情は理解した。だが、うちではそこまで高度なシステムはまだ開発していない。契約者の力でも壊れないシャッターなど、本当にあるなら採用したいくらいだな。閉じ込められた客には気の毒だが……』
「知らぬ存ぜぬで済ますつもりですか? システムを管理している場所を教えて下さい。直接確認しに行きます」
『管理室に? いや、それは……』
「脱出不能なばかりに犠牲者が出たら、そちらの責任問題になりますよ。賠償金も……」
『……分かった。そこまで言うなら許可しよう。……何も出ないと思うがな』
場所を聞き出して電話を切ると、ソフィアは警部と部下に向き直った。どちらにしようかと迷い、権力が高そうな警部に言う。
「すみませんが、同行をお願いします」
更に、背後にいた警察官数名を引き連れて彼女は一階に戻るエスカレーターに身を預ける。
「……さぁ、『仕事』を進めましょう」
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