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リアクション
1 Before the first story
――地下二階、幾つかある喫茶店の内のひとつ、某有名コーヒー店の一席で。
「食料品以外は買わないのか?」
「そうだな。今日はもう買い物は終わりだ。目当てのものは一通り揃ったからな。人が多い中、無理に歩き回らなくてもいいだろう」
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、向かいに座るザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)にそう答える。彼の隣、空いた席には適度に膨れたエコバッグが置かれていて、またザミエルもテーブルに小さなレジ袋を置いていた。今日は四人で買い物に来たのだがそのうちの二人、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)とノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)はここに居ない。それぞれに買いたいものがあるから、と何処かへと行ってしまった。
「ノアの目的は何となく分かるが……メティスは何を買いに行ったんだろうな」
「さあ? 何だろうなあ?」
おどけたようにザミエルは言う。心当たりがありそうな様子だったが、まあメティスが戻ってくれば判ることだ。別段教えろとも言わずにカップに口をつける。売り場と同じくコーヒー店にも人が多く、ほぼ満席といっていい状態だ。ラス・リージュン(らす・りーじゅん)を見つけたのは、入口近くに何気なく目を遣った時だった。受け取りカウンターから離れ、席を探して歩き出す彼と目が合ってザミエルの隣を指し示す。
「ここが空いてるぞ。どうだ?」
「1人で来たのか?」
「……いや、ピノ達も上に居る。ファーシーはこの階で買い物中だ」
ラスは簡単に、ファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)と地下二階に来た理由を説明した。レンとザミエルは一瞬、ん? という顔をする。
「付き合ってやる、と言ったんだよな」
「付き合ってねえよな」
「いーんだよ。買い物中はカートがあるし、荷物はどうせ持たされんだから。そう言うお前らは何しに来たんだ?」
「買い物だ。今日はな……」
心なしか嬉しそうに、レンは隣に置いたエコバッグを見て話し出す。ラスにとって、それは予想外もいいところな答えだったらしい。
「は? 卵4パック?」
「オープンセールで卵が1パック88円。お一人様1パックだからパートナー3人連れて4パックだ。売り切れていなくて本当に良かった」
「…………」
カップの取っ手を持ったままレンを見ていたラスは、驚き気味の表情のままに口を開く。
「賞味期限が同日の卵を40個も買ってどうすんだ?」
「勿論、食べるんだ」
「…………」
即答しても、彼はすぐにはコメントしなかった。ややあってコーヒーを一口飲む。
「……うちだったら100%腐るな」
「卵は食べないのか?」
「食わねーわけじゃねーけど……40個だぞ? 40個。二人……いや三人でも無理だ」
今現在、ラスはピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)と二人……ではなく居候が増えて三人で暮らしている。だが、彼自身の私生活というのはそういえばあまり想像出来ない。普段はどんな生活を送っているのか、レンは少し興味を持った。
「確か、食事はピノに任せているんだったな」
「まあ……今はフィーと一緒に作ったり交代でやったり色々だけどな」
兎角、その居候の少女は料理が上手い。ラスは彼女が『生きるために必要だったんです!』と言っていたのを思い出す。親の料理の腕がアレな事を考えると必然とも言えるだろう。
「お前さんはやらないのか? ウチのレンはこうして買い物に来ては自分で料理を作るわけだけども」
「別に……面倒臭いし」
ザミエルの問いに、彼は妙に主夫めいた雰囲気を醸し出すレンをちら見しながら答える。それに、ピノに料理を禁じていた昔とは違い、特に必要性も感じていなかった。だが。
「将来ピノが嫁に行ったらどうすんだ?」
「……!」
続いたザミエルのこの言葉には思い切り咽せかけた。たれた犬耳が脳裏にちらつく。
「な、何言って……」
「生活出来ませんなんて言わないよう、今から練習した方が良いんじゃないか?」
「料理くらい出来るわ!」
「そーか? それじゃ、今度皆で食事をご馳走になりに行こうぜ。な、レン」
「ああ、是非食べてみたいな。例えば、そうだな……玉子焼きとか」
話を振られたレンは、テーブルの上のレジ袋を見ながら同意する。
「そんな難易度高いもん作れるか! ……ゴーヤチャンプルとか湯豆腐限定なら」
渋い顔でラスが言うと、湯豆腐はともかくなぜゴーヤ? とザミエルとレンは内心でツッコんだ。軽く視線を交わして同じ感想を持ったことを確認してから、ザミエルは笑う。
「それでもいいや。作ってくれよ。酒は持っていくからさ」
要は酒が飲める口実が欲しいだけのザミエルだったが、レン同様に彼の私生活に興味がないわけでもない。店の外から悲鳴が聞こえてきたのは、その時だった。店内でも入口近くに並んでいた客がこぞって中に押し寄せてくる。人々の表情は皆、恐慌を来しており――
「……何だ?」
レンが眉を顰め、三人は顔を見合わせた。
⇔
「あ、私カフェオレ一つ」
そのほんの少し前、酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)も喫茶店で腰を落ち着けていた。
「何だかんだで、店用の食器類とかいろいろ買い込んだわね……。これなら、荷物持ちとして男子面子連れてくれば良かった……」
空いた席に置いた荷物は結構な重量で、彼女はやっと腕が楽になった、と力を抜いた。
「わたくしは紅茶をお願いします」
そして、「ふぅ」と柔らかな動作で向かいに座ったレオカディア・グリース(れおかでぃあ・ぐりーす)に、やれやれと緩い笑顔を向ける。
「とりあえずゆっくりしましょう。疲れたし。……っていうかレオカディア……ちょっとぐらい荷物持ってよ」
「嫌ですわ。そんな力仕事したくありません」
レオカディアはにべもなく、きっぱりはっきりと言い切った。
「それにしても、今日は随分と有意義な買物が出来ましたわね。さすが、『買えないものはない』というだけはありますわ」
「そうね。こんなにいっぱい買う予定じゃなかったんだけど」
新しく店で活躍するであろう諸々について、2人はのんびりと話をする。
「お待たせしました」
そのうちにオーダー品が届き、バーテンとはまた違うがすっきりとした制服に身を包んだ店員がカフェオレと紅茶をテーブルに置く。その手が不意に止まったのと、人々の悲鳴や怒号が聞こえてきたのはほぼ同時だった。笑顔の消えた店員を怪訝気に見上げたレオカディアは、彼の視線を追って入口側を伺う。
「外が騒がしいですわね。一体……」
「……何の騒ぎ?」
真衣兎と同じ喫茶店にいた月摘 怜奈(るとう・れな)も入口を伺う。杉田 玄白(すぎた・げんぱく)と買い物にきていた彼女は、それまでコーヒーの香りの中で物思いに耽っていた。
(……私がパラミタに来た意味。最初はそんなもの無かった……単純に、過去から逃げたかった……)
捜査一課に居た頃の事件が脳裏に浮かぶ。教導団に入ってからの日々も、また。
パラミタに来て、色々な物を見て、色々な事を知って……
――これから、私はどうすればいいのだろう。
最近、ふとした瞬間にそう思う事が増えた。1人ではない、玄白と一緒に居る今でさえ、気付くとそんな考えに浸っている。
(……駄目ね、こんなんじゃ)
デパートに来れば、気晴らしになるかと思ったのに。
このままでは結局、どこに行っても心から楽しむことは難しいのかもしれない。
そう思って密かに溜め息を吐く怜奈を見て、玄白はふむ、と考える。
(……怜奈はまた、随分と考え込んでいるようですね)
息抜きにと思い、怜奈をデパートに誘ったのは玄白だった。だが、時折浮かない顔を見せる彼女に、思ったより悩みの根は深いのかとそう思う。
「そろそろ帰りましょうか」
残っていたコーヒーを飲み切って、怜奈が言う。増えた荷物は微々たるものだったが、買い物は副次的な目的だったために元々、入用だった物も多くはない。
「そうですね。このデパートの雰囲気も分かりましたし」
「それにしても、ここのデパート、だいぶ広いわね。HCにフロアマップのデータを入れといて正解だったわ」
籠手型HC弐式に表示されたマップを簡単に確認し、伝票を取る。甲高い悲鳴が耳を突いたのは、その時だった。玄白が「おや」と驚いたように中腰になる。
「どうやら外が騒がしいようですが……」
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