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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 6 怯える兎

『納品書に、千二百という数字があったわ』――
 美咲からの報告は、すんなりとは信じられないものだった。
 いや、確かにそれは真実なのだろう。納品書に印字されているのだから、信じざるを得ない。実際、フロアを飛び跳ねている兎の数は少なくとも百匹は超えているように見えた。その中には同じ個体も居ただろうが、二桁間違えたという証言がある以上、届いた兎の数は発注数に単純にゼロを二つ足した“千以上”であると考えるのが自然だろう。
 ――受け入れるのには多少の時間を要する事であったが。
「どうしたんですレンさん。何か重要な情報でも?」
 背中に密着しているだけに、通話を終えた事も、驚き覚めやらぬ状態である事も解ったのだろう。ルークに話しかけられ、レンははっとしてから冷静な調子で皆に言った。
「ああ。兎達の数が判った」

「え……?」
「今、何て……? わたくしの聞き間違いですわよね。千二百だなんて……」
 短い、しかしとんでもないレンの報告に、カーマインで兎を仕留めていた怜奈は絶句した。レオカディアも微かに眉を顰める。新たな怪我人に行き会って声を掛けていた真衣兎も、その女性の腕を肩に回した中途半端な姿勢でこちらを見て、そしてまた、彼女に身を預けようとしていた女性はその数を聞いた途端に恐怖で顔を強張らせた。嘘と言って、というように縋るような目を向けてくる。
 もう一度確認したい、という彼女達の視線に対し、レンは小さく首を振った。
「残念だが……聞き違いでも言い間違いでもないな」
「待って待って、何をどう間違えたらそうなるの? だって、数として有り得ないでしょ? 仮に……仮によ、千二百も発注が行ったとしたら、受注先が確認の連絡をしてくるはずよ。何の連絡も無しにその数を送ってくるなんて……」
 バーをやっているだけに、真衣兎はそれがどれだけ不自然な事なのかが理解できた。仮に、間違ってリキュールを千本注文したら受注先は必ず連絡を入れてくるだろう。ましてや、今回は酒や食料品ではない。『生体』なのだ。いきなり千の発注など来ても繁殖が間に合わないだろうし、ブリーダーも悲鳴を上げる筈だ。
 その非常識さは、ギルドにカフェを持つレンにも理解出来た。普通、ペットショップが一度に入荷する兎は二、三羽というところだ。このデパートではオープンセールで十羽以上の兎を注文したようだが――
 単純計算して四百から六百店舗分の兎を一箇所に発送したということになる。
「パラミタ中の……いや、地球のブリーダーにも連絡して片端から集めれば何とかなるかもしれないが、確認一つしないでそれだけの事を請け負うというのも妙な話だ。だが……」
 レンは再度、はっきりとその数を口にする。
「少なくとも、千羽を超えた兎がこのフロアに放たれたのは確かだ」
 直後、ぷちっ、と、近くでそんな音が聞こえたような気がした。高確率で気のせいの筈なのだが、レンと――そしてモブ男は『ぷち?』とその音を内心で復唱する。
「何か今、聞こえなかったか。ぷち、とか何とか」
「……そうか? 気のせいだろ」
 音がしたのはラスの方からで、一応確認してみると彼は一瞬だけこちらを見てそう答えた。無味乾燥な口調の中には確かな冷気が感じられて、気のせいではなかったらしいことをレンは悟った。何か、スイッチが入ったようだ。
 皆が顔を見合わせる中、話を纏めたのは玄白だった。
「まあ、全ては兎達に薬を打った何者かに直接訊けば判ることでしょう。姿を現せば、の話ですが……」

「ええと、どこか安全なところは……」
 兎が人を襲いだし、混乱を来し始めてから少しばかりの時が経ち。
 地下二階は、また新たな様相を呈し始めていた。閉じ込められたと悟った――または、脱出可能になるまでに時間が掛かると判断した人々が、喫茶店など、篭城可能な場所に避難するべく動き出したのだ。
 フロアに散らばっていく彼らの表情は必死だった。兎に対処しようと武器を持つ契約者に「契約者ならなんとかしろ」と叫ぶ者も一人ではない。誰もが傷つくのを恐れ、命を失うのを恐れている。
 その中で、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は怪我を負った買い物客に肩を貸して休める場所を探していた。
 喫茶店はダメだろう。入口には既に鍵が掛けられ、ガラス越しに怯えきった表情が沢山見える。変異し、凶暴性を剥き出しにした生き物を見るのは初めて、という人々も多そうだった。たとえどれだけ小さくても、彼等にとって兎は脅威以外の何者でもない。ドアは開けてもらえそうになかったし、ケイラとしても安全を確保した人達を危険に晒すのは気の進まないことだった。
 何せ、戸を開けた瞬間に兎に襲われる可能性もあるのだから。
「あれ……ファーシーさん達?」
 そうして、フロアの端を目指して歩いていると、多くの人が集まり、座り込んでいる一角が目に入った。あまり動きを見せない人々に、立ち動く何人かが積極的に声を掛けている。その中に、知った顔を幾つも見つけてケイラは少し驚いた。買い物に来た店で友人と会う、という確率はオープンしたてなだけに他の店よりは高いだろうが、偶然とは重なるものだ。
「……大丈夫だからね、お姉ちゃん達が護ってあげるから」
 その時、アイビスはファーシーと一緒に、まだ年端のいかない子供達に順に話しかけていた。怪我をしてしまった子、親が襲われてしまった子、親とはぐれてしまった子――状況は様々なだけに、子供だけを集めて不安から遠ざけるのは難しい。その為、彼女達は治療の傍ら、一人一人に笑いかけていくことにしたのだ。
(子供達には、怖い思いをさせないように安心させなくちゃ)
 その思いを笑顔にして、治療スペースを巡っていく。勿論、怯えているのは子供だけではない。大人達にもその都度、「大丈夫ですよ」とアイビスは言った。そんな折に、彼女は怪我人を連れたケイラに気付いた。
「ファーシーさん、ケイラさんが……」
「え? ……あ!」
 アイビスの視線を追ったファーシーは、ケイラの前まで足を速めた。歩きながら治療スペースの様子を見ていたケイラは、目が合った彼女にまず問い掛ける。
「ここは救護所なんだよね、ファーシーさん」
「うん、そうよ。回復魔法をかけたり、手当てをしてるの」
「……良かった」
 それを聞いてほっと息を吐き、ケイラはスペースの中に入っていった。肩を貸していた怪我人に声を掛けつつ、慎重に壁際に座らせる。
「じゃあ、この人をお願いしていいかな。自分は、動けない人達をここに連れてくるよ。来る途中にまだ見かけたんだけど、皆は運べなくて……」
「動けない人を……? うん、分かった。気をつけてね」
 運んできた負傷者のものだろう。服に血は付いているがケイラ自身に怪我がないことを確認し、ファーシーは言った。
「大地さん、ファーシーさん達がいますわ〜」
「おや、本当ですね。偶然というか何というか……とにかく、無事で良かったです」
(あれ、ピノちゃん達がいないけど……来てないだけかな……?)
 シーラ・カンス(しーら・かんす)志位 大地(しい・だいち)薄青 諒(うすあお・まこと)が治療スペースに来たのはその時だった。途中で助けたのだろう、一人の怪我人を連れている。
「大地さん! あれ? ケイラさんと一緒に買い物……じゃないわよね」
「今日は違います。本当に、ただの偶然ですよ。それにしても、知った顔が多いですね」
 スペースに見える顔ぶれに、大地はつい苦笑する。デパートのオープンセールはかくも人を集めるものらしい。パラミタも意外と狭いものだ、と彼は思った。

「これだけあれば、足りるだろうな」
 少しの時間の後、医療物資をダンボール一杯――ちなみに、薬局は無人だった為、値段表示を元におおよその合計金額を置いてきた――に詰めたエースは、治療スペースに向けての最短距離を選んでフロアを歩いていた。ラス達の姿を見つけたのはその途中で、ルークを含めた四人の負傷者を連れた彼らが治療スペースとは違う方向へ行っているのを見て声を掛ける。
「怪我人を運ぶなら、そっちじゃないよ」
「? ……ああ、お前か」
 振り返ったラスが立ち止まり、レン達も続けて足を止める。
「ピノが居ないな。どうしたんだ? まさか、何かあったとか……じゃないよな」
 何かあれば、彼は怪我人を背負ったりせずにもっと別の事をしているだろう。誰かの世話を焼いているという事は、世話を焼くだけの余裕があるという事だ。そうも思ったが、この状況下で確認せずにもいられない。
 ラスは少し怪訝そうにしてから、エースに答えた。
「ピノは別棟だ。電話して確認したら異常無さそうだったし、大丈夫だろ」
「……そうか、安心した」
 ――それにしては様子がおかしい気もするが。どこか口調が投げやりというか冷気が漂ってくるというか。まあ簡潔に言うと。
「怒ってるのか?」
「……別に」
 必要以上にそっけない態度に、エースは確信した。これは、何かスイッチが入っている。ピノが絡んだ出来事時に『エース』が何度か見たアレである。とある獣人少女に刃物を向けたり、容赦の無さが通常の三割増しくらいになったりするアレである。いや、まだその前触れか。
 この状態になっていなくとも、ピノに何かあると予測外の行動をしがちではあるが――
「ラスさん? エースさんと……それに、レンさんも来てたんだ」
 その時、負傷者を背負っているケイラが彼等を見つけた。ファーシーとメシエの顔を見ていただけにラスとエースがいる事にそこまで驚かなかったが、レンが来ていたのには少し驚く。
「ああ、偶然だな。タイムセールに来ていたんだ」
「卵を買いに来たんだそーだ。40個」
「40個……?」
 ケイラは僅かに首を傾げてレンを見て、それからラスに目を戻した。直後、あれ、という顔になる。
「もしかして……暴走しかけ?」
「…………。お前らなあ……」
 立て続けに指摘され、彼は少し脱力したようだった。
「隠そうとしてるみたいだが、隠せていないぞ」
 先程より険の取れた様子を見てエースは言う。すると、恨めしそうな目が返ってきた。
「そう言うお前も隠そうとしてるみたいだけど、隠せてないぞ」
「……何のことだ?」
「…………」
 ラスは答えず、ちらりとケイラの方を見る。夏にエースから聞いた髪が伸びた理由を思い出し、『口調と呼び方が違う』と言いたかったがそれは口に出さずに話題を変える。
「それよりお前ら、ファーシー知らないか? どっかに居る筈なんだけど、見当たらねーんだよな……」
「ファーシーさんなら……」
「ファーシーなら……」
 ケイラとエースは、同時に声を上げた。二人は顔を見合わせてから、治療スペースで元気に活動していることを伝える。
「それで、自分は怪我とかした人達を運んでるんだよ」
「ああ、負傷者には出来るだけ治療スペースに移動してもらった方がいいかもしれないな。纏まっていれば護りやすいし」
 そしてそれぞれにそう話してから、二人は彼等の案内に立った。