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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 20 脱出開始

 デパートには、駐車場がある。
 駐車場だけは、何を置いても必ずある。
 そして、ビルがひしめきあう街中のデパートの場合、それは大抵――地下にある。
「……ここにも被害の跡がありますね」
 脱出を図ろうとしたのだろう。地下二階フロア、『駐車場に繋がる自動ドアの前』には、兎に襲われたらしい人々の跡が残っていた。エレベーターやエスカレーター、階段が駄目なら駐車場だ、と考える人々は多かったようで、床に残る赤色の量は中々に多い。だが、既に被害者は全員運ばれたようだった。被害を免れた人々も、別の場所に避難したのだろう。
 ――自動ドアが開かないから。
 実際、ザカコが何度かドアに攻撃をしたりこじ開けようとしてみたが、ドアはぴくりともしなかった。恐らく、エレベーターの扉と同じく、何らかの仕掛けが施されているのだろう。
「出れないならここに居ても意味無いだろ。次行くぞ」
「そうですね、いえ……」
 ラスに促されたザカコは、自動ドアから離れかける。だが、そこで何かが引っ掛かって立ち止まる。駐車場。確か、そこには――

「警備員さんや用務員さんが出入りする扉。あれは、旧式の扉だった筈です」
 紺侍と別れてからも、佐那達は脱出経路を探し続けていた。通風孔から天井裏など様々な場所を調べたが外――もしくは他の階への脱出口はなかなか見つけられなかった。
 というのも、この地下二階という場所は少し特殊で、従業員通路側に上の階への階段が存在しないのだ。エレベーターも無い。その代わり、上に行かずとも全ての用事が済むように事務所、食堂、倉庫等、ほぼ全ての設備が揃っている。食品工場などはゴミやら異物が入らないように作業現場をかなり密閉しているが、その類だろうか。
 何せ、地下なだけにこのフロアには窓も無い。密閉されているにも程がある。
「従業員さん達が通るドアは自動式で、開かなかったですよ?」
「そうですわね。ここの用務員用扉は自動でなければよいのですが」
 佐那の後を歩きながら、ソフィアとエレナはそう話す。従業員用の通用口は、指紋認証式になっていた。それにも関わらず、機械が誰の指紋も認証せず、そこから逃げようとしていた従業員は混乱を来しかけていた。フロア裏でも、兎の姿はゼロではなかった。彼女達はその従業員を途中で見かけた治療スペースまで送っていき、またこうしてフロアと比べて華やかさに欠ける通路を歩いている。
「! 二人とも、見てください」
 無人事務所のパソコンから地図を印刷し、それを見ながら歩いていた佐那が立ち止まる。何度も角を曲がり、入り組んだ道を通った先――彼女の前には、銀色のノブがついただけの、シンプルな扉があった。一見した限り、カードを通したり指を乗せたりパスワードを入力したりする必要がありそうな機械は見当たらない。
 もしかして、この扉は……本当に、当たりなのではないか?
「事務所のパソコンに地図のデータが残っていて良かったですね。これが無ければ、辿り着けなかったかもしれません」
「何か、無駄に迷路みたいになってるな。警備員以外はこんな道知らないんじゃないか?」
 背後から、男性二人の声が聞こえてきたのは、その時だった。
 そして、結果は――

「……えっ! 脱出経路が判った!?」
「念のため、車が入ってくる道路側まで行ってみましたが、シャッターは閉まっていませんでした」
「駐車場は……外に繋がっています。あそこからなら、デパートから脱出できます」
 ザカコと佐那は、治療スペースに戻るとファーシー達に脱出口がどこにあったのかを説明した。それを聞いた避難者達は立ち上がり、すぐにでも行こうとそわそわとする。
「待って! ちょっと待って落ち着いて! ザカコさん、今、ここの店員さん用のドアから出てきたわよね。それって……」
「はい、氷壁の外まで出なくても、ここから外へ出られます」
『…………!』
 一気に、皆の表情が明るくなる。それを見て、レンはルークに声を掛ける。
「ソフィアに伝えてくれ。救急車を駐車場側にも回すようにと」
「分かりました。すぐに電話しますね」
 携帯電話を取り出すルークの近くで、佐那は治療スペースを見回した。まだ、治療中の重傷者が多い。あの入り組んだ道を思い出すと、彼等全員をすぐに動かし、運ぶのは傷の悪化に繋がるような気もする。
「……重傷者の方は、もう少し回復してから運んだほうが良さそうですね」

              ⇔

 一メートル程の大きさの機械竜が、フロアを右に左にと飛び回っている。竜は空中から氷壁周辺を見回し、小さな動く生物を見つける度に急降下して火球を吐く。斑模様の兎は、兎の丸焼きになってその場に転がる。漂ってくる匂いは……残念ながら、あまり美味しそうではなかった。焦げているにも関わらず何だか生臭く、どこか薬品臭く、思わず鼻を抓みたくなってしまうような匂い――というか臭いである。
「それにしても、この生物……もっと普通の色だったら鍋の具にでもしようかと思ってたのに、こんな毒々しい色じゃ煮ても焼いても食べられないわね……」
 自らの体内から出した機械竜――鋼鎧竜「アルミュール」が焼いた兎を見下ろし、リーラは言う。その周囲では、彼女と同じ姿をした影が二体、襲い来る兎を迎撃していた。シャドウリムで生み出した分身だがその影は少し歪であり、腕の片方が頭上を飛ぶ鋼鎧竜よりも長い全長2メートル程の竜頭、もう片方が、それよりも短い竜頭と化している。背中にも、大きな翼が生えていた。
 影がそうであれば、勿論、それを生み出したリーラも同様だ。腕や翼は、彼女が身体の一部を魔鎧状態と同じ液体金属に変化させ、作り出したものだ。影の方に色は無いが、リーラの背に生えている翼――ドラゴニックアームズは美しい銀色をしていた。その翼を使って中空飛行し、兎を見つけると彼女は現竜頭である腕――アブソービングドラゴンドラゴニックヴァイパーを使って噛み付いていく。影達とも連携し、氷壁に兎を近付けさせない。強い顎で、次々と倒していった。
 一方その頃、真司は壁の中のヴェルリアと精神感応で情報交換をしていた。聞こえてきた声は、彼に朗報を告げる。
(真司、外への避難が始まりました。私はもう少し残ります。まだ、動かすと危険な人がいますから……)
(分かった。……あと少しだな)
 それだけ聞いて精神感応を終え、彼は間近に迫った兎を、体の一部に刻まれた陽炎の印から出したエネルギーソードで斬り倒す。
「くっ、来るなっ!」
 全力で跳ねてくる兎達を見逃さないよう、目の届く範囲をくまなく監視するように気をつける。その時、倒れかけた商品棚の影で兎に飛び掛られる男性が見えた。反射的に上半身を逸らした男性は、足を滑らせたのか床の上に仰向けに倒れる。その上を牙を鳴らして通過した兎は、再び男性を襲おうと向きを変えた。真司は咄嗟にポイントシフトを使って彼の前に高速移動すると、兎を一気に斬り飛ばした。
「怪我はないか?」
「ああ……大丈夫だ。ありがとう」
「あの中から外に逃げられる。すぐに移動しよう」
「……う、うわっ!」
 男性の腰まわりに手を回してしっかりと支えると、非契約者の体に負担にならないようにとポイントシフト程の速度ではないパーソナルスラスターパックを使って氷壁まで戻る。壁の一部に穴を開けて男性を中に入れると、そこで人々の間で働いているヴェルリアと目が合った。彼女は、トリアージを施した怪我人の中でも赤い印をつけている人を治療していた。
「真司、その人は……」
「この人に怪我はない。避難者だ。緑は……もういらないか」
「そうですね。あとは、脱出するだけですから。……真司」
「何だ?」
 ヴェルリアは、治療スペースの中を見回した。そのどこにも、黒の印をつけられた人は見当たらない。
「黒の印はもう、使わなくて済みそうです」
 氷壁の外に出ると、リナリエッタがこちらに走ってくるところだった。天井まで達している氷の壁は、何しろ目立つ。兎にカーマインで攻撃しながらやってきた彼女は、真司の前で止まると緊張した声で言う。
「ここは?」
「この先は、避難所兼治療スペースだ。……避難しに来たんじゃないんだよな」
 問われたリナリエッタは、唇を引き結んで真司を見た。先程兎を通して体験した、“感情”“心”、そして、明らかな嫌悪感を伴う男の顔を思い出す。
「黒幕が、“見えた”わ。きっと、まだこの近くに――このフロアに居る」