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神楽崎春のパン…まつり 2024

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神楽崎春のパン…まつり 2024
神楽崎春のパン…まつり 2024 神楽崎春のパン…まつり 2024

リアクション

 ホールでパンを沢山食べてから。
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は川が見える丘に訪れていた。
 今日はオフの日。
 コスプレアイドルデュオ『シニフィアン・メイデン』としてではなく、ごく普通の女の子に戻れる貴重な一日だった。
 会場では、パンやサラダに、ピザ、スープといろいろ食べて、皆と一緒に楽しみ、歌や踊りを観賞し、若葉分校のユニフォームだというTシャツも見せてもらった。
 さゆみは良く笑い、周りの子達とも明るく喋り、やや引っ込み思案なアデリーヌは、もっぱら聞き手に回っていた。
 普通の女の子――ちょっと普通じゃないパラ実生とも一緒に、楽しい時間を過ごした後は。
「ぽかぽか、だね」
 さゆみは大きなあくびをした。
 仕事中でも、ファンの前でもカメラの間でもないので、遠慮なく。
「日焼けしすぎては困りますから、木陰で休みましょう」
「うん」
 アデリーヌは眠そうなさゆみを、大きな木の下へと誘った。
 小さな沢山の葉が、陽射しから2人を守ってくれる場所へ。
 優しい木漏れ日の光を浴びながら、2人は手を繋ぎ、並んで横になった。
 指を絡めあって、そっと目を閉じた。
 若者達の明るい声が、少し響いてくる。
 そして小鳥のさえずりも、時々、耳に響いた。
 肌に感じるのは――指先の温かさだけ。
 最愛の人の温もりだけだった。
 指先の体温の温かさと、心の温もり。指先から伝わってくる、互いへの想い。
 すべてが心地良かった。
 響いてくる声さえも、子守唄のように聞こえて、一層眠くなっていく。
(幸せ、今、私はとても幸せ……)
 強い眠気に襲われながら、さゆみはアデリーヌを想う。
 こうして2人で一緒に居られることが、本当に幸せだった。
 吸血鬼のアデリーヌと、人間のさゆみ。
 寿命の差で、いつか必ず2人に別れの時は来る。
 それが、切なくて。考えると胸が痛くなってしまう。 
(アデリーヌの前の恋人も、アデリーヌの過失で死なせてしまったと聞いたけど……)
 仮に自分がアデリーヌの過失で死ぬようなことになったとしても、自分は決してアデリーヌのことを恨まない。
(私が……死ぬとき、少なくとも、アデリーヌの想いを、携えて逝くことになるから……今まで、2人が紡いできた想いの形を台無しにしたくない、から……)
 さゆみの意識は、ふわふわと漂いはじめ、穏やかな春の眠りへと落ちていく。
 目が覚めたら、そこには変わらず、恋人の穏やかな笑顔があると確信しながら。
(“別れ”の時がいつくるかわからない、けれど、せめてその瞬間までは……さゆみとの愛を、珠玉のように、大切に、したい……)
 アデリーヌの意識も、さゆみの心地良い寝息の音に誘われ、眠りの世界へと旅立っていった。
 戻った時、彼女の笑顔が変わらずあると、信じながら。

○     ○     ○


 パン…作りをしていた喫茶店に、パン…を配り終えた優子が戻ってきた。
 他の皆も料理の提供を終えており、パーティに混ざって楽しんでいるはずだった。
「優子さん、おか……えりなさい」
 しかし、キッチンには何故か緊張した面持ちのアレナがいた。
「パン…パーティーお疲れ様です」
 アレナの友人である大谷地 康之(おおやち・やすゆき)も一緒だった。
「うん、ありがとう。今回は豪華さはないが、今までで一番賑やかなパーティになったな」
 キッチンの椅子に腰かけて、優子はアレナが淹れてくれたお茶を飲む。
「……で、なんだ?」
 パーティの前に康之は優子に話しがあることを伝え、優子が1人になれる時間を聞きだしてあった。
 康之は立ったまま。
 アレナは出口付近でトレーを抱えて立ったままだった。
「とにかく座って話をしないか? アレナも」
 優子がそう言ったが、康之は真剣な顔で一歩近づき、座りはせずに言う。
「今日こういう場を改めて作ってもらった理由は、優子さんに一つ大事なお願いがあるんだ」
「……」
 優子も真剣な眼差しで康之を見る。
「それは……アレナとの交際を、認めてもらいたいんです!」
「……こうさい?」
 訝しげに眉を寄せた優子の前で、康之は突然両ひざを床につけた。
「勿論、優子さんからアレナを奪うとかそういう事は絶対しねぇ!」
 更に手も、床につける。
「ただ、一人の男としてアレナの隣にいさせてほしいんです! お願いします!」
 そして、優子の足下で土下座をしたのだった。
 カランコロン。
 アレナが驚いて、トレーを落とした。
「康之さ……」
 そして、おろおろとした表情で康之と優子を交互に見る。
 アレナは事前に、康之から優子に交際を認めてもらうために自分からお願いしに行くと話を聞いていた。
 こういうのはアレナに聞いてもらうのではなく、男である自分が優子さんに直接、面と向かって許してもらうべきだと思うからと。
「いや、まて……顔をあげろ、いや、あげてくれ」
 優子も突然の康之の行動に驚きながら、椅子から下りて屈んだ。
「お願いします!」
 しかし康之は土下座を続け、優子の返事を待つ。
「アレナ……」
 優子がアレナに目を向けると、アレナはびくっと震えてあわあわと話しだす。
「日本の風習、なんだそうです。日本で恋人やお嫁さんと一緒になるのを認めてもらうときの風習に則ってお願いするって、康之さんが……優子さん、日本人ですから」
「一緒になる?」
「あ、いえ。それはまだあとで……っ。お、お友達じゃなくて、康之さんと私、これからは、恋人同士になりたい、んですっ」
 アレナが真っ赤になりながらしどろもどろ言う。
「結婚を視野に入れて付き合いたい、という意味だと捉えていいのか」
「はい!」
「は、はい……っ」
 康之とアレナが大きな声で返事をした。
「わかった、キミの気持ちはよく分かった。だから顔を上げてくれ」
 優子が困ったような声で言い、康之はようやく顔を上げた。
 優子はため息をついて苦笑のような笑みを浮かべて言う。
「私は、大谷地康之、キミとアレナの交際には賛成だよ。ただ、アレナがキミに依存しすぎて、キミなしでは生きていけないような子にならないよう、気を付けてほしい」
「……はい」
「それとアレナの前で言うことではないが……彼女は“重い”ぞ。キミの一生を台無しにしかねないか、心配でもある」
「わ、私優子さんより軽い、ですよ。最近では飛べる道具、なるべく持っているようにしてますし。運んでもらわなくても大丈夫、ですっ」
 アレナの言葉に、優子、そして康之の顔にも笑みが浮かんだ。
「アレナの側にいることが、アレナの笑顔を守ることが俺の幸せなんです」
 康之は強い笑みを浮かべて、言い切った。
「……わかった。キミにずっとそう想っていてもらえるよう、私もアレナのパートナーとして努力するよ」
 優子はそう言うと、アレナの元へと歩き、彼女の手を引いてひっぱってきて。
 康之とアレナを向い合せた。
「ずっと、仲良くな」
 そして、2人の背を強く叩いた。
「わっ」
「っと!」
 転びかけたアレナを、康之が抱き留めて。
 赤い微笑の花が、咲いた。

 ホールでもらったパンと飲み物を、どこで食べようかと話をしながら、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)金元 ななな(かねもと・ななな)は、周辺を歩いていた。
「はい、ぜーさん、あーん」
 ななながパンを取り出して、ちょこっと齧って味を確かめた後、シャウラの口へと持っていった。
 どこで食べようかと話しながらも既に食べている2人だった。
「ん? クリームパンか」
 差し出されたパンを食べて、シャウラは頷いた。
 パン自体に甘味があって、中のクリームは少し控え目だった。
「なななも、どうぞ」
 シャウラはメロンパンをちぎって、なななの口へと運ぶ。
「いただきま〜す♪」
 なななはぱくっとメロンパンを食べる。……彼女の唇がシャウラの指に触れて、シャウラの心臓がドキッと音を立てた。
 2人は新婚ほやほやのカップルなのだ。
 2人とも働いていて且つ学生でもある。
 シャウラの専門は土木工学や建築工学。それを生かして、教導団の仕事では主に山岳救助やパトロールを担当していた。
「ぜーさんの昇格おめでとーパーティもやりたいね」
「え? いや、まだまだだし。でも……」
「うん、嬉しい昇格の形だったんだよね。だからなななもいっぱいお祝いしたいんだよ! おめでとーおめでとーおめでとー♪」
 なななはパンを差し出し、飲み物を差し出し、そして花を一輪摘んで、シャウラの胸ポケットに入れた。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ななな」
 花を貰ってなかったら、なななをぎゅっと抱きしめていただろう。
 胸の花を潰さないように、シャウラはなななの肩を抱きしめて、彼女の髪に口づけをした。
「これからも軍隊は続けていくよ。人を助ける仕事でもあるからさ」
「うん!」
「宇宙怪獣から世界を守らないとだもんな」
「うん!」
 シャウラが拳を固めると、なななも同じようにぐっと拳を固めて、空へと上げた。
「一番守りたいのは……なななだけど」
 言って、シャウラがなななの頭に頬を寄せた。
「ふふ、なななはぜーさんの側にいるから大丈夫だよ。一緒に、世界平和の為に頑張ろうね」
「うん、分かってる。一緒に守ろうな」
 しばし2人だけの世界に浸っていたシャウラとなななだけれど……。
 気づけば「なのだー」「なのだー」「なのだー」と、沢山の声が周囲に響いていた。
「おおっと、鞄に紛れ込んでたのか?」
 2人の周りに、何人ものポムクルさんの姿があった。
 『宇宙刑事ポムクルさん』達だ。
「よし、一緒にパトロールなのだね♪」
 なななが明るい声を上げる。
「楽しいパトロールになりそうだ……っと、そこのお前ら。未成年だろ、煙草はやめておけ。身体に悪いぞ」
 早速、シャウラはホール裏で煙草を吸おうとしていたパラ実生に声をかけた。
「ちぇっ、子連れでパトロールなんて変な奴ら〜」
「お前等のガキか? ちっちぇぇなあ」
 からかい口調のパラ実生の言葉に、シャウラは思わず赤くなってしまう。
「お、俺らの子供じゃねぇ」
 そして、なななにちらりと目を向けて呟く。
「子供とかまだ早いよなあ……? 俺達まだ結婚したてだし……」
「なななが生んだ子じゃないよー。なななの子供はこれから、遠くないうちに、かな?」
 なななは期待の目をシャウラに向けてきた。
「も、もしかして、ほしい?」
「いないよりいる。すくないより多い方がいいよね♪ さ、怪人から皆を守ろ〜」
 なななが拳を振り上げて歩き出すと、ポムクルさん達がなのだーと声をあげて、付いていく。
「そ、そうか。……あ、お前等、煙草はやめておけよ。ホールで美味いパン食って、楽しい空気沢山吸ったら、気持ちよくなれるぜ」
「へーい」
「ういー」
 シャウラはパラ実生がホールに戻る姿を見届けた後。
「ぜーさん、はやくはやく〜」
「おー!」
 近くでまっていたなななの元に走っていった。