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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第8章 出発

「これから? あの子はもう回復したのかの?」
 アーデルハイトを人気の無いところへ呼ぶと、美咲はすぐに未来に行きたいと申し出た。当然の如くにピノの体調を確認するアーデルハイトに、彼女は「いいえ」と答えてからこう話す。
「ファーシーさんとピノさんには、留守番していてもらおうと思います」
「……む? なぜじゃ?」
 アーデルハイトの怪訝な目を受け、美咲はマーリンに後を任せる。彼女がその理由について話してから、美咲は自分の考えを付け加えた。
「……私も、2人に余計なリスクは負って欲しくないなって思います。未来に行って、もし、何も変わっていなかったら……」
 そうして、全世界が哀しみに澱んでいるのを目の当たりにしたら。
 それを、『人から聞いた話』ではなく、実際に起きている『現実』として意識してしまったら。
 ピノはきっと、自分が殺されるのも『仕方ない』と受け入れてしまう。
「――哀しいですけれど、未来のピノさんの最期がそれを裏付けています」
 美咲は、倒れてからのピノが、あの部屋でどんな話をしたのかを知らない。その彼女が、ピノの諦めを予測してしまうのは無理のないことなのかもしれない。
「ふむ、あの子が生を放棄する可能性があると?」
 頷くと、アーデルハイトは思案気な顔で時を置いた。どう判断をすべきか考えているらしい彼女に、美咲は言った。
「だから、ピノさんの体調が回復する前に、未来へ旅立ってしまいたいんです。元気になった後に留守番を頼んでも、納得してくれないと思うので……」
 そして、後は黙って答えを待つ。静かに考えを巡らせていたアーデルハイトは、やがて渋い顔で結論を出した。
「本来であれば本人の意思を尊重すべきところじゃろうが……自ら死を選んだ前例があるのは確かじゃな。あえて連れて行かないというのも彼女を守る為の選択ではあるじゃろう」
 アーデルハイトもまた、臥せってからのピノが交わした言葉を知らなかった。知っていれば、また別の結論を出しただろう。
「じゃが……」
 だが、彼女は美咲の要望を認めながらも厳しい表情を崩さなかった。
「今回の未来行きは、あの2人とおまえ達だけの問題ではない。ピノの意思を確認し、共に未来に行こうと思っている者達全員に、その理屈は通用しないじゃろう。たとえ、賛同する者が他にいたとしてもじゃ」
「はい……」
 意見が一致しなければ、ピノ達を置いて行くことは出来ない。それは、尤もだ。
「どうするつもりじゃ?」
 最後に、アーデルハイトはそう訊いた。

(ピノさん……そんなに具合が悪いんですね……)
 ラウンジに戻った美咲は、ピノの熱が暫くは下がりそうになく、完全回復には数日掛かりそうだという事。未来へ確認に行くのは一刻も早い方が良いから、今回は現代に留まると言伝を貰ったと皆に言った。ファーシーは看病の為、マーリンも看病と護衛の為に残るという。
「フリューネ、未来まで旅してみない?」
 いよいよ出発が間近に迫り、ラウンジも多少慌しくなってくる。その中で、リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)は{SNL9998958#フリューネ・ロスヴァイセ}を未来行きに誘っていた。ピノが聖なる鹿との触れ合いを終えた直後に放牧場を離れていたフリューネに、気になる事があるから未来に行って調査をしたいと話をする。
「あまり……楽しい旅行にはならなそうだけどね」
「いいんじゃない? どんなことでも経験だもの」
 少し申し訳無さそうにするリネンに、フリューネは軽く笑顔を浮かべた。肝の据わった彼女の答えに安心し、微笑を混えて「ありがとう」と言って携帯を取り出す。連絡する先は、リネンのパートナーであるミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)だ。戻ってくる頃には、こちら側も相応に時間が流れているだろう。その間の情報収集を頼もうと思ったのだ。
 事情を説明しながら通路に出て、誰もいない場所で最後に言う。
「こちらはよろしく。必ず何か起きるはずだから……念のため『ガーディアンヴァルキリー』も動かせるように」
 彼女の話し方も、声のトーンも、普段フィアレフト達と接する時とは違っていた。裏社会の顔に戻って指示を出すリネンの耳に、どこかゆるりとしたミュートの返事が聞こえてくる。
『はいはぁ〜い。かしこまりましたぁ。そういうのがワタシの「お仕事」ですからねぇ』
「よろしくね」
 連絡を終えて戻る頃には、皆の準備も終わっているようだった。アーデルハイトに頷きかけると、彼女も小さく頷き、未来へ行こうと集まった全員に言う。
「では、行くかの」

 ――その一瞬後には、ラウンジの人数は激減していた。静かになった空間で、フィアレフトは1人呟く。
「未来が変わっていると良いんだけど……」

              ◇◇◇◇◇◇

「待ってましたよぉ〜。大ババ様、行くのは2048年で良いんですよねぇ〜?」
「うむ、そうじゃ。日時は……希望があるということじゃったの?」
 放牧場で話を聞いた時点で、アーデルハイトはエリザベートに連絡して事の次第を説明していた。未来で何が起きているのかを聞いたエリザベートは驚き、{SNL9998693#ゲルバッキー}の装置を使う事を了承していた。
『大ババ様がそこまで頼むなら仕方ありませんねぇ〜。私しか出来ない事のようですし、協力してあげてもいいですよぉ〜?』
 と、恩着せがましい言い方をしてはいたが、1人の未来人の証言とはいえ、放っておけばパラミタに住む人々が激減する事態となれば状況を確認しないわけにもいかない。イルミンスール魔法学校の校長として、彼女はそう判断していたようだった。
「はい。フィアレフトさんに何日であったかを確認してきました。僕が希望するのは……」
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が、その目的に必須である日時を2人に伝える。勿論、未来が変わっていれば何日であれ平和な“筈”なのだから細かい日時に拘る必要は無い。だが、変わっていなかった場合はこれより後の未来に飛んでも彼にとっては『手遅れ』だった。
 その理由も合わせて話した結果、同行する面々からも特に異論は出なかった。
「分かりましたぁ。それでは、2048年の12月27日に出発しますよぉ〜!」
 全てが決まったところで、エリザベートが一際大きな声で宣言する。それは、校長室の外まで漏れ聞こえた。
「2048年?」
 {SNM9998705#シェリエ・ディオニウス}と2人で廊下を歩いていたフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は、その年数と『出発』という言葉に立ち止まった。校長室を覗いてみると、1人2人ではない人数が集まっていた。雰囲気からして、遊びに行く、というのとは目的が違うのは感じられた。だが、未来に行けるというのなら面白そうだ。
「シェリエ、あの中に混じってみないか?」
「え? フェ、フェイ?」
 咄嗟の好奇心が勝って、フェイはシェリエの手を引いて校長室に足を踏み入れた。
 同時に周囲が真っ白に光り、彼女達の足元から地を踏む間隔が消失した。