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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【カナン・2】


 キラキラとプリズム光を反射する透明な人形たちがアガデの道じゅう所狭しとばかりにあふれ返っていた。
 剣、槍、弓を手にした彼らは、人間ではあり得ない、感情というものが一切ない自動人形ならではの規律正しさで、一糸も乱れることなく前進している。
 彼らが向かっている先にきっと目指す存在がいるに違いないと、セルマは龍を操り飛ばす。そんな彼らを狙って弓の人形が射たが、行軍しながらのそれは照準が甘く、どれも威嚇のようだった。
(カナン人じゃないから? 敵と見られてない? それとも背中の俺たちに気づいてないのかな?)
 この人形たちがどういう性質の物なのか分からないため何とも決めかねたが、射抜かれては困る。
「シャオ、もう少し高度を上げよう」
「いたわ! あそこ!」
 セルマとシャオ、2人の声が同時に上がった。
 シャオが前のめりになって指差す先に、人形たちと交戦する大勢の人間の黒い頭が見える。そして前を切り開こうとする最前列にいるのはまさしく東カナン12騎士長のオズトゥルク・イスキアだった。彼は2メートルをゆうに超える長身で、クマのように大きくがっしりとした体格の持ち主なのでとても目立つ。クレセントアックスで横なぎをかけるだけで、前列にいた槍人形たちは槍や金剛石の破片をまき散らしながら吹っ飛んでいた。
「足を止めるな! 側面の敵は盾で押し戻せ!」
 周囲の兵士たちに行き渡るよう大声で指示を出していたオズは、急に日が陰ったことに気づいて空を見上げる。鳥にしては大きい翼の羽ばたきの音とともに、真上から2つの影がこちらへ向かって急降下してきた。
「オズさん!」
「オズ!」
 新たな敵かと身を強張らせたオズトゥルクの耳に聞きなれた声が届く。
 地上近く、人形と東カナン歩兵の間を分かつようにギリギリの位置で前身を起こした2頭の龍は、己が起こした突風によって体勢を崩している人形たちを容赦なく薙ぎ払う。
「そのままやつらを近づかせるな」
 背中から飛び降りたセルマが2頭に指示を出す傍ら、シャオはオズトゥルクの元へ駆け寄った。
「オズ、加勢に来たわよ!」
 ずっと生死が分からなかった恋人が無事な姿で――少々の傷は負っていたが――そこに立っているのを見られた喜びでシャオの足は早まる。現状ここは戦場まっただなかである上、周囲に兵士たちの目もあるので、盛大に彼の無事を祝うことはできないと自重しようとしたシャオだったが、しかしオズは違った。
「シャオ! よく来たな!」
 足を止めようとしたシャオの脇に手を差し込んで強引に抱き上げ、振り回した。
「もう! 何やってんのよ! 今はそれどころじゃないでしょ!」
 わははと笑って目いっぱい再会を喜ぶオズトゥルクを真っ赤になって押しやろうとするが、オズトゥルクの大きな手はがっちり掴んで少しも緩まない。笑顔のまま、オズトゥルクは少し真剣な声で言った。
「しかし訪ねてきてくれたのにせっかくだが、今少々たてこんでてな。あまりこうもしてられないんだ」
「だからさっきからそう言ってるでしょう!」
 いや、会えたのは本当にうれしいんだけどな、とまだ言っているオズトゥルクを赤い顔のままシャオは叱りつける。いいから下ろしなさい! とさらに凄みを効かせたシャオに従いその場に下ろしながら、オズトゥルクは次にセルマの方へと顔を向けた。
「金剛人形を足で掴み上げるんだ。そして弓兵の金剛人形がいる所に高い場所からどんどん投げつけて行って!」
 ガルモニとグラーヴェ、2頭の龍は竜の咆哮を使うセルマからの命令に従い、自分たちを攻撃してくる前衛の槍人形や剣人形たちを両手両足で掴み、一気に高度へ舞い上がるとそこから後方の弓人形にぶつけるように落下させる。金剛石でできた人形は自重と加速度によって下の弓人形にぶつかり、互いを砕いた。
 人形は自動で動き、人の形をしていたが、その造りは粗雑で、彫り師がざっとあたりをつけるように浅く目鼻立ちを彫り込んでいるだけにしか見えない。実際に口や目があるわけでもないこともあり、悲鳴や苦悶する表情などは一切なく――間違いなく痛覚もないに違いない――黙したまま砕かれていく。
 空中へ投げ出され、ぶつかった人形のたてる破砕音があちこちで響いているのを見て、シャオは兵士たちに向き直る。
「オズ、あと歩兵の皆さん……進むわよ! まだ城には篭城してる人たちがいる、敵方のリーダー格もいる。助けに行かなきゃいけない私たちがここで足踏みしてる場合じゃないんだから。
 さっさとこんなやつら蹴散らして、アガデを取り戻すわよ!」
「そうとも。オレたちも負けていられんぞ! ここはオレたちの都だ! オレたちの手で取り戻さなくてはな!」
 2人の檄に「おお!」と声を上げ、兵士たちがそれぞれ槍や剣を手に前へ出ようとしたときだった。
「道を切り開くのは、私たちに任せてもらえませんか」
 進み出たのはアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)だった。後ろにはシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)の2名の姿もある。
 アルツールたちはアガデに来るのはこれが初めてではなかったが、オズトゥルクにとって彼らは初めて見る者たちだった。
「おまえたちは?」
「私はアルツール・ライヘンベルガー。……まあお互い、細かい自己紹介はあとにしよう。今はそれどころではないからな」
 アルツールは視界の隅で動いた槍人形たちに向け、バハムートを放つ。そしてバハムートが薙ぎ払った空間へ、続けざまに不滅兵団を召喚した。
 見るからに重々しい鋼鉄の兵がみしりと音をたてて地に下り立ち、人形たちに向けて前進を始める。それは、まるで小人対大男の集団の激突を見るようだった。
 違うのは、相手が魔法で生み出された自動人形であるということだ。砕かれる痛みもなく、仰ぐほどに巨大な鋼鉄の兵に対する恐怖もない彼らは、前衛の仲間が砕かれようとも一歩も退く様子を見せず、ひたすら槍と剣、弓で攻撃を仕掛けてくる。
「司馬先生」
 一歩退いて、アルツールは会釈をするように軽く頭を下げると場を司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)へと譲る。
「私は召喚者ではありますがプロの指揮官というわけではありませんから。兵団は私が操りますのでご指示をお願いします」
「うむ」
 仲達は鷹揚にうなずき、入れ替わるように前へ出た。そして前線を押し上げていく兵団へと苦み走った表情を向ける。
「鋼鉄の兵か。兵の損耗を考えなくて良いのは、ある意味気が楽ではあるが……」
「おいおい。そっちに出なくとも、こっちはあるんだぜ」
 額にしわを寄せ、重々しい仲達と対照的に、打って変わって軽々しい声が響く。
 星剣ビックディッパーを模したレプリカ・ビックディッパーを肩に乗せて後ろに立っていたシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)だった。刃渡り1.5メートルという、ちょっとした人の背丈ほどもあるグレートソードは見るからに重そうな鉄塊だったが、持ち主であるシグルズはそうでもなさそうに軽々と前に出して地に立てる。
「斬らずとも殴ればよかろう」
「そりゃまあ、確かにこれ重量あって、ある種の鈍器なんだが……そうはいっても刃線が当たるのは避けられないだろうし。さすがのこいつも金剛石相手じゃ刃こぼれしまくるだろうなぁ」
 じっとレプリカ・ビックディッパーの刃元を見つめる。
 そこまでは面倒みきれない、との意味を込めた視線を無言で向けてくる仲達にシグルズはため息をつくと、思い切るようにブンと振った。そしてオズトゥルクの方を見てにかっと笑う。
「とりあえず体張ってくるから、生きて帰れたら研ぎ代をあとで公費ででも払ってくれたまえよっと。
 それじゃ、ちょっと行ってくるわー」
 最後の言葉は仲達を挟んで向こう側にいるアルツールに向けてのものだった。口をはさむ隙もなく、パワードヘルムやレジェンダリーアーマーをガチャガチャ言わせながら「ったく、スレイプニルが連れてこれてりゃこんな手間は……」などとぶつぶつつぶやいて、兵団のいる前線へと向かうシグルズに苦笑する。
「オズ?」
「ああ、いや。
 ま、研ぎ代程度ですむなら、オレが出してやるさ」
「当座はこれですむだろう」
 ぼそりとつぶやく仲達の言葉に、オズトゥルクは脇のシャオから再びそちらへ引き戻される。
「だが、戦意があるのは結構だが、冷静に考えて、もうまともに守ることもできない状況ではすでに降伏か逃亡か選んだ方が良いと思うんだが。でなければ、死あるのみ。
 ここまで来たワシが言うのもなんだが、今ここでまともに戦っても勝ちの目は正直薄いぞ。それでも良ければ――」
 そこまでを口にして、はたりと仲達は言葉を止めた。彼を見るオズトゥルクの笑顔が、先までと違うものに変化している。笑顔であるのは確かだが……笑顔に分類されるものであるのは間違いないのだが……。
 にじみ出ている何かに気圧されたように、仲達は一歩たじろぐ。
「今のはシャンバラとカナンの違いということで聞き流しておこう。しかし忠告だ。兵や騎士たちに、今のような言葉は決して聞かせるんじゃない」
 おそらく彼は今自分が何を口にしたかも分かっていないのだろう。分かっていれば、こんな忠告では――いや、そもそも分かっていれば口にはするはずがない言葉か、とオズトゥルクは結論する。
 地についてあった自分の武器を持ち上げて、首をふりふり歩き出した。
「オズ、どこへ行く気?」
「ん? あの鉄の兵士たちは優秀そうだが、あのデカさと兵列では大道しか進めそうにないからな」
 アガデは市街戦ができるよう、わざと小路地が多いつくりとなっていた。人1人が通れるほどの細い路地が迷路状に入り組んだ所が多く、そこへ入り込まれれば不滅兵団ではどうしようもない。
「小路をうちの歩兵が担当すんで、そっちは大道の方を頼むわ」
「待って! 私も行く!」
「いいのか?」
 オズトゥルクはくいっとあごでセルマの方を指す。
「いいの」
(だってセルマ、言ってたもの。「全体の心配は俺がするから、シャオは安心してオズさんの心配してるといいよ」って)
 小走りに駆けて追いつくと、シャオも兵士やオズトゥルクと一緒に小路地へ入り込んだ人形たちの掃討にかかった。率先して前に出て――オズトゥルクは彼女が危険な行為をすることに少し不服そうだったが――紅蓮の走り手を呼び出して人形たちへとぶつける。
 道中、アルツールがざっくりとダイヤモンド(金剛石)の特性を話すために寄ってきた。
「金剛石は確かに硬い。だから斬ったり突いたりする力には強い。だが、確か靭性(じんせい)というやつがそれほど高くないので、瞬間的に与えられる衝撃には弱くハンマーの打撃などで容易く砕けるそうだ。
 ゆえに、打撃武器であるメイス等かそれに相当する何かで、一定以上のパワーで以って瞬間的に衝撃を与えてやれば人形だろうがドームだろうが理論上は砕ける……はずだ。ダイヤそのままの特性ならばな。
 ゆえに同じ刃物でも剣や槍よりは重量のある大きめの戦斧とか、金床とかで即席の打撃武器作って叩きつけるなり、投石器で重量物飛ばしたりした方が幾分マシだろう」
「そうか」
「では、検証も兼ねて城まではとにかくこちらが前にでるので、少しでも戦力の温存を頼む。われわれはいざとなれば空中へと逃げる手段があるので、捨て駒として見てくれてかまわん」
 この窮地を救いに自らここへ飛び込んできてくれた恩人たちを、捨て駒として見ることなどできないのは分かっているだろうに……。
 それが、このアルツールという者なのだろう。苦笑しながらもオズトゥルクは
「ご助力感謝する。この戦に勝利したあかつきには、貴公たちの働きについて必ず女神さま、ご領主方にご報告申し上げる。きっとお言葉がいただけるだろう」
 と言う。
 アルツールはうなずきを返し、「では」と堅苦しく一礼して不滅兵団の方へ戻って行く。オズトゥルクはそれを見送って、人知れずふっと息をついた。
 あの不滅兵団は頼もしい存在だが、その重量、数から、どうしても進みが遅い。加えて人形たちは砕かれまいと逃げたりせず、むしろまっすぐ向かってくるものだから、砕かれた人形たちが周囲に積み重なることで歩行を阻害していた。そのせいでますます鈍行になっている。
 あの人形どもにそこまで知恵があるとも思えないから、これは結果的にそうなってしまっているということなのだろう。
 おそらく城に到着するのは夕方か夜だ。どうかそれまでもっていてくれ、と祈るような気持ちでオズトゥルクは高台の城を見上げた。