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リアクション
なんだかんだとにぎわってきた草原の一角で、ふいに景気よくガチャガチャと金属性の軽い何かがぶつかりあう音が起きた。
「ああすてき! どんな高級食材も使い放題なキッチンって、まさに料理人にとっては夢のような仕事場よねっ!」
「ここは本当に夢の世界だけれどね」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がツッコミを入れるが、興奮したセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の耳には入っていない。使い勝手のいいように調理台へ大小のボゥルを並べて、そこに入った、普通の一般家庭のキッチンであればまずお目にかかれないような、葉や木の実、それをさらに粉末へと変えた物など、カラフルな自然調味料の数々をまるで宝石でも見るかのようなキラキラ輝く目で見て悦に入っている。
「考えただけで思ったとおりの物が出てくるんだもの! すごいわ!
あー、何つくろっかなあ!」
つくりたいものが多すぎて、どれだか絞りきれないでいながらも、早くつくりたいと気は急いて。手をにぎにぎ、そわそわさせているセレンフィリティの姿を見て、途端セレアナは血相を変えた。
「ちょっと待って、セレン。
あなたも料理するの!?」
料理の手伝いって、そういう意味だったの? 下準備やテーブルセッティングじゃなくて。
「何言ってんの、セレアナ。当たり前じゃない」
セレアナが何を勘違いしていたかに気づいて、セレンフィリティは心外そうに腰に手をあてる。
「パーティー料理をみんなでつくるのよ? 天才料理人たるこの私が、今こそその腕をふるわずしてなんとするのよ」
「ははは。それはすごいな」
彼女の言葉を小耳にはさんで、素直に感心を口にするアルクラントと対照的に、真相を知るセレアナが顔から色をなくす。
「あなたの場合、てんさいはてんさいでも天災の方……って、ちょっ、待って! ストップ! 駄目よ、やめなさいってば!」
「大丈夫大丈夫。夢のなかで失敗なんてあるわけないじゃない。
あ、セレアナ、そこのハーブ入り岩塩取って」
「だから駄目って言ってるでしょ! ちょっとその手を止めて、私の話を聞いて――あああっ!!」
強火力のコンロにかけた中華鍋のなかへ、セレンフィリティが景気よく何かを放り込むのを見て上げたセレアナの絶望的な悲鳴が響く。
その声に思わず後ろへ身を退いて、アルクラントは小首を傾げた。
「……大丈夫かな、あれ」
シルフィアと2人、あらためて向こうの様子を見る。セレンフィリティがどんどん調理を進めていく横で、セレアナが必死に調理の中止を訴えているようだ。
「まさか夢の世界でおなかを壊すようなことはないと思うけど……」
無意識世界は思いが形になる。だから、何を口にしようとおいしいと思えばおいしいはずだが、しかしどこまでそれが適用されるかの境界線が分からない以上、危険な食べ物は結局危険な気がした。つまり、セレンフィリティが出した調味料が本物そのものであるなら、それを彼女がいつもどおりに混ぜ合わせてつくった食べ物もまた、やはり現実に即した相応の味になっている可能性が高いように思われるのだ。
「何か出来上がってきても、口にしない方が無難かしら? セレアナさんの方を信じるなら」
「そうだね」
もうすでに、彼女の食べ物を口にしたらひどい結果になる、という前情報が頭に入っている。それで口にすれば、確実に腹を壊すことになるだろう。
「何が出来てくるかは分からないが、とりあえず、向こうは向こう、こっちはこっちだ」
自分たちが口出しできる状況でもないと、アルクラントはセレンフィリティたちの方を見るのをやめて、自分の調理台へ向き直った。
「味の方は私が見るから、きみも手伝ってくれ」
「分かったわ。
それで、何をつくるかはもう決まったの?」
「うん。いろいろ迷ったんだけど、やっぱりあれをつくろうと思う」手元を見ていた視線がシルフィアへと移る。「覚えてる? 初めてニルヴァーナへ行ったときのこと。
あのときはみんなして遺跡のなかに閉じ込められて、救助を待つ間、合コンなんか始めちゃって。座ってじっと待っているのもアレだったんで、2人して料理をつくっている人たちに混ぜてもらった」
アルクラントの話を聞いているうちにシルフィアのなかでも当時のことがよみがえってきたのか、笑みが広がった。
「そんなこともあったわね。ええと、あのときつくったメニューは、ラザニアだったっけ?」
「うん。それをつくろうと思って」
「分かったわ。じゃあ私はラザニアを茹でるわね」
「頼む」
「ふふっ。料理は得意じゃないけど、これくらいはね?」
お湯が沸いたら海水の濃度になるよう塩を入れて、ラザニアを放り込めば、あとはタイマーで時間を計測するだけだ。ラザニアが茹で上がる前にと、ミートソース用のタマネギやニンジンをみじん切りにしているアルクラントの慣れた手つきをなんとなく見つめていると、ふとアルクラントが話し始めた。
「あのとき」
「え?」
「ニルヴァーナのあのときが、ある意味私たちの始まりだったのかもしれないね」
シルフィアは少し考えてから、口を開く。
「そうね。契約した、パートナーだって言ってもまだ本当のところは何も分かってなくて、お友達も全然少なかったしね」
でも今は、あのころとは比べものにならないほどたくさんの人たちに囲まれている――そう、言外に告げてくるシルフィアに、アルクラントも笑みの浮かんだ口元でうなずく。
「あのときあの場所にいられたことは、私たちにとってとてもステキなことだったと、私も思うな」
「うん。
私たちはここで多くの人たちと出会い、手を取り合って、ともにさまざまなことを為し、そして――ついこの間には、世界も救った。
もちろんそれは私たちだけの力じゃなくて、むしろあのなかでは私たちなんかの力はほんの微々たるものだったんだろうけど、それでも歴史に名を刻むに足る偉業を成し遂げたって言っていいんじゃないかな。
私は、そう思うよ」
ま、歴史に名前を刻んでなかったとしても、きみに出会えただけで。
それだけでも十分、すてきなんだけれど。
そう付け足すアルクラントに、シルフィアはほんのりほほを染めて、恥ずかしそうに照れ笑う。
「ふふっ。あのころから料理が苦手なのは変わらないけどね」
だけど。
変わったことも……いっぱい、あるものね。
アルクラントの話したことについて考えつつ、シルフィアは自分の左手を見た。
そこにはまった2つの指輪。婚約指輪と結婚指輪は、アルクラントと出会わなければ存在しなかった物だ。
(あのころから、私はアルくんのこと……好き、だったのかな?)
あらためてそのことについて考えてみたが、よく分からなかった。あのころ、自分は何を思って彼を見ていただろう?
でも、今ははっきりと分かっている。言葉にして、口に出せるから……。愛してるって。
今もこうしてそばにいて、それが自然で。そしてこれは永遠に続くと信じられるから。
それでいい。
「――あ、アルくん、茹で上がったよ」
キッチンタイマーが鳴る1秒前にそのことに気づき、鳴る直前にタイマーを止める。
「そうか。じゃあ湯切りして、それは置いておいて、テーブルの上のトマトを湯むきしてもらえるかな」
フライパンのなかで炒まったタマネギとニンジンにワインをふりかけながら言うアルクラントの横顔に、「はい」と返事をして、シルフィアは言われたことにとりかかった。
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