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別れの曲

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別れの曲
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【未来・1】


 ある日空京の展示場で、宝飾品の展示会が行われていた。
 普段は展示されないような貴重な儀式用や古代の宝飾品が展示されるとあって、会場内は様々な客層で溢れている。
 その手には目がないグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)もその一人で、パートナーのロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)を伴い会場へ足を運んでいる。しかし常ならば身体の弱いグラキエスの外出には口うるさく注文するウルディカだったが、妙にすんなり行ったものだと思っていたが――
(成る程、そう言う事か……)
 展示場の入り口で三人へ手を振る影を見つけ、グラキエスは得心してロアの顔を伺う。にやりと笑みを浮かべているあたり、彼はすでにウルディカの計画を悟っていたのだろう。
(スヴェータを誘っていたのか。
 良かった、ウルディカもそう言う所があるのだな)
 複雑な過去を持っている為か、人との関わりが薄かったウルディカが、自分よりも優先すべき人を作り、こうして積極的に誰かと関わろうとする姿を見ると、グラキエスは素直に嬉しくなる。
(後は俺達を同行させなければもっといいのだが)
 そこまで考えるのはまだ過ぎた願いだろうか。もしそうなのだとすれば、自分達が後押ししてやるしかないだろうと、グラキエスはロアへ目配せした。勿論彼もそれを分かっているようで、相槌がわりにウィンクが飛んで来る。――少々驚いたが、ロアもロアでウルディカに訪れた変化を喜んで……そして楽しんでいるのだろう。
 ロアは体重を軽く横へ移動させて、ウルディカへ耳打ちしている。
「エンドをダシに使うとはウォークライもなかなかやるようになりましたね」
 ぴくりを顔の筋肉を動かし、ウルディカはバツが悪そうに眉を顰める。
「キープセイク……。
 あれをダシにしたのは悪いと思っている思っているが、宝飾品は高価な物が多いんだ。
 二人きりで見て回って土産に買うと言うのは流石にな」
 もっともな言い訳にロアは苦笑する。確かに宝石はいきなり贈るにはハードルの高いプレゼントだ。
「俺はスヴェトラーナが服に興味を持っていると言うから、それに合わせたアクセサリーでもと思っただけだ」
「悪いと言ってはいませんよ。
 むしろエンドは君がしている事を喜んでいると思います。
 私も君が積極的になるのは良い事だと思っていますよ。ええ本当に」
 言い終えてくるりと反対隣のスヴェトラーナへ向き直ると、ロアは口八丁で適当な言い訳を吐き出した。グラキエスの体調を考えて自分達はゆっくり行きたいだとか、じっくり見たい場所があるのだとかそういう手合いだ。
 兎に角「それでも一緒にいきますよ」と気遣いをするスヴェトラーナと、四人で行動しながらその流れで……と計画していたらしいウルディカを一緒に一旦切り離し、上手く二人きりにしたところで息を吐く。
 そうしてグラキエスとロアは回りくどい事をしながらも奮闘するパートナーの事を考えて、笑い合いながら展示会を回っていった。


 さて、こんな風に複雑な思惑を交錯させて訪れた展示会だったが、ウルディカにとっての一番の誤算は『スヴェトラーナが宝飾品に全く興味が無い』であった。
 母の形見であるアクアマリンの欠片を常に身に付けている彼女からすると宝飾品は余りに身近で、ファッションへ余り頓着しないところからも遠いものだったのである。
 傍目からは分かり辛くとも彼女を溺愛する父と伯父と叔母は、かなり一般的ではない資産を持っている。もし彼女が宝飾品に興味を持っていれば、今頃彼女の腕や指はじゃらじゃらと眩しいくらいに輝いていて然るべきで、そこを見逃していたウルディカの、残念な誤算だった。
(これは……そうだな、スヴェータは甘味を食べに誘った方が喜ぶよな)
 スヴェトラーナの母譲りの何事も楽しみ喜んでくれる素直な性格を救いに展示会を周り続けると、最後の展示は普段使い用の新作デザインのアクセサリーコーナーだった。
 此処こそ、ウルディカが目指していた場所である。
「――そういえば先日贈ったドレスだが……」
 自然に――と心掛けていても傍目には不自然に唐突に――切り出してみると、スヴェトラーナはぱっと顔を上げて微笑んだ。
「はい、有り難う御座いました。横浜、楽しかったですか?」
 チャイナドレスを贈ってすぐ、ウルディカはスヴェトラーナからはお礼の手紙を、そしてドレス姿の写真つきメール受け取っていた。エキセントリックな部分が多くとも、あの父親に育てられしつけられただけのものは身に付いているらしい。
 少々残念なところは、写真に写る彼女がウルディカの贈ったチャイナドレスに、以前ベルクから貰った炎紋のグローブ――勿論戦闘用である――を揃えてファイティングポーズを取っていたところだろう。突然貰ったチャイナドレスを、何だか分からないなりに『戦闘用』と判断したに違いない。
「パーパが買って来てくれた紹興酒、まだ開けてないんです。
 ウルディカさん、お酒大丈夫ですよね? 今度皆さんと一緒に飲みましょうよ」
「瑠璃色は……嫌いじゃなかったか?」
 話が逸れた事に慌てて強引に戻すと、スヴェトラーナは小首を傾げて微笑む。
「はい」
「あの色は俺の好きな色なんだ。
 スヴェータはどうだ?」
「……ええっと、あの色、なんて言えば良いんでしょうか。日本語では銅藍(どうらん)って言うんだと聞きましたが……。
 シーニー――青というか紫というか……やっぱりあれも瑠璃色って言うんでしょうか」
「あの色?」
「パーパとミリツァのピアスの――コヴェライトの色です。
 私生まれた世界にはミリツァは居ませんでしたけど、パーパはやっぱりあれをつけてたんです。
 思い出で、何時も見ていて、大好きな色です」
 はにかんで頬を染める彼女は、こんな時でもやはり両親の名をあげる。
「アクアマリンは? あれは母親の色だろう」
「――そうでもあるんですけど、私の目の色でもあるので……
 好きって言うにはちょっと、気恥ずかしいですね」
 今度はもじもじと、スヴェトラーナは本当に表情がくるくるまわる。
「瑠璃色にしろ藍色にしろ結局青か…………」
「はい?」
 一人納得した様子のウルディカが、まさか自分にプレゼントを選ぼうとしているとは思わず、スヴェトラーナはにこにこと後ろをついていく。





「――展示会は楽しめましたか?」
「はい! 果物の形のアクセサリーのコーナーが可愛かったですね。ロアさん達もご覧になりましたか?」
 展示会を回り終えて再び四人で合流すると、グラキエスが外食をしないかと提案をした。
「少し時間がかかったし、久しぶりにどうだ?
 前にフレンディスからジゼルが働く定食屋の話を聞いた。そこで食事しないか――」