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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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「悠くん知ってますかー? 2月14日はバレンタインって言って、日頃お世話になっている人に物をプレゼントする日で、特にお世話になった人には気持ちを込めた手作りのハート型チョコレートを贈る日なんですよ」
 麻上 翼(まがみ・つばさ)から与えられたその情報に月島 悠(つきしま・ゆう)は目を丸くした。
「そう、なのか?」
「はい。悠くんは海外の、しかも戦場での暮らしが長かったから、ご存じないでしょうがー、日本では、そして日本領海であるこのパラミタでは、そういう習慣があるのです」
「なるほど……」
 悠はじっと考え込み、翼に再度確認した。
「日頃、お世話になっている人にプレゼントをするのだよな?」
「はい」
「特にお世話になった人には手作りのハート型チョコレートを贈るんだな」
「その通りです」
「……よしっ」
 手作りという点で一瞬悩んだが、悠は心を決めて作ることにした。
「あ、悠くん、悠くん、作るなら、ちゃんとした格好をしないと」
 翼が用意しておいたピンク地に赤い色をアクセントとしたコック服を悠に差し出した。
「な、なにこれ!?」
 思わず乙女モードになった悠を気にせず、翼は笑顔で続ける。
「お菓子作りをするならば、それなりの格好をしないといけません。ほら、戦場に出るのに、それにふさわしい服装をしない人とか変でしょう〜?」
「それはそうだが……」
「はい、だからまずは着替えてください」
 悠は翼を着替えさせ、レシピを渡した。
「簡単なものですから」
 市販チョコを湯煎で溶かして型に嵌めるだけのレシピを翼は渡したのだが。
 しかし、これは割と難しい。温度をちゃんと見ていないと、上手に行かないのだ。
 その上、悠の料理スキルは壊滅的なので……チョコだけでなく、キッチン自体も割とひどいことになったのだが、悠はがんばった。
「亮司さん喜んでくれると良いな……」
 そう願いながら、甘いものが好きだという亮司のためにミルクチョコの中に砂糖も練乳も蜂蜜も入れていく。
 その上にさらに隠し味にコーヒーの粉も入れ……かつてチョコだった何かが出来上がり、悠は亮司との待ち合わせに出かけていった。

「今日は薔薇学の体育祭のときのお詫びだから、好きなもの食べてくれ」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)の言葉に、悠はおろおろしながらメニューを眺めた。
「ごめんなさい、亮司さん。こういうの慣れてなくて……」
 戦場での食事ならば数え切れないほどしてきた悠だが、こんな雰囲気の良いお店は慣れていない。
「じゃ、おすすめのもの頼んでみようか」
 亮司の助け舟に悠は頷き、2人は食事を楽しんだ。

 その後、2人はライトアップされている公園に向かい、ぶらぶらと歩いた。
 光に満ちた公園を歩きながら
 (こういう時ってやっぱり『俺は悠の方が綺麗だと思うけどな』とか、そんな感じのこと言った方がいいんだろうか……)
 と亮司は迷う。
 だが、亮司がそんな言葉を言う前に、悠が亮司にチョコを差し出した。
「これ、もし良かったら……」
 開けてみると、そこにはどんな材料を使えば、こんな色と形のものが出来上がるのか判らないものが入っていた。
 それでも悠からもらえるならうれしいと思った亮司は、そに口をつけた。
「要練習だな、まぁ俺は人に教えれるほど料理は出来ないけど、味見役くらいならやるからさ、必要ならいつでも声かけてくれ」
「あ、はい……」
 こくんと悠は頷く。
 亮司は全部チョコを食べ切ると、悠にチョコがハート型だった理由を聞いた。
「翼が言ってたの。特にお世話になった人には手作りのハート型チョコレートを渡すって……」
「翼か……」
 やっぱり翼の入れ知恵かと思いつつ、亮司は悠に真の意味を教えた。
「本当はハートの手作りチョコなんて好きな相手にあげるんだよ。……もしこのことを知ってたら、俺にどんなチョコをくれたのかな?」
 ちょっと意地の悪い笑みを見せて、亮司が尋ねる。
「……ええと」
 悠は俯いて、返答を迷う。
 亮司はそれを照れていると思ったのだが……。
「ああ、悠くんちょっと凹んでますね」
 翼の言葉に一緒にデートの様子を窺っていたネル・ライト(ねる・らいと)が首を傾げる。
「凹んでるのですか?」
「うん。ええと、例えばですね。悠くんが佐野さんからアクセサリーをもらったとして……『もう少し勉強した方がいいよ。そんなにアクセ詳しくないけど、見に行くとき付き合ってくらいあげるから』言ったらどう思いますかー?」
「……その前にお礼くらいは言ったほうがいい気が」
「ですよね。でも、悠くん、『ありがとう』も『うれしいよ』も言われてないんですよ」
 普段は悠くん冷静ですから、人の内心に気づくかもしれませんが、こんな余裕のないときだとそうは思わないんじゃないかなと翼が付け加える。
 その言葉通り、亮司さんが喜んでくれるといいなと思っていた悠は暗い気持ちになっていた。
「どう?」
 回答を求める亮司に悠は気持ちが明るくなれないまま、こう答えた。
「……分かりません」
 その様子を見て、翼は肩を竦めた。
「後で佐野さんに胃薬をプレゼントするときに、一言いっておいたほうがいいですかね」
 ホワイトデーで巻き返せますように、と心の中で祈りながら、翼はネルと共に2人が帰るのを見守るのだった。