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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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「こんにちは、高崎先輩!」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)はやってきた高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)を笑顔で迎えた。
 今日はイルミンスールの制服ではなく、タートルネックにチュニックを重ねて、ショートパンツを履き、ハーフコートを羽織っていた。
「よう。ああ、初詣のときとちょっと違うな」
「えっ!?」
 ものぐさな悠司がそんなことに気づくとは思っていなかったので、未憂はビックリする。
「え、って。今日はスカートじゃないよな? それ」
「は、はい。箒に乗るから、今日はスカートはやめておこうと思って……」
 驚きながら未憂が返事をする。
 普段の悠司なら確かに気づかなかったかもしれないし、今回がたまたまかもしれないが、しかし、気になる相手ならば、やはりそこらへんも注意を払うのかもしれない。
 悠司は未憂の持つ箒に目をやった。
「クリスマスに、空の散歩させてもらえるつってたっけ」
「……ほんとに乗りますか?」
 箒をがっしり掴みつつ尋ねる未憂に、悠司はうん、と頷いた。
「折角だし、甘えさせてもらうとするかね」
「……分かりました」
 決意したように未憂が箒を下ろす。
 未憂がちょっと迷ったことを、悠司はあまり気に留めなかった。
(何というか、不用心というかお人好しだな)
 パラ実の悠司からすると、そう見えたからだ。
 ただヒャッハーと言うだけでなく、パラ実は個人主義なので、ふと気を抜くと裏をかかれたりしかねない。
(ま、これが普通なのかもしれねーけど)
 学生なのだから、これくらいで普通なのだろうと悠司は未憂を見つめた。
「はい、どうぞ。後ろに乗ってください!」
「おー、サンキュー。わざわざ悪いね」
 妙に気合の入った未憂に笑みを見せ、悠司も乗る。
「い、行きますよ……」
「どうした?」
「箒の二人乗りって初めてなんです。乗せてもらったことはあるんだけど……」
「おいおい、大丈夫か? ああ、ヴァイシャリーには怖い組織があるから、うかつにつっこんだりするなよ」
「わ、わかりました。では……行きます」
 ふわっと、箒が浮き上がり、悠司は「おっ!」と目を輝かす。
「いいねいいね、魔法使いってのは便利だねぇ。空飛べるんならたいていのところは簡単に行けるじゃねーか」
「は、はい……」
 緊張気味の未憂の背に、悠司は楽しげに言った。
「うっし、そんじゃ出発と行きますか。行き先は任せたぜキャプテン。空賊たちみたいに大空を派手に飛ぼうぜ」
「……はい!」
 未憂は気合をもう一度入れ、飛び始めた。
 箒のスピードが速くなり……なったけれども……。
「あれ? 未憂さんめちゃくちゃ低いんスけど、もっと高く飛びません?」
 浮き上がってはいる。
 ちゃんと足がつかない位置で、箒が進んでいる。
 でも、あくまで『浮き上がっている』感じだ。
 『飛んでいる』にはなってない。
「た、高さ制限があるんですっ」
「そんな制限聞いたことないぞ。いくら決まりのないパラ実にいるからって言っても、それくらいは知ってるぜ?」
「え、ええと……」
 なんとか言い訳を考える未憂を見て、悠司はふとその理由を思いついた。
「もしかして……」
「な、なんでしょう」
「高く飛べるほどの、魔力がないのか?」
 その言葉にショックを受けた未憂は思わず叫んだ。
「違います! 魔力ならちゃんとありますよ! 強くはないけど……。単に、単に私が高所恐怖症なだけです!」
「………………はぁ?」
 未憂の言葉に、悠司は思わず素っ頓狂な声を上げたのだった。

 地上に降りた未憂は、どよーんと暗い顔で、悠司に謝罪した。
「すみません、その……普段、箒を使ってるのは、パートナーのリンなんです。私は小型飛空艇のほうが安定感があって好きで……」
「なんだ、もったいない。箒の方がイルミンっぽいのに」
「それは分かってるのですが、その……」
 口をもごもごさせる未憂の代わりに、
「それに」
「それに?」
「高所恐怖症ならとっとと言えっての」
 悠司が未憂の額を軽くこつんと叩く。
「そうだと知ってりゃ、無理強いするようなことしなかったのに」
「無理強いなんて思ってませんよぉ……」
 14cm上にある悠司の瞳をじっと見て、未憂は困ったように言った。
「高崎先輩が乗りたがっていたから、乗せてあげたいって言うのはあったんですよ、本当に。結局失敗しちゃったけど……せめて、夜景が見えたりするところくらいまでは、連れて行きたかったのに……」
 ちょっと落ち込み気味な未憂を見て、悠司は「ちょっと待ってろ」と言って、しばらく未憂のそばを離れた。
 そして、しばらくして、悠司がバイクに乗って戻ってきた。
「ほら、後ろ乗れよ」
「え?」
「スピードは苦手じゃないんだろ。それなら、俺のバイクの方が速い。行くぞ」
「あ、ま、待ってください」
 未憂は慌てて悠司のバイクの後ろに乗った。
「しっかり捕まってろよ。そんな自転車の後ろに座るような気分だと、振り落とされるぞ」
「は、はい!」
 悠司の言葉に、未憂は緊張しながら悠司の背にぎゅっと抱きつき、悠司はそれを確認して、走り出した。
 
「わあ」
 悠司が連れて行ってくれたところは、ヴァイシャリーの高原だった。
 未憂はバイクを降りると、楽しそうに高原を小走りに走った。
「そろそろ日が落ちてくるんじゃないか?」
 西の空に落ちていく太陽を二人で見ているうちに、空が暗くなり、空京のあたりの街が光を灯し始めた。
「夜景だったら地球の方が奇麗かもな。こっちは空が近いから星見るのに良いんじゃね? あんま詳しくねーけどさ」
「そうですね。あ、そうだ」
 未憂がポンと手を打ち、あるものを取り出した。
 それは可愛くラッピングされた箱だった。
「よかったら、どうぞ」
「へえ、星型のチョコか」
 箱を開けた悠司がおもしろそうにそのチョコを見つめた。
 チョコを溶かして、コーンフレークとナッツを混ぜた、いかにも学生らしいチョコだ。
 そのチョコをパクッと食べ、今度は悠司がバッグから物を取り出した。
「チョコサンキュー。今、手持ちで返せるのこれくらいだけどお返し。受け取ってくんなー」
 悠司が差し出したのは、機晶石のペンダントだった。
「学校違うから、お返しをできる機会ってのがなさそうなんで、今、しておくよ。3倍返しとはいかねーけど、良かったらもらってくれ」
「え、私にですか?」
 お返しがもらえると思っていなかった未憂は目を丸くし、そのペンダントを受け取った。
「ありがとうございます。こうやって一日付き合ってくれて、一緒に夜景見られただけでも、とってもうれしかったのに……」
 しかし、そこで未憂は急に不安になった。
 お返しをできる機会がないということは、もう会えないのだろうか、と。
「……また、会えますか」
 未憂の口から、思わずそんな言葉が漏れる。
 すると、悠司は不思議そうな顔をして頷いた。
「ああ、じゃあ、今度は星を見に」
 いつになるかわからねえけどな、という感じで悠司は答えたが、未憂は安心したように笑顔を見せたのだった。