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あなたと私で天の河

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●彼女に新たな絆を・2

「意外と……人、多いですね。変装してきて良かったかな」
 バロウズはハンチング帽を目深に被っている。黒いポロシャツと黒のスリムジーンズ、フレームのない眼鏡もかけていた。普段の服装とはまるで違う。おまけに、綺麗にカットした顎髭まで生やしている。
「ね? ね? いまのバロウズって私立探偵って感じでクールでしょ? 全体のコーディネートは私がやったんだよ。そうそう、顎髭は実はシールだからね」
 髭はあんまり好きじゃないんだけどなー、でも、ワイルドでいいかもなー、と、バロウズに合わせてボーイッシュなパンツルックに化けたアリア・オーダーブレイカー(ありあ・おーだーぶれいかー)が笑った。髪はくくって、キャップの下から垂らしている。
「二人とも、格好いいと思うであります。そして朝斗様、今日はお招きいただき感謝であります!」
 びし、と敬礼してスカサハは言った。朔にあつらえてもらったのか、金魚柄の浴衣を着ている。
 バロウズ一行、そして、朝斗と挨拶をかわしたのち、スカサハは視線をさまよわせ、そしてオングロンクスに気づいた。
「ああ、朝斗様からの連絡を聞いて、予想はしておりましたが……やはり!」
 駆け寄り、オングロンクスに抱きつかんばかりにして言った。
「大黒澪様! やっふぅ〜!! お久しぶりであります! 元気でありましたか!!!」
「ううん、違うんだよ」
 実は、とリーズが簡単に事情を説明した。
「と……すると……記憶がない、とでも考えればいいでありますか?」
「少し違うかもしれないけど、だいたいそれでいいと思う」
「……でもスカサハと澪様はずっとお友達であります! たとえ記憶がなくても、あの時言った言葉に嘘偽りないであります! 何かあったらスカサハにも言ってほしいであります!」
 感情のこもらない目で、オングロンクスはスカサハを見つめていた。しかし、
「スカサハにできる事なら何でもするでありますよ! ……だって、お友達でありますから!」
 とスカサハが彼女の両手を取って握ると、彼女は「ぁー」と小さな声で答えた。

「遅いな……ローザマリアさんたちも呼んだんだけど……」
 朝斗は時計を見る。だが事前に、「遅ければ先に行っておいてくれ。色々と手間取るやもしれんからな」と、電話でグロリアーナ(ライザ)が言っていたことを思いだしていた。なおそのときライザが、「なお、その場合はすぐ見つけられるよう、朝斗は猫耳付カチューシャを着用して歩くようにの」と言い加えていたことは積極的に忘れることにする。
 事情を話すと陣は頷いた。
「そういうことやったら、行こか。あと、こっから先もっと人の多いところに入るから、『クランジ』やら『オミクロン』『クシー』やら言うのはNGな。『オングロンクス』やったらええと思うけど……それよりもっと、ちゃんとした名前をつけて呼んでやりたいと思う」
「どんな名前です?」
 バロウズに応えて、陣は言った。
「『大黒空(おぐろ・くう)』ってのはどうやろ? 空は曇りや雨だったり、時には雷や嵐になったりする……決して良い顔ばかり見せてくれるもんじゃない。でもそれ以上に、夜空の星々と昼の蒼空の深さを見せてくれるもんやろ? 自分の在り方とかそんな事を、小難しく気に掛ける必要はないんだ、って、彼女に知ってほしいという願いも、この『空』の字にこめたつもりなんや」
 一気に演説のように告げて、最後は少し照れくさいように、
「どうかな?」
 と、おずおずと陣は締めくくったのである。
「『くーちゃん』って響きも可愛いと思う」
 リーズが言い足した。
「いいと思います」
 バロウズが言った。
「空(くう)様でありますか……」
 澪様が消えたようで少し寂しい気もしますけれど――という気持ちを口にすべきか、スカサハは迷ったが口を閉ざした。
「じゃあ祭を楽しみましょう。みんな、空さんの周りを囲むようにしてね」
 ルシェンが頷くと、一同は移動をはじめた。

「さて、俺たちも動くか」
 椎堂 紗月(しどう・さつき)はそう言って、長い髪を手でかき上げた。
「ごめんなさい。私の我が儘を聞いてもらって……」
 朔は、すまさなそうな口調で恋人に頭を下げる。
「ほら、そんな顔するなって。確かに、俺自身はクランジとの接点ってねーから、あの集まりに直接関係はねーんだけど。スカサハちゃんが行きたがってんのに、行くなって言うのはあまりにも酷だろ。だから朔が、ついていかなきゃなんねー事情もわかるぜ」
 陣一行と彼らは、つかず離れずの距離を保っているのだ。陣たちが動けば紗月と朔たちも動く。積極的に関わったりはしないが、異変があればすぐに駆けつけられるように。
「でも、デートの気分が台無しになったりしない?」
 という朔の額に、とん、と紗月は自分の額を合わせた。
「俺たちの付き合いは、その程度でどーにかなるほど浅くないつもりさ」
「ありがとう……」
 朔の胸は、たちまち紗月への想いで埋め尽くされた。
 今夜の朔は、桜柄の和服、これは紗月からプレゼントされたものだ。
 一方で紗月も、引き締まって見える黒の和服だ。胸元に扇子を差しているのもよく似合う。
 二人、ならんで夏祭りをゆく。
「にしても、七夕かー……朔と過ごすのは二回目になるな。去年から色々と変わったもんもあるけど、変わってねーもんもいっぱいあるよな」
「変わってないものって?」
「そりゃ、俺の朔への想いに決まってるじゃねーか。今なら織姫と彦星の気持ちが少しはわかる……なんてな」
 などと自分の言葉に照れる、そんな紗月を朔は、可愛いと思うのである。(そう告げたらますます照れそうなので黙っておくが)
「じゃあ、変わったものは?」
 という朔の質問に、紗月は少し、逡巡していたがやがて告げた。
「あの頃より愛しさは薄れてきたのかもしれねーけど、いや、薄れてきたっつーか、ただ愛しい存在だったのが大切な、自分の一部みてーに思えるようになったかも」
 またも照れてきたのか、扇子を取り出し扇ぎながら彼は言ったのである。
「……そんな当たり前の存在に思えるようになったのも、朔がずっと傍にいてくれたからだよな。織姫と彦星じゃこーはなってない、か」
「もう、上手いこと言って!」
 いまの朔はまるきり乙女だ。怒っているのではないがあまりに気恥ずかしく、グーをつくってポンポンと彼の二の腕を叩いた。
 そろって黄色の短冊を入手し、二人で記入する。
 朔は、『大好きな人たちと幸せになれますように』と書いた。紗月と一緒にいると、そんな願いが素直に浮かんできたのだ。
 紗月は、『二人の永遠を』と記す。
「ベタだけど俺の一番の望みだわ」
 彼はその短冊を、よく見える位置につるしたのだった。
 さて、そんな彼ら二人の後ろを、さらにもう少し距離を取って歩く二人があった。
「七夕祭……かぁ。みんな楽しそうだね……」
 と言う有栖川 凪沙(ありすがわ・なぎさ)が、本当は何が言いたいのかわかっているが、ラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)はあえてそれを指摘しなかった。
「そうだな。まあ、楽しそうなのはいいことではないか」
 失敗だったか――とラスティは後悔しないでもない。この顔ぶれで行くのであれば、紗月と朔の後ろをついて行くことになるのは自明だった。配慮が必要だったかもしれない。
 なぜならそれは凪沙にとって、辛い光景を見ながら歩くことと同義なのである。
 辛い光景とは、自分の恋する男性が、自分から彼を奪った女と睦みあう姿だ。
 七夕という意味も考えてみれば残酷だっただろうか。この日は、織姫と彦星が一年で唯一会える日、言い換えれば、恋人同士の逢瀬のための日ともいえるのだから。
(「いや、悪いことばかりとは言えまい」)
 ラスティは考え直した。
(「……いつまでも引きずって殻に篭るのも凪沙らしくない。一度ふっきっておいたほうがいい」)
「どうした、元気がないぞ。まさか私と女同士では、虚しいとでもいうのか?」
 ふふ、と口元に笑みを浮かべながらラスティは言った。
「え? そんなことは……ないよ」
「そうか? まあ退屈だったら帰ってもいいが、せっかくだ。屋台で買い食いなりして楽しむとしよう。誘ったのは私だ。好きなものは何でも買ってやるので遠慮なく言うがいい。それに、短冊に願い事を記すのも楽しいと思うぞ」
「……そうだよね。うん」
 ようやく凪沙の顔に笑みが戻った。
「じゃあ、今日は一日、うーんとラスティに甘えちゃおう!」
(「私は私の想いを貫くって決めたじゃん!」)と、凪沙は己に言いきかせている。ならば、うじうじしていたって何もはじまらない。
「よし、とことん甘えろ。許す」
 ラスティも凪沙に笑いかけた。
 やがて二人も短冊を書いた。
 健気な凪沙は、ここでも紗月の幸せを願った。『紗月の絶えぬ笑顔を』と黒い短冊にしたためてつりさげた。
 ラスティも黒い短冊を選んでいる。
 彼女は『凪沙に祝福を』と書いた。
(「辛い思いはたくさんしたんだ……凪沙、お前にだって、幸せな未来くらい与えられるさ」)
 きっと――と願うラスティなのである。