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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第13章 迎賓館〜妖魔の宴 1

 少し時間をさかのぼって、会談が始まった直後――。
 太陽が半ば以上沈み、空に夕闇が広がり始めたころ、バルバトスは迎賓館に帰館した。
「ふっふふーーーーん〜♪」
 ショッピングで手に入れたビーズのハンドバッグをグルグル振り回しながら門をくぐる。
 鼻歌まじりにスキップまで踏んで、かなりの上機嫌だ。
「……どうしてあんなに元気なんだろうね、あの人……」
 ぐったり門に寄りかかって、佑一はつぶやいた。
 一度オープンカフェに寄った以外は、半日ずーっと歩くか走るかしっぱなし。しかもハイヒールでだ。
 なのに、ここを出たときと全く変わらない。
「……やっぱり……魔神ってすごいや……」
 両足を投げ出し、抱き込んだ買い物袋に顔を突っ伏していたミシェルが言う。
「あ、そーだ」
 館の玄関へ向かっていたバルバトスが、くるっと振り返った。
「回復してからでいいから、部屋へ運びこんでおいてね〜。あとで配達されてくる分も一緒にね〜」
「……分かりました」
 足元に投げ出したままの大型紙袋の山を見て、シュヴァルツと目を合わせる。
「行くか?」
「もう少し休んでからね……」
 ふーっと息を吐き出し、佑一は門に額を押しつけた。

*       *       *

「やぁね〜、すっかり遅れちゃったわ〜。ロノウェちゃん、怒ってるかしらぁ」
「待って。待ってちょうだい、バルバトス様!」
 両開きの玄関を押し開くやいなや、右のアール階段へと速足で向かうバルバトスを、大急ぎ呼び止める者がいた。何気なくそちらを振り返ったバルバトスの目が、驚きに丸くなる。
 なぜなら、そこにいたのはニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だったからだ。
 ニキータは軍人らしいベリーショートの髪型で、身長187センチ体重95キロと鍛え上げられた屈強な肉体の持ち主ながら「心は乙女」な残念系おカマである。……本人は「綺麗なお兄様だってば!」と言い張って譲らないが、おそらく大多数の者はニキータを見ると「残念なおカマ」と言うだろう。
 今もまた、それにふさわしい動きで手をクネクネさせながらしゃなりしゃなりと歩み寄ってくる。
「もう、バルバトス様ったら、足が速いんだから……。
 既に会談は始まっていますから、会場までアタシがご案内致しますわねぇ」
「必要ないわ〜。一度部屋へ戻ってシャワー浴びるから〜」
 バルバトスは手をひらひらさせながらまた階段を昇り始める。
「待って、待って、バルバトス様っ」
 あわててあとを追うニキータの目に、シャンデリアの光を浴びてきらきらと輝くバルバトスの羽が飛び込んできた。
 末端に行くにつれて黒味を帯びる羽も、上部は混じりけのない白羽だ。
(光り輝く4枚羽ねぇ……ん〜〜〜ビューリフォ〜)
 ほうっとため息が口をつく。
「バルバトス様のその二対の4枚羽、本当にお美しい。まるで、この世ならざる物のよう……。そう、地球の伝承に残る“天上人”のようで憧れちゃうわぁ。
 ねぇねぇ。5000年以上前に封印されたザナドゥの民って、もしかしてシャンバラの古代種族である【天人(熾天使)】の一部が封じられて変化した御姿なのかしら? バルバトス様は、もしかしてその末裔、とか?」
(黒く染まった羽は堕天の名残りとしたら……いや〜ん、ロマンチック〜〜〜)
 妄想にふけって身もだえするニキータを、バルバトスは肩越しに冷めた目で見下ろした。
「くだらないたわごとねぇ。そんなの知ったところで埒もないじゃないの〜。そうやってえんえんと聞かせるくらいなら、あなたはもうついてこなくていいわぁ」
「ああ……その視線まですてき……ゾクゾクきちゃう」
(今アタシ、足元を這う虫けらのように見られているんだわ……蔑みの目で見られることが、こんなに快感だったなんて……!)
 ブルッと身を震わせ、ニキータは恥じらうように両手を熱くなった頬にあてる。
「バルバトス様……いえ、バルバトスお姉さま。どうかアタシを奪って! あなたの配下にして、身も心もあなたの甘い鎖でがんじがらめに縛りつけてちょうだい!!」
 次の瞬間、バルバトスの左手がニキータの胸骨を突き破り、背中まで突き抜けた。
「うっとうしいのよ、あなた〜」


 厨房では立食会の準備に大わらわ。
 そのお手伝いとして鍋を洗っている最中、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は突然生じたパートナーロストの激痛に頭を直撃され、そっくり返った。
「はうっ……」
 丸椅子から派手に転がり落ちたところへ鍋の中に入っていた石けん水を頭からかぶってしまう。しかし彼女はその瞬間の出来事を覚えていなかった。
「まぁまぁタマーラちゃん! 大丈夫!?」
 石けん水でビシャビシャの床に仰向けに倒れ、ぴくりともしないタマーラの周囲に、わらわらと人が集まってくる。
「まさか、死んじゃったんじゃ……?」
「そんな! だって皿洗いぐらいで?」
「頭の打ちどころが悪かったとか。すごい音がしたもんな」
「やばいよ。この子、ほんとはお客さんだろ?」
 ひそひそ話をする声が、ぼんやりと暗闇の向こうから聞こえてくる。やがて、タマーラの視界に光が戻った。目を閉じていたわけではなかったのだ。
 タマーラはぱちぱちっとまばたきをすると、身を起こした。
「あ、ちょっ……タマーラちゃん?」
 ふらふらと厨房の出口へ歩き出すタマーラ。
 だれの声も聞こえていないふうな彼女の様子に、集まった人々は揃って肩をすくめた。
「ニキータに何か起こったようでありますね……私のこの状態で、確かめに行けるかどうか……」
 壁に手をついて支えながら、タマーラは足を引きずるようにして前へ進む。
 何かに導かれるようにエントランスフロアへ出、アール階段を2階へ。1歩進むごとに、体は回復していく。もう吐き気も頭痛もめまいも起きない。そして彼女は、踊り場でうつ伏せに倒れているニキータを見つけた。
「ニキータ!」
 駆け寄り、ぺちぺちと頬を叩いたが、ニキータに目覚める様子は全くなかった。

*       *       *

 部屋に戻ったバルバトスを待っていたのは、迎賓館のメイド姿をした秋葉 つかさ(あきば・つかさ)とその魔鎧蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)だった。
「あら、あなた?」
 バイアセートを見たバルバトスの片眉が上がる。
「よ、よぅ……久しぶりだな。今の主が会いたいというから連れてきてやったぜ」
 はるか昔、バルバトスに作られた魔鎧バイアセートは、バルバトスとは浅からぬ因縁の持ち主だった。バルバトスにとってははるか昔のとるに足らない出来事だが、バイアセートの方はそうでもないらしい。
 当時のことを生々しく思い出してか、隠しようのない、うわずった声で、それでも懸命に強がっている。だが悲しいかな、その姿はだれがどこからどう見ても、余裕のない崖っぷち男のそれだった。
「ふぅ〜ん?」
 バルバトスはゆっくりと部屋の中へ歩を進める。
「ま、まぁ、俺も久しぶりにおまえの肌を楽しみたいのもあったがなぁ」
 あくまで強がりを続けるバイアセートの横をアッサリ抜け、バルバトスはつかさに歩み寄った。
「あなたはだぁれ? ウサギちゃん」
 ピンクのツインテールを指にからめてもてあそぶ。
 間近から覗き込まれ、つかさは早くも体の奥でうずき始めるしこりのようなものを意識した。
(魔は誘惑する者……とはいえ、髪に触れられただけでこうなるなんて……)
 ――いいえ! 負けるものですか!
 つかさはクッとあごを引き、強気の視線で見返した。
「お帰りをお待ちしておりました、バルバトス様。本日お伺いしたのは……バルバトス様、あなたは凄腕のハンターだとか。このバイアセートからいろいろと伺いました。なんでも、居城にありますクイーンサイズのベッドの支柱に刻まれたその数はゆうに数千を超え、ベッドの内外合わせて啼かせた者の数は男女を問わず星の数ほど。あなたの城で働く数百名の魔族は一夜ならず夜のお相手を仰せつかり、この数千年の間、あなたが独り寝をしたことは一度もないと」
「……そう、あれがそんなことを言ったの〜」
 ――ギクッ。
「知らなかったわ〜。あなたがそんなに私のプライベートを調べてたなんて〜。これってちょっとしたパパラッチ並よねぇ」
 ――ギクギクッ。
 バイアセートは毛穴という毛穴から一度に汗が吹き出す思いで立っている。
「そんなことはいいんです」
 突然つかさは自分の胸元を掴み、引き破った。
 小さな貝殻ボタンがブチブチと千切れ、部屋中に散乱する。
「バルバトス様。今ここで、あなたに床勝負を挑ませていただきます! ご覧ください、この体! 相手にとって不服はないはずです!」
 クラシカルなメイド服を一気に脱ぎ捨て、レースの下着姿になるつかさ。
 その豊満な肉体に反応したのはバイアセートだった。
「うおおっ!! やるか、つかさ! 待ってろよ! 今俺が魔鎧化して、キリキリキリキリ締め上げてやるぜ! そして3人でくんずほぐれつ――」
 と、そこでバイアセートは廊下にポイ捨てされた。
「ど、どうしてだよ? つかさァ!?」
「勝負は1対1のタイマンですっ。あなたはそこで待っていなさい」
 後ろ手に内鍵を閉めたつかさは、腕を組んで悠然と立つバルバトスをあらためて見る。
「さぁこれで私とあなただけですわ。負けた方が勝った方の奴隷になる……決して相手に逆らうことはできない、というのではいかがです?」
「……ウサギちゃん。あなた本当にかわいいわ〜。私が屈服する悦びを教えてあ・げ・る♪」
 バルバトスの足元に、ドレスが滝のように流れて落ちた……。


「くっ……あ……、はぁ……っ」
「あらあら。どうしたの? ウサギちゃん。さっきからあえぐばかりで、言葉がひとつも出てこないのね〜」
 つかさを組み敷いたバルバトスは、楽しげにあごからこめかみまで舐めあげた。
「ねぇ。どう? そうやって視力を奪われているのは〜? ほどきたかったらほどいてもいいのよ〜?」
 布で目隠しをされているつかさ。しかし彼女の手は絨毯の毛足を掴むばかりで、目を覆う布には向かわない。
「ここを……こうするとね、どうなるか知ってる……?」
「……ああっ!」
 意思に反して体が揺れ、止められない。
「いや……あっ……も、もう……」
「ふふっ。ウサギちゃんたら敏感ね」
 ふと、バルバトスの手がつかさから離れた。
「いやっ!」
 遠ざかる彼女の気配を感じて、思わず叫んでしまう。だって、まだ一度も――
「ねぇ、ウサギちゃん。あなたも相当なものだったけど、まだまだね〜。ふふっ。あなたはどうしたって私には勝てないのよ〜。だって、私はあなたにないものを持ってるから。それが何か分かる〜?」
 そっとやわらかな何かで背中を撫で上げられる。
「羽、ですか? それで私をなぶるおつもり?」
 早くもそれを待ち焦がれ、胸が高鳴る。
「あ、あきれましたわ。そんな使い古された手で、この私を屈服させられるなど……」
「うふふ。それもあるけど〜」
 さあ立って、とバルバトスはつかさを立たせた。だが思ったように足に力が入らず、つかさはすぐ倒れてしまう。膝をつき、壁にすがりつくように前傾した彼女の両足の間から、何かが腹部に回った。
「これ、何だか分かる?」
 硬い突起物が、つつ……と胸の間を伝い、へそを渡って、降りていく。
 ああ、これは……これは……
「啼いていいのよ? ウサギちゃん。もちろん、本物のウサギは啼かない生き物だけど、あなたは私のかわいいウサちゃんだもの〜」
「は……い……♪」


「うおっとぉ!」
 突如背にしたドアの向こうから聞こえてきたあられもない嬌声に、バイアセートは思わず膝立ちになって鍵穴を覗き込む。しかしそこから見える室内に、2人の姿はなかった。
「くそっ! 何やってんだよ、2人とも……俺も混ぜろよッ」
 じれったい思いでぶつぶつつぶやいていたバイアセート。だが、後ろから影が落ちたと思った次の瞬間頭部を横殴りされ、彼は廊下を転がっていた。
「ふん、薄汚い覗き見野郎!」