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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第17章 アガデ襲撃 3

「死ぬがいい!! 愚民ども!!」
 赤々と燃え上がる炎を背に、彼女は叫んだ。
 血のように赤黒い髪を散らし、ハーフフレームの眼鏡に炎を映し込んだブラックスーツの女。
 彼女の名は伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)――いや、この姿のときは屠(ほふり)・ファムルージュだ。
 鬼神力でもって巨大な戦斧・神遺物:斬業剣斧ジャガンナート――ハイアンドマイティ――を片手剣のように操り、触れる物みなすべてを破壊する。
 今また、油壺が破壊され、こぼれ出た油の上を炎が走った。
「ククッ。我が足下に這いつくばれ!! 許しを乞い、慈悲を乞え!!」
 狂気の嗤いを響かせながら、ファムルージュはジャガンナートをふるい、逃げ遅れた者たちを順々に惨殺していく。
「うわあああっ!」
「きゃあああっ!!」
「いやーっ!」
「助けてーっ!!」
「みんな、こっちよ! 早く出て!!」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は炎にとりまかれて悲鳴をあげている彼らをなんとかして入り口に誘導しようとするが、炎の壁がはばんでいた。
 毛布を使って叩き消そうとするが、火の勢いの方が強くて毛布の方に火がついた。
「危ないレイチェル! 手を放すんや!!」
「あっ……!」
 泰輔が手からはたき落とす。
「おまえが燃えてまうやろ!!」
「だって、向こうでは子どもたちが寝ていたのよ!! ほら、泣き声が聞こえるでしょう!」
 パチパチとはぜる火の音に混じって、子どもの泣き声がたしかにしていた。
「――くそッ! 駄目だよ、近づけない!!」
 縦横に走る炎にあぶられながらフランツが叫ぶ。
 炎の向こうで、人が殺されかけているというのに何もできないなんて!
「魔神という災厄を自ら招き入れたおろかな領主……やつは、あなたたちの命を危険にさらした! あなたたちを魔神のあぎとへ追いやったも同然!
 なのになぜ、あなたたちは彼に意見をしない?」
 ゴトン……ゴトン……。
 ファムルージュが歩くごとに、引きずられたジャガンナートが床で跳ねる。
「……領主にまともな意見もできないきさまらに生きる価値はねぇ!!」
 部屋の隅で固まった者たちに向け、ジャガンナートを叩きつけた。
「……フーッ」
 ピシャリと返り血を浴び、満足げに嗤う。
「――くそったれがぁ!! 許さへん! きさまだけは絶対許さへんわーーーっ!!」
 泰輔は激怒の叫びを上げ、バニッシュを放った。
 炎を切り裂き、向かってきた白光を、ファムルージュは後方に飛んで避ける。合わせて連射された薫の弓が、さらにファムルージュを後方へと追いやった。
「今のうちに、早く皆さんを!」
「こっちだ!!」
 孝高が、外の水がめから汲んできた水を炎にかけた。弱った炎を飛び越えたレイチェルが、子どもたちへ向かう。
「みんな、来て……こっちよ! 早く!!」
 だが子どもたちはおびえて泣くばかりで、レイチェルの手をとろうとはしない。
「レイチェル、急いで! 炎が!!」
 今、炎は床だけではなかった。柱に燃え移り、壁を走る。窓ガラスが破砕し、炎は外気を受けてさらに勢いを増している。天井に届けば崩落の危険性があった。
「くっ……!」
 もう手段を選んではいられない。
「受け取って!」
 レイチェルは子どもを掴み、1人ずつ、炎の向こうに放り投げた。炎に阻まれて見えないけれど、きっと受けとめてもらえていると信じて。
「なぜ彼らを助けるのです?」
 ゴトン……ゴトン……。
 ジャガンナートを引きずって歩く音が背後で起きる。
「飼い慣らされた羊は、その運命を受け入れるべきです」
 静かに……まるで福音を説く牧師のように、ファムルージュは説いた。
「飼い主たる領主は彼らを売った……売られた羊に屠殺を拒む権利はない! つまりは死ねばいいんだよ!! こいつらはよ!!」
 ごう、と渦を巻き、ジャガンナートが振り切られる。
 必殺の一撃。レイチェルにこれを阻む物は何もない。
 死を覚悟して、訪れる痛みに少しでも耐えようと身構えるレイチェル。彼女を救ったのは、炎にまかれた窓から飛び込んできたセテカだった。
 バスタードソードを床に突き立て、両手を添えて衝撃を受け止める。
「きさま!!」
 突然の乱入に驚くファムルージュ。その隙をついて、セテカは彼女を蹴り飛ばした。
 炎で弱っていた壁はファムルージュを受け止めきれず、倒れた彼女の上に崩壊する。
「セテカ様!!」
 炎の向こうに集まる騎士たちの気配がした。
「こちらはいい、おまえたちは民の救出を急げ!! ここはじき崩落する!! これ以上周囲へ延焼させるな!!」
「分かりました! ――水を持ってこい!! 急げ!」
 セテカの指示に従い、大勢の者が動き回る足音がする。
「レイチェル、今のうちに残りの子どもたちを向こう側へ」
「そうや、レイチェル! 俺らが全部受け止めたるから!!」
「……は、はいっ」
 はっと気を取り戻したレイチェルは、再び子どもたちを炎の向こう側へ放り投げる。
 彼らを背にかばい、油断なく剣を構えるセテカの前、ファムルージュはかぶさっていた瓦礫を蹴り飛ばして身を起こした。
「セテカ・タイフォン……あなたも罪深い。領主の片腕でありながら、大勢の者の命を危険にさらした……」
「――レイチェル、あと何人だ」
「あと3人です」
「急げ」
「はい」
 ゴトン……ゴトン……。
 ジャガンナートの音がする。
 通路の奥から現れたファムルージュは、頭から大量の血を流しながらも、その狂気が去った様子は微塵もなかった。
 瓦礫に右半面をやられたか、左目だけでセテカをにらむ。
「……おまえら、民を殺したいんだろおおっ? だぁからこんなことしたんだろうがよ!! ナメた真似してんじゃねぇよ、クソがぁ!! 中途半端に避難所なんて使ってんじゃーーねぇっ!!」
 ジャガンナートを構え、一直線に走り込む。
 チャージブレイクからの一刀両断。
「……くっ…!!」
 2人の体が交差し、鋼の音が高く上がる。
 同時に。
 温かな鮮血が、レイチェルの全身に飛び散った。

 血しぶきをあげながら床を跳ね転がったのは、左腕……。

「あ……ああ……そんな……! セテカさん……!!」
 目の前で起きたことを現実と受け止めきれず、レイチェルの全身がわなわなと震える。
 彼女の前、ファムルージュはがくりと一度は膝をついたものの、すぐに身を起こし、出血を抑えるべく口と右腕を使って手早く左の二の腕を縛った。
 振り返り、右の脇腹を割られて血の海に沈んだセテカを見下ろす。

「は……はは……っ!! 殺した! 殺してやったよ、セテカ・タイフォン!! 見たか、バァル・ハダド!! きさまの片腕を、この私がもぎ取ってやった!!」
 そのためなら左腕なんぞ、犬にだってくれてやるさ!!

 アーーーーーッハッハッハッ!!

 勝ち誇ったファムルージュの嗤い声が炎の壁の向こう側で起きる。
 そのとき、ついに炎は天井に達した。
「崩れるぞ!! おまえたちも早く逃げろ!!」
「あかん! まだレイチェルが奥に――」
「もう無理だ! おまえも死にたいのか!」
 奥に走り込もうとした泰輔を羽交い絞め、引きずり出す。
 直後、避難所の入り口が崩落した。

「レイチェーーーール!!」

*       *       *

 炎が吹き上がる避難所から逃げ出した人々は、すっかり街に散ってしまっていた。
「みんな、落ち着いて!」
「ボクたちの言うことを聞いてください、お願いだから!」
 薫や真理たちが懸命に静めようとしたのだが、炎と殺人に恐怖し、混乱した人々はあまりに多く、彼らの手には余った。
 パニックはパニックを呼び、理性をたやすく押し流す。そして恐怖にかられた人間は、とかく自分の見知った安全な場所、つまり家へと帰りたがるもの。
 叫び声をあげながら――おそらく、あげている本人は自分が発していることにも気付いていない――逃げ出した彼らを襲ったのはさらなる悪夢、魔族による襲撃だった。
「……えっ?」
 目前、突如舞い降りたのは天使の羽を持つ者――。
 はじめ、それは天使に見えた。
 月明かりの下、白き翼が優雅にはためく。だが次に見えたのは、まさに地獄の悪鬼そのものの顔だった。
「ひ……ひいっっ」
 おののき、逃げようとする人間を、手にした槍で刺し貫く。
 街路を逃げる人間めがけ、彼らは羽音ひとつたてずひらりひらりと舞い降りて、次々と人間たちをほふり始めた。
 そして今また子どもを抱えた女性を路地奥に追い詰めた魔族が、子どもごと貫かんと槍を持つ腕を引く。
 次の瞬間、その肩に一発の銃弾が撃ち込まれた。
「エレナ、今だ!」
「はい!」
 壁の上に立つ葉月 エリィ(はづき・えりぃ)の合図でエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)が飛び出す。彼女は、敵が思わぬ反撃に驚き、よろめいている隙に素早くその首を切り落とした。黒檀の砂時計による高速攻撃がなせる技だ。
「大丈夫ですか? おけがはありません?」
 すっかりおびえている母親をこれ以上怖がらせまいと剣を下げ、近寄るエレナ。そんな彼女を、エリィが呼び止めた。
「そんなことしてる暇ないよ! 早く迎撃態勢とって!」
 そして自身は曙光銃エルドリッジと魔道銃の二丁拳銃を構える。上空を舞う飛行型魔族へ向け、連射した。
 夜気を切り裂き銃声がこだまする。
「なんなんだよ? この数! どっからこいつら沸いて出た!?」
 急所を狙っている余裕などなかった。明かりは月光しかない。地上の光は届かず、むしろ街路を照らす街燈は上空の闇を濃くしているだけのように見えた。
 エリィが撃ち落とした魔族にエレナがブラッディソードでとどめをさす。しばらくはこの手でいけた。地上のエリィやエレナに向かって槍の先端から魔力の塊を放つ者もいたが、2人とも黒檀の砂時計を装備している。瞬時にかわし、カウンターを入れる、あるいは互いが補うのはそう難しいことではなかった。
 だが。
「エリィ! あれを見てください!!」
 エレナが驚声をあげた。言葉よりもその声に驚いて、エリィがそちらを振り向く。
 そこに見えたのは、軍隊のように列をなして迫り来る魔族だった。
「そんな……うそだろう!?」
 槍を構え、胸甲をまとう彼らは、まさに魔族の軍兵だ。街路いっぱいに広がり、立ちふさがるものあらばそれが人間だろうが街燈だろうが破壊していく。おそらくは後続部隊が通りやすいように。
 そしてその後続は、どこが終わりかも分からないほど闇の向こうに続いている……。
「こんな……無理だ……」
 思わずそんな言葉が口をついた。
 あまりに数が多すぎた。
 桁が違いすぎる。
 この波は止められない。
 気を飲まれたエリィたちの前、立ちふさがるように路地から影が飛び出した。
 直後、肩に担いだ六連ミサイルポッドからミサイルが発射される。
「クリムゾン!」
「あきらめてはならぬでござるよ、お二方」
 クリムゾン・ゼロ(くりむぞん・ぜろ)は加速ブースターを用いて反撃の魔弾を避けつつさらにミサイルを撃ち込む。
「ミーたちはこやつらを全滅させるために来たのではござらぬ。この都の民を守るために来たのであれば、彼らの逃げる時間を稼ぐことも立派に戦法のひとつでござる」
 離れた壁の上に立つエリィを見上げ、ニヤリと笑うクリムゾン・ゼロ。
 その瞬間、ミサイルポッドの弾幕を抜けて飛び出した魔族の槍が彼を死角を狙って突き出された。
「危ない!」
 エレナが霧隠れの衣を用いて2人の間に割って入った。槍は炎の精霊によってエレナに届く直前消し炭と化す。そしてブラッディソードで貫かれた魔族は後ろにいた魔族ごと壁に串刺しとなった。
「こ、これはかたじけない……」
 危ういところで命を救われたクリムゾン・ゼロが礼を言う。
 エレナは振り返り、にっこり笑った。
「いいえ。おっしゃるとおりですわ。わたくしたちが今しなくてはならないことは、絶望に浸ることではなく、一般市民の皆さんが1人でも多く安全な場所へ逃げるまでの時間稼ぎです。
 ですわね? エリィ」
「……うん!」
 心強い2人のパートナーに頷きで返し、エリィは壁から飛び降りた。
 銃弾を魔弾に変え、2人の横に並び立つ。
「いくよ、2人とも!!」
「はい」
「もちろんでござる!」
 エリィの二丁拳銃が、エレナのバニッシュが、クリムゾン・ゼロのミサイルが、魔族の大軍勢に向けて放たれた。

*       *       *

 魔族は、外壁に添って植えられたクリフォトの欠片より芽吹いた数十のクリフォトの樹より続々と現れていた。
 成長を果たし、その幹に開いた黒き亀裂――正確には幹に開いているわけでも亀裂があるわけでもないが――入り口をくぐって結界内部へと侵入を果たした魔族は、空を制覇し、地を埋め尽くさんばかりだ。
 彼らはロノウェ軍であり、バルバトス軍である。
 だが、そのゲートを用いてアガデの都へと現れたのは魔族ばかりではなかった。
 漆黒の魔鎧黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)をまとい、亀裂をくぐりたるは七刀 切(しちとう・きり)。先の戦いの折り、撤退するロノウェ軍に混じってザナドゥへの潜入を果たした者だ。
「……まさかこんな方法があったとはねぇ……」
 周囲にあふれた魔族を見て、ぽつりつぶやく。
 クリフォトの樹を内側に植えられたことで、都の守護結界は完全に無効化した。この樹がある限り、魔族の侵入は止まらない。
「早くこのことをバァルに伝えないと……!」
 愛する都が燃えている、この光景を、バァルはどんな思いで見ているだろう――今も、無事でいてくれているのであれば。
 離れるんじゃなかった。
 炎上するアガデを見ながら、彼は悔いていた。
 実際には、彼が1人いたからといってどうなるものでもない。クリフォトの樹は植えられたし、魔族は侵入しただろう。
 だが少なくとも今このとき、バァルのそばにいて、彼の力になってやることができたはずだ。
(いい案だと思ったんだけどねぇ)
 彼は、この戦争についてザナドゥの兵士たちはどう思っているのかを探りに行っていたのだった。
 きっとあちらでも、戦うことに不満を持つ者は少なくないだろう。戦争に肯定的な魔族もいれば否定的な魔族だっているだろうし、戦わずにすむならその方がいい、人間と手を取りあったってかまわないと思っている魔族だっているはず。きっと、多分。その者たちに根回しや説得をすれば、内部から切り崩しにかかれる。そう見当をつけて。
 だが音穏がロノウェ軍から聞き込みを行った結果は、決してかんばしいものではなかった。
 ロノウェの兵はロノウェに心底心酔している者たちばかりで、戦いの意図であるザナドゥの顕現の持つ意味をよく理解していない魔族は少なくなかったが、ロノウェの望むことだから自分たちのしていることに間違いはないと、人間と戦うことに疑問を持つ者は1人もおらず、説得でその心を変えさせられる者は残念ながらいなかった。
(まぁ、口ベタな音穏さんじゃあ説得なんて、夢また夢の話だけど)
 これが、こちらに残してきたリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)だったら、そりゃもうフル回転するあの口で相手を丸め込み、情報を引き出すだけでなく、もしかしたらこちらに味方してもいいと考えさせることもできたかもしれないが……。
 そもそも悪魔でも魔鎧でもないし。前提条件の段階でムリがある。
(――っていうか、あいつちゃんとバァルのそばで守ってるかなぁ……。いや、別れたときの感じからして、かなり再会するのコワイけど)
 そんなザナドゥ行きの唯一の収穫といえば、悪魔を1人パートナーとしてGETできたことか。しかも、音穏を魔鎧にした張本人の悪魔だ。自分をそんなふうにした音穏が連れてきたことにもびっくりしたが、契約に応じてくれたことも驚いた。ヘタなところをつっついて、契約してもらえなくなったら困るから、深く突っ込みはしなかったけど。
 だがその喜びも、今のこの焦燥感とは比べものにならない。
「バァル、無事でいてくれよ……! 今行くから……!」
 切は、会談が行われているという迎賓館へ向け、ひた走った。