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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持

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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持
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〜 第二楽章 rapidamente 〜 
 
  
ひっそりと寒く、そして高度の高い場所特有の乾いた空気と風の音
空峡の一角である特徴を感じさせながらも、どこかわからぬ石壁の薄暗い建造物の廊下
そこを気配を最小限に消しながら駆け抜ける一組の影があった

 「間違いない……牢番の会話ではこの先で間違いないはず。フェイミィ、様子は?」

先行し、曲がり角にある大きな柱の影に潜み様子を伺う一人の顔が、揺らめく灯に映し出される
微かな傷にまみれ、それでも瞳に硬い意志を宿すその姿はリネン・エルフト(りねん・えるふと)であった
彼女の問いかけに、後方の様子を探っていたもう一人、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が答える

 「大丈夫だ。オレ達がのした連中以外はもう目の前の番人しかここにはいないらしいぜ
  扉の前に2人……あとは部屋の中、か……どうする?」

フェイミィの問いにリネンは掌に巻きつけた鎖を握り締めて神経を研ぎ澄ます
聴覚を最大限に研ぎ澄ませ、角の奥の扉にいる男二人の談笑の奥に聞こえる音から情報を掴み取ろうとする
心臓の音すら邪魔に感じてしまいそうな中で、微かに聞こえる声と鎖の音を聞き
リネンは閉じていた目を開いた

 「奥には二人しかいないわ。一人がフリューネだとしたら、残るは一人……合計3人ってとこね」
 「今までの感じだと雑魚揃いか、武器が無くても何とかなりそうだな」

リネンの言葉にフェイミィも両手に握った武器代わりの鉄の腕輪を握り直した


フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)と共にタシガンで商船を襲っていた【ガイナス空賊団】と戦っていた
リネン達がフリューネに起こった事態を聞いたのは、ガイナスが商船から退却した直後の事であった
ガイナスの一団の様子から幾人かを人質にさらって行く様子は判ったのだが
その中によもや歴戦の英雄であるフリューネが混ざっている事は予想できず
その隙を突かれフェイミィ共々撃墜され、同様に囚われの身となってしまったのである

これがもし、フリューネに意識があり会話が成立する状態であれば
彼女の説得により一時退却、もしくは別の対策を考える冷静さがリネンにも残されていたかも知れない
だが、フリューネが意識を失いガイナスに担ぎ上げられている様を見て冷静でいられるリネンではなく
ガイナスの方も、第2の歴戦の戦士をわざわざ見逃す理由は無い

そういう意味ではパフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)が見逃されたのは
まだ【ディオニウス三姉妹】がそれ程裏の世界において名前も知られていない存在だったのが
幸いだったといえるかもしれない

とにかく、共に捕まり気が付いたときには
このどことも知れぬ建物の牢獄に二人とも閉じ込められていた
だが捕まった事を嘆いて助けを待つ程に二人ともしおらしくは無く、すぐさま反撃と脱出を試みたのである
リネンとて長くタシガンの空を剣と共に駆けた者、捕らえられた事は少なくない
愛用の武装はあらかた奪われたが、鎖などの拘束の道具も彼女達にしてみれば立派な武器になる
そういうわけで、牢番を上手く騙して誘い込み
口を塞いだ後、脅迫により建物の構造を聞き出し、拘束を解かせた後に鍵を奪ってリネン達は脱出した
(騙した方法は女の武器とだけ言っておくが、それを態々口に出すと本人が怒るので控えておく)

この建物で捕らえられている囚人は自分達の他に数人
うち独りは奥の部屋で厳重に監禁されている……という牢番の話の元に
そこにいるであろうフリューネを助ける為に、慎重に番人を黙らせながらとうとうここまで辿りついたのだ
道筋の連中はあらかた黙らせたので、フリューネが傷ついていたとしても、助けた後十分脱出は出来る筈
慎重にこれからの行動を頭の中で反芻した後、リネン達はそれを行動に移す事にした


 「………?」

目の前の角の奥から物音が聞こえた気がして、扉を守っていた男の一人が耳を澄ます
微かに聞こえるそれが、軽めの乱れた足音だと気づきもう一人の仲間に合図をして探りに行く
彼が角の向うを覗き込んだ表情と、奥から息を呑む女の微かな悲鳴のようなものを聞き脱走者だと気づくが
角に消える男の様子から、大事でないと理解し彼に任せる事にした

 「けっ、丸腰の女がこっそり抜け出すなんてな、よっぽどこの奥の部屋に入りたいのか?
  だがその前に……お仕置きが必要が必要だよなぁ」

言葉と共に様子を見に行った男が角を曲った後、奥から聞こえる控えめでありつつも騒々しい物音に
残った男は奥で行われているであろう仲間の楽しみを想像する
十分に彼が楽しみ、その愚かな脱走者を引き連れてくるのを心待ちにしているのだが
いつまでたっても彼が戻ってこない
程無く訪れた静寂と戻らない仲間に、流石に不審なものを感じて警戒しながら角まで様子を見に行くと
仲間と女が倒れていた………その前には鎖を手にしたもう一人の女の脱走者が立っている

 「な……てめぇがやっ…………た!?」

予想外の事態に、男が立っている女に言葉と共に襲い掛かろうとした刹那
腹部と胸部に激しい衝撃を受け、声を出せぬまま意識を失った
重なる様に倒れ掛かる男を受け止め、横にそっと寝かしたのは倒れていた女〜フェイミィだった

 「横になってても死んでるとは限らないぜ?」

鼻で笑って彼女が男から武器を奪い取る間に
囮役だったリネンは先に倒れていた男を担ぎ上げ、扉の窓からシルエットが見えるように移動させる
一方でフェイミィが控えめに扉を叩くと、窓から覗き込む気配と共に中にいる男の声がした

 「もう時間か?少し待てよ、まだ遊び終わってないんだからよ」

奥から聞こえる声を無視して不規則に、奥の男の不快感を煽るように扉をノックし続ける
中にいる男の気配がどんどん苛立ってくるのが二人にもわかった

 「うるせぇよ、今出るって……そう急かすなよ……ああもう、うるせぇって言ってるだろ!?」

暴力的に扉が中から開け放たれ、中の男が顔を出した瞬間
リネンは担いでいた男の体を力いっぱい彼に投げつける
不意の重さに彼が気を失っている男もろとも倒れこんだタイミングで
彼の顔にフェイミィが武器代わりにメリケンサックのように持っていた拘束用の鋼の腕輪を叩き込んだ
部屋の内外の者を無事沈黙させ、そのまま中にいるであろう最愛の仲間を助けるためリネンが声をかけた

 「フリューネ!大丈夫!?助けに来……」

薄暗い蝋燭の火に灯された部屋の中で、鎖に繋がれ拘束される者の姿が映し出される
その姿が女性ではありつつ違う人物である事に気がつき、リネンの言葉は中断された
その声に、ぼんやりと事態が理解できないように顔を上げた部屋の捕われの主……
アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)がかすれる声でリネン達に答えた

 「……誰、ですか?……もしかして……助け……に?」

彼女の様子に【シャーウッドの天空騎士】として
リネンが迷わず助けに動けば、その後の事態に対応できた可能性は高い
だが、フリューネを案じるあまり、第3者の囚人の可能性を見失っていた彼女にとって
事態を理解するために生まれた時間は完全に致命的だった

 「残念だったな、捕われの君はここにはいない」

不意に扉の外から聞こえた声と共に部屋に電撃が迸る
アリアだけでなく、眠っている男達すら巻き込む激しい衝撃から逃れられるはずも無く
リネンとフェイミィは力を奪われ床にそのまま倒れこんだ

 「流石はフリューネと肩を並べる【天空騎士】見事な救出劇だった
  だが、あまりにも当然の行動過ぎたな、手に取るように予想できたぞ」

眼前にまで近づいた声の主の姿をリネンが無理矢理頭を動かしてみると
そこにはフードを目深に被った三つ編みおさげの仮面の男が立っていた
リネンの代りに、フェイミィが歯軋りと共に男に声にならない声で叫ぶ

 「この……てめぇが騙したのか!」
 「心外だな、この館の情報は確かだったろう?
  俺はここにいる連中に捕らえられているか者の詳細を伝えなかっただけだ
  別にこいつらにそんな興味はないからな、それで十分問題が無かった
  勝手にここにいるのがフリューネだと判断したのはお前たちだろう?」

そのまま男は感情の読み取れない抑揚を抑えた声で会話の対象をリネンに変える
 
 「まぁ、それ故にわざと情報も流させたのだがな
  全てを駆使して手を伸ばしたものに届かない事ほど、心が折れる事もないだろう
  手間はかかるが、手練を大人しくさせるには十分というわけだ
  ついでに言うとな……捕われの姫騎士の居場所は一部の者しか知らない事になっている
  外から探りを入れている連中にも手は打っているから、助けも期待しないほうがいいぞ」
 「あなた……何者?」

男のあまりの狡猾さに、リネンは男に問いかける
ガイナスのやり方を知る限り、商売と手回しには長けていてもこう言う策を講じる者はいなかった筈だ
その彼女の疑問を察したのか、大仰に手を広げて仮面の男は問いに答えた

 「何、只のしがない雇われだよ、名前は『カイナス』とでもしておこうか
  正義だの綺麗事で真実を歪められないよう、混沌に手を貸す者だ」
 「真実を……歪める?」
 「ああ……義賊とはいえ空賊なら、やってることは他の空賊とさして変わらんだろう?
  例え義を掲げたとしても綺麗事にしかならん。だが人はそれを当然のように賛辞するだろう?
  世界はもっと力の有無に公平だよ、俺はそれを示すだけにすぎない」

さして愉快でもなく、当然の理を告げるように仮面の男は話を終わらせると
その手をリネン達に掲げ【ヒプノシス】を発動させた
暴力的な睡魔に意識を刈り取られながら、リネンは男の最後の言葉を聞いた

 「ガイナスもお前達も、等しく足掻いて勝利を勝ち取るがいい……
  泥の中で勝ち取る物にこそ価値はあり、泥に沈んで朽ち果てることが敗者の価値だからな」

全てが静寂に包まれた後
仮面の男……メンテナンス・オーバーホール(めんてなんす・おーばーほーる)こと『カイナス』の足音だけが
廊下に静かに高らかに響き渡るのであった