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涙の娘よ、竜哭に眠れ

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  第2章 ドラゴン討伐隊


 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は、事前にイルミンスール魔法学校の大図書室で調べ物をしていた。
 アトラスの傷跡周辺で起きている異常気象について、である。
 すでに確認されている現象以外には、特に発見はなかったが、『氷結への対策が重要』だということが再確認できた。
 彼女が異常気象を調べていた理由。それは、ドラゴン討伐隊のためである。

「ドラゴンさんを討伐する前に。本当にその必要があるのかを、討伐隊の方々に考えてほしいです」
 氷結対策の重要性を説いたうえで、リースは、集められた地元の有志たちに告げた。
 なんと彼女は、ドラゴン討伐隊に参加していたのだ。
 もっとも、それは表向きである。あくまでも内部から彼らを説得するための作戦であった。
 人手不足だった討伐隊は、たいした審査もすることなく、リースとそのパートナーを入隊させていた。
「熾天使の力を得たドラゴンが人を襲うなんて、誰かの勘違いなんじゃないの?」
 マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)もまた、彼らを説得する。調べの甘い彼らを責めるような口調だが、彼女は【嵐の使い手】で上空の雲を吹き飛ばしていた。氷の槍や、弾丸のような雨から、討伐隊を守るための配慮だ。
「あそこで起きている気象についてはとくと理解した。我輩はか弱き民が自然の驚異に屈指ぬよう、貴公らに【大英雄たる我輩の加護】をかけてやろうぞ」
 大仰な言い回しで、アガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)がスキルを発動させた。
 いったい何をかけられたのかと不安になる討伐隊メンバーだったが、アガレスが発動したのは、ただの【アイスプロテクト】である。

「と、とにかく、ドラゴンさんに人を襲う意志はないと思うのですっ! 皆さん、もういちど考えなおしてください」
 リースに説得され、討伐隊の足が止まった。彼らにしてみれば、リースたちは、わざわざ氷結対策までしてくれた仲間だ。
 そんな彼女たちの説得は無視できない。
「でもなぁ……。異常気象が起きているのは、事実なわけだし……」
「ドラゴンが原因って確証はないんだよな……」
「この異常気象は、やつらの噂がたってからだろ。なら、やっぱり原因は……」
 がやがやと、相談を始める討伐隊。とりあえず足止めに成功したリースは、『空飛ぶ箒スパロウ』に乗って、彼らに告げる。
「で、では。いまのうちに、私はドラゴンさんに会いに行ってきます」
 彼女は、ドラゴンのいる巣へと飛び立っていった。
 アガレスもまた、『空飛ぶ大亀』こと『アペシュ』に乗って、リースのあとを追った。
「我輩は自分で飛ぶと疲れ……もとい。来るべき時に備えて、体力を温存するのじゃ」
 などと、もっともらしいことを言うアガレスだが。
 回転する亀の上で、彼の顔はだんだんと青ざめていく。
「我が友……アペシュよ。もう少しゆっくりまわ……オェ……」
 アペシュの回転速度に耐え切れず、吐き気を催していた。

 一方マーガレットは、討伐隊に残っていた。彼らが説得に応じない場合であっても、スキルを使って、保護をする役が必要だからである。
 がやがやと話しあう彼らを見ながら、マーガレットは、リースから聞いた話を思い出していた。
 気象を調べている過程で入手した、愛涙の島にまつわる話。
 愛涙の島。それは、アトラスの傷跡上空に現れた幻影の、もとになった浮遊島である。
(あれが……愛涙の島の、幻だね)
 立ち込める雲の端から、小さな光が灯っているのが見えた。遠くの空で瞬く、星の幻影。

 あそこにはかつて、本物の愛涙の島が存在していた。
 その島では、人々が愛を語るたびに、空から雨が降ったという。
(いつも雨が降っている、水の島だった……。そう、リースは言ってた。でも、おっきな戦いに巻き込まれて、なくなっちゃった……)
「やっぱりダメだ!」
 荒々しい男の声に遮られ、マーガレットの回想はそこで途切れる。


「ここまで来て、引き下がるわけにはいかない!」
 ドラゴン討伐隊のリーダーらしき男が、声を荒げて立ち上がった。
 彼につられて、他のメンバーたちも立ち上がる。
「俺たちには、地元の仲間たちを守る義務がある!」
「ドラゴンの首を持ち帰るんだ! みんなを安心させるために!」
 それぞれが武器を掲げると、彼らはふたたび、竜の巣に向かって行進をはじめた。