待つのです。
待つのです。
「ふぁ……」
あくびを噛み噛みしながら待つのです。
友達に連絡を終えフレンディス・ティラは、ぬくぬくとコタツで友人たちを待つのです。
待つのです……。
待つ、のです。
「なんだか眠くなってきました……」
待つ……のです。でした。でしょう。ですか……。
「はう!?」
間一髪、うたたねの楽園に陥りかけていたフレイは、玄関先の呼び鈴により現実に引き戻されました。
「危ういところでした……いけないいけない」
頭を振り振りしてぬくぬくゾーンから這い出します。
このまま突っ伏していたとしたら、電源ボタンに『押す』とシールの貼られたテレビのリモコン(通称『簡単リモコン』)の上で寝てしまって、顔にデコボコの跡がつくところでした――と慌てながら、いそいそと彼女は玄関に向かいました。
からり、フレイは戸を開きます。眠気がさめた忍者さん。頭の両耳、腰の尻尾、それぞれピョコンと立たせて元気いっぱいです。
「あけましておめでとうございます!」
「あけましておめでとう」
姿を見せたのは軍人風の青年でした。精悍な顔つきですが目は柔和、口元にもおだやかな笑みがあります。
がっしりとした体躯の彼は、アルクラント・ジェニアスなのでした。
彼はきょろきょろと周囲を見回して、
「やっぱり、どこもやっていないな。噂は本当ではないのか……?」
「どうかしましたか?」
「葦原だし日本風の正月をやっているものと思ったが、ここに来るまで一度も日本の伝統的光景を見ていないんだ」
「……と、おっしゃいますと?」
「日本の正月というのは、タコを丸ごと油で揚げた上ににゴマを回しがけして遊ぶんだろう? 童謡に唱われている。食べ物を粗末にしてはいけないが、変わった習慣だと思ってね。見られるものなら見たかったんだ」
そんなはずねー! とツッコミを入れる人は、幸か不幸かまだ到着していません。
フレイは小首をかしげました。
「そういえばそういう歌詞だったような……あと、素早く何回も寝たらどうこう、と……」
「それも聞き覚えがあるな。そうか、わかったぞ。寝て起きてを短時間で繰り返せば、例の揚げタコがもらえるものに違いない。なるほど室内の行事であれば、歩いていても目にすることがなくて当然だろう」
「それなら中でお作りしましょう。ええと……ゴマをまぶしたタコのてんぷらですね。さあ中へどうぞ」
と室内へ戻りかけて、フレンディスはハッとなって足を止めました。
「気をつけて下さい。ここ、昔の日本風家屋だから入口が低くって……かもいに頭をぶつけないように……」
「……ぶつける前に言ってほしかった」
直後に訪れたグラキエス・エンドロアも、かもいの餌食になった者の一人でした。
「そうか、これが日本文化の洗礼というやつか……痛みを伴うカルチャーギャップだな」
グラキエスは額をなでながら、姉を見る弟のような目で穏やかに微笑しています。
この『弟のような』という表現は、正確にいうと違います。
記憶を失って、グラキエスは性格にも変化が生じたようです。現在の彼は『ベルテ一家』の一人として、フレンディスとは姉弟の関係を結んでいたりするのでした。なのでここは『弟のような』ではなく『弟として』のほうがいいかもしれません。
かもいを指してフレイは言います。
「マスターも何度かぶつけたんですよ」
「目から星が出たように思う。まあ『お目出たい』というだけあってそれでいいのかもしれないな」
屈託なくそう言うグラキエスの表情は、かつての彼よりずっと幼くなったように見えます。
「ほら、門松ですよー」
室内にグラキエスを案内しつつ、フレイは得意げに言いました。
「ほう、これが」
足を止め、グラキエスは感心したように眺めます。
目の前に立つのは……クリスマスツリーでした。
「クリスマスとの違いはですね。ここ」
と、ツリーのてっぺんを指して彼女は言いました。
「わかります? てっぺんにミカンが飾られていますよね? 羽子板や縁起物の飾りつけもしておきました。このように日本の年末年始は、クリスマスツリーを長く鑑賞できる文化が定着しているんですよ」
なんだか大変な事態が発生しております。もみの木はその頂点に星ならぬ大きなみかんをいただき、モールや靴下の代わりに御幣だの日本人形だのが自由自在に飾られアグレッシブなニューイヤーツリーへと変身していたのです。
「なるほど、いわゆるエコというやつだろうな……ん?」
ここでグラキエスの赤い髪が、ウニみたいに逆立ちました。
「それは魔の家具……!」
「魔の……なんだって?」
コタツに入ったままアルクラントが顔を上げました。
「魔の家具と言ったんだ。俺は日本文化には疎いが聞いたことがある……日本の冬には、けして逃れられない堕落を導く魔の家具があると。その名は……コタツ! この家にコタツが侵入していたとは……アルクラントも『魔』に魅入られたか……」
「そういう危険なものとは思えないがね」
けれどグラキエスは聞きません。
「騙されるな、それは敵の罠だ。このように物騒な存在が冬の風物詩だというのが、日本文化の底知れぬところ……コタツはみかんと組み合わさると最凶だという」
と言ってだしぬけに彼は、持参の新巻鮭の尾をぶらり、両手でしかと握りしめました。
「ベルテハイトと一緒に用意した年賀の土産だったが……こういう風に役立つとは思わなかった」
「おい、なにを……!」
アルクラントは仰天して両腕を伸ばします。
かなり大きな鮭です。ペットボトル二つ分はありそうですし重さもかなりあるでしょう。
すなわち、鈍器になりえるシロモノと言っていい。
いや、鈍器そのものです。
友の制止を振り切ってグラキエスは言いました。
「下がっていろアルクラント。こいつで粉砕する……魔の家具め!」
鮭が、重みを感じさせる唸りを上げます。
両腕で危険物を振りあげたグラキエスは、これを渾身の力でコタツに叩きつけ……、
「やめんかー!」
叩きつけ……ようとして、背後から羽交い締めにして止められました。
「何者だ」
「林田 樹だ! 血迷ったか!」
おお確かに彼女は樹なのでした。紅染めの着物姿、黒髪も緋のリボンでまとめ、何とも艶やかな姿です。
「血迷ったのはそっちだろう。俺は魔の家具を退治し、アルクラントを怠惰の呪いから救おうと……」
「あのなあ」
樹は深いため息をついてグラキエスを解放すると、コタツの脇に屈みました。
「これはただの暖房器具! 抜けられないハズはないが、どうしてもというのなら、ほら、見ろこいつを!」
ずるずるとコードを引っ張りだして彼女は続けます。
「電源スイッチを切りゃいいんだよ! 切りゃ! なにが魔の家具だ物騒な……」
カチカチとボタンをオフ・オンして樹は立ち、両の腰に手を当てました。
「それはそうとして!」
くるっと樹は振り返り、ここまで案内してくれたフレンディスに言います。(グラキエスがコタツと対決している間に呼び鈴が鳴って、フレイは玄関まで樹を出迎えに行ったのでした)
「しのびむすめぇ! なんだこのクリスマスツリーのお化けは!」
樹は目を怒らせるのですが、フレンディスはいたって楽しそうに、
「お正月の門松です。素敵ですよね~」
「違う! 違う! ぜんぜん違ーーう! これは狂ったクリスマスツリーであって断じて門松ではない! それになんでミカン乗ってんだよ! 鏡餅か!」
撤収、今すぐ撤収と意気込んで、てきぱきと樹は門松ツリーを畳んでしまいました。
「それに……」
ですが樹のツッコミパワーは衰えません。さらに指摘、指摘の嵐です。
「歌舞伎の幕はカーテンではない! 刀の飾り台にしめ縄を巻くな! それからそれから……」
どうやらこの部屋、全方位ツッコミを入れなければ耐えられない亜空間というように樹の目には映っているようですね。早口でマシンガンのようにツッコミをまくし立てる樹ですが、フレンディスにはそんな彼女が頼もしく感じられるらしく、やんやと手を叩き楽しそうです。一方でグラキエスもアルクラントも、圧倒されたように座り込んでいました。
「……こ、これで大体全部突っ込んだか……」
はあはあと肩で息をする樹に、シオン・グラードが告げました。
「ほらあの日本酒入りの杯も、実は相当おかしいと思うんだ」
「なぬっ!?」
酒好きの樹だけに、見逃していたとは迂闊千万。彼女はようやく発見しました。お節料理と思わしき重箱の横に大きな朱塗りの酒盃があり、そこに生の鯛が丸々一尾、ずでーんと入れられ置かれているところを! 酒盆にはあふれんばかりの日本酒が注がれています。
「まさかとは思うが、この鯛入り日本酒は……」
顔面蒼白になりながらも、失神しそうになる意識を保って樹は問うたのです。
「おソト、いえ、オトソです」
「違うわ~っ! 屠蘇はそういう作り方ではないっ! 誰だこれを教えたのはっ!」
他はともかく酒だけは粗相があってはならないとばかりに、樹はずでんと腰を下ろして荷を解いたのでした。
「はぁ、パートナーに準備してもらった屠蘇セットが早速役に立とうとは……おい、そこの……」
持参の屠蘇セット一式を出しかけて、樹はその手を止めました。
「そこの赤いの……いつからいた?」
はじめて彼の存在に気がついたように(実際はじめて気がついたのですが)、彼女はシオン・グラードを見たのです。
「ずっといたが?」
赤いの呼ばわりされてもさして意に介さず、けろりとした顔でシオンは言ったのでした。
けれどもグラキエスもアルクラントも、フレンディスも口々に言います。
「いつの間に……」
「まるで気がつかなかったぞ」
「さすがは……その気配の殺し方の巧みさ、尊敬しちゃいます」
「それ褒めてるのか……? なんか魔の家具がどうの、と皆が騒いでいるときにちゃんと声かけてから入ったんだからな」
いやそんなことよりも、とシオンはフレイたちを見て告げました。
「何というか……土産屋の一室を生活空間に変えたらこうなったみたいなこの部屋には色々と驚いた。とはいえ部屋の調度にツッコむのは無粋だから避けてきたが、日本の正月に欠かせない屠蘇についてはちゃんと知っておいてほしいので説明させてもらおう」
コホンと空咳してシオンは続けました。
「そも屠蘇を正月に呑むのは、一年間の邪気を払い長寿を願うという意味があり……」
ところが、とうとうと語るシオンをよそに、樹はいそいそと屠蘇の製作を始めています。
「ほら赤いの、この絹の包みを朱塗りの銚子の中に入れてくれ。『屠蘇散』と呼ばれるモノらしい。これを日本酒に浸して本みりんを少々加え味を調えれば……」
「っていうか人の説明はちゃんと聴け!」
「説明なんかしてたか?」
「……まるで俺の影がまだ薄いみたいじゃないか。まさか本当に薄い?」
シオンが本日、うっかり朧の衣を着てきたということに気づくのはこのもう少し後でした。
さてシオンが樹の言う通りに調理すると、漢方の香りのする屠蘇ができあがりました。
「お前さんのところの英霊が発案したとの説が有名らしいぞ」
と華佗のことにさらりと触れてから、
「まあ、三が日だけ呑むものだが……せっかくの新年会だ、あっても構わんだろうて」
一同の前それぞれに樹は杯を置きました。そして杯を満たします。
「何はともあれ祝宴と行こうか。新年のな」
それでは、と改まってフレイが辞を述べました。
「皆様よくぞお越し下さいました!」
畳に正座、両手をついて深々と頭を下げます。客たちもそれに従いました。
「狭く質素なお部屋で恐縮ですが、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ。
……あ、コタツには注意して下さいね。眠りの魔物が潜んでおりますゆえ……」
かくて楽しき新年会となりました。
紅白に黄色、それに白と、明るめの色彩豊かなお節を開けて、会話と食事を満喫するのです。
テーブルは魔の家具、いやコタツであるのは言うまでもないことでしょう。
「サムライニンジャゲイシャ。今の時代、日本にそんな人間はいない。パラミタ出現前までは、そう教えられてきた……だが、現代にニンジャはいるのだな」
と一息で言った後、しばし間を置いてから、
「で、フレンディスってどういう意味の日本語なんだい?」
真剣な顔でアルクラントはフレイに言いました。
「いやそれは……忍びの里の秘密です」
「なるほど……まあ、そんな疑問はさておいて、手土産にこいつを持ってきた」
と彼がコタツの天板に置いたのは、勇ましいラベルが貼られた日本酒の一升瓶でした。
「幻の日本酒『天地越え』だ。その旨さたるや……いや、語るのは野暮だな。実際に味わってもらおう」
「それは願ってもない話だ。もらうとしようか」
樹が身を乗り出します。
「お、いいね」
シオンも素早く反応して杯を出しました。
「和食にもよく合う。爺様が得意としていたから、私もそっちよりの嗜好でね」
アルクラントはさっそく二人に応じます。
とくとくと注がれる音と香りだけで、もう心昂ぶってくるようなお酒です。口に含めばすっきり辛口、けれどフルーツのような芳醇な甘みがありました。まろやかな甘みは高級メロンにも似ており、これが本当に米だけで作った酒かと、思わず疑ってしまうほどのものなのでした。
「そうそう、土産と言えば」
シオンもタッパーを取り出しました。
「正月は関係ないけど、昨日作られたと思しき辛子蓮根を手土産に持ってきた。酒のつまみくらいにはなる」
「もらうとするか」
さっそく口にしたグラキエスでしたが、う、と小さく声を上げたきり黙ってしまいました。
「先に言うのを忘れていた。相当辛いぞ」
「……理解した。だが、美味い」
辛旨というのか旨辛か、ともかくグラキエスは複雑な反応です。
「しかし、これ作ったの誰だったっけな。全く覚えてないのだが」
「私もほしいのです。私も~」
ぴょこぴょこと頭の耳を踊らせ、フレンディスも興味津々の様子でした。ちなみに一口食べて五秒後、彼女は後悔します。
「ああ、忘れていた」
コタツの温かさにやや頭をぼんやりさせつつ、グラキエスは言うのでした。
「新巻鮭とは別に、俺からも年賀の土産がある」
うやうやしく捧げ渡すようにして、彼はフレンディスの手に包みを渡しました。
「『長兄』ベルテハイトが可愛い妹のため、糸一本から厳選し職人に頼んだ振袖と小物一式だ。良ければ使ってくれ」
「えっ!? いいんですか!」
開いた包みの中身は、桃色の振り袖に身の回りの小物……グラキエスの言葉通り、厳選されたものであるのがよく判ります。その素晴らしさにフレンディスは目を潤ませるのでした。
「そうなると私からも出さないといけないな」
ははは、と酒が回って陽気になったか、軽い口調で樹は懐に手を入れ、
「ほら、お年玉だ……ベレー帽よ、受け取れ」
ポン、と赤ちゃんの拳大のものを投げます。
これを片手で受け止めて、アルクラントは怪訝な表情になりました。
「丸餅のようだが……?」
「これが元来のお年玉らしいぞ、今は金封に変わっているのだがな。……いらぬのなら返してもらおうか、ベレー帽よ。それともスナイプで眉間めがけてもう一つ投げつけるか?」
だんだん伝法な口調になってきて、けらけらと笑う樹です。これはもう、随分と酔っていると思っていい。素早いことに『天地越え』はもう、半分以上なくなっているのでした。
解説なら出番だとばかりにシオンが言います。
「その主張は正しい。実際、古くは餅玉を与えたために『年玉』の名前がついたとの説があるな。といっても、『年の賜物』だから『としだま』という説も有力だけど」
「それにしても日本のことを色々ご存じですね。シオンさんって……」
目を丸くするフレイに、シオンはいくらか背筋を伸ばして回答しました。
「言っておくが俺はれっきとした日本人だからな? 生まれも育ちも国籍も日本だ」
このとき呼び鈴が一度、短く鳴りました。
「あら? 誰でしょうか」
と玄関に向かったフレイは、血相を変えて戻ってきました。
「皆さん! スペシャルなお客様です! ハ、ハ、ハ……」
「ハ? ハンバーグ?」
樹はさらに酔っていて、とろんとした目で言いました。
「反逆のアイドル?」
「Hellow Worldだろうか」
アルクラントもグラキエスも思いついた言葉を口にします。
「いや待て、ハンバーグがどうしてお客様なのか」
「そんなことを言うならHellow WorldってなんだHellow Worldって」
「何に反逆するんだよ? どういう意味だよ?」
三者三様のやりとりを繰り広げる中、
「わっちでありんす」
年始の挨拶と言って入ってきたのは誰あろう、ハイナ・ウィルソンその人でした。
花魁風の派手な着物、背中には野太いしめ縄、本日の髪飾りは鶴や亀が踊るおめでたバージョンです。
ハイナは年賀状の返礼に来たと言います。
「おお、葦原奉行殿、屠蘇とお年玉は如何かな?」
ひょいと頭を下げて樹は笑いました。
アルクラントも多少酔いが回っているようですが、
「おっと、ここでまさかのハイナ校長登場か。私なんか自分の学校の校長とも直接会ったことないのにな」
と、居住まいを正して礼儀正しく挨拶をします。「お目にかかれて光栄ですよ」
「俺も光栄……」
と言うのはグラキエスです。彼はアルコールに手をつけてはいませんが、コタツに体半ばまで入っていたのでトロンと眠そうな目をしています。しかしぺこりと頭を下げました。
「おっ、ハイナ総奉行、いいところに来てくれた!」
シオンは目を輝かせました。
「俺がれっきとした日本人だという話をしてたんだ」
「ふうむ、しかしその顔立ちは東洋風ではないように見えるでありんす」
「いや、だが生まれも育ちも国籍も日本なんだ。正しくはロシア人とのハーフではあるが、ロシアのことはほとんどわからない」
「ロシア……!?」
ハイナが一瞬、怪訝な顔をします。
「って、待てロシアという単語を聞いて目の色を変えるんじゃない、ハイナ! 多分それは触れてはいけないネタだろう!」
「ま、わっちもロシアに連なるすべてが好かないというわけではないでありんす」
ロシアにはあまり良い印象がないようですが、そこは大人、ハイナもこれ以上は言いません。
しかしここで生じた微妙な雰囲気をうやむやにすべく、シオンは奥の手を出しました。
「そうだ! 総奉行、この辛子蓮根でも食べて落ち着くといい。俺の土産だ」
「それは結構なことでありんすな」
小皿を渡されたハイナはさっとこれを口にし……目から火炎放射しそうな勢いで飛び上がりました。
「こ……これは! 舌が燃えるでありんしょ!」
なかなか過激な反応ですが、ぐっ、と拳を握ってハイナは笑みました。
「おかわり!」
「ええーっ!?」
この辛さを知るフレイとしてはまさかの展開ですが、ハイナがいいというのだからいいのでしょう。今度は山盛りにして、辛子蓮根という名の黄色いボムを渡しました。
かくて宴席はハイナを迎えて盛り上がり、時間は飛ぶように過ぎました。
いつの間にやら酒がずいぶん回ったようで、アルクラントの目は半月型になっています。
「そういえば酔っ払ってるからって男と女を間違えたりするだろうか。……この間からどうも引っかかるんだよな……あ、いや、独り言みたいなものだ」
と独言しながらゆらりと、彼は立ち上がりました。やはり酔っているらしく、箸のつもりなのか長い蕗を手にしています。
「ハイナ校長、現代のサムライに出会えたからにはぜひとも、拝見したいものがある……『イアイ』だ」
「『イアイ』? 『EI』……指数積分(Exponential integral)か?」
「なんでそんな切れ味鋭いボケが出てくるんだ、グラキエス……。そうじゃなくて『居合い』、つまり、抜く手も見せぬ抜刀術というやつさ。実はソコクラントの実家には爺様の刀があってね。昔ッからそいつは憧れだったんだ。いつかあの刀を手に必殺剣、七天抜刀術(しちてんばっとうじゅつ)を極めて見せようと、そういう野望を持っていたり……」
カチ。
冷たい金属音がしました。
見るとそれは、ハイナが腰の刀を抜く音だったのです。
けれどそのことを認識したときにはもう、彼女の太刀は鞘に戻っています。
「お……!」
アルクラントは、手にした蕗が斜めに切り落とされているのを知って目を丸くしました。
「……と、いったところでありんしょ? いやはや、酒の上での戯れ……驚かせたことは謝るでありんす」
おおーっ、とフレイもシオンもグラキエスも喝采します。
「え……?」
この騒ぎを耳にしたか、コタツの天板に突っ伏して眠っていた樹がむくりと身を起こしました。彼女はフラフラと立ち上がって台所まで行くと、
「なるほど隠し芸大会というわけだな……」
あろうことか樹は、冒頭でツッコみまくっていたあの朱塗りの大杯(生の鯛丸々一尾入り)を両手で抱えて戻ってきたのです。
「二番、林田樹、鯛漬け屠蘇を飲む……一気で! テレビの前の良い子は真似するなよー」
そして彼女はこれを持ち上げると、んぐんぐと飲み始めたではありませんか。
「ええっ、隠し芸……ですか」
フレイは仰天してグラキエスを見ます。
「何をしたらいいんでしょう……?」
「俺は……腹話術かな」
「できるんですか!?」
「いや、知らんができるような気がした」
とかやっている間に、ぷはー、とあの酒を開けてしまい、残った鯛を箸でほぐしながら樹は言います。
「では三番! 忍び娘いけー!」
「がんばれー!」
と言いながらシオンも頭を悩ませます。何をしましょう――自爆覚悟の辛子蓮根一気食いとか……?
「は、はいっ、それでは」
ぴょんと尻尾を跳ね上げてフレイは立ちました。
「ほら」
そこにアルクラントが、マイクがわりに箸箱を手渡しました。
これを握ってフレイは言うのです。顔を赤らめながら、
「三番行きます!」
……と、ここで残念ながら時間となりました。(都合良く)
フレンディスがどのような芸を披露したのか、そして、続く三人はどうしたか、それは皆様のご想像にお任せするとしましょう。
名残はつきませんが、ここで新春の葦原長屋からお別れすることにいたします。
それではみなさん、さようなら。
またシナリオで会える、その日まで……!