「パッフェル、デートしよー。ぬいぐるみがたくさん置いてあるカフェを見つけたんだ」
「……ん、いい……よ」
休日の昼下がり。桐生 円はパッフェル・シャウラを誘って空京へと繰り出した。
どちらからともなく自然と手が触れ合い、絡め合って握る。
最近ではパッフェルの方から円に寄り添ってくることも少なくなかった。
「円、ぬくぬくあった……かい」
「晴れているとはいえ、まだまだ寒いからねー」
「うう、ん……大切な人と触れ合って、いるから……よ。円、は嫌い?」
「そういう聞き方はズルイなー」
パッフェルは言葉数が少ない分、一つ一つの言葉が感情にストレートだ。
円はさくらんぼ色に染まった頬を見られないよう、明後日の方を向いてしまう。
空京にあるそのカフェはバレンタインフェアの真っ最中で、多くのカップルでごった返していた。
「さすが人気カフェ。外装はしょぼいけど中身は素敵だねー。あのマスコット、変な生き物ー」
「ぬいぐるみ、がいっ……ぱい。みんな、可愛……い」
待ち時間、パッフェルは店内のそこかしこに置かれている、このカフェのマスコット的な変な生き物のぬいぐるみに心を奪われていた。
クールな彼女がほんの一時だけ見せる、柔らかく、温かく、優しい表情。この表情を知っているのは、ほんの一握りの親しい者だけ。
その1人が円であり、彼女の自分にだけ見せるこの表情が溜まらなく愛おしかった。
待つこと30分、2人が通されたのは、恋人向けの可愛い装飾が施された2人掛けの椅子の席だった。
2人してバレンタインフェアのメニューを持ち、円はパフェを、パッフェルはショートケーキを頼んだ。
「隣同士で座るのもいいけど、膝の上に座ってもいいかな? 記念になるよー」
「いい、わ……よ」
雰囲気にあてられたのかも知れない。円がふとそんな提案をするとパッフェルは二つ返事で応え、彼女の身体を抱き抱えて自分の膝の上にちょこんと座らせる。
パッフェルの背は高い方ではないが、それでも小柄な円と頭半個分の差がある。
自然とパッフェルの吐息が円の耳や頬に掛かり、何だかくすぐったい。
でも、パッフェルが先程言っていた言葉の意味はよく分かる。背中から伝わるパッフェルの体温と胸の鼓動、鼻腔をくすぐるバニラの甘い香りと硝煙の臭いが入り交じった体臭に、円の薄い胸のドキドキが止まらない。
吐息も心なしか熱を帯びてくる。上目遣いにパッフェルを見て、右目を隠すゴスロリ眼帯を外した。
その下に隠されていた、爛々と紅く輝く禍々しい魔眼。しかし、その魔眼は円を優しく見つめている。
他人から見れば忌み嫌うものかも知れない。でも、円にとっては大好きな人の瞳。禍々しい紅い色にいつも吸い込まれそうになる。
「……ん」
絡み合う視線をどう捉えたのか、パッフェルの顔が近付いてくると、円と唇を重ね合わせた。
優しいキス。パッフェルが自分をどれだけ大切に想っているか分かる、温かいキス。
でも、それじゃぁ物足りなくて、円の方から求めるように、パッフェルの唇を啄むバードキスへと変える。
それでも物足りない。もっともっとパッフェルが欲しい。
円の舌が、パッフェルの唇を割って入ろうとした。
「……お客様、ご注文の品をお持ちいたしました」
ウェイトレスの躊躇いがちな言葉で現実に戻ってしまった。
「嬉しかった、から……私は、気にし……てない、わ」
「ボクもだよー。ウェイトレスさん、写真撮ってー」
パッフェルは平然としてるが、円はそうはいかない。
恥ずかしさを誤魔化すようにデジカメを取り出すと、ウェイトレスに手渡し、料理を前に2人で今日の記念写真を撮ってもらった。
円にとって忘れられないバレンタインデーのデートになったかも知れない。