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栄光は誰のために~火線の迷図~(第1回/全3回)

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栄光は誰のために~火線の迷図~(第1回/全3回)

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 ぼろぼろになったバリケードの外では、歩兵科のセリア・ヴォルフォディアス(せりあ・ぼるふぉでぃあす)と、査問委員の狭間 癒月(はざま・ゆづき)、そのパートナーの吸血鬼アラミル・ゲーテ・フラッグ(あらみる・げーてふらっぐ)が、負傷した他の学校の生徒たちを「保護」と称して片端から拘束していた。その中にはクレーメックたちと戦っていた秋岩 典央や切縞 怜史の他、身を隠して拠点の様子をうかがっていて蛮族の襲撃に巻き込まれた御厨 縁や支倉 遥も含まれていた。
 「すまんな、命令には逆らえんのだ。遺跡の場所を知られないためで、大人しくしていれば危害は加えん」
 セリアはそう言いながら、淡々と任務を遂行して行く。それを見て癒月はふん、と鼻を鳴らした。
 「抵抗する者を拘束するのが楽しいんじゃありませんか」
 「任務に楽しいも楽しくないもないのではないか? それに、『他校生と戦闘になっても、出来る限り死傷させるな』というのが団長の命令だった筈だ」
 拘束した他校生のポケットから携帯電話を取り上げながら、セリアは相変わらず淡々と反論する。
 「悪いが、これは預からせてもらう。解放する時にはちゃんと返すので安心するがいい」
 「ユズ、どうする? ワタシは軍隊じゃないから、ユズの命令に従うよ?」
 アラミルが小首を傾げて癒月に訊ねる。
 「……つまらないですが、団長の命令には逆らえません」
 癒月はむっつりとした表情で答えると、せめてもの腹いせに、「保護」した波羅蜜多生の腕を後ろ手にギリギリと縛り上げた。

 セリアや癒月に拘束された他校生たちは、まず治療のため救護所に連れて行かれた。一か所に集められ、治療を受ける。そこへ、教導団の女子制服に身を包み、赤地に銀糸で『査問』と刺繍した腕章をつけた黒髪の少女を先頭とした一団がやって来た。
 「はじめまして。私はシャンバラ教導団の査問委員長を務めております、妲己(だっき)と申します」
 先頭に立っていた少女は優美に膝を折って一礼した後、穏やかに微笑みながら、その笑顔には不似合いな言葉を他校生たちに告げた。
 「早速ですが、皆さんを教導団に対して敵対的行動を取る者として、逮捕いたします」
 「……待ってください!」
 包帯を巻いている手を止めて、ネージュが叫んだ。
 「ここにいるのはみんな、怪我をして運ばれて来た人たちです。私たち衛生科は、捕虜に対しても治療を行うよう、日ごろから指導されています。きちんと治療が終わるまで、この人たちを連れて行くのは待ってください!」
 「もとよりそのつもりです。安心なさい。ただし、監視はつけさせてもらいます」
 妲己が後ろを振り向くと、後ろに従っていた生徒の中から一人の女生徒が進み出た。黒い腕章をつけているが、そこに「風紀」の文字はない。まるで喪章のようだ。
 「彼女は風紀委員の水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)さん。他校生の皆さんが所属することになる、義勇隊の『お手伝い』をして頂くことになっています。それから……あなたがた」
 妲己は周囲を見回し、一人で動くのが困難なけが人の移動など、力仕事を手伝っていた真紀とサイモンを呼んだ。
 「他校生が逃走したり、衛生科の皆さんに危害を加えたりすることがないよう、警戒をお願いします」
 「……了解であります」
 真紀とサイモンとしては、逃走阻止はともかく、衛生科の生徒たちの護衛は望むところだ。二人は妲己の指示に従うことにした。
 「ちょっと待ってくれ。他校生を戦わせると言うのか?」
 クレアは、妲己を呼び止めた。
 「はい。『教導団に忠誠を誓い、教導団のために戦う』というのであれば、鏖殺寺院という敵も現れたことですし、ここで戦って頂いても良いと判断しました。教官の許可も取ってあります」
 妲己は穏やかな笑みを崩さずに答える。
 「義勇隊に入隊されない方は、申し訳ありませんが、情報の漏洩及び戦闘に巻き込まれるのを防ぐため、遺跡の探索が終了するまで身柄を拘束させて頂きます。これは金団長の命令です。衛生科の皆さんも、他校生が治療中に逃走したり、外部と連絡を取ったりすることのないよう、警戒を怠らないでください」
 妲己は皆に向かって静かに頭を下げると、ゆかりを残して立ち去った。ゆかりは黙って一礼すると、救護所の隅の邪魔にならなさそうな位置へ移動する。だが、その視線は冷たく厳しく、他校生たちを監視している。
 「『義勇』とは名ばかりで、実情は督戦隊つきの懲罰部隊ということですね。そしておそらく、遺跡正面の最前線に配置される……」
 ハンスがクレアに囁いた。
 「査問委員も、鏖殺寺院も、やっている事はあまり変わらんな」
 クレアは吐き捨てるように呟き、治療に戻る。

 「他校の生徒など、さっさと始末してしまえばよろしいのに」
 一方、査問委員になった香取 翔子(かとり・しょうこ)は、救護所を立ち去ろうとする妲己に後ろから囁いた。
 「いいえ、他校の生徒だけではなく、邪魔者はすべて捕縛してしまえば良いんです。その後で適当な理由で解放すれば、恩を売ることが出来るではありませんか」
 「捕縛の理由はどうするつもりですか? 捕縛された者たちが黙っているとは思えません。捏造が露見すれば、ダメージを受けるのは私たちですよ? それに、そう簡単には行かないところが、世の中というものの面白いところなのです」
 妲己はくすりと、さも楽しそうに笑う。
 「香取さん、敵をすべて消してしまえば面倒がなくなるかと言うと、そうでもないのですよ。敵を消したことで、その裏に隠れていた新たな敵が姿を見せることもあるのです。それも、先に倒したものより厄介な敵が、ね……」
 教導団の生徒が他校生を故意に、しかも一方的に傷つけるようなことがあれば、教導団はさまざまな所から反感を買うだろう。それは、妲己個人のためにも、査問委員会のためにも、李鵬悠や金鋭峰のためにもらない。妲己は李鵬悠にも金鋭峰にも忠誠を誓っているわけではないが、彼らが現在の地位を失えば、彼女は『面白くない』のだ。
 「恐れられる存在であるということと、敵を作りやすい存在だと言うことは、違うのではないかしらね? 私は決して、不必要にに敵を作る存在になりたいわけではないのです」
 柔らかい口調で諭すように言われて、翔子は押し黙った。