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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

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第2章 《冠》を戴く者たち

 一方その頃本校では、《冠》のテストが開始されようとしていた。しかし、それに先立って、被験者を辞退する生徒が現れた。
 佐野 亮司(さの・りょうじ)向山 綾乃(むこうやま・あやの)は、《冠》の使用者として前線に出るよりも、輸送科としての本分をまっとうしたいという理由で辞退し、樹海の道路敷設現場に向かった。そして、ビクトリー・北門(びくとりー・きたかど)百二階堂 くだり(ひゃくにかいどう・くだり)も、辞退のために明花の元を訪れた。
 「せっかく得た権利だが、俺はパートナーをつらい目にあわせたくねえんだ。たとえ処罰を受けることになっても、くだりを被験者にさせたくねえ」
 ビクトリーはそう言って、明花に向かって深々と頭を下げた。
 「あたしはさ、正直言って、あたしのかわりに誰かがつらい思いをするならあたしが、っていう気持ちもあるし、強くなれるんなら多少の危険があってもいいって思ったんだけど……でも、ビクトリーがすっごい心配しちゃってるからさぁ……」
 一方、くだりはまだ被験者に未練がある様子だ。
 「わかったわ」
 明花は、ビクトリーの頭を上げさせて言った。
 「候補者を発表した時に、『試験への参加を強制しない、参加するかどうかパートナーと良く話し合って決めなさい』と言ったわね? 辞退しても処罰の対象にはしません」
 「そうっすか……ありがとうございます!」
 ビクトリーはほっと胸を撫でおろし、もう一度深々と頭を下げる。
 「元々あなたがたのような理由で辞退する生徒が出ることを見越して、多めに候補者を選んであったのだし。気にする必要はないわ」
 事もなげに言う明花に、ビクトリーはぼそぼそと申し出た。
 「それで、断っておいて何なんすが、もし問題がなかったら、試験の見学はさせて欲しいんすけど……」
 「構わないわよ。ただし、部外秘を含む内容だから、たとえ同じ教導団の生徒に対してでも、見たことをべらべら話さないという条件付きです。いい?」
 明花は念を押す。ビクトリーとくだりは真剣な表情で頷いた。


 《冠》のテストが行われている技術科研究棟の分厚い扉には『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙がされていた。その前で、鄭 紅龍(てい・こうりゅう)とパートナーのゆる族楊 熊猫(やん・しぇんまお)月島 悠(つきしま・ゆう)とパートナーの剣の花嫁麻上 翼(まがみ・つばさ)が警備を行っている。
 「他校生も警戒しなくてはいけないが、それ以上に教導団の生徒を警戒すべきかも知れないな。風紀委員派、白騎士派、どちらにも属さないもの、色々いるわけだし」
 油断なく周囲に目を配りながら、紅龍は言う。
 「ケンカは良くないアルよ、ましてや同じ教導団の生徒同士で……」
 熊猫がふーっと息をつく。
 「そうならずに、俺たちがここに居ることが無駄に終わってくれれば良いんだが」
 紅龍の願いが通じたのか、今のところ不審者はおらず、教導団の生徒同士のいざこざも起こっていない。  
 「本当は、《冠》の試験に参加したいのに……」
 一方、翼は唇を尖らせて、締め切られた扉の方をちらちら見ている。ちなみにこの扉、ちょっとやそっとの爆発では破れない構造になっているらしい。と言うか、研究棟内ではいろいろと危険な実験が行われることが多いため、建物全体が異常に強固な作りになっており、おまけに材料さえ運び込めば、教導団の作戦行動で使うものは、小は銃弾や戦闘糧食、大は車両の類に至るまで、ほぼすべて製造することが出来るため、『万一の時、最後に立てこもるなら技術科研究棟』と冗談交じりに言われている。
 「辞退者がいて欠員が出てるんだ。こうやって真面目に働くことで、楊教官に認められるかも知れないだろう」
 悠は厳しい顔で、翼をたしなめる。そこへ、
 「実験の様子を撮影に来た。楊教官の許可は得ている。通してもらえないか」
 撮影機材を担いだミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)とパートナーの吸血鬼アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)、英霊ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)がやって来た。
 「今、中と連絡を取る。ちょっと待ってくれ」
 扉の脇のインターホンを取りながら、紅龍は言った。しばらくすると、扉がきしみながら内側に開き、深山 楓(みやま かえで)が顔を出した。
 「ゲルデラーさん、ホーエンハイムさん、ボルジアさん、どうぞ」
 「あっ、楓くん!」
 翼が、楓の腕を引っ張る。ミヒャエルたちが中に入るのと交代に、楓は外に引っ張り出されてしまった。
 「そろそろお昼だし、一緒に食堂に行きませんか? 実験の話も聞きたいし!」
 「ちょ、ちょっと待って! 今、教官に許可をもらって来ますから」
 楓はいったん中に引っ込んだが、すぐに戻って来た。
 「抜けても大丈夫ですって。私も月島さんにお願いしたいことがあったから、ちょうど良かった」
 「……ネージュくんは? 実験中?」
 翼はきょろきょろと周囲を見回し、楓のパートナーの機晶姫ネージュを探す。
 「ネージュは、衛生科の人たちと一緒に樹海の方に行ってます」
 楓がかぶりを振ると、翼はがっくりと肩を落とした。
 「残念ですねぇ、出来ればネージュくん本人に、実験の話を聞きたかったのに」
 「うーん、部外秘の話も多いから、あんまり出来ないかも」
 楓は苦笑する。
 「ほら、翼、深山だって実験の途中なんだし、食堂へ行こう」
 悠は翼を急かし、三人は連れ立って食堂に向かった。

 悠と翼、そして楓は、食堂の比較的すいている一角に席を取った。
 「すまないな、深山。翼が、《冠》の被験者になりたくて、話を聞きたがってたんだ。私も、パートナーがそんなことをするとなったら、色々と心配だし。差し支えない範囲でいいから、話を聞かせてくれないかな」
 悠が頭を下げると、楓は箸を取りながらうなずいた。
 「《冠》の内部構造や詳しい仕組みはまだ良くわかってないんです。ただ、パラミタ種族が持っている、地球人にはないエネルギーを吸い取って、汎用的なエネルギーに変換して動力源として使えるようにする装置であることは判っています。私たちが良く知っている機械に例えるのは難しいんですけど……」
 「じゃあ、《冠》だけを何かにつなげても、何も起きないんですか?」
 翼は箸を口に運ぶのを忘れて身を乗り出す。
 「はい。エネルギーの出所は、《冠》そのものではなく、《冠》をつけているパラミタ種族です。電池の入っていない電池ボックスに豆電球やモーターをつないでも、何も起きないのと同じです」
 「でも、《工場》にいた量産型機晶姫たちは、自分に《冠》を繋げて強化してたって……」
 楓の言葉に、悠が目を瞬かせて尋ねる。楓はかぶりを振った。
 「それは、量産型機晶姫がそういうふうに作られていたからです。直接エネルギーを武器などの各パーツに送るんじゃなく、《冠》にいったんエネルギーを通して増幅してから供給することで威力を上げることが出来るようになっていたみたい。だから私たちは、量産型機晶姫を調べることで、《冠》を私たちが知っている光条兵器や、その他の武器や乗り物に繋げられる可能性を見つけた……」
 「そうなんですか……じゃあ、ボクが《冠》をかぶって、《冠》を光条兵器につなげて使ったら、ボクの能力は上がらないけど、光条兵器の性能は上がる、ってことですね?」
 翼が箸を持ったまま冠をかぶる仕草をしたので、箸を振り回すなよと悠が顔をしかめる。
 「そうなります。……ただ、実際に使うためには、まだ一つ、大きな問題を解決しなくちゃいけないんですが。実は、現状では、《冠》をつけると、つけた瞬間から一気に力が吸い取られてしまうんです。《冠》をつけたまま、エネルギーを止めたり流したりは出来ないし、流れる量の制御もできない。だから、瞬間的にものすごく力は出るんですけど、一瞬で終わってしまって、その後は使用者が回復するまで使えません」
 楓は定食について来た味噌汁をずす、とすすった。
 「そんなことをして、使用者の体に負担はかからないのかな。それに、私たちパートナーは?」
 悠は不安そうに言った。
 「スキルや魔法を使いすぎて疲れた時と同じで、休息したり『SPリチャージ』してもらえば回復します。ただ、実験は始まったばかりですから、長期的に使っても害がないかどうかは何とも言えません。パートナーも同じで、パートナーが《冠》を使ってる間に何か起きるということはないですが、長期的なことはこれから観察を続けないと何とも。ただ……これは、楊教官の推測なんですが、《冠》はパートナーがいないパラミタ人が使うために作られたものだから、パートナーが居るパラミタ種族が使っても、パートナーの地球人には直接影響は出ないのじゃないかと。でも、たとえすぐに回復しても、実験のたびに具合が悪くなるパートナーを見てるのは辛いです。自分が代われないか、せめて負担を分けてもらえるようになればいいのに、って思います」
 「なるほどねぇ……」
 悠と翼は顔を見合わせてため息をついた。どうやら、過酷というのは嘘ではないようだ。
 「それで、月島さん、私の方からのお願いなんですけど……」
 そんな二人を見て、楓は少しためらってから口を開いた。
 「あの……朝野さんたちが、『被験者の人たちのお世話をしたい』って申し出て来たそうなんです。食事を作りたいって言ったら給養部隊の方に話が行ったみたいで、給養部隊の陳教官が楊教官のところへ、『外部の人間に食事を作らせるなんて、うちの作る食事に不満があるのか』って怒鳴り込んで来て、大変だったんですよ……」
 調理場に聞こえないように声を低めて、楓は言う。
 「教導団の生徒の健康と活力を保ってるのは自分だって自負してる人だからなぁ。それに、機甲科の燃料と一緒で、食糧も『どんな兵が何人いるか、どんな作戦行動をしようとしてるか』を示す指針になるものだから、たとえ校内の食堂でも、事情を探られたくない気持ちもあるだろうし」
 蒼空学園の朝野 未沙(あさの・みさ)とパートナーの機晶姫朝野 未羅(あさの・みら)、魔女朝野 未那(あさの・みな)の顔を思い浮かべて、悠はこめかみを押さえた。
 「彼女たち、まだ諦めてなかったんだ」
 「……そうみたいです」
 楓は目を伏せた。
 「まずいのは、朝野さんが『《冠》の被験者の』とはっきり言ってしまったことです。《工場》で発見された情報や技術を、現段階で片端から無条件に公開することはありえない。何をどう公開するかは、楊教官ではなく金団長の判断になるし。……もし、『教導団の機密を探ろうとしている』と思われたら、彼女たちは教導団の敵対者と判断されてしまうかも知れません」
 「実力をもって排除される対象になるかも知れない……?」
 悠の問いに、楓はうなずいた。
 「そこまで行かなくても、今後義勇隊に参加したくなっても出来ないとか、要注意人物とされる可能性は高いです。熱意は認めますし、気持ちはわかるんですが、大事になる前に自重するように、月島さんや麻上さんからも説得してもらえませんか」
 楓の言葉に、悠と翼はうーんと声を上げた。そのとき、
 「お、ちび助、探してたんだぞ。ちょっといいか?」
 林田 樹(はやしだ・いつき)が、楓に声をかけて来た。
 「《冠》のことについて、テストの前に情報収集と言うか、話を聞いておきたいんだが」
 言いながら空いている席に座ろうとした樹を、楓は止めた。
 「……ごめんなさい、ここではちょっと。食事済ませるまで待ってもらえますか?」
 ちらりと悠と翼を見る。
 「そうか、部外秘だったな。じゃあ、コーヒーでも飲みながら待つから」
 樹は自販機で紙コップのコーヒーを買って来て、席についた。そして、食事を終えた楓と一緒に研究棟に戻り、《冠》のテストが行われる実験室の隅で話をした。
 「もしかしたら、今回の被験者選びに、パートナーとの関係がどういうものか、ということが関係していたのだろうか? 棒倒しの時に、パートナーとのチームワークが良かった者同士が選抜されたように感じたのでな、ひょっとしたら、私と洪庵が『想い合う力』が、今回の試験に必要なのかもしれないと思ったのだが」
 「選考の基準は、私たち技術科の生徒にもはっきりとは明かされてないんですよ」
 楓は首を横に振った。
 「選考にあたったのは楊教官一人で、パートナーの太乙教官さえ関わっていません。本当のところをご存知なのは、楊教官だけです。……ただ、私は、林田さんのその考えは外れていないと思います」
 「なぜ、そう思う」
 樹は尋ねた。まだ補欠の選考中ですから、他の人には内緒にしてくださいね、と楓は唇に人差し指を当てて念を押す。
 「パラミタには、パートナーを持っていない人もたくさん居ますよね。で、パートナーの居る人には特殊な力があったりするじゃないですか。常識的に考えて、パートナーと仲がいい方が、より力を発揮しそうな気がしません?」
 「それはまあ……そうだな」
 樹はうなずいた。
 「まあ、楊教官って結構底知れない方なので、私なんかにはぜんぜん考え付かないような理由が何かあるのかも知れませんけど」
 楓は悪戯っぽく笑った。そこへ、樹のパートナーのジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)が別々の方向からやって来た。章はいつもと変わらない様子だが、ジーナは何やら沈んだ表情をしている。
 「フロイラインさん、どうかしたんですか? 楊教官と話をしてたみたいですけど」
 楓が尋ねると、ジーナはむっつりとした顔で、上目遣いに章を見上げて言った。
 「このあんころ餅の代わりに、ワタシを被験者にしてくださいって、楊教官にお願いしに行ったのです。でも、ダメだって言われてしまいました」
 「うーん、それは、楊教官が決めることじゃなく、フロイラインさんが、林田さんや緒方さんと話しあうべきことじゃないんですか? フロイラインさんと緒方さん、両方ともは被験者になれないんですから。フロイラインさんが被験者になるなら、緒方さんが辞退しなくちゃいけなくなる。そのことについて話をすべきなのはまず、緒方さんと林田さんなんじゃありませんか?」
 諭す楓の隣から、章が言った。
 「僕なら大丈夫だよ。樹ちゃんの役に立てるんだから、男らしく被験者になるよ。今、そのつもりで太乙教官に話を聞いて来たんだけど、《冠》の棘が体に入った瞬間は何とも言えない気持ちの悪い感じがするけど、すぐに寝落ちみたいな感じで意識がなくなるんだって。技術科の方で責任持ってSPリチャージを使って着付けをしてくれるし、めまいとか脱力感が残るけど、一日ゆっくり休めば回復する程度だとおっしゃっていたよ」
 「……そうじゃなくてっ!」
 ジーナは苛立たしげに足を踏み鳴らした。
 「あんころ餅がそういうふうに具合が悪くなったら林田様は心配されるでしょ、体力のあるワタシだったら大丈夫かも知れないから代わりなさい、って言ってるんですっ! あ……あんころ餅はどうでもいいけど、林田様に悲しい顔はして欲しくありませんから」
 (フロイラインさん、林田さんに心配して欲しいんじゃないですか? 林田さんが緒方さんのことばかり心配しているように思えるのかも)
 楓が樹に囁いた。樹は一つため息をつくと、ジーナをじっと見つめて言った。
 「ジーナ、被験者であってもなくても、ジーナが私の大切なパートナーだということは変わらないのだぞ? 私がこういうふうに、ちゃんと名前で呼ぶ相手はジーナと洪庵だけだ」
 「林田様……」
 ジーナは瞳に涙をためて、樹を見返す。
 「今回のことは、楊教官が洪庵を被験者にふさわしいと判断されたのだから、私はそれに従おうと思う。だけど、私が被験者になるのは、洪庵のためだけじゃなく、ジーナを、ジーナが居るこのパラミタを守る役に立てればいいと思ったからなのだ」
 樹が言うと、ジーナはうつむいてほろほろと涙をこぼした。樹はジーナの頭をぽんぽん、と手のひらで軽く叩くと、楓に言った。
 「ちび助、忙しいのに足止めして済まなかったな。ありがとう」
 楓はかぶりを振ると、明花たちが実験の準備をしている方へ戻って行った。