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神楽崎優子の挨拶回り

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神楽崎優子の挨拶回り

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○    ○    ○    ○


「本当は年明け前に作って、年明けにお知り合いやお友達に届くように送るんです」
 寝る前に。
 別荘で家事を手伝っているイルミンスールのソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、部屋を借りて子供達を集めて、マリザと共に年賀状書きを行なっていた。
 ソアは父親と共によく日本を訪れていたため、日本の文化にはそれなりに精通している。
「今年はパラミタではトラ年ですけれど、日本ではネズミ年なんですよ。日本のお友達が出来た時には、日本の干支の絵を描いてあげるといいかもしれません」
 そんな話をしながら、色鉛筆やカラーペンで葉書にトラの絵を書いていく。
「トラさんね、この間ここきたんだよ」
「わたしもしってるしってるー」
 子供達はソアの絵や、図鑑を見ながらトラの絵を書いていく。
 明けましておめでとう、の文字は書けない子が多かった。
「おっ、やってるやってる」
 ケイが、農家の家族を伴い、部屋に顔を出す。
「書初めなんかは、文章がかけなくても漢字一文字で抱負を表せたりするもんだぜ」
 蛮族の農家の家族は長男を除いて文字が書けないそうだ。
「ことしはのんびり生活したいものだ」
「いや、せっかくだから喫茶店大きくしようよ」
「とりあえず、嫁が欲しい」
 それぞれの意見を聞き、ケイは書初めの準備を整えると漢字を教えていく。
 主人には『安』の字を。長男には『活』の字を。
 次男には『縁』を。
 次男は苦戦して何度も書き直したが、最終的に読める程度の字には仕上がった。
「結構楽しいな」
 墨で手を真っ黒に染めた次男が、そうケイに笑みを見せた。
「ばっちり、いい嫁さん見つかると思うぜ!」
 ケイは拳を握り締めてそう答えた。
「できた、トラさんー!」
 ちっちゃな手で一生懸命描かれた絵を見て、ソアは微笑みを浮かべた。
「よくできました。可愛いトラさんです」
 子供を撫でてあげると、嬉しそうにその子は皆に見せて回る。
「ね、みてみて。かけたの。トラさん〜」
「うわっ、上手に書けたね。びっくり!」
 マリザは大袈裟なほど驚いて、しゃがんで子供の頭を撫でてあげる。
「あの……まだ文字が書けない子が多いですけれど、絵だけでも手紙って、真心が篭ってる感じがして良いと思うんです。離れて暮すことになっても、手紙の交換とかしてみてはどうでしょう?」
 ソアがマリザにそう提案をする。
「うん。私も皆の絵手紙欲しい〜っ。よし、全員引っ越しても連絡先はちゃんと知らせることー!」
 マリザが子供達に言うと「はーい」と元気な声が溢れる。
 農家の家族も、ソアとケイも元気で可愛らしい子供達の様子に笑みを零した。

○    ○    ○    ○


 夕食が終わった後も、洗濯場は大忙しだった。
 朝から晩まで交替で何度も洗濯を行なわないと間に合わないのだ。
「あら……明けましておめでとう」
 百合園の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、身を屈めて小さな女の子に新年の挨拶をする。年があけてから彼女と直接顔をあわせたのは今が始めてた。
「あけまして、おめでとうございます」
 ぺこりと少女は頭を下げる。
「乾いた洗濯物お部屋に運ぶの、手伝って下さいますか?」
「はいっ」
 畳んだ洗濯物を、小夜子は大きな籠と、小さな籠に入れていく。
 自分は大きな籠を、子供には小さな籠を持たせて、皆の部屋を回っていくことにする。
「小夜子おねぇちゃんたちはお金もらってるの? なんではたらいてるの?」
「皆さんと一緒に過ごすことが楽しいからです。お手伝いをしていると、沢山の方とお話しできますし。好きでやっているので、お金はいらないんです」
「そうなんだ〜」
 子供が大きな欠伸をする。
「運び終わったら、眠る準備しましょうね」
 小夜子が微笑んでそう言うと「うん」と少女は眠そうな顔で淡く笑った。

「あ、あの……。ごはんたべてたらね、たべてたら……」
 子供がおどおどと洗濯場に現れた。
「えーと、何か用かな?」
 蒼空学園の樹月 刀真(きづき・とうま)が、泣き出しそうな子供を前にどう対処したらいいのか分からず、視線を彷徨わせながら訊ねた。
「うっ、こぼしちゃったの、うっ、うわーーーーん」
 腕を組んでいた子供が汚れた服を見せながら大声で泣き始めた。
「げっ泣いた、月夜……はいないよ。マリルさん、誰か助けて〜」
 小さな妖精の子供の無邪気さ、か弱さが、刀真は苦手だった。誤って壊してしまいそうで……。
「はいはい、全然問題ありませんわ。美味しく食べられましたか? お洋服もお食事を食べたかったんですわ」
 蒼空学園の荒巻 さけ(あらまき・さけ)がぱたぱたと駆け寄って、泣いている子供を抱き上げて、自分の服が汚れることも気にせずにぎゅっと抱きしめた。
「あ、ありがとうございます」
 刀真はふうと息をついて、洗い場へと戻る。
 くすりと笑みを浮かべているマリルに、ばつが悪そうな笑みを見せた後、刀真はマリルの隣で衣服の手洗いを始める。
「あの時の別荘が随分立派になりましたね」
「以前の別荘は見てはいないのですが……凄かったようですね」
「ええ、ゴキブリが繁殖していて、色々な意味で大変でした。ところで、マリルさんはシャンバラ古王国時代から眠ってらしたようですが、当時のことを少しお聞きしてもいいですか?」
「長く眠っていたせいで、記憶に曖昧なところが多いからあまり参考にならないと思いますよ」
 それでも構わないと言った後、刀真は質問を始める。
「俺のパートナーが剣の花嫁なんですけど記憶を失ってましてね、記憶を取り戻す手掛かりを探しています。当時は剣の花嫁ってどういう存在だったんですか?」
「よく覚えてないのですが、剣の花嫁はポータラカで作られた光条兵器の守護者ですよね。当時の剣の花嫁は今程度のものじゃなかったような……。いえ、今の剣の花嫁も良くわかってませんが……すみません」
「ポータラカの人と、一度話がしてみたいですね」
「わたくしもよろしいでしょうか?」
 汚れた服を脱がせて、子供を部屋に帰らせたさけが2人に近付いてくる。
「ええ」
「ここにいる妖精の子供達ですが……普通の妖精より大きいですよね? マリルさん、マリザさんも含めて、どういった存在なのでしょうか?」
「当時、話しに聞いただけだから確証はないのだけれど、私達は妖精と人間を掛け合わせて人工的に生み出された種族だって噂されていたわ。特に優れて能力をもった種族ってわけではありません。私やマリザも訓練で腕を磨いて女王の騎士となりました」
「そうですか……」
 子供達のあどけない笑顔を思い浮かべ、さけは複雑な心中だった。
「離宮についてはこの前の会議でソフィアさんからある程度の話を伺ったんですけど、マリルさん達からも何か聞ければと思いまして」
 続いて、刀真がそう訊ね、
「わたくしも、過去の歴史についてお聞きしたいです。ヴァイシャリーの柱に彫られている6人の騎士や……嘆きの騎士ファビオさんのことも」
「歴史については、皆さんのパートナーと同じくらいしか知識がないわ。女王のことや、離宮については……ごめんなさい、興味本位の質問なら、答えることはできません……。尤も、良く覚えていないからでもあるのですけれど」
「好奇心だけではなく、どれ位危険か分かりませんからね、自分と守りたい人達を守る為に手は尽くしておきたいんですよ」
 刀真がそう言うと、マリルは少し困った顔をした。
「あ……、言い辛いこともあるでしょうし、言えないこともあるのはわかっていますわ。ただ、わたくしがこれからどういう立場でどういう風に貴女達に協力できるのかと思いまして」
 さけの言葉に、少し笑みを浮かべてマリルは首を縦に振った。
「お2人には子供達の世話や家事を手伝っていただいて本当に感謝しています。ですが、現在の情勢を考えますと、正式な会議の場や、ヴァイシャリー家の方、そのパートナーである百合園の校長、そして生徒会の重役の方々以外には、不用意に離宮について語ってはいけないと思うのです。刀真さんは会議に出席されて、ソフィアとお会いしたようですが、そのソフィアという人物についてや、彼女が語ったことを、プライベートな場では以後口に出さないよう、どうか内密にお願いいたします。勿論、私達が騎士であった私達がここでこうして生活していることも……」
 それからマリルはさけを見た。
「女王は素敵な方で、6人の中ではファビオが一番忠誠心が強かったと思います。ファビオは優しい青年でした。過去に騎士6人で約束を交わしていたのですが……。果たすことなく一人討たれてしまって。この時代でもまた、1人で突っ走って、同じことを繰り返したみたいで……」
 マリルは悲しげな目をした。
 命に対して無感情な刀真はただ、静かにマリルを見ていた。
「またお会いできますわ」
 さけはマリルの肩に手を添えて、優しい声で囁いた。

 洗濯ものを運び終えて空になるはずだった籠には、また新たな汚れた衣服が入っている。
 一緒に仕事をしていた子供は、もう部屋に戻っている。
 廊下ですれ違う人達と挨拶を交わしながら歩いて……。
 旅館のような場所なのに、武器を携えて歩く者。武装して警備している人々の姿に、小夜子はふと不思議な感覚に陥った。
 パラミタではこれが普通。
 パラミタの地とはいえ、百合園で大人しくしていれば、自分も普通の生活が出来ていたのだろうけれど。
 くすり、と小夜子は自嘲的な笑みを浮かべる。
(大和撫子を目指していたのも、もはや遠い昔。器系武器使いのシスターのどこに大和撫子があるのか……)
 個人の武であればそれなりに自信がある小夜子だけれど。
 白百合団員は軍人ではない。戦闘集団ではない。
 自分は一体どうすればいいのか、誰に尽くすのか。
 女王の為か。
 百合園の為か。
 桜井静香(さくらい・しずか)校長。
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)様の為、か……。
 小夜子はまだ、剣を捧げる対象を見つけてはいなかった。
(探さなきゃ、いけませんね。私の、目標を……)
 別荘は少しずつ静まっていく。
 迷う者も悩む者も。
 憂う者も、葛藤する者も。
 静かな眠りに落ちていく。