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リアクション
「……ん……」
『サイフィードの光輝の精霊』イオテスが目を覚ましたそこは、最低限の灯りだけが点けられた医務室だった。他の人間や精霊の姿は見当たらない。
「気分はどうかしら? って、私が尋ねるのもおかしな話だけれど」
傍に控えていた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、イオテスに話しかける。
「わたくし……ああ、あなたと楽しくお話をしていたことまでは覚えているのですけれど――」
「楽しいと思ってくれたのなら、それ以上無理に思い出す必要はないわ」
祥子に遮られる形でイオテスが口を閉じ、そしてしばらくの沈黙が流れる。
「……あなたは向かわないんですの?」
「……酔ってる状態じゃ足手纏いになるからよ。それに、あなたともっとお話したいから。そうだ、酔い覚ましにジュースを持ってきたの。ミックスベリーの酸っぱさが、きっと酔いを覚ましてくれるわ」
祥子が手を伸ばして、小机に置いていた容器を掴む。その容器が小刻みに震えているのを、イオテスは見逃さなかった。それまでの緩慢とした動きから一転して、素早く伸ばした手が祥子の手を包むように掴む。
「不安なのは、あなたもわたくしも同じですわ。わたくしだけを気にかけないで、あなた自身のことも気にかけてあげてくださいな」
「……見抜かれるなんて、流石は精霊、かしら? ……そうね、どんなに大丈夫だって思っていても、不安はあるわ。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。『一期一会』と人は言うけど、それだけの覚悟、私には――」
今度は祥子の言葉を遮る形で、イオテスが頭を垂れた祥子に身を寄せて告げる。
「あなたなら大丈夫ですわ。あなたは強い、わたくしにはそう見えます。……今は待ちましょう。そして時が来たときには――」
「イオテス……」
頭を上げた祥子が、イオテスに覆い被さる格好でベッドに身を投げる。軋みをあげるベッドの上で、互いの不安を打ち消し合うように二人が静かに身を寄せる――。
外からの光が途絶えた校舎内は、規則的に提げられた集光灯の寂しげにも、また優しげにも映る光だけが唯一辺りを照らしていた。
「今回の事件は、あたしたちと精霊とが近付くのを快く思わない連中が起こしたことだよ。うまくいくかどうかは言えないけど、学校の仲間をあたしは信じてるから、待っていてほしいな」
「……そうね。私たちが心を乱していては、セイラン様やケイオース様にも影響が出るわ。私によくしてくれたあなたのお仲間ですもの、きっと大丈夫ですわよね」
茅野 菫(ちの・すみれ)の言葉に、『ナイフィードの闇黒の精霊』アナタリアが落ち着いた様子で頷く。
「この近くにいる精霊にも、他の方々が付いているようです。今はまだ、大きな騒ぎにはなっていないようです」
辺りを見て回っていたパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)の報告に、菫が頷いて答える。
「ともかく、今はただ待つのが最善であろうな。……この機会だから、というわけではないが、おぬしと色々話がしてみたい。どうだろうか」
「ええ、いいですよ。私もあなたたちと、もっと話してみたいわ」
相馬 小次郎(そうま・こじろう)の言葉に、アナタリアが微笑んで頷く。
「じゃあさ……精霊って恋愛とかするの? 子供ていうか新しい個ってどう生まれるの?」
「そうですね、恋愛というのが子孫繁栄のための無意識的衝動であるというのなら、私たちにはする必要がないわ。無限に存在する全から分かたれた一つの個が私であり、精霊と認識される個体。個体が傷つけられ力を失えば、個は眠りにつき全に還る。……もちろん、誰かのことを大切に思いはするし、過去には人間と結ばれてその間に生を授かったこともあるみたいだけど」
「まあ、それは素敵ですわね」
「なるほどな……では、個にして全である精霊の社会の仕組みはどうなっているのだ? 上下関係、または家族関係などはあるのか?」
「属性が違う精霊同士では、どうしても衝突が起きてしまいますけど、基本は精霊皆同じ位置にいるはずです。女王の加護を受けたリングを身につけた精霊に対しては、その限りではありません。家族、という概念はありませんけど、個人的に慕う者同士でそう呼び合うことはあるかもしれません。上下関係や家族関係がどういうものかは、知識として得ていますので」
ここで言うリングとは、判明している分で『シルフィーリング』『アイシクルリング』のことであり、その所有者はセリシア、レライア、そして今回の精霊祭の最後を締めくくる予定だったサラ、セイラン、ケイオースである。
「女王……そう、一番聞きたかったのは、王国がどんな国で、そしてどうして滅亡してしまったのかだよ」
菫の問いに、アナタリアが知識を掘り返すように遠い目をしながら呟く。
「女王が治めていた時代は、私たち精霊も他の種族も等しく女王の臣民として振る舞っていました。精霊、という区分はその当時にはなかったのです。それが国が滅び、私たちは精霊として扱われ、私たちもそれを自然に受け入れていました。……国を滅ぼした者はおそらく、等しく臣民として扱われることが気に入らなかったのでしょう」
それは、「おい、お前」「お前じゃねえ!」と反論する者の思考に通ずるものがあろうか。人間も人間という一つの大きな存在でありながら、一人一人名前を持ち、自分一人だけのものだと思っている思考を持ち、時に個と個でぶつかり合い、個が集まった集団同士でぶつかり合う。シャンバラ王国の崩壊は、アイデンティティの形成で生じたある種必然の結果なのかもしれない。
「ですが、私たち精霊も、昔の精霊とは違っています。私にも個としてどうあるべきか、どうしたいかを持ってしまっています。ですから、昔のような王国をそのまま再現することは、私は不可能だと思います。……ですが、あなたたちならきっと、何か別の新しい形で、この大陸にかつての反映を取り戻してくれると私は期待したいです」
アナタリアの言葉に、一行は考えさせられるのであった。
「こんなことになって、何て言っていいか分からないけど……でも、一緒にいてくれてありがとう、ヨルムさん」
「君が気に病む必要はない。それに、既に必要な手は打たれているのだろう?」
聞き返した『ナイフィードの闇黒の精霊』ヨルムに、頷いて和原 樹(なぎはら・いつき)が推移を説明する。
「なら、後は結果を待つばかりだ。それまでは、この精霊祭という催しの時間を過ごせばいい」
「……分かった。じゃあ、案内を続けるな。暗いのは問題ないもんな」
「闇はかけがえ無き友、ゆえな。むしろ君の方が不慣れではないか?」
「ああ、俺は大丈夫。通い慣れてる場所だし、このくらい――」
樹が言いかけた瞬間、通りの向こうから駆け寄る足音が響いてくる。
「……誰だ!」
いち早く樹の前に立ち、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が小さくも鋭い声をあげる。
「……フォル兄、違う。危険はない」
ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)の声が響くと同時、声をかけられた影がその場に留まり、力が抜けたように崩れ落ちる。
「っと、大丈夫か?」
「あ……ご、ごめんなさい。気づいたら誰もいなくて、サラ様が襲われたって知って、どうしたらいいか分からなくなって――」
倒れないように彼女を支えた樹が、『ヴォルテールの炎熱の精霊』アムリアが落ち着いてくれるように、話をする。
「事件が起きて不安になるのは仕方ないけど……もう少しだけ、付き合ってくれないか。俺たちがこの事態をどう考えて、どう動くのかってことも、これからのお互いのために見て欲しいんだ」
言葉を受けたアムリアが、樹の目をじっと見つめ、そして一つ息をつく。
「……そうね。サラ様もご無事なのが分かったことだし、私もキャンプファイヤー、見ていきたいわ。……あなたたちに、任せていいのよね?」
「ああ。俺たちが今できる精一杯をやる。ダメだったら仕方ないけど」
樹の言葉にフォルクスとショコラッテが頷き、アムリアが安心したように表情を緩ませる。
「じゃあ、私もあなたたちに付いていっていいかしら。えっと……」
「……ヨルムだ。俺は別に構わない」
言って、近くの教室へ向かうヨルムの後を、アムリアが追う。
「フォルクス、周りのことは頼むな」
「ああ、任された。樹はあの二人を頼むぞ」
互いに頷き合い、そしてそれぞれのやるべき事のために樹とフォルクスが向かうのを、ショコラッテは静かに見つめていた。
「ダレが、こんなコトを、どうしてしたの? ボクたちとせいれいさんたちが仲よくしてほしくない人がいるのかな? ここにいるみんなはせいれいさんと仲良くしたいのに……ねえ、どうしたらいいのかな?」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の戸惑いを含んだ言葉に、『ヴォルテールの炎熱の精霊』アカシアが宥めるように答える。
「確かに、あたしたち精霊のことを良く思わない人間もいるでしょう。……でも、それが人間の意思だとは、もう思わないわ。少なくともあなた、そしてここに居る人間は、あたしたちのことを良く思ってくれていることが分かったもの」
「そうだな。……風が教えてくれているよ、お前たちのおかげで少しずつ、精霊に広がっていた動揺や混乱が収まっていくのをな」
「ホント!? はぁ〜、よかったよ〜」
『ウインドリィの雷電の精霊』ケストナーの言葉を聞いて安心したのか、ヴァーナーがぎゅ、とアカシアに抱きつく。それを優しく抱きしめ返してやりながら、アカシアがケストナーに尋ねる。
「……どうだと思う?」
「さあな。俺たちにだって分からないことはある。今は見守ろうぜ。……で、どうしようもないって時になったら、ま、俺がいっちょ気合入れてどうにかしてやっからさ」
「何言ってんの、いっつも臆病風に吹かれっ放しのお前に何が出来るってのさ」
「な、何だと!?」
「こらこら、止めたまえ。今は僕たちで争っている場合ではないだろう」
『ヴォルテールの炎熱の精霊』ガイとケストナーが睨み合い、間に『クリスタリアの水の精霊』ネリアが入るが、再び一触即発の危機が迫ろうとしていた時、すっ、と甘い匂いの漂うはちみつティーが差し出される。
「おいしくてリラックスするの。みんな、なかよくするの」
同じ状況にありながら、昼間は言う機会を逃したクレシダ・ビトツェフ(くれしだ・びとつぇふ)の二度目に際し放たれた言葉に、ガイとケストナーは動きを止め、そして萎縮するように互いに謝罪の言葉を述べる。
「……済まなかった。もっと冷静にならないとな」
「はは……それは俺のセリフだな。ありがとよ、おかげで面倒事にならなくて済んだぜ」
ガイに頭をくしゃくしゃとされて、クレシダの髪がふやけたもやしのように膨れ上がる。
「クレシダちゃん、よくできましたね〜」
「……うん。お姉ちゃん、困ってた。だから、頑張った」
駆け寄ったクレシダに髪を直してもらいながら、クレシダが無表情ながら嬉しそうな雰囲気を漂わせる。それが精霊たちにも伝わり、この場に一時の安寧がもたらされた。
風の吹き抜ける音だけが響く空間に、ウードの演奏が響き渡る。ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)の演奏が終わると、行動を共にしていた精霊たち、『サイフィードの光輝の精霊』シャンダリア、『クリスタリアの氷の精霊』ミサカ、『ナイフィードの闇黒の精霊』マラッタが賞賛の言葉をかける。
「あ、ありがとうございます。こんなことしかできなくて、ごめんなさい」
「いいえ、あなたがわたくしのために弾いてくださる、それだけで十分ですわ」
「ケイラさんの優しさが伝わってくる演奏でしたよ」
「騒がしい演奏は好みじゃない。お前の演奏は、俺の好みだ」
さらに言葉をかけられて、ケイラが恥ずかしげに縮こまる。隣で演奏を聞いていた御薗井 響子(みそのい・きょうこ)も、そしてケイラ自身も、音を外していたのが分かっていたからこそ、かけられる言葉が嬉しく、そして恥ずかしくもあった。
「…………ケイラ、聞きたい事が有れば聞けばいいと思う」
響子に急かされる形で、ケイラが恐る恐る話を切り出す。
「えっと、マラッタさん」
「うん? 何かな?」
「前回はお話してくれてありがとう。それで、ケイオースさんとは同じ属性だけど、二人は面識があったりしますか? 知っていればどういう精霊さんなのか、教えてほしいな」
「ああ、そういうことか。……いや、俺はよく知らないな。そもそも普段住んでる場所が違うんだ。多分、彼女の方が詳しいと思う」
言って、マラッタが顎でシャンダリアを指す。相反する属性故の態度だが、シャンダリアも特に気にすることなく話を引き継ぐ。
「ケイオースは不思議な精霊ですわ。いつもセイラン様と行動を共にしていて、闇黒の精霊であるにもかかわらずサイフィードにセイラン様と一緒に住んでいらっしゃいますの。今はわたくしたちも、他の精霊も慣れてしまいましたけど、最初はとても気味悪がられたそうですわ」
「そうなんだ……あの、こんなこと聞いていいのか分からないけど、何か狙われるような理由、思い当たるかな?」
「そうですわね……どの者が狙っていたのかは存じませんが、ただ、セイラン様もケイオースも、女王の加護を受けたリングを持つ精霊。そして、光輝と闇黒の精霊は精霊の中でも強力な力を持つとされる精霊。わたくしたちにとっても大切な存在であることに違いはありませんわ」
シャンダリアの言葉に、それまで黙っていたミサカも口を開く。
「全ての精霊がそうというわけではないんですけど、炎熱、雷電、そしてわたしたち氷結の精霊は、光輝と闇黒の精霊に従う傾向があるんです」
「そんなの気にしなくてもいいのに。大体昔はそんなものなかったのにさ。ま、これも時の流れってヤツなのかね」
三者の意見を聞きながら、ケイラが思案する。
(黄昏の瞳の目的は、何だろう……夜が明けるまでに全てが上手くいけば、こんなに悩む必要はないんだろうけど――)
悩むケイラの髪を、吹き抜ける風が撫でる。その風は、どこに進むか分からない曖昧さを孕んでいた――。
「精霊が攫われた……か。予想はしていても決して起きて欲しくない事が起こったな」
集光灯の灯りだけが周囲を照らすイルミンスールを、虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が警戒しながら歩を進めていく。
「あの、涼さん……私たち、大丈夫でしょうか」
その隣を歩いていた『ウインドリィの風の精霊』リディアが、不安を露にした表情を浮かべて尋ねる。行動を共にしていた矢先に事件の知らせが届き、属性が違うとはいえ精霊が傷つけられ、攫われたことに動揺しているようであった。
(……とにかく、今はリディアを落ち着かせてあげないと)
リディアに涼が、努めて笑顔を作って答える。
「大丈夫だ。救出に向かった者たちは皆、強い。きっと攫われた精霊を助けて帰ってくる。後は俺たちが、彼らが安心して帰ってこられるように、残った精霊を守ればいいだけだ」
「……やっぱり、ここも狙われちゃうんでしょうか? そうなったら、私――」
なおも不安な様子のリディアに、涼が何て言葉をかければいいか考える。もしかしたらまた攫いに来る可能性は否定できない、だが表立ってそれを言えば余計に不安がらせる――。
「……俺は表で活躍するより、裏で誰かを支えられる人間でいたい。その支えられる誰かは、今は……リディアなら、いいと思う」
普段の姿勢が会話にも現れているようなそんな涼の言葉も、リディアにはその真意、落ち着かせてあげたいという想いが伝わっていた。
「あ……は、はい。ごめんなさい、悩ませてしまって……私、涼さんを信じます」
真っ直ぐに向けられた言葉と視線に、涼は見回りを再開するふりをして逃れるほかなかった。
「いいお風呂でしたね♪ 私、次も行きたくなっちゃいました」
「その思い、今なら少し分かるな。あれだけの大人数なら、楽しい時間を過ごせるだろう」
シィリアンのお風呂から戻ってきたミーミルとサラが、頬を赤らめながら洗い立ての髪を吹き抜ける風になびかせていた。
「あっ、ミーミルちゃんとサラサラちゃんだー!」
「おっ、ちょうどいいところに! よ〜しちー、呼んでくるんや!」
社に頷いて、千尋がミーミルとサラのところへ駆けていく。
「ねぇねぇ、今からお姉ちゃんが『ふぁっしょんしょー』っていうのやるんだって! ミーミルちゃんとサラサラちゃんもきてきてー!」
「さ、サラサラとは、私のことか?」
「そうみたいですね♪ ちょっと行ってみませんか?」
「う、うむ……」
千尋に連れられる形でミーミルとサラが訪れた先では、プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)とフィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)が持ってきた色とりどりの服が提げられていた。
「キャー! サラ様だわー!」
「ホントだー! あれサラ様、水浴びしてきました!? 何だか髪がサラサラです〜」
直ぐに、ケセラとパセラがサラのところへやって来て、普段と違い髪を下ろしたスタイルのサラに黄色い声を上げていた。この辺は精霊も人間も同じようなものである。
「今準備してますから、もう少しお待ちくださいね」
出迎えた神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)に、サラが不思議な顔をして尋ねる。
「しかし、何故に今この時、このような催しをするのだ?」
「このような時じゃからこそ、あそぶのじゃよ。なに、心配いるまい。皆、事態を好転させるために力を尽くしておるのじゃから」
「難しいことはエレンとフィーリアに任せるのである! プロクルとアトナと精霊さん達はいっしょに仲良く遊ぶのである!」
「……だ、そうですよ。私もここに来てまだ日が浅いですけど、そういう方が多いんだなって思います」
そうこうしている間に、ファッションショーの準備が整う。プロジェクターが照らす灯りに照らされて、まずはケセラとパセラの精霊コンビが可愛げな衣装を披露する。
「あら、似合ってるわね。そういえば精霊さんの衣装センスって気になるわね」
「え〜と、ほんっと大昔は、服っていう考えが無かったんですけど、今は人間と同じですよー。自然素材がお気に入りって精霊が多いみたいですけど!」
「そーそー、あれ着るとこう、違和感あるんですよー。でも可愛いデザインの服多いから、そういう時は肌着に自然素材の選んで、とか工夫してたりするんですよー」
「そうだったの。じゃあ今度、各地の服屋巡りなんていいかしらね」
「さんせーい!!」
エレンの提案にケセラパセラが賛同する。ちなみに、イルミンスール内部にも一通りの雑貨店は設けられているし、品揃えもどこから行われているのか不明ながら充実しているが、今日は精霊祭ということで休業していた。
「じゃーん!」
次に現れた千尋が、これまた可愛げな衣装を披露する。
「おぉ〜♪ よぉ似合ってるでぇ〜! ちーはやっぱ可愛いな♪」
「えへへ〜♪」
社に褒められて、千尋が満足気な笑みを浮かべる。
「今度はミーミルちゃんとサラサラちゃんの番だよ〜! どんなの着てくるのかなぁ? わくわく☆」
「えっと、よろしくお願いしますね」
「こ、こういうのは慣れんな……」
着替えるスペースに入ったミーミルとサラが、プロクルとフィーリア、そしてケセラパセラの精霊たちに囲まれ、アレコレと着せ替えられていた。
「サラ様、これなんかどうですか?」
「こ、これは……こう、布地が多過ぎやしないか?」
「これはそういうデザインなんですよっ! じゃあこれはどうですか?」
「う、うむ……」
普段は威厳を保ったサラも、こんな時はかたなし、である。
「よし、これでオッケーだ!」
プロクルがプロジェクターを操作し、服を身に付けたミーミルとサラを照らす。結局はフリルのついた可愛げな衣装なのだが、二人並んでみると随分と印象が違って見えた。特にサラの方は、普段が凛々しい雰囲気であるが故に尚の事である。
「……こ、これがいわゆるギャップ萌えって言うのかな?」
「ご、ごめんパセラ、興奮してきたかも」
ケセラパセラの熱い視線を受けて、サラがどこか恥ずかしげに俯く。
「これがいいのかどうかは分からないが……まあ、悪くはないな」
「私もこんな服着てみたいかもです」
ミーミルとサラが引っ込んだところで、次はアトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)の番ということになっていたのだが――。
「よ、よせよ〜! そんなヒラヒラしたの、似合わね〜って! き、着ないぞ! 着ないからな!」
「そう言いながらしっかり着てるじゃない」
「うるさいな、あっち行けよー!」
着替えるスペースからエレンが追い出され、そしてしばらくして、可愛らしい服に身を包んだアトラがスポットライトを浴びて現れる。
「おお〜、馬子にも衣装であるな!」
「ど、どういう意味だよ! うぅ〜……」
「そんなことないですよ。とってもお似合いです。アトラさんはこういった可愛らしい服がお似合いですね」
「あ、その、あと、えと……あ、ありがと」
ミーミルの素直な感想に、すっかり赤くなったアトラが小声で礼を言う。
「よーし、まだまだ行くぞー! 他の精霊も巻き込んで盛大に行くぞー!」
プロクルに続く形で一行が準備に取り掛かる中、輪を抜けたエレンとサラが少しだけ真剣な面持ちで言葉を交わす。
「……シャンバラ古王国は、一体どんな様子でしたの?」
「……皆が幸せだったのは確かだ。だが、昔と今とでは考えが全く違う。昔を追い求めることは、既に叶わないと私は時に思うのだ。精霊は知識を共有し合えるが、それは過去の再現に過ぎない。全く新しいものを生み出せる力を持っているのは、人間ではないかと思うのだ。昔の王国と全く同じものを作ることは、今でもできるかもしれない。だが、それで本当に正しいのかは、私には分からない」
色とりどりの服を着てポーズを決める精霊と人間を眺めながら、サラとエレンは思いを馳せる。
「えっとね、なんとなく、こっちにいる気がする!」
箒にまたがる二人の生徒、後ろに関谷 未憂(せきや・みゆう)を乗せて、リン・リーファ(りん・りーふぁ)が箒を操る。まるで身に付けた七色に光る羽が、その持ち主のところへ案内してくれているようであった。
ほどなく、流れる水が溜まって出来た小さな池の畔で、背中の羽で自らの身体を覆って座り込む精霊を見つける。未憂を降ろして、リンが真っ先にその精霊のところへ向かう。どこか不安気な様子の彼女の傍にリンが立つと、人影に気付いた精霊が羽を開いてそちらを見上げる。
「不安、なんだよね。大丈夫、その気持ちも、あたしたちと一緒に分け合おう!」
言ってリンが、精霊に身を寄せる。最初少しだけ驚いた様子の精霊も、直ぐに落ち着きを取り戻して羽でリンを撫でる。
「見つかってよかったわ。えと、さっきはありがとう。ちゃんと名乗ってなかったから……関谷未憂よ。改めて、よろしくお願いします」
「……プリム……サイフィード……よろしく……」
『サイフィードの光輝の精霊』プリムが、言葉少なに、でも決して嫌そうな雰囲気でなく答える。
「一緒に、いてもいいかしら?」
頷いたプリムの横に、未憂が腰を下ろす。一つの大きな不安を、三つに分けて持ち合うように、言葉のないけれどとても暖かな時間が流れていく。
「……流石に、冷えてきたわね。学校の家庭科室を借りて、料理でもしましょうか。みんなが帰ってきた時に、笑顔で迎えられるように。そうね、シチューなんてどうかしら」
「シチュー、いいね。作ろう作ろう」
「……うん」
リンとプリムも頷き、一行は一路学校を目指して箒に乗る。
「ミーミルさんやサラさんにも食べてもらえたらいいな」
「あ、そうだ、くまさんの人は大丈夫かな〜」
「…………」
リンの背後で、背中に伝わるプリムの体温を感じながら、この子が少しでも不安を感じさせないようにしたいと、未憂は思うのであった。
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