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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第2回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第2回/全3回)

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●黙ってたって、魔法でぜ〜んぶ暴いちゃうんだからね!

『斥候に出た者が『黄昏の瞳』のアジトと思しき場所を寄越してきおった。その場所はここじゃ』
 出発する前にアーデルハイトが「こんなこともあろうかと」と渡してきた携帯用の水晶に、アーデルハイトが古びた地図の一点を示している姿が映し出される。
『じゃが、その後斥候からの連絡が途絶えたそうじゃ。連絡の者が喚いておるぞ。……他にもどうやら、幾名かの行方が知れぬようじゃ。……確認しておくが、夜明けを過ぎても戻ってこぬなら、私とエリザベートが向かうぞ。出来ることなら、おぬしたちの力で解決して欲しくもあるがの』
「任せて! みんなで始めたお祭は、みんな一緒に終わらせるんだから!」
 箒の後ろで水晶を掲げるモップス、前に乗って箒を操るリンネが強い調子で言い放つ。
『その言葉、期待しておるぞ。ではな、もし何かあればまた連絡する』
 水晶の光が消え、同時にアーデルハイトの姿も消える。水晶をモップスが自分のでろ〜んとしたお腹にしまう。ちょっとどころではなく垢塗れになってしまったが気にする素振りもなく、モップスがリンネに声を飛ばす。
「……あんなこと言ってよかったんだな? ボクたちだけでどうにか出来るとは思えないんだな」
「思えなくても思うの! 思えたらどうにかなるものだよ? それに、みんなが居るから大丈夫!! ね、みんな!」
「あったりまえよ! あたいに任せておけば『たしがんのひもの』――」
「『黄昏の瞳』よカヤノ。その言い間違いはちょっと危ないわ」
「私とお姉様も、出来る限りお手伝いいたします」
『そういうことじゃから、ま、安心せいモップス。お主の料理が食べられなくなるのは惜しい』
 リンネの言葉にカヤノとレライア、セリシアとサティナ、そしてリンネと行動を共にする生徒たちが頷く。
「……ボクはキミたちの料理番じゃないんだな」
 溜息をついたモップスが、しかしそれ以上は愚痴をこぼすことなく周囲の風景に視線を落とす。
「この辺りだね! みんな、一旦降りて!」
 リンネの合図で、一行はそれぞれの乗り物から降り、緊張の面持ちで周囲を警戒する。
「アーデルハイト様の話だと、積み上げられた石のオブジェが怪しいってことだけど――」
「リンネさん、あちらではないでしょうか?」
 呼び止めたセリシアが指した先には、確かに石を積み上げて作られた、門のように見えなくもないオブジェがそびえ立っていた。
 警戒しながら近付くリンネ一行、門を目の前にしたところで、突如不快な風が吹き荒れ、一行を立ち止まらせる。
「クックック……よくぞいらした、『黄昏の瞳』へ」
 風が吹き抜けた後、一行の前には散々邪魔をしてくれた黒いローブの男が立っていた。
「ここまで遠路はるばるやって来たことは賞賛に値しよう。我は貴様らに敬意を称し、特別に我が名を教えてやろう」
「そんなの聞きたくないよ! そんなことより攫った精霊を返して!」
「いい加減にしないと冷凍するわよ! あんたなんて粉々になって蛙のエサになればいいわよ!」
 男の言葉を遮って、リンネとカヤノが声を飛ばす。なおも口を開きかけた二人を、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が箒で頭を小突いて制する。
「待てっつーの! なんも情報がない状態で相手ぶったおしてどーすんだよ! ここは俺たちに任せときな、色々聞き出してやんよ」
 彼に続いてエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)エル・ウィンド(える・うぃんど)が頷き、男と対峙する。
「キミが精霊達を攫ったローブ男か。ボクはイルミンのエル・ウィンド。愛と正義と女性の味方さ、イェイ!」
「少しは理解のある者のようだな。我が名はアストリッド、『黄昏の瞳』の魔術師(Magus)である」
「テロ集団が一端の結社気取りか。……単刀直入に聞こう。卿らの目的と要求は何だ」
 涼やかな表情のエリオットに続いて、軽い調子だったエルも静かな怒気をその内に秘め、真面目な表情を作る。
「我らは崇拝する魔王復活のため、生贄の少女を探している。……貴様らがかつて一戦を交えた『聖少女』も、そして今我々の元にお迎えしている精霊も、その条件を満たす者ではなかった。我らは魔法復活以外に望むものはない。我らの行動を許容するのなら、今ここで直ぐに精霊を解放しようではないか」
「……おやおや、自分からそんなに話してしまっていいのかい? 今ここにいるみんなが証人だよ」
「我を動揺させようとしても無駄だ。勿体つけて話をしてもまともに受け止められるとは思えぬ。話し合いはストレートに済ませるのが我なのでな」
「ふぅん……ま、とりあえずセイランとケイオースは無事なわけだ。酷い目に合わせているようなら危うく襲いかかるところだったよ、王国建立のことを世迷い言扱いしたその間抜けな頭をね」
「精霊を人質に要求を迫る、か。卑怯で、臆病で、恥知らずな、鏖殺寺院にも劣るクズ野郎の取りそうな手段だ」
「何とでも言うがよい。人は求める物の前には、自らの命すらも惜しくないものなのだよ」
 アストリッドとエリオット、エルの交渉が続く中、二人を見守るウィルネストの袖をルナール・フラーム(るなーる・ふらーむ)がくいくい、と引っ張る。
「ウィル殿、どうなるでありますか?」
「うーん、交渉決裂だな! 二人を見てりゃ分かる、ありゃ殺る気まんまんだぜ。まぁ、予想の範囲内だけどな。こっちとしては相手の目的とやらが聞けただけでも儲けモンさ」
「そ、そうなの!? ……ああ、うん、そうかも。エリオットくん、怖いもん。いつもあたしを怒る時のエリオットくんじゃない、もっとこう、足から震えるような怖さを持ってるよ、今のエリオットくんは」
 メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が、心配するような視線をエリオットに向ける。
「……つうわけだから、お前たち、準備しときな! ギッタギタにノして、『黄昏の瞳』なんてインチキ集団、ぶっ壊してやろーぜ!」
「う、うーん……結局こうなるんだったら、リンネちゃん最初からぶっ放しててもよかったんじゃ?」
「そーよねー、先手必勝で一撃必殺よねー」
「まあまあ、物事には順序ってモンがあるんだ……それに、先手必勝なら俺たちだって考えてるんだぜ」
 言ってウィルネストが、指でほら、と指す。話し合いは泥沼に陥っていた。
「どうした? このまま何も決めぬというつもりか? 貴様らは精霊を救出に来たのだろう? 何を迷っている、我の要求を飲めば全て解決するではないか?」
 アストリッドが畳み掛けるように言葉を紡ぐ。エルとエリオットが視線で意思を確認し、エルが前方、隠れ身で姿を隠した志方 綾乃(しかた・あやの)に視線を向ける。頷いた綾乃が踊り出、指輪の光をアストリッドの顔面にぶつけるように放つ。一瞬ひるんだ隙に必殺の一撃を叩き込む綾乃、アストリッドは咄嗟に防壁を展開するが、衝撃までは吸収しきれずに石のオブジェから十数メートル引き離される。
「端っから私達と“話し合う”つもりなんてないでしょう? もし私達があなたの要求を飲めば、あなたは魔王復活のためと言って精霊を殺すでしょう。……何と卑怯な」
「嘘はついておらぬであろう? 聞く耳持たぬ愚か者が――」
「その言葉、そのままあなたに返しますよ。鏖殺寺院に然り、あなた方黄昏の瞳に然り、みんな勘違いしてるんですよね。目的は手段を正当化しません。本当に正しい目的であるのなら、正しい手段が伴うはずでしょう?」
 構えを取る綾乃に、エリオットとエル、ウィルネストが戦いの準備を完了してその横に並ぶ。
「セイランとケイオースを解放して貰おうか。必ず連れて帰って来るって、シャンダリアと約束したんでね」
「卿らの目的、果たせるものならやってみろ。但し、私達が黙っていると思うな」
「やーっぱこうじゃないとなァ? 行くぜリンネ、遅れるなよカヤノ!」
「うん! リンネちゃん、大・爆・発! だよっ☆」
「あんたにいちいち言われなくたって、こんなバカにも失礼なバカ、氷漬けにしてやるわよ!」
「えっと、わたし、頑張ります。皆さんも、頑張ってください」
「お姉様、リングの方、お願いしますわね」
『ああ、今日は我も腹の虫の居所が悪い。存分にやるがよい、セリシア』
 リンネに続いて、カヤノとレライア、セリシアとサティナも戦闘準備を完了する。

「イルミンスールとエリザベート校長に逆らった罪は重いですよ。死んでもらいましょうか――チンピラどもが」

 綾乃が吐き捨て、そして戦闘が開始される。先陣を切って、ウィルネストの放った火術がアストリッドの眼前で炸裂し、巻き上がった土埃が視界を奪う。そこに、エルが光術を矢のように収束させて撃ち込む。鈍い音が数回響き、仕留めたかと思われた矢先、晴れ上がった視界の先には、矢を受けて倒れ伏すキメラの姿があった。
「……少々予定を変更させられたが、まあよい。ここで貴様らを屠り、魔王復活の礎にしてくれるわ!」
 一瞬石のオブジェを見遣ったアストリッド、その周囲に闇が這い寄る。次の瞬間闇が晴れ、そしてそこには五体のキメラが現れ、唸り声を上げて冒険者に襲いかかる。
「またキメラなの!? リンネちゃんあれよく分かんないから苦手だよ〜」
「リンネさん、キメラの行動パターンには一定の法則があるそうです。ですから落ち着いてキメラの動向を読めば、最適な対処が出来るはずです」
 キメラの出現に嫌そうな表情を作るリンネのところへ、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が事前に目を通したキメラに関する資料を参考に、リンネに助言を与える。次の瞬間、リンネに狙いを定めた一体のキメラが、口を上に向け息を吸う動作を見せる。
「ズィーベン!」
「炎には氷、ってね。……それ!」
 ナナの指示を受けて、ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)がキメラの眼前に氷で出来た壁を張る。そこに撃ち出された炎弾がぶつかり、蒸発して出来た霧と共に、氷の壁と炎弾の両方が掻き消える。
「キメラが息を吸ったら炎、だね! 分かったよ、ありがとう!」
 見事な連携で敵の初撃を防いだナナに、リンネが納得した表情で頷く。獣の中では高い知識を持つキメラは必ずしも決まりきった行動を取らないこともあるが、操られることによって命令を忠実に実行する機械となった時点では、リンネの目測もそれなりの信憑性を持つ結果となる。
「お役に立てて何よりです。……! リンネさん、失礼致します!」
「えっ――うわわっ!!」
 素早く周囲に視線を巡らせたナナが、リンネの背後から狙いを定めている別のキメラに向けて、練り上げた闘気をぶつける。リンネの肩口を掠めて飛び荒んだ闘気はキメラの顔を打ち、衝撃で顔を歪ませながらキメラが退き、頭を振って体勢を整える。
「敵は正面からだけでなく、あらゆる方向から機会を伺い、隙を見せれば即座に襲いかかってきます。そこを見誤れば、どんなに強力な魔法も意味を成しません。……戦いの最中に無礼な暴言、失礼致しました」
「ううん、その通りだよね、ナナちゃん! ありがとう、リンネちゃん張り切っちゃうよ!」
 申し訳なさそうな表情のナナに笑顔を浮かべて、リンネが頷く。迎撃のため前に出たナナと別れリンネが見た先では、立川 るる(たちかわ・るる)が冒険者を爪で襲ったキメラに、その武器を封じるべく氷術を見舞おうとしていた。
「星よ、白鳥の星デネブよ。その氷の輝きをるるにわけて……!」
 ワンドが光り輝いたかと思うと、るるの足元から枝葉のように広がる冷気が地面を凍結させながら進み、キメラの四肢を巻き込んで凍結させる。
「だ、大丈夫!? 今治療するからね!」
 翼をパタパタと羽ばたかせて、ラピス・ラズリ(らぴす・らずり)が負傷者のところに駆け寄り癒しの力を施す。その光景の中でリンネは、動きの止まったラピスを狙いに定めて、四肢を氷漬けにされたキメラが大きく息を吸うのに気付く。
「るるちゃん、氷であのキメラの口を塞いじゃって!」
「えっ、あ、うん!」
 リンネに声を飛ばされ、びっくりしつつも事態に気付いたるるが、ワンドの先から氷柱を飛ばす。口を大きく開けたところに氷が突っ込み、自ら生み出した炎を自ら受ける形になったキメラが、悲鳴を上げて地面を転がる。
「ありがとう、リンネちゃん!」
「えへへ、さっき教えてもらったことが役に立ったよー。よーし、今がチャンス! るるちゃん、一緒におっきいの、行こっ!」
「うん! 星よ、オリオンの星ベテルギウスよ、その灼熱の胎動をるるに分けて……!
 リンネに頷いて、応えるようにるるが詠唱を開始すれば、ワンドの先に赤色超巨星を彷彿とさせる炎塊が練り上げられていく。
「天界の聖なる炎よ、魔界の邪悪なる炎よ、かの者が生み出す炎と手を取り合い、立ちはだかる敵を塵と化せ……」
 そして、リンネが両の掌に出現させた蒼い炎と黒い炎がそこに加わり、星がその生命を終える時に起こす爆発を間近に控えた恒星のように、炎塊がぐらぐらと煮えたぎり、解放されるその時を待つ――。

「スーパーノヴァ・イクスプロージョン!」

 二人同時に放つ声で解放された炎塊が、キメラの中心で一旦収束し、直後全てを融かしつくす超高温の熱量を発生させる。その熱量に包まれてキメラが役目を終え、余波は離れた場所でキメラを相手していたカヤノとティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)にも飛び火する。
「あつーーーい!! でも、やるじゃないリンネ! こうなったらあたいもとっておきの技、見せてあげるわ!」
「ちょっとカヤノ! 勝手に決めて勝手に突っ走らない!」
「何よー、文句あるの? そもそもどーしてあたいがあんたに指図されなきゃなんないのさ!」
「ああもう、素直じゃないのは相変わらずだね!」
 言い争いを始めるカヤノとティアを、また始まったかとばかりに風森 巽(かぜもり・たつみ)が溜息をつく。
「二人とも、今は言い争いをしている場合じゃないだろう!」
 巽の強い調子の言葉に、カヤノとティアがぴたり、と口をつぐむ。瞬間、咆哮をあげたキメラが二人を標的に定めたか、低い姿勢を維持したまま駆け出す。
「! 前に出て注意を引きます! 二人は隙を見て攻撃を!」
 巽が振り返り、キメラへ向けて駆け出す。
「しょーがないわねー。……あはは、それにしたって、あの格好なら別の意味で注意を引けそうよねー」
「ホントだねー。ボクたちの方がうっかり見ちゃうよねー」
 カヤノとティアが生暖かい目を向けている巽は、この前の女装スタイルから結局服を着替えられずにここまでやってきていたのだ。
(……精霊を助け出したら、服を着替えるんだ!)
 心で涙を流しながら、巽がキメラの注意を引く行動を見せる。キメラは標的を巽に変え、そのフリフリとした服ごと切り裂くべく爪を煌かせる。
「じゃ行くわよティア、外したらあんたを氷漬けにするからね!」
「カヤノこそ、失敗したらボクのパートナーになってもらうよ!」
 口では言い争いを続けながらも、詠唱から動作まで一瞬のズレなく呼吸を合わせ、カヤノとティアが掌をかざしてキメラを標的に定める。

「アイシクルラッシャー!」

 同時に解放を告げる声を飛ばした二人の掌から、機関銃のように小さな氷柱が無数に飛び、突き刺さった箇所から凍結させながらその列がキメラに迫る。ギリギリ飛び退いた巽を追いかけていたキメラは、その氷柱の段列を受け身体を震わせた後、生ける氷の彫像となって地面に転がる。

 キメラの煌く牙を受けて、冒険者が吹き飛ばされる。追撃に移ろうと飛び込んだキメラの足元を、鋭く吹く風が掬う。
「それ以上の勝手は見過ごせませんわ。申し訳ありませんが、大人しくしてもらえますか」
 セリシアのかざした手に装着されたリングの光が強くなり、足元から天を貫くように竜巻が発生し、巻き込まれたキメラが表面の筋肉や筋を切り刻まれてその場に倒れ伏す。最大威力ならば粉塵にすら可能な技であるが、キメラにそこまでは出来ない。もっとも、アストリッドに対してはそれも辞さない覚悟を秘めてはいたが。
「大丈夫ですか? 今、治療を……」
 負傷した冒険者に駆け寄り、ルーナ・フィリクス(るーな・ふぃりくす)が癒しの力を発動させる。ルーナが回復に徹している間、セリア・リンクス(せりあ・りんくす)が二人の防衛として、呼び出した雷をキメラに向けて放つ。
「ルーナさん、セリアさん、ご無事ですか?」
 キメラとの戦闘に決着を付けたセリシアが、治癒を終えたルーナと魔法を行使し終えたセリアのところへ駆け寄る。サティナの姿は、リングの制御に集中しているためこの場には現れていない。
「はい、大丈夫です。皆さんが生きて帰れるように、私も全力で戦います」
 疲労の色を浮かべながら、それでも微笑んでルーナが続ける。
「……それに、セリシアさんとサティナさんには今度こそ、美味しいタルトを食べていただきたいですし、ね」
 その言葉に、心配していたセリシアの表情が、微笑みに変わる。
「……そうでしたね。今、お姉様もぜひ食べてみたい、と言ってましたよ」
「そうそう、セリシアちゃん、お料理一緒に習おうって約束したよね? あの約束守るためにも、絶対皆で無事に帰ろう!」
「それもありましたね。では、セイランさんもケイオースさんも連れて、皆さんで一緒に美味しいものを作りましょう。ミリアさんもきっと喜んでお相手してくれますわ」
 確かにミリアなら、「あらあら」と微笑みながら喜んで相手をしてくれるだろう。そんな楽しげな光景を一瞬だけ想像して、それを現実のものにするために、互いに頷き合ったセリシアとルーナが、それぞれの目的を果たすために行動に移る。

「さぁさ皆さん御立会い。楽しい忍者ショーの始まりだよ」
 冒険者の働きによって数を減らしたキメラがなおも抵抗を続ける中、出雲 竜牙(いずも・りょうが)が奮戦するリンネの背後をまるで忍者のように秘かに守るように、キメラに立ち向かう。自らは姿を消し、先程までいた場所から狼や猛毒を含んだ虫が出現し、キメラを襲う。鋭い牙の噛みつきと毒による攻撃を受けて、キメラが瞬く間に抵抗力を削り取られていく。
「ま、殺しはしないよ。手加減するつもりもないけど」
 姿を現した竜牙が、闇に紛れるようにキメラの眼前に飛び込み、遅れて反応したキメラの顎を龍の力を付加した打撃で打ち抜く。顎が持ち上がり、仰向けに倒れ込んだキメラは身体をピクリと震わせながら行動不能に陥る。
「これで一体……残りはっと――」
 息をついた竜牙の死角から、キメラとは別の意思で蛇の頭が、牙を煌かせて噛みつきを図る。その頭は竜牙の足に噛み付く前に、モニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)の見舞った弾丸に頭ごと吹き飛ばされる。
「ごめんなさいね。こういうやりかたしか知らないの」
 弾丸を込め直し、ノビているキメラの頭部に銃口を向けて、モニカが引き金を引く。薬莢を排出して、特に変わった様子もなく振り返り、竜牙とすれ違うように歩き去る。何か言いたげな表情を浮かべつつ、竜牙が周囲の状況を確認する。
「リンネちゃん、ここは他の連中に任せて、ローブ男追いかけたほうが良いんじゃない?」
 竜牙の提案に、傍で戦っていたリンネが、先程までアストリッドがいたはずの場所に視線を向ける。そこにアストリッドの姿はなかった。
「あれ、どこ行っちゃったの? うーん、でもみんな戦ってるし、もう少しでキメラも大人しくさせられそうだし……」
「キメラに拘るってことは、それ以外の何も出来なくなるってことなんだぜ? リンネちゃんの目的は精霊を助けることなんだろ? だったらそれをすればいいだけのことじゃないか」
 竜牙の言葉に、リンネははたと思い返す。そう、ここに集まった者たちの最後の目的は、精霊セイランとケイオースを助け出すこと。
「わ、分かった! それじゃリンネちゃん、行くね!」
 戦線を離脱するリンネに、微笑んで竜牙が姿を消して後を追う。

 途中で合流したカヤノとレライア、セリシアとサティナを連れたリンネと、短い戦闘の間にさらにくたびれた格好になったモップスは、アストリッドを追って斜面を駆ける。箒や乗り物を使って追う一行に対し、アストリッドは走っているでも飛んでいるでもない、まるで透明の魔法の絨毯に乗っているかのように、直立不動のまま移動していた。
「……この辺でよかろう」
 呟き、アストリッドの足が地面に着く。そして、追いついてきたリンネ一行を振り向く。
「もう逃げられないよ! 精霊を解放して、でないと撃つよ!」
「もう撃つつもりなんだな。ま、今日はそれでもいいと思うんだな」
 リンネが両の掌に炎を、モップスがお腹からバットを取り出し、構える。
(……男の特徴と気配、それに言動を考慮して、正体は……)
 アストリッドを囲むように布陣する冒険者、その中の一人である神代 明日香(かみしろ・あすか)が、持てる知識と邪念感知の技術を用いて男の正体を看破することを試みる。その結果弾き出された男の正体は、75%の一致度でシャンバラ人、というものであった。敵が地球人なら地球人100%、シャンバラ人なら同じくシャンバラ人100%で出るはずにも関わらず、中途半端な数値に明日香が怪訝な表情を浮かべる。
「……我は何者か、と言いたげな顔をしているな。それを明かしてしまうと面白みに欠けるのでな。我ら一族の正体は我からは語らぬでおこう。暴く分には好きにするがいい。もっとも……好きにすることができれば、の話だがな」
「言いたい放題言ってくれちゃうね! リンネちゃん完全に怒っちゃったよ! みんな! あいつをこてんぱんに倒しちゃって!!」
 リンネの指示が飛び、無数の炎弾や氷片が放られる。
(このまま身柄が確保できればいいけど……さっきの言い回しだと、ここでみんな巻き込んで自決、もあり得るかも。……そんなことは絶対にさせないよ! ボクは怒ってるんだ、精霊との絆を壊そうとする人なんて、許さない!)
(ずっと見回りでまだロクに美味しい料理も食べてないのに! ……も、もちろん精霊を助けたい気持ちは本当アルよ?)
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)チムチム・リー(ちむちむ・りー)も自ら武器を構え、アストリッドに向けて一撃を見舞う。
「どうしてこんな事をしたのか、話してもらうよ!」
「許さないアル!」
 思うところに違いはあれど、共通しているのはこの場にいる者たちと一緒に、精霊を助けたい気持ち。
 まるで雨のようにあらゆる攻撃が降り注ぎ、巻き上がる土埃で完全に視界が途切れる。誰もが流石にやっただろうと思いかけたその直後、視界が晴れた先には両手を広げ、纏ったローブをボロボロにしながらも、アストリッドが立っていた。
「ウソっ!? ボクたちちゃんと撃ったよね!? 足元狙ったにしても、立ってはいられないはずだよね!?」
「あの男、化物アルか……?」
 レキとチムチムが呆然とする中、アストリッドは手を降ろし、何事もなかったかのように呟く。
「どうした。私をこてんぱんに倒すのではなかったのか?」
「言われなくてもそうしてくれる!!」
 攻撃の合間に接近していたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が、剣でも魔法でもなく蹴り、両足を揃え空中で思い切り蹴り出すドロップキックをアストリッドに放つ。
「ぐおっ!?」
 足がアストリッドの肩口を捉え、初めて動揺するような声を漏らしたアストリッドが、数歩よろめいて動きを止める。
「……我も、その攻撃は予想していなかったぞ。剣なり魔法なりなら対処の仕様があったものを――」
「ゴチャゴチャとうるせえ! アシュリングさんも言っていた、話して聞かぬなら分からせると……俺の場合は、力でな!」
「うーん、まさに力なんだろうけど……」
「でも、効いてるわね。フラフラしてるよ」
 効いていないように見えてそれまでの攻撃で疲労が蓄積していたか、あるいはドロップキックの一撃が効いたのかは定かではないが、アストリッドが明らかに疲労を含んだ足運びなのに対し、エヴァルトはガンガン接近しての攻撃を繰り出す。
「蹴りが効くなら、ならばこれはどうだっ!」
 思い立ったエヴァルトが、アストリッドのローブを掴んで力任せに投げ飛ばす。即座にロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)に援護の指示を飛ばす。
「はいはーい、どっかーんとミサイル、いっちゃうよー!」
 肩口に装備された六連ミサイルが、空中でアストリッドを直撃したかに見える。煙が上空に消えていく中、一つの影が真っ逆さまに落ち、地面に仰向けに倒れるのを見て、ミサイルが直撃したようだと確信を得る。
「我が確保に向かおう。確保したら尋問だ。精霊の居場所など聞いておかねばならぬことは沢山ある、容赦はせぬぞ――」
 デーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)が捕獲する準備を整えアストリッドのところへ向かう。これですんなりセイランとケイオースの居場所を吐けばまだ苦労は少なかったかもしれないが――。

「……言ったであろう。人は求めるものの前には、命すら惜しくないと」

 デーゲンハイトの眼前で、アストリッドの身体が闇に包まれ、そのまま直下の地面に吸い込まれるように消えていく。そこは最初にアストリッドが立ち、皆の攻撃を一手に受け止めた場所でもあった。

『いずれ貴様らは我々に楯突き、魔王復活の阻止を図るやもしれぬ。……貴様らが力を得るのは必然だとしても、ただ見過ごすわけにはゆかぬ。……同族に命を奪われる者の辛みは、いかほどであろうかな……クックック、アーッハッハッハッハ!!』

 アストリッドの声が聞こえ、やがて吹き抜ける風に掻き消えていく。その風は地面から沸き起こるように巻き上がっていた。
「な、何かな?」
 集合をかけたリンネ一行が見守る先で、漆黒そのものが噴火するマグマのように立ち昇り、その壁が左右に割れた先には、人間で言うなら十代後半と思しき、褐色の肌に黒の短髪をなびかせた男性が、ただ異様な雰囲気をもって佇む。
「あ、あれは……ケイオース様!?」
「えっ!? ケイオースって、あのアストリッドって人に攫われた――」
『間違いない、あやつはケイオースじゃ。……何やら嫌な予感がするの……』
 セリシアとサティナがケイオースと呼んだ青年が、ゆっくりと顔をあげる。その瞳は生気を失い、邪気に満ち溢れていた。

「グワアアアアアァァァァァ!!」

 空気を震わせ、一声哭いたケイオースが、漆黒の闇を纏いリンネ一行には目もくれず、飛び去っていく。
「リ、リンネ! あいつ、イルミンスールへ向かってるんじゃないかな?」
「ええっ!? ど、どうしよう!?」
 確かにイルミンスールの方向へ飛んでいくケイオースを、リンネが慌てた様子で見つめていると。
『……リンネよ。一部始終は見させてもらった。私の方でも膨大な邪気を確認しておる。おそらくケイオースは『黄昏の瞳』とやらに操られておる。おぬし達はそのまま中へ向かい、ケイオースを操っておる仕掛けを解くのじゃ。……なあに、イルミンスールにはミーミルもおる、それに皆もおる。一晩くらいどうにかなるじゃろうて。……いいな、夜明けまでに仕掛けを解き、セイランとケイオースを救うのじゃ』
 水晶が光り、アーデルハイトが通信を寄越してくる。
「う、うん、分かったよ! でも、どうやって中に入るのかな!?」
 リンネの言う通り、周囲には石のオブジェがあるだけで、アジトの入口らしきものはどこにも見当たらない。
『こんなこともあろうかと、解呪の魔法を水晶に込めてある。この通信が終わったら、水晶を石のオブジェに投げ込むがよい。……私達が出るのは最終手段じゃ。イルミンスールの生徒たる者、ここからは己と信ずる者たちの力を存分に振るい、困難を解決するのじゃぞ』
「アーデルハイト様厳しいよ〜。……うん、でもリンネちゃんやるよ! やっちゃうんだからね!」
 宣言したリンネに満足気に頷いて、アーデルハイトの姿が消える。その水晶を言われた通りに放れば、光柱が立ち昇りオブジェの間に光の膜が出来上がる。どうやらそれが、アジトの入口らしかった。
「みんな、準備はいい!? この先はきっと危険だよ、もし無理そうなら引き返してもいいんだよ?」
「ここまで来て何言ってんのよリンネ! 無理なんて言葉、あたいの辞書にはないわ!」
「皆さんと一緒なら、きっと大丈夫ですよ」
「一緒に終わらせましょう。そして、一緒にイルミンスールに帰りましょう」
『人間と精霊との絆、確固たるものにしてみせようぞ』
 リンネの問いに、誰も頷くものはいなかった。
「……うん! よーし、アインスト、出発! セイランさん、ケイオースさん、絶対に助け出すからね!」
 絶対の決意を秘めて、『アインスト』がオブジェを潜り、『黄昏の瞳』内部に潜入する――。

「……ん……」
 暗がりの中、目を覚ます九弓。痛む身体を起こして、少しずつ慣れてきた目で周囲を見回せば、そこは罪人を保留しておく牢屋のようであった。
「ますたぁ」
 九弓のところに、マネットがやってくる。その服は所々がほつれていた。今気付いたことだが、牢屋には他にも連れてこられたのか、セシリアとイーオン、それぞれのパートナーの姿もあった。皆、所々に傷を負っているが、今すぐ危険な状態というわけでもないようであった。
「ここは……どこなの!?」
 呟く九弓の声に答える、一筋の凛とした声。
「ここは『黄昏の瞳』のアジトですわ。あなた方は先程、竜人と思しき御方に連れてこられたのです」
「……あんたは?」
 九弓の問いに、鎖につながれた高貴な雰囲気を漂わせる少女が、はっきりとした口調で答える。
「わたくしはサイフィードの光輝の精霊、セイランですわ。……まずは、わたくしを解放してくださるかしら?」

END