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リアクション
●殺すつもりはない、だけど、精霊を救うためには、止まっていられない!
キメラの吐いた灼熱の炎が、眼前に立った少女たちを襲う。大半はセリシアとサティナ、レライアの張った障壁に遮られるが、拡散した小さな火種がリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)とモップス・ベアー(もっぷす・べあー)の肌を撫でる。
「熱っ!!」
「き、着ぐるみが燃えるんだなー!」
「リンネ、大丈夫!? ちょっと、何すんのさ!!」
「モップスさん、少し待っててください、今消します!」
レライアが冷気をモップスに振りかけ、カヤノがリンネを気遣いながら応戦するが、飛ばした氷片の先にキメラの姿はない。肉食動物並の俊敏さと膨大な熱量を含む炎の攻撃は、相対するのが初めてとなるリンネたちには能力以上に脅威となっていた。
「癒しの力よ!」
声がかかり、リンネの身体を癒しの力が駆け巡る。振り返った先には御凪 真人(みなぎ・まこと)の姿があった。
「リンネさん、ここは俺達に任せて、ローブの男を追いかけて下さい!」
「でも――」
「この程度、私達で十分よ。それよりもあなた達にはやるべき事があるでしょ?」
「オイラにかかればこのくらい、どうってこと無いぜ」
躊躇するリンネを、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)とトーマ・サイオン(とーま・さいおん)が急かす。
「……うん! ゴメンね、必ず捕まえてみせるからね!」
頷いて、リンネ一行がその場から離脱を試みる。そうはさせないと言わんばかりに鋭い爪を振りかざしたキメラへ、真人の放った矢とトーマの放ったダガーが目先を掠める。その攻撃に、リンネ一行を追いかけるのを止め、キメラが真人たちへ身体を向ける。
「さて、と……あんなこと言ったんだから、情けない真似は出来ないわよ?」
セルファに視線を向けられた真人が、分かってますとばかりに頷いて、素早く周囲に視線を走らせる。
(状況は……互角、といったところですか。周りの方からの援護は、確実にとはいかなそうですね)
キメラと生徒たちとの戦いは、数では生徒が圧倒しているものの、捕獲もしくは行動不能にさせることを想定しているのか、後手に回った戦い方が見られた。
「リスクを負うのは覚悟の上です。その分頑張ればいいだけですよ。最善を尽くしましょう」
真人が言い放つと同時、咆哮をあげたキメラが地面を蹴り、爪を振り上げて襲いかかる。セルファが爪の軌道を読み切り、剣を合わせて軌道をずらし、攻撃をいなす。次の攻撃に移ろうとした脚を狙ってダガーが飛び、その内の一本が見事突き刺さる。だがその程度で動きが止まることはなく、なおも二度三度地面を蹴っての爪攻撃が飛んでくる。
(致命傷を与えないようにって思うけど、実際にやるとなると難しいわね!)
セルファの振り抜いた剣が、しかし空を切る。ただ攻撃するだけならキメラの大きな胴体を狙えばいいのだが、それでは今回の目的に合致しない。結果、動きの激しい四肢を狙う必要が生じるため、攻撃が外れることもしばしば見受けられた。
何度目かの斬り合いの後、一旦後方に下がったキメラがその位置から炎弾を放つ。小さな炎ながら熱量は十分で、受け止めたセルファの足が止まる。すかさずキメラが地面を蹴り、セルファとの距離を縮めてゆく――。
「痺れちゃえなのですー!」
声と同時、上空から雷光が呼び出され、キメラ目がけて降り注ぐ。一撃目がキメラのすぐ前方を穿ち、襲いかかろうとしたキメラの出足をくじく。
「お嬢様に楯突く輩は、排除します!」
雷撃を放った土方 伊織(ひじかた・いおり)の横からサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が飛び出し、大鎌の一撃を振るう。飛び退くキメラより一瞬早く刃が、前足を切り裂く。
「援護、感謝します」
「はわわ、感謝されるようなことはしてないですよー。たまたまタイミングが良かっただけです」
セルファに癒しの力をかけ終えた後、振り返った真人が伊織に礼を告げ、あわあわとしつつ伊織が答える。
「次、来るわよ! 私達で引き付けてる間に、雷の魔法で仕留めちゃって!」
前線に立ったセルファとベディヴィエールが、未だ動きの衰えないキメラを牽制しながら引きつける。
「君の魔法が頼りです、お願いしますね」
「あう、き、緊張します……が、頑張ります!」
前線を維持する二人を援護しながら、真人と伊織がその時を辛抱強く待ち続ける。そして、空を切った爪が地面に食い込み、動きの止まったキメラの後ろ足に一撃ずつ攻撃が入り、キメラが地面に伏せる格好になる。
「今です!」
「い、いっけーなのです!」
真人の声に反応して、伊織が雷の魔法をキメラ目がけて放つ。今度は寸分違わずキメラを撃ち抜いた雷がパチパチと空気中を漂う中、焦げ臭い匂いの先に伏せるキメラは、当分の間動けそうにないように見えた。
カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)のかざした光精を呼び出す指輪から、直視すれば目を眩ませる程の灯りが放たれる。獣の特性を備えているキメラにはその効果は絶大で、光の指向性から外れたところでもキメラが悲鳴をあげ、目を閉じ頭を振って回復を図ろうとする。
「ジュレ、今だよ!」
「分かっておる……!」
カレンの声に応えるように、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が星の力を撃ち出すとされる銃を構え、発射する。銃の中では今のところレールガンに次ぐ威力を持つ一撃がキメラを撃ち、天を仰いだキメラがそのまま仰向けに地面に伏せる。
「……やってしまったか? 急所は外したつもりだが……」
銃を下ろしたジュレールが、声色に多少の後悔の念を含みつつ呟く。たとえ作られた命であっても、むやみやたらに殺すことは彼女たちの望むところではなかった。
撃たれたキメラの身体は時折痙攣し、下敷きの格好になった蛇の頭が、威嚇するように口を大きく開けて迎え撃つ。ともかく、近づかなければしばらくの間は、攻撃されることはないように思えた。
「……キメラにも自由意志がある。その事は分かってはいるけど……殺さず無力化って難しいね。こうしている間にも、ローブの男がセイランとケイオースに何かしようとしてるって思うと……!」
歯がゆい思いを抱えながら、カレンが状況を確認する。まだまだキメラの数は多い。今すぐにでも飛び立ちたいところだったが、キメラとの戦闘経験がある自分がいち早く抜ければ、今度は他の生徒が危機に陥るかもしれない。
「……カレン、男に対する憎しみは我も同じ。追いついた暁には殴りつけてやりたい。……堪えよ、今はこの者たちを無力化し、万全を期すのだ」
「分かってる、分かってるけど……!」
悩み呟くカレン、彼女に危険が及ばぬよう周囲に監視の目を運びながら、ジュレールは幾人かの生徒がローブの男を追うための手段を講じていることを確認する。
(偽りの生命を、捨て駒のように扱う振る舞い……報いを受けさせてくれよう)
心に誓い、一端迷いを振り切って囮行動を続けるカレンに応えるべく、ジュレールは手にした銃の引き金を引く。
戦端の開かれた光景を目の当たりにして、鷹野 栗(たかの・まろん)は岐路に立っていた。傍らには研究所から行動を共にしてきたキメラのファスとセドが、栗を守るように低い姿勢を取って険しい瞳を周囲へ向けている。
(もしかしたら、キメラを消滅させなかった所為で後々人間に危害が及ぶことがあるかもしれない――)
すっ、と前方を見据えた栗が光精を呼び出し、光精の照らす灯りが周囲の光景をより鮮明に映し出す。
(――だけど、私にも譲れないものがある。目の前のキメラを放っておく訳にはいかない!)
決意を固めた表情を浮かべ、ランスとシールド、祈りにより炎への耐性を得た栗が告げる。
「……さて。行こうか、我が相棒たち」
その声に、頷くようにファスとセドが吠え、傍らには羽入 綾香(はにゅう・あやか)が進み出る。
「……その相棒には、無論この私も含まれておるのじゃろうな?」
「そりゃあ勿論。それに、私には頼れる部員がいる」
栗が呟くと同時、掛け声が響き氷の礫がキメラを撃ち、その動きを鈍らせる。
「栗、援護するぞ! キメラを一緒に捕獲しよう!」
声をあげたフリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)に栗が振り向いて頷くと、今度はその反対側から譲葉 大和(ゆずりは・やまと)と遠野 歌菜(とおの・かな)が躍り出る。
「部長がキメラの捕獲を望んでいるのなら、部員として応えないわけにはいきませんね」
「私も、キメラを助けられるなら助けたいです。お手伝いさせて下さい!」
二人にも頷いて、ね? と言わんばかりに綾香にも頷いて、栗がランスを構える。
「生物部部長、そして【キメラウィステッパー】鷹野栗、行くよ!」
飛び出した一行の前に、二体のキメラが立ち塞がる。一体を大和と歌菜に任せ、栗と綾香が前衛を、フリードリッヒが後方からの援護という担当で立ち向かう。
「栗よ、背後の守りは任せるぞ。……轟け、雷鳴!」
栗に背中を預け、綾香が振り抜いた剣から雷を放つ。呼び出された雷はキメラ目がけて降り注ぎ、直撃とはいかないまでも抵抗力を確実に奪っていく。
「合わせて雷を……ドンネル!」
その場を飛び退いたキメラを、なおもフリードリッヒの呼び出した雷が襲う。二度目の召雷は先程よりも深くキメラに食い込み、バチバチと空気中を走る電撃の中、キメラが唸り声をあげながら衝撃に耐える。
(ごめんね、少しだけ我慢してね。後できっと来るから、その時には友達になれるといいな)
もう一体のキメラを大和と歌菜が引きつけているのを確認し、今この時は綾香、そしてフリードリッヒに及ぶ危機がないのを悟った栗が、盾を前方に突き出しながら駆ける。衝撃から立ち直ったキメラが応戦とばかりに炎弾を見舞うが、盾と炎への耐性が栗の身体を守る。
(栗の判断は正しい。後は、周囲がそれを認めてくれることを祈るばかりじゃ)
遠ざかる背中を見守りながら、綾香が振るった剣に雷を纏わせ、地面に叩きつける。
「栗、今だ! ドンネル!」
部長として、そしてかけがえのない友人としての想いを胸に、フリードリッヒが背中の箒を掴んで振り下ろしながら声を放つ。
二つの雷はキメラの直上と直下で交錯し、まるで二本の杭に撃ち抜かれたように、キメラが身体を硬直させる。そして、踏み込んだ栗が手にしたランスを、突き刺しての一撃ではなく振り下ろして叩くように振るい、その攻撃はキメラの意識を失わせ、地に伏せさせる結果となった。
「キメラを助けたいと言う俺のわがままに付き合ってくださって、本当にありがとうございます」
「大和だけの我侭じゃないよ。私だって……出来る事なら助けたい。……ううん、助けてみせる!」
頭を振って微笑んだ歌菜が、自らが乗る騎狼、チェスターに準備はいい? と尋ねるように頭を撫でる。それにチェスターがいつでもどうぞとばかりに一声啼いて答える。
「大和の背中、私がきっちり守るからね」
「この世で一番信じている貴方に背中を預けられる喜び……私の全力で応えましょう!」
二人視線を合わせて頷き合い、そして前方から駆けてくるキメラに二人で立ち向かう。
「チェスター! 思いっきり行くよッ」
歌菜の声にチェスターが吼えて応え、人と狼が一つになったかのような動きでキメラを翻弄する。負けじと吼えるキメラだが、自らより強大な脅威を前にして本能が危険を告げたか、その動きに隙が生まれる。
「行動パターンは全て把握させてもらいました。まずは……ここっ!」
その一瞬の好機を逃すことなく、踏み込んだ大和の鉄甲をつけた拳が、キメラの顎組織を破壊する。これでキメラは炎と噛み付きを封じられ、さらに脳への衝撃を受けた影響で、着地したキメラの四肢が震え、しばらく身動きを取ることが出来ないでいた。
「この一撃で止める! エルヴィッシュスティンガー!!」
チェスターが地を跳び、すれ違い様に歌菜が【エルフの一突き】の意味を持つハルバードの一撃を振るう。急所を外しつつもその一撃はキメラに激痛を与え、地面に伏せさせる。
「さあ、速やかに捕獲されるのです」
地面を撃ち抜いた大和の拳から、冷気がキメラの足元を凍りつかせる。その間に踏み込んだ大和の、闇に紛れた決して目に映らぬ打撃の嵐が過ぎ去った後は、四肢の爪をあらかた砕かれ、おまけに蛇の尻尾をちょうちょ結びにされたキメラが地面に縫い付けられていた。
「歌菜、この後【宿り樹に果実】でお食事でもどうですか?」
「うん、私、すっごくお腹減っちゃった。早く終わらせて、美味しいもの食べて帰ろう♪」
微笑み合う二人、生物部の活躍により、二体のキメラは行動不能に陥らされる結果となった。
「この世に悪がいる限り! 正義の心が煌き燃える! 陽光の輝き、【紅炎】のルビー! 私達美少女戦士部が居る限り、例えキメラであろうと勝手な真似はさせないわよ」
咆哮をあげるキメラに対し、美少女戦士部部長、アメリア・レーヴァンテイン(あめりあ・れーう゛ぁんていん)が名乗りをあげて武器を突きつける。
「……夜空に煌く銀月の如く……月光がこの地に光臨する……銀月の輝き、【月光】のムーンライト……これでいいのか?」
「言いたいことはあるけど、まあいいわ。本気で行くわよ、ムーンライト」
クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)の名乗りに、その態度はもういいわとばかりにアメリアが答える。
「煌く蒼天が夕闇に包まれし時、空を支配する深淵が現れる! 闇に包まれる蒼天、【深淵のブラックサファイア】! 皆さん、援護は任せてください!」
「この身に宿すは深緑の意思。煌く碧を開放する。碧の剣帝、【深緑のエメラルド】。……これでよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ。これで美少女戦士部にまた一人部員が加わったわね」
続いてラミ・エンテオフュシア(らみ・えんておふゅしあ)、アイリス・ゼロ(あいりす・ぜろ)が名乗りをあげ、戦闘の準備を整える。
「……ローブ男を追うため……キメラを倒す。……行くぞ……新たに得た力……見せてやろう……!」
後ろ足で地面を削り、キメラが飛び出す。それに合わせてクルードとアメリアも飛び出し、アイリスがその後ろ、さらに後ろにラミが控える布陣で対峙する。
「アメリア様、援護します」
アイリスが手にした銃で、地上で素早い動きを見せるキメラを狙って弾丸を見舞う。弾丸自体はキメラの身体を掠めるに留まるが、キメラの気を引きつけるには十分であった。
「これで決めるわよ!」
アメリアが携えた剣に、真紅に燃え盛る炎が呼び起こされ、自らもまた炎のように赤髪をなびかせ、構えを取る。その漲る気迫に気圧されかけたキメラが、抵抗とばかりに息を大きく吸い、口から極大の炎弾を放つ。
「その程度の炎、私には通用しないわ! 【紅炎】、その身に焼き付けなさい!」
気合一閃振り抜いた剣から真紅の炎が広がり、橙色の炎弾がその炎に包まれ蒸発するように掻き消えていく。まるで唖然とするような表情を最期に、キメラが炎に包まれ跡形もなく消え失せる。
一方クルードは、二本の刀を武器に、キメラの爪攻撃を受け流し、逆に一撃を四肢に打ち込んでいく。四撃目を残る四肢に受け動きを封じられたキメラが、微かな唸り声をあげて地面に伏せる。
「……この一撃で……決める……!」
距離を取ったクルードが、身の丈程もある野太刀【銀閃華】を抜き、それを宙高く放る。それが合図であるかのように、ラミの身体から漆黒に輝く鞘が現れ、それは空中で太刀を納めてまるで一つであったかのように、クルードの手に収められる。
「……【居合い太刀】……!」
手にした鞘付きの太刀を構え、クルードが新たに得た英霊の力を行使するべく意識する。呼吸を合わせ、力が全身を駆け巡り一点に集まるその瞬間、目を開いたクルードが鞘から太刀を抜き放てば、剣先から空間をも断つかの如く風の刃が生み出され、それはキメラを駆け抜け消え去る。
「……なるほど……これは……」
息をついたクルードが剣を収めたその直後、二等分されたキメラの身体が無数の破片に分解され、塵と消えるまで粉砕されていった。
立ちはだかるキメラの内の一体が、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)に身も竦まんばかリの咆哮を見舞う。
「わりぃが、手加減できるほど俺は器用じゃねぇからな。消し飛ばしちまったらすまねぇと今の内に詫びとくぜ!」
ラルクはその咆哮を意にも介さず、地面を蹴って駆け出す。一直線に向かってくるラルクに対し、斜め方向からそれぞれ一発ずつの炎弾が放たれる。それらはラルクの研ぎ澄まされた感覚、そして咄嗟の行動を可能にする鍛え上げられた肉体によって回避されるが、これが本命とばかりに前方からもう一発の炎弾が飛び荒ぶ。
「おっと、あっぶねぇ――ってもう一発かよ! 面倒だ、ぶっ飛ばしてやる!」
迫り来る炎に、猛然とラルクが向かっていく。地面が抉れるほど足を踏み込ませ、筋肉を躍動させて放った懇親の一撃は拳に炎を生み出し、その一撃を受けた炎弾がまるでボールが張り裂けるような音を立てて爆散する。
「そらよっ、俺は優しいからな、一発まけといてやる!」
攻撃を無効化され、隙を晒すキメラを睨みつけたラルクが、再び踏み込みからの全体重を乗せた一撃を見舞う。炎を纏った拳がキメラのライオン頭にめり込み、爆発に巻き込まれたかのごとく吹き飛ばされ、遠くに見えるサルヴィン川に水柱を上げて突っ込む。
「ま、三発目はいらなかったみてぇだな。……だがまだ結構数がいやがる、様子を見て戦わねぇと肝心な時にへばっちまうからな」
そのまま飛び出してこないのを確認して、ラルクが一息ついて戦場を睥睨する。戦況としては冒険者の方が優位に立っているようであった。
「せっかくの楽しいお祭だったのに、精霊を攫っちゃうなんて悪い人だね! よーし、ボクたちでいっちょ懲らしめちゃおー!」
「……いくぞ」
やる気を見せるレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)とイル・ブランフォード(いる・ぶらんふぉーど)を横目に、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が無気力気味に呟く。
「まあ、ザンスカールに残っててもガキの相手は大変そうだしねぇ……とりあえずこのキマイラをどうにかしなきゃ、助けに行くにも行けないってわけだ」
首をコキコキと鳴らしながら、武器を携えた悠司が思考に耽る。
(黒幕の目論見が読めないねぇ……一人逃げれたっていうのは逃がしてくれたのか、それとも元から二人が狙いだったのか……いずれにしろ、大荒野まで行かなきゃダメかねぇ――)
「……悠司、気を抜いている暇はないぞ。おまえは敵を引きつけてくれ、その間に俺が罠を仕掛ける」
「ボクは回復担当だね! ケガでも麻痺でもなんでもこーい!」
悠司の思考を遮るように、イルとレティシアの声が響く。
「まあ、とりあえず行きますか……!」
相変わらず無気力な表情のまま、一歩を踏み出した悠司が予想外に素早い動きを見せ、キメラを翻弄する。
「おお、悠司、別人みたいだ」
「……よし、この隙に俺は罠を張る。引っ掛からないように気を付けるんだ」
イルが罠を仕掛ける時間稼ぎとばかりに、悠司が表立って攻撃はせず、しかしキメラの気を引き続ける動きを見せる。動けずに立ち往生するキメラが、見る者を震え上がらせんばかりの殺気に瞳を満たして睨みつける。
「そう睨むなよ、怖くて隠れたくなっちまうだろうが」
不敵に微笑みつつ、悠司はなおも翻弄する動きを止めない。そうしているうちに、視界の端に準備を整えたと指示を出すイルの姿が映る。
「んじゃ、ちょいと遊んでやりますか。ほらよ」
突如悠司が動きを止め、キメラの前に襲って下さいと言わんばかりに立つ。散々焦らされたキメラは罠とも知らずに飛びかかり、空を切った爪が地面スレスレの位置に張ったピアノ線に触れれば、真横から二本のダガーがそれぞれ両足に突き刺さる。
「殺さずらしいからな、大人しくしててもらうぜ。……後のことは知らねえけどな」
残る四肢を使えなくされたキメラが、弱く唸りつつ地面に伏せる。
「……戦いのために作りだされた、かぁ。もしかしたら、ボクたちとちょっと似てるのかもね」
キメラに視線を落としながら呟くレティシアの声色は、どこか寂しげだった。
(数が多いですね……ここはなるべく多くのキメラを一箇所に集めて――)
射撃による牽制を行って、キメラをなるべく早く無力化するべく画策していた影野 陽太(かげの・ようた)の視界で、一体のキメラがふわりと浮遊を始めた。
(飛ばれては厄介です、させるわけには!)
すかさず応射する陽太とほぼ同時で、阻止するべくキメラが口から炎弾を放つ。危機を察した陽太はそれを避けることで事なきを得るが、射撃は外れキメラは宙を自在に舞い、陽太の狙いを狂わせる。
そこに、詠唱の終わりを告げる声が聞こえ、次の瞬間には呼び出された雷がキメラの後ろ足を貫き、バランスを崩したキメラが地面にその身を叩きつけられる。
「やれやれ、この作業は倒すよりも面倒ですわねぇ」
威力を制限し、当てる場所を考えながらの魔法の行使に、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が溜息をつきつつ次の詠唱に入る。呼び出された雷撃がキメラの行動を阻害し、そこに陽太の射撃が飛び、キメラの行動範囲を規制していく。
(まあ、陽太もそれなりにやるようですわね。……ですがやはり面倒ですわね。いっそこの鞭で拘束できれば楽なのですのに)
魔法を行使し終えたエリシアが、黒光りする鞭を取り出す。一見ただの鞭にしか見えないようだが――。
(物は試し、ですわね。成功すれば御の字、ですわ)
その鞭を、陽太の射撃を避けたキメラに向けて振るう。鞭は風を切ってしなり、キメラを打つがそれ以上の効果は見られなかった。別に鞭に恐れて屈服するでも、また悦ぶような仕草も見せない。
「エリシア、今のは何のつもりですか? しかし鞭……カンナ様が持ったら似合いそうだなぁ……なんとなく打たれてみてもいいかも――
「……聞こえてますわよ、陽太。何でもありませんわ、陽動の方、続けますわよ」
半ば予想通りとはいえ残念な結果にまた溜息をつきながら、エリシアが魔法の詠唱に入る。
「あうぅ、この子たちなかなか行かせてくれないよ縲怐v
複数体のキメラに付け狙われ、リンネ一行は未だ身動きを取れずにいた。下手に飛べば背後から炎弾の直撃を受けかねない。そうなれば、強力な攻撃手段と鉄壁ともいえる防護の力はあるものの、癒しの力を行使できる者がいないリンネ一行は非常に不利な展開に陥る可能性がある。
「皆さん。ここは私が気を引きます。その間にパパっと通り抜けちゃってくださいな」
「僕達……が……囮を引き受けます。その内に……」
そこに、シルクハットにタキシード、笑顔と思しき仮面を付けた出で立ちのジョーカー・トワイライト(じょーかー・とわいらいと)、目元が隠れるまでに伸びた前髪を揺らしてアンセム・ディエンダー(あんせむ・でぃえんだー)が現れ、自ら囮となることを申し出る。
「大道芸人に相応しい心がけね! 特別に誉めてあげるわ!」
「カヤノ、失礼よ。……済みません、皆さんもどうかご無事で……!」
腕組みをしながら不敵に微笑むカヤノを窘めて、レライアが礼を言い、そしてリンネ一行は一瞬の隙をついてその場を後にする。後を追おうとしたキメラの足元に、ジョーカーの投げたトランプが刺さり、キメラの注意がジョーカーたちへ向けられる。
「黄昏の瞳……何者なんだろう」
「その者の目的までは分かりかねますが、このままでは精霊と人、結びつくのも難しくなってしまいますねぇ。それは頂けない。それは面白くない」
「……結局、そこなんだ……」
ジョーカーの面白さで物事を判断する癖に、アンセムがいつものことながら溜息をつく。
「ともかく、あのおっさんを捕まえてぎったんぎったんにするためにも、キメラを何とかしますよ!」
「……分かった」
頷いて、アンセムが手にした片手剣でキメラを牽制する。二人の行動はキメラに直接的な損害を与えはしないものの、キメラの注意を引きつけるには十分の役割を果たしていた。
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