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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

リアクション

 庭園での結婚式が終わり、静かになった空京エリア。そこでは、ライトアップされた庭園が見られる部屋へと案内された3組が思い思いの時間をすごしていた。
 そのうち1組の椎堂 紗月(しどう・さつき)鬼崎 朔(きざき・さく)は、食事中こそ今日見てきたお祭りの様子や結婚式の話をしていたのに、デザートが運ばれる頃には次第と自分たちの出逢いの話へと移り変わっていた。
「そういや、初めて会った時って王子様とお姫様してたんだよな。『迎えにきたぜ。お姫様?』なんて言って、今じゃちょっと恥ずかしいな」
 話そうとする話題への緊張感からか、冷たい飲み物を頼んでいた紗月はくるくると氷を突きながら気を紛らわすようにして話す。一連の話題は全て、大事な言葉のための前振りでもあって、展開が不自然ではないだろうかと朔の顔色を伺った。
「……そうだね。……まさか、あの時はここで一緒に食事する仲になるなんて……思わなかった」
 普段は口数の少ない朔も、ポツリポツリと返してくれる。嬉しいけれど彼女を急かすことの無いように、紗月は少しの表情変化も見逃さないように見つめながら、会話を続けていく。
「最初は直感で声かけたけど……今じゃ、直感信じてよかったって思えるよ」
「ふふ……こうしているのは……感じたままに行動した結果だということだね」
 懐かしそうに細められた目。微笑む口元を見て、紗月は今まで遊んでいたグラスを横に避けて、真っ直ぐに朔を見つめ直す。
「……鬼崎さん。聞いてほしいんだ、俺の気持ち……告白の言葉を」
 雰囲気の変わった紗月に、つい朔も姿勢を正す。ほんの少しだけ見上げる形になった紗月は、一呼吸置いて話し出した。
「最初に会った時はただ漠然と『気になる』ってだけで、それが恋愛感情なのかもわからなかった。でも、鬼崎さんと過ごして段々鬼崎さんのことを知っていって支えたい……守りたいって思うようになった。同時に、すごく愛しい存在になっていったんだ。一生守る。なんてことまだ無理かもしれないけど……支えになりたい。辛いことがあれば一緒に背負いたい…………朔のことが、好きだから」
 目を逸らさず、伝えきった言葉。思っている全てを口にするのは勇気がいるけれど、飾らない本音は彼女にも届いただろうか。普段は女性とよく間違われる紗月だが、このときばかりは男の子の顔で誰が見ても間違える者などいなかっただろう。その分、可愛らしいものが好きな朔は一瞬だけ驚いて柔らかに笑う。この人が、自分を変えてくれた人だ。
「……ありがとう。……今まで自分が紗月の……彼女になれるか、自信がなかった……でも、あなたの優しさは私の心に響いたよ」
「それ、じゃあ……」
 恥ずかしがるように笑う朔に、いてもたってもいられず立ち上がった紗月は、思わぬ物に彼女へ近づくことを防がれた。可愛らしくラッピングされた小箱をおずおずと差し出す朔は、まだ恥ずかしいのか少し俯いたままだ。
「あの……今日の、お礼……になるかな。……バレンタインの、チョコ……作ってみたんだけど」
 包みを潰さぬよう座っている朔に勢いよく抱きつくと、紗月は嬉しそうに朔へ額をくっつけた。
「本当に俺のチョコ!? 朔もチョコも、本当に貰っていいの?」
「……名前」
「あ、ごめん。嫌だった?」
 あまりに近づいた距離にドキドキしすぎて、つい話題を逸らすようなことを言ってしまった。けれど、それは嫌だからじゃなくて望む前に言ってくれたことに驚いたからだ。
「紗月には……そう、呼んで欲しいな」
 改めて言うと、なんて恥ずかしいお願いをしているのだろうと思う。けれど、伏せていた目を上げれば真剣な眼差しの紗月しか見えなくて、言葉を紡ぐ方がどれだけ恥ずかしくないかを知る。
「……朔」
 ただでさえ近い距離がもっと近づいて、視界も心も紗月で埋め尽くされそうになってしまう。逃げることなく瞳を閉じる朔を怖がらせないように軽くキスをして、照れくさい空気を払拭するようにずっと朔が持っていた小箱を受け取る。
「あ、あの! わざわざありがとな。大切に味わって食べるから」
 笑って立ち上がると自分たちが着て来た上着がかけてあるのが目に入って、その近くに以前朔へプレゼントしたミトンが置いてあった。
「……あのミトン、片方俺に貸してくれない?」
「いいけど……片方、なの?」
「うん。今日は、しっかり朔と手を繋いで帰りたいんだ。この瞬間が、嘘じゃないって思いたいから」
 自分で贈ったのに、こんなことを思うのは変かもしれない。けれど、何にも邪魔されず彼女と触れ合っていたい。そう思った紗月は、ぎゅっと朔を抱きしめるのだった。
 ベルギーでの模擬結婚式を手伝っていた優斗テレサは、美味しい食事を食べながら今日の式を振り返る。自分の得意分野でお手伝いが出来たこと、少しおめかし出来たことを喜びながら話すテレサはとても嬉しそうで、彼女のおねだりを聞いて遊びに来てよかったなよ優斗は思う。
「で、どうして結婚式のお手伝いの次はプロポーズプランなのですか?」
「こっ、これは優斗さんにはいざという時のために告白の練習をしておく必要があると思うので、私は善意で練習に付き合ってあげようと思っただけで、深い意味はないんですからね! 本当ですよ!!」
 何故だか顔を赤くして焦っているようだけど、自分にとって彼女は可愛い妹なのだから、どんなわがままでも聞いてやるつもりなのに。けれど、告白の練習とは難しい。
「うーん……すきです、じゃダメですか?」
「ダメです」
「可愛いあなたが、大好きです」
「よ、弱いですっ」
 厳しいテレサの審査に、優斗はなんと答えた物かと苦笑する。
「困りましたね……テレサが喜ぶことなら言えそうですが、普通の女の子が喜びそうなことは難しいですね」
「何を言ってるんですか。これが成功しないと、次のステップへ移れませんよ?」
「……それでも、テレサと一緒がいいです。可愛い妹が楽しんでる姿を見る方が、幸せですから」
 にっこりと微笑む優斗に、まさか告白は胸に響いたら目を閉じて口づけを待とうとしていたなど言えるわけもなくて。妹と言う部分が少しひっかかるけれど、テレサは今の言葉にこっそりと90点はあげようかなと思うのだった。
 六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)は食事も終わり、テラスで夜風に当たっていた。夕日もすっかり沈み、空はオレンジから紫に染め上げられていて、この逢魔が時は吸血鬼のアレクセイには似合う時間だと思う。
「どうしたユーキ、景色を見たかったんじゃないのか?」
「え、あ、はいっ! あの、今日は付き合って頂いて、本当にありがとうございました」
 照れたように笑う優希は、クリスマスパーティのときのような控えめなドレスではなく、肩から胸元までを大きく出したローブデコルテの色っぽいデザイン。普段は強調することを嫌がる胸元はシャープなV字カットのデザインで豊かな胸を品よく演出し、上半身はパールや刺繍、スカートは大胆にタックをとって存在感をだし、小柄な少女のイメージが強かった彼女が1人の女性として立っている
 結婚式場という場所柄で選ぶなら、学生なのだから制服でも十分に冠婚葬祭の服として着れるだろう。なのに優希はもの凄く気合いが入っているのか、眼鏡もコンタクトに変え髪もまとめ、まるで花嫁が式場から抜け出してきたかのような美しさだった。
「いや、気にすることはねぇよ。ただ……残念だったな。抽選、外れちまって」
 よほど楽しみにしていたから、こんな格好をしてきたのだろう。そう思ったアレクセイは、励ますようにそんなことを言うが、自分の中でも同じように残念だと思う気持ちがあったのか、ふとヴェールを被った優希を想像して苦笑混じりに打ち消した。
「……アレクさんも、残念だと思ってくださいますか?」
 じっと覗き混む顔はどこか期待に満ちていて、今までなら素知らぬ顔をしていたことだろう。けれど、先日パートナーたちの忠告もあり、彼女と向き合うことから逃げないと決めたのだ。
「思わなくはないが、助かったとも思ってる。確かに目立てるだろうが、準備だなんだと手間なことも多いだろ?」
「そ、そう……ですね」
(アレクさんが、私と結婚式を……なんて、高望みし過ぎですよね。でも、残念だと思わなく無いって……どういうことでしょう)
 歯切れの悪い答えに小首を傾げながら、ここで会話を終わらすわけにはいかないと優希は次の糸口を探し出す。
 今日こそは、ずっと伝えそびれていた気持ちを素直に伝えたい。とても大事なことだから、ちゃんと聞いて欲しい。その優希の気持ちに呼応するかのように、薄暗くなってきた式場の至る所でライトアップがされる。ポツリポツリと小さな明かりが連鎖を起こすように、今までアレクセイに助けてもらった思い出を思い返しながら、優希は大きく吸い込んだ。
「あ、あのっ! アレクさんっ」
 もうオレンジ色の空は見えなくなったのに優希の顔は真っ赤になっていて、テラスの外に広がる小さな明かりたちが、まるで地上に星を降らせたかのように彼女を輝かせている。見惚れるようにアレクセイはじっと優希を見つめ、紡がれる言葉を静かに待った。
「わ……私を食べて下さいっ!」
 2人を襲う沈黙。ずっと頭の中で言葉を巡らせていた優希は、好きと伝えたつもりだったので言い間違えたことに気づけず、そしてアレクセイは優希が少なからず自分に好意を抱いていたのは知っているが、まさかそんなことを口にさせるほど思い詰めていたとは予想外で言葉を失ってしまう。
「……ユーキ。食べる、とは……その、ちゃんとした吸血鬼化を望んでいる、ということでいいのか?」
「えっ!? あの、違うんです! その、私はアレクさんが好きで……貴方を愛していますって言ったつもりで、だから」
 緊張すると冷静に振る舞えない自分を叱咤したいと、優希は恥ずかしさのあまり強く瞳を閉じた。どれだけ綺麗な格好をしても、雰囲気の良い場所を選んでも、大人になりきれない自分ではそんな演出もダメにしてしまった情けなさで、目尻には涙が滲んでしまっている。
 なのに、覆い被さる温もり。本当は、デコルテ部分が出ているこのドレスだと、ストールも羽織らずテラスに出ているのは少し肌寒かった。けれど、今はアレクセイに抱きしめられていて、急に近づいた距離に呼吸が止まってしまいそうだ。
「俺、も……ユーキが好きだ。今まで、目を逸らしていてすまなかったな」
 驚き見開かれた瞳から零れる涙を拭うように、アレクセイは優しく指を滑らせる。なのに、優希はやっと思いが通じた幸せからかポロポロと泣き出してしまう。
「アレ……さん、私……当に…………で……」
「お、おい泣くな! 何が言いたいのかわからねぇだろ」
 子供をあやすように顔を覗き込めば、不意打ちのようなキス。驚かされるのはアレクセイの番だ。
「私、本当に幸せですっ」
 涙は止まらないままだけれど、観念したように苦笑するアレクセイは、彼女の露わになっている首筋をそっと撫でる。
「……っ!?」
「今すぐに答えが欲しいわけじゃない、ただ頭の片隅で覚えておいてほしい。……吸血鬼化するという事について」
 人と吸血鬼とでは、時間の流れが変わってしまう。今の家族と共に生きたいのなら尚更、その辺の事はこれから時間をかけてきちんと考えてほしい。こればかりは、自分の気持ちを強くぶつけることが出来ないからアレクセイは歯を立てないように首筋へキスをする。
 約束の印のような鮮やかな華。この日2人の思いが通じたことが夢でない証、いつか吸血鬼化についても考えてくれるだろう。消えてしまう頃には夢だと言わせないくらいに幸せな顔をさせてやろうと、今まで遠回りさせてしまった分アレクセイは思うのだった。