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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

リアクション

 大聖堂での盛大な式の後、フランスの邸宅ではお色直しを含めた披露宴が行われていた。カガチが祝い酒と言えばと樽酒を手配していたため、余興の1つのように振る舞われるそれに気心の知れた仲間達は大いに楽しんだ。そんな中、緊張した面持ちでゴードンと一緒にへ挨拶に向かう。朝から式場の準備や入場曲についてなど何度も顔を合わせているが、ずっと自分たちに気を遣ってくれていた彼に披露宴の今くらいは肩の力を抜いて欲しいとも思う。けれど、細身の彼には到底隠しきれない逞しい体つきをしたゴードンを見て、一体何事かと2人を見やる。
「この度はお招きありがとうございます……黎の、婚約者です」
 深々と頭を下げるゴードンに少し驚いて黎を見れば、照れながらも真面目な表情をした彼に2人の思いがしっかりしたものなのだと伝わってくるようで、幸も微笑み返した。
「ガートナから、貴方へブートニアを投げたと聞きました。誠実そうな方ですね」
 今は酒の席に呼ばれて、男同士樽を囲みながら語らっているけれど、黎に幸せを分けたのは間違いなかったのだと思い微笑ましい光景に目を細める。
「今日、姉上の式を見て決心したんです。我の大切な人を紹介したいと……隣に立つのが恥じないよう、これからも精進します」
 同じように深々と頭を下げ、思わず幸は笑ってしまう。2人の想いに口出しする気はないのに、まるで両親へ挨拶に来たかのような態度に堪えきれなかったのだろう。やっとのことで顔をあげた2人を見て、なんとなく自分たちと同じ壁にぶつかるんじゃないだろうかと少し心配にもなる。
「周りの意見に耳を傾けるのも必要です、けれど捕らわれないでください。壁は2人で越える物、幸せだけでなく不安も分かち合う物ですよ」
「姉上……」
 もう一度揃って頭を下げると、次に挨拶に来ていたメイベルたちがペコリとお辞儀をする。セシリアフィリッパがその中にはミレイユの姿もいて、年の近い女の子同士仲良くなったのだろうか。
「幸さんおめでとうっ! これ、ワタシからの贈り物です」
 そう手渡された小箱を開けベルベットの布地の下から出てきたのはクリスタルりんご。結婚記念日と2人の名前が刻まれており、大きさも置物として丁度良いサイズだ。小さなメッセージカードには『いつまでもお幸せに』と書かれていて、目の前で見られたことが照れくさいのか子供っぽく笑って見せた。
「ありがとうございます。今日はベールガールもして頂いて……いい思い出になりました」
「ワタシ、幸さんの役にたてたかな? 皺になったりしなかった?」
 大丈夫ですよ、と笑う幸がとても綺麗で、ミレイユは嬉しそうにメイベルと顔を合わせ、まるで秘密を我慢出来ない子供のように話し出した。
「えっとね、それからメイベルさんとお歌も練習したんだよっ!」
「式のときのように厳かなものではありませんが……よろしければお祝いに贈らせていただきたいです」
 了承を得て静かに歌い上げる2人を、少し離れて見守るセシリアは姉のような母のような気持ちで溜め息を吐く。
「うーん、いつかはメイベルにもこんな日が来ちゃうんだよね」
「まぁ、気の早い。すぐ誰かにさらわれるわけでもないでしょう?」
 それはそうだ、メイベルは同じ年頃の女の子と比べて恋愛に疎いというか興味が無いようだった。けれど、今回の結婚式の日取りを聞いてからというもの、なんとなく自覚してきたのではないだろうかと不安でたまらない。
「1人の女の子として、憧れを持ってくれる分にはいいんだよ? でも……なんか姉としては複雑」
(姉というよりも、子離れ出来ない親そのものですわね……)
 親、という単語を心の中で呟いて、少しだけメイベルの過去を思い出した。パラミタに来る以前は友人を作ることを許されず、孤独のまま過ごしていた彼女がようやく人並みに恋をすることに関心を持てた。それは大いに喜ばしいことではないだろうか。
「ちゃんと、応援してあげましょう。人を思う心は、きっとメイベルを成長させてくれます。初恋が実らなくても悪いことばかりではありませんわ」
「うん。姉として女性として、メイベルの恋の様子は見守っていきたいと思うよ」
 何かあれば、すぐに頼って欲しい。甘えられる姉はいつでもここにいるんだからと、メイベルの成長をすぐに手放しで喜べないセシリアだった。
 黒龍を探しに行った葛葉は、漸麗の手を引き会場が一望できる場所へやってきた。少し驚いているような、イライラしている様子の彼を前に声をかけるのが躊躇われるが、漸麗が大丈夫だと背中を押すので、動かないよう言い残して黒龍の元に1人で向かう。
 黒龍が自分を見る目は何か別の物を見ているようで、それは仕方のないことだと思ってる。自分は剣の花嫁なのだから、当たり前のこと。葛葉がそう割り切れていても黒龍にとってはそうはいかないようで、顔を歪めて自身の胸元を握りしめていた。
(喪う絶望を味わうくらいなら、幸せなど無い方がいい……先生の二の舞は、もう二度と味わいたくないのだ)
 それならば、葛葉を傍に置いておかなければ良いのに。そうすれば少なくとも、2度も先生を喪うことはないのだから。そう思っていても、服越しに葛葉からのもらい物であるペンダントを握ってしまうのは、どんな形であれ彼を必要としているということ。
「……黒龍、お前の……望むがままに。……剣は……主の、意のままに」
(私にとっての葛葉とは、剣だけだろうか? パートナーで、私の剣の花嫁で……傍を離れないと誓った存在で、共に在るのが当然で)
 ぐるぐると頭の中を駆け巡るのは、どこか言い訳じみたものばかりで、素直に手放したくないのだと認められない。何か理由を付けなければいけないと思いながら、2月の寒さを言い訳にして彼の胸にもたれてみた。
「お前の生み出す剣と同じように……温かいな。この安らかな気持ちにさせる温度は、喪いたくない」
 きっとこれが、幸せということかもしれない。1人で過ごす時間が長かった自分にはわからないけれど、心休まる場所があるというのは嫌な気分じゃない。そっと呟くように離れるなと葛葉に願う。この温もりが、いついかなるときでも傍に有り続けるように。それが、本当は自分に向けての物なのか似ている誰かに向けての言葉かはわからないが、主の言葉は絶対だ。葛葉は黒龍が不安になったとき、何度でも誓いをたてるだろう。
 それが、主と剣のありかただと信じて――。
 披露宴を少し抜け出して、朱里アインは別室で静かに過ごしていた。
 気分が優れないという朱里を椅子に座らせ、心配そうに顔色を覗き混むように隣で膝をつくアインに、少し朱里は恥ずかしくなってしまう。
「……具合は大丈夫か? 今日は人が多かったから、それで酔ってしまったのかもしれないな」
「ううん、違うの。本当は、アインと2人になりたかっただけなんだ」
 ごめんなさい、と笑う顔はどことなく儚げで嘘など付かない彼女でも気丈に振る舞っているのではないかとアインは心配そうに朱里の頭を撫でてやる。けれど、確かに先輩の結婚式に来ていて2人になりたいからという理由で抜け出せるわけもないので、彼女の真意はどこにあるのだろうと静かに言葉を待った。
「島村先輩、凄く……綺麗だったね」
「綺麗か否かでは確かにそうだが、君の方が愛らしい格好をしているじゃないか」
 ウエディングドレスには適いそうもないピンクのワンピース。なのにアインは心からそう思っているように微笑むから、朱里は恥ずかしくなって視線を避けるように座り直した。
「それは、アインだからそう思うだけだよ! もう、そんなこと言われたら渡し辛いじゃない」
 綺麗にラッピングされた袋を鞄から取り出してテーブルに乗せると、おずおずと視線を合わす。中にはショコラティエのチョコと手編みのミトンを用意したけれど、喜んでくれるだろうか。そんな緊張を抱える朱里に対し、恋人となった自分たちに、プレゼントを渡すだけで何か恥ずかしいことでもあるのだろうかと、アインはその包みと朱里の顔を交互に見比べた。
「あの、ね。私はやっぱりアインが好きだよ。ずっと、一緒にいれるかな……今日の先輩たちみたいに」
「それは……」
 彼女と共に居たいと思うのは、自分だって同じだ。けれど、同じ思いだとはいえ、この選択が正しいとは思えない。彼女の幸せを第一に願うのなら、辛いと思う決断でもしなければならないだろう。そう思って濁した言葉だったのに、改めて言われた彼女の言葉を自分の中で反復するたびに失いたくないという気持ちが強くなってしまう。いつから、自分はこんなにも人間と同じような感情を手に入れてしまったのだろう。
「……人間ではない、戦闘用マシンとして作られた僕には、君が望むものの全てを与えることはできない。たとえば、子供とか……。それでも、君はついてきてくれるだろうか?」
 自分から手放すことが出来ないからと言って、彼女に決断させるようなことを言ってしまうのは狡いと思う。けれど、もう1度考え直してほしいとアインは願った。大切な彼女だからこそ、幸せになって欲しい。そのために自分の心が折れてしまっても、それは元に戻るだけの話。悲しみに包まれるのは自分だけでいいんだ。
「望むものを全て手に入れるなんて無理だってこと、私だって分かってる」
 なのに、そんな選択をしようとするアインの心を見透かすように、朱里は言葉を強めた。ただの憧れとか、子供の恋愛のような物ではなくちゃんと考えた答えなんだと伝えたくて、思わずアインの手を取った。
「それでも……どうしても譲れない、手放せないものがあるとするなら……それはきっと、今こうしてあなたと一緒に過ごす時なんだと思う」
「朱里……」
 本当に、この手を握りかえしても良いのだろうか。今日結婚式を見たことで、彼女の気が昂ぶり焦っているのではないかと頭の片隅では思うのに、不安を溶かすように朱里は微笑む。
「人間同士の夫婦だって、どうしても赤ちゃんが出来なくて悩むことだってあるんだよ。一番大切なのは、それでもお互いを大切に思う心の結びつき……それは、子供に繋いで貰うんじゃなくてね、今だって私とアインの間にあると思うから」
 見えないから不安になるけれど、形あるものに憧れてしまうけれど。確かなものは、ずっとここにあるんだと朱里は言う。
「……どうして、君には僕のことがわかるんだろう。僕自身が、目を背けようとしていることばかり」
「それが、心の結びつき。絆があるから、わかっちゃうんだよ」
 誇らしげに笑う朱里見て、決心したように繋いだ手を握りかえす。
「いつか君を残して戦場に倒れるかもしれない……それでも?」
「私だって、いつかおばあちゃんになって、アインを一人ぼっちにしてしまうよ?」
 似たような悩みに、思わず顔を綻ばせる。不安なのは自分だけじゃない、そして相手の不安は拭ってあげたい。だから――
『2人で、生きよう』
 声を揃えて告げた言葉に、しっかりと手を繋ぎ直す。時間や種族、様々な問題がやってきても2人なら大丈夫。引き寄せられるように口づけて、朱里は恥ずかしそうに笑う。
「私、強くなるよ。たとえこの先に何が待っていても、二人なら乗り越えてゆけるように」
 そんな彼女を、戦闘機械である以前に人を愛し、同じ心を持つ存在として生涯守り続けようと、アインは固く誓うのだった。
 知り合いの結婚式も少し見学して、目当てのドレスアップも済ませた壮太真希は、そのまま色んなエリアの庭園を歩き、他愛ない話をして過ごしていた。夕日が沈みかけてから、そろそろ服を返さなければと借りたザンスカールのエリアまで戻ってきたはいいが、まだもう少しだけとそのまま庭園のベンチに2人で並んで腰掛けた。
 綺麗な花嫁さんを見れたこと、ドレスアップして記念写真を撮って貰ったこと。真希が嬉しそうに写真を抱きしめたまま話すから、久しぶりのデートということもあって壮太は中々口を挟めなかった。もし彼女が寮の門限に間に合わなければ、彼女と過ごす時間も減ってしまうかもしれない。どんな罰則があるかは尋ねたこともないけれど、遅くなった理由が男といたからだなんて知れたら、女学院に通う彼女にとって良くないことなど明白だ。
「……さてと、そろそろ時間だろ?」
 いくら冬は暗くなるのが早いとは言え、もう夕日が沈んでしまったのだから彼女を送り届けなければ。そんな使命感から口にしても、壮太自身先に立ち上がることが出来ないのは、頭ではわかっていても名残惜しいと思っているからだろう。そして、どこかでその言葉を言わせないためか矢継ぎ早に話題を振っていた真希も、紫色に染まり始めた空を見上げて小さな溜め息を吐く。
(早いなぁ……もっと、壮太さんと一緒にいたいのに)
 そんな寂しい思いを打ち砕くように、真希は笑ってパンッと手を打った。
「えぇっと……そうそうっ! チョコレートっ、作ってきたよっ!」
 じゃーん! と鞄から取り出したのは、明るいオレンジの包装紙に包まれた小箱。クロスした褐色のリボンが左上で結ばれていて、一見店で買ったようなおしゃれな箱だった。
「サンキュ、こういうのって高かったんじゃねぇの?」
「それは秘密! でも、たくさんの包装紙の中から選ぶのは楽しかったよ。リボンの結び方も色々あったし……」
 家事をそつなくこなす真希でも、包装まですることなんて滅多と無い。さらにバレンタインのチョコレートとなると話は別で、初めて男性に贈る物を可愛らしくしすぎず彼のイメージに合うように……と目移りする数々の包装紙の中からこれを選んだのだ。
 けれど、壮太はじっとその包みを見たままで開けてはくれない。落ち着きある物にしたつもりだが、どこか気に入らない部分でもあったのだろうか。
「……んーとね、いちおう手作りなんだよ」
「マジ?」
 綺麗なラッピングに市販品かとほんの少し残念に思っていた壮太は急いで包みを開ける。その様子に手作りを喜んでくれているのだと知った真希は嬉しいながらも緊張が高まっていく。
「多分、うまくできたと思うんだけど……どうかな?」
 包装紙と同じオレンジ色の箱を開ければ、4種類のチョコレート。うち1つはピンク色の薄いハート型で、その凝った作りに壮太は驚いて目を見張る。
「あ……あのね? 友だちに教えてもらったんだけど……」
 じっと見つめている壮太に恥ずかしくなりながらハートのチョコレートを1枚取り、おまじないが上手くいきますようにの祈りを込める。
「相手に、気持ちをばっちり伝えるための、最後の仕上げがあって……」
 出来のいいチョコレートにまだ何かをするのかと真希を見れば、恥ずかしそうにちょんと手にしたチョコレートに口付ける。そのまま口元に差し出されたチョコレートに、思わず壮太は口にするが恥ずかしさが込み上げてきたのは顔を真っ赤にして真希が腕に抱きついてきてからだった。
(なんつー顔で渡してくんだよ……ったく)
 けれど、このままでは自分がドキドキさせられたようで何となく悔しい。ちらりと覗き混んだ箱の中にはまだハートのチョコレートは2枚残っていて、悪戯を思いついたかのように真希の耳元で囁いた。
「もう終わりか? まだ2枚あるみたいだし……バッチリ伝えるんだろ?」
「え、えぇっ!? 足りない?」
 ちらりと壮太の顔色を伺うようにだけ隠していた顔を上げるけれど、ライトアップされている庭園では真っ赤になっていることなど隠しきれなくて壮太は口の端を上げて笑った。
「しょうがねぇな。だったら、もっと簡単な方法教えてやろうか」
 恥ずかしくならずに、壮太へ想いを伝えることが出来る。そんな方法があるのなら、やってみたいと真希は腕を放して全力で頷いた。
「……ちょっと目ぇ閉じてろ」
「え?」
 気付けば軽く顎を持ち上げられていて、真っ直ぐに壮太に見つめられている。一体どうしてと考える間もなく近づいてくる唇。
「目を閉じるだけなんて、さっきより簡単だろ? それとも、開けたまま……されたい?」
「と、閉じるよ! 閉じるからっ!」
 ふわりと香るチョコレートの甘い香り。さっき自分があげた物だろうかと緊張して待っていると、真希の唇には冷たい感触。
「キス、されるかと思った?」
 驚いたように目を開けば、意地悪く微笑んでいる壮太の顔。何が起こったのだろうと慌てふためいていると手に握らせてくれたのはリップクリーム。色こそ付いてないがチョコレート味のするそれは、先程近づいてきたときに壮太の唇だと勘違いした物だ。
「……壮太さんっ!!」
 キスされなかったことは残念だったような、ホッとしたような。プレゼントは嬉しいのに、喜べばいいのか拗ねればいいのか解らなくて、真希は再び顔を真っ赤にして彼の腕に抱きついた。
 悪びれた様子もなく口先だけの謝罪をする壮太に、これからずっとこんな風にドキドキさせられるのだろうかと思う。告白の返事はまだだけれど、彼が迎えに来てくれる日を願いながら手を繋いで帰路につくのだった。