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嘆きの邂逅~離宮編~(第2回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第2回/全6回)

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第1章 闇の中で

 外は暗く。
 一切の光は無い。
 風も感じられず。
 虫の音も聞こえはしない。
 側に人の、仲間の気配が感じられなければ。
 この闇の中では、長く正気を保ってはいられないだろう。

「優子さん」
 間近で名前を読んでも返事がない。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は作戦総指揮官である神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の肩にぽんと手を置いて、顔を覗き込む。
「優子さん、どうかされました?」
 離宮の敷地内に訪れて2日。
 交代で塔の外へ出て、塔の中に休む空間を作って休息をとっている。
 優子も先ほどまで仮眠をとっており、その後百合園女学院内に設置された、離宮対策本部と連絡をとっていたはずだが……。
「何か不測の事態でも?」
「いや、アレナが……」
 パートナーのアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)と携帯電話で会話をした後から、なにやら優子は考え込んでいる。
「アレナさんがどうかしました?」
「まあ、ちょっとな」
 軽く吐息をついた後、ランタンの淡い光の中、優子は微笑みを見せた。
「で、何だ?」
 優子が問うと、祥子は奇妙な笑みを浮かべた。
「なんでも入浴したいという意見があったとか?」
「はは、そうだな……」
「そんなことを仰っていたお嬢様はどちらに?」
「隅で固まってる白百合団仮所属のあの子達だけど、まだ風呂の目星はついてないぞ?」
「解ってます」
 にこっと笑みを浮かべると、祥子は少女達の元に歩いていった。
 そして。
「皆、お風呂に入りたいの?」
「はいっ」
 祥子の問いにふわりと笑顔を見せたリーダーっぽい少女に近づくと、
 パンッ
 頬を平手打ちした。
 少女は目を見開いて呆然としていたが、次の瞬間わっと泣き出したのだった。
「ここがどこでどういう状況にあるか理解できてないでしょ?」
 祥子の厳しい声が飛ぶ。
「わかってます。でも昔の建物が他にもあるっていうし、意見くらい出したっていいじゃないですかっ」
 少女はわあわあと泣き出して、周りの女の子達は叩かれた少女を慰めながら、祥子を悪人にように非難の目で睨みつける。
 祥子は呆れて一瞬物が言えなくなる。
 大きく息をついて、声のトーンを和らげる。
「ほら、泣かないで。大きな声を外に漏らしてもダメなのよ? そして、5000年間光も音も命もなかった場所。そこでいきなり人の営みが行われたら、どうなる? 一番敵に感づかれる行為だとは思わないの?」
 ゆっくりと優しく諭していくと、女の子達はちょっと不満そうな顔をしながらも、頷いていく。
「でも、暴力はいけないと思います。私達は皆さんの治療をしたりお世話をしたりしに来たんです。皆さんのように戦う力はありませんけれど、お役に立ちたいと思って……それなのに」
 また泣き出す少女に、祥子も困り果てる。
 意識がこうも違うのかと。
 幸い、白百合団員の方は優子に躾けられているのか恐れているのか、意識は低くない。
「叩いたことは謝るわ。だけど、そんな気持ちのままで行動していたら、あなた達は誰も、友達も癒すことができないわよ」
 涙をぬぐいつつ、少女は首を縦に振る。
「そうね。ストレスや体臭の問題もあるからね、反対はしないわ。会議で私からも提案してみるから」
 そう言うと、少女全員が首を縦に振った。
 どしても入浴は大事らしい。隅の方で固まっているのも、臭いが気になるからかもしれない。

 祥子が優子の元に戻ると、既に安全が確認されている場所の探索や、運用について話し合われているところだった。
「本隊のメンバーは安全が確認された南の塔の方に送られてくるという話なので、南の塔近くに本隊規模の陣を構えてはどうかと意見を出したところ」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)がメモを取りながら祥子に説明し、祥子は頷いて彼女の隣に腰掛ける。
「でも、主戦場は北の使用人居住ですから、南に陣を増やしてもすぐに救援や交代が出来ないと思うんです。ですので、調査をして宮殿中心部近くに陣を設営してはどうでしょう? ここでしたら戦闘になった時に集まることもできます」
 作戦総指揮官の補佐を務めている フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)がそう提案をする。
「だが、安全が確認されているとはいえ、宮殿近くで陣の設営など大掛かりなことを行ったり、大勢で集まることは危険も増すだろう。築くのなら宮殿に向う隊をサポートする陣だな」
 優子が考えながらそう言う。
「別邸を確保予定なのだし、南に陣を築いて確保予定の別邸を盛り込んで、同宅は衛生・医療班の拠点として活用するというのはどうかしら? この現在の西塔の拠点は、宝物庫に突入する隊のベースキャンプとして維持すれば?」
「私も賛成です。といいますか、ここは狭すぎますし不衛生ですので、医療所を設置するには少々不向きに思えます。きちんと負傷者の治療が出来る場所の確保が必要です」
 明子に賛成しベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がそう言った。
「なるほど、本陣を移し、別邸に医療所か。確かに医療は別邸の方が向いていそうだ」
 優子の言葉に頷いて、明子が提案を続けていく。
「南陣地の資材は最低限の囲いのみ西から持ち込み、本隊の持ち込む物資を主として、陣の見張りは交代制で監視の目を絶やさぬようにね」
「人数も敷地もそこまで広くはないから、いくつも拠点を築くのはどうかと思うんだが。フィルの言う、宮殿近くと、使用人居住区に近くて宮殿からは離れた位置に1箇所。そして本陣――他の塔も一応確保しておくが、見張りなどに人員を割くのはもったいない気もするな」
 考えがら優子はそう言った。決定は調査中の塔の状態が判明してからだが、基本的には明子の案に近い布陣になりそうだ。
「続いて、別邸確保の際の提案があります」
 明子が先遣調査隊と検討し、紙に纏めた注意事項を読み上げる。
・一応の安全地帯であるが、敵をおびき寄せない為の配慮は最大限行う。
・清掃等で立てる物音はある程度許容するが、私語と灯りは抑える。
・常に二人一組で死界を無くすよう意識しながら行動。
・有事の際にフォローが効くよう一定距離を保って行動する。
「概ねそんな方針でいいだろう。調査に行くものに渡してくれ」
「はい。あと水の確保は難しそうよね?」
「各自持ってきた水以外は、魔法で調達するしかないな」
 優子の言葉に、明子は首を縦に振った。
 今のところ鍋などに氷術や火術を使って水を作り、飲料にしたり身体を拭いたり不自由なく使えている。ただ、戦闘中ではないため、皆精神力に余裕があるからできることだ。
「その別邸確保は、是非私に行かせてほしい」
 志願したのは、医学知識のある本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)だ。
「本隊を受け入れるにあたり、医療、衛生面の見地から少しでも広くて安全な場所と大量かつ清潔な水の確保ができる環境が必要と思う。ここよりは適している可能性が高そうだ。野外とはいえ雨風の吹く地ではないが、それでも屋外より屋内での治療が最善だからな」
「私も一緒に行くよ! これで2人1組だねっ」
 涼介のパートナーのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)がにこにこっと可愛らしい笑みを浮かべた。
「それじゃ、お願いするよ。明子の注意書きに目を通しておいてくれ」
「うん」
 優子に元気に答えて、クレアは明子から紙を受け取って涼介と一緒に目を通すのだった。
「あとは、安全な西と南に次いで東の塔の確保務めたい」
 そう発言をしたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。
「有用性があるかわからないが、調べておくべきだろうな。先遣調査隊の安全確認後に数人で組んで向ってほしい」
 優子の言葉に北都は頷いた。
「……とりあえず、今のところはそんなところか?」
 優子の問いに、集まっている皆が頷いた。
「本陣を設営するかどうか検討するためにも、私は南の塔に調査隊メンバーと行ってこようと思う。適しているようなら、通信機で知らせるんで、順次移動をしてほしい」
「はい。整備はできている」
 優子がそう言うと通信機の整備を行っていたフラムベルク・伏見(ふらむべるく・ふしみ)が、ヘッドホン、マイク付きの子機を優子に渡す。
「ありがとう」
「何かあったら、直ぐに連絡してね」
 管理は引き続きコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が担当しており、いつでも受信が出来るよう常にヘッドホンをつけている。
「うん、ここは頼んだよ」
 優子は通信機を装備すると、出発の準備をしている先遣隊隊長樹月 刀真(きづき・とうま)に目配せをし、他の同行者と共に西の塔から出て行く。
「気をつけて」
 刀真のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は当座この場に残って通信係を務めるようだ。