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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

リアクション

 自室で目前に迫った危機のことで悶々としていたヨシオだったが、一通の電話で何もかもが吹き飛んでしまった。
 ドアの外に控えていた配下が止めるのも聞かず、外に飛び出す。
 誰だかわからない電話の主は言った。
『るるくんの記憶を返してほしければ、ミツエを捕らえてきたまえ。断ったらどうなるか察してくれると嬉しい。異論を唱えても、ミツエ側に情報をもらしても、まずいことになるだろうね』
 この脅迫よりもショックだったのは、るるがヨシオのことを忘れていることだった。
 電話の主の言葉は、ヨシオの耳を通り抜けていく。
『ちなみに誰かが救出に来たとして、ばれたらもう終わりだから注意するように。異論は認めない。ではご武運を』
 通話は一方的に切れた。
「るるさんを助けに行かなくちゃ!」
 というわけで、飛び出したのだ。
 転ぶように外への通路を走りながら、ヨシオはアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)を思い出した。
 彼は確かここを守るためにミツエ軍へ攻撃を仕掛けると言っていた。
 アルツールはるるの通うイルミンスール魔法学校の教師だ。
 初めて対面した時、(顔には出さなかったけど)ヨシオはとても緊張していた。
 真面目に勉学に励む学生にパラ実生が近づくのは許さない、と怒られると思っていたのだ。
 しかしアルツールはヨシオを見た後、こう言った。
「不純異性交遊しているわけではないようだから、今のところは交際を黙認する。その気持ちを大事にしたまえ」
 ヨシオの、アルツールに対する印象は一変した。
 悪い人じゃない、と。
 彼の軍に混ぜてもらおう、とヨシオは走った。

 その進路では、周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)孫権が話し込んでいた。いや、周瑜が孫権を問い詰めていたと言うべきか。
「孫権よ、ミツエに何かあればそなたもただではすまぬことは知っておろう……。故に良雄側についたのは何かしら策があるからか?」
「実は……」
 辺りを念入りに伺った後、孫権は声をひそめた。
 周瑜も表情を引き締めて耳を傾ける。
「しゃ」
「勝手に背負った借金の話など、聞きたくありませんよ」
「……」
 孫権のセリフは見事に断たれた。
 周瑜は呆れ顔で深いため息をつくと、一通の手紙を差し出した。
 受け取った孫権は、差出人の名前に顔をしかめる。
 そのまま懐にねじ込もうとしたが、
「今読んでください」
 と、周瑜に言われた。
 しぶしぶ封を切る孫権。
 手紙には冒頭からお叱りの言葉が書かれていた。
『目を覚ましなさい! 孫呉はどうする気よ!
 どーしてもよそへ行くって言うなら、孫呉はあたしが統べるよ。
 国の財政が厳しくて頭を悩ませるならまだしも、自分が博打に負けて作った借金じゃん。自業自得でしょ。そんなんじゃ君主失格だよ。
 幸い孫呉の優秀な将・軍師・文官もパラミタに来てるみたいだし。
 その人達に声をかけて、あたしの名のもとに孫呉を復活させよう』
 読み勧めていくにつれ、手紙を握る孫権の手が小刻みに震えていく。
 挑戦状とも言えるこの手紙を書いたのは孫 尚香(そん・しょうこう)である。
「尚香殿は私に手紙を託されながら寂しそうに呟いておいででした。伯符兄がいてくれれば、こんなことにはならなかったはずなのにな……と」
 伯符兄とは孫策のことで、孫権と孫尚香の若くして亡くなった兄である。
「あのヤロウ、人の痛いところをズケズケと……そんなんだから、いつまでたっても縫い物の一つもろくに……いや、まあいい。とにかく、帰ったら尚香に伝えとけ。俺はここにいるのが一番だってな!」
 それをどう受け取ったか、周瑜はふと小さく笑んだ。
「私もここにいますぞ。……おや?」
 周瑜はずいぶん慌てた様子で駆けてくるヨシオに気づいた。
 ヨシオも二人に気づき、足を止めて言った。
「おお、孫権。良いところに。我はこれから少し王宮をあける。防衛は任せたぞ」
 周瑜と孫権は同時に首を傾げた。
 これから戦になるという時に、領地をあける領主がいるだろうか?
 その疑問を口にしたのは秋月 葵(あきづき・あおい)だった。
「これから生徒会が攻めてくるんだよね? ……どうするの?」
「そういえば、鷹山剛次は変態のおっぱいマニアですよ。無乳(?)のミツエはおろか、あなたの思い人の立川るる殿の乳も狙っているのです。そんな時にここを離れるのですか?」
 解せません、と難しい表情をして腕組みする周瑜。
 葵がパチンと手を叩く。
「よかったら、ミツエちゃんと会ってお話ししてみない?」
 正気に戻ってからだけど……と、小さく続けて誘いをかけてみると、ヨシオはハッとしたように目を見開いていた。
 彼は慌てるあまり使者達のことをすっかり忘れていたのだ。
 何やら顔色の悪いヨシオをエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が心配そうに見つめて言った。
「あの、大丈夫ですか? どこか具合でも……あっ、良雄さん!?」
 突然、力が抜けたように膝を着くヨシオにエレンディラが慌てて手を差し伸べる。
 ヨシオはその手をすがるように掴んだが、本人はそのことをまったく意識していなかった。
 ヨシオの頭の中は、るるのピンチと、待たせている使者達の言葉と、謎の脅迫電話がぐるぐると渦を巻いているだけだった。どうすればいいのか、答えがまったく見えてこない。
 ヨシオのポケットから何かが転がり落ちた。
 葵が目を瞠る。
「それ……スフィア!?」
 ヨシオも持っていたのか、と一同は息を飲んだ。
 その球体の色は、どんよりと黒ずんでいっている。
 その時、遠くのほうで何やら騒ぐ声があった。
「敵襲だ!」
 素早く声のほうを見た孫権が鋭く叫ぶ。
「俺はあっちに行くから、お前達はヨシオを王宮へ! 何とかして落ち着かせてくれっ」
 ヨシオの不審な行動に、もしやすでにるるに何かあったのではと誰もが予測していた。
 そして、このタイミングがよすぎる襲撃。スフィア。
 偶然かどうかはわからないが、ヨシオタウンにとってはヨシオが主だ。こんな姿を見られるわけにはいかない。
 もっとも、もともと混乱していたヨシオをさらに混乱に陥れたのは周瑜の発言だったのだが、知らなかったので仕方がない。
 ちょうどそこに、ヨシオを追いかけてきた百々目鬼 迅(どどめき・じん)がやっとヨシオを見つけて駆けつけてきた。
 孫権から簡単な事情を聞いた迅は、ヨシオを支えてさっさと王宮に戻ろうと足を進める。迅はヨシオに自分と同じ悲しみを味わわせたくないと思った。
 反対側から葵もヨシオを支える。
 エレンディラは葵についていくことにし、周瑜は孫権と防衛にあたることにした。
 しかし、このことはいつの間にか町中に広まってしまっていた。
『るる様が行方不明になってしまったため、ヨシオ様の秘めたるクトゥルフの力が解放される!』
 るる様を探せ! さもなくば世紀末じゃー!
 ……と、いうわけである。

 その頃、自身の契約者が行方不明になっていることなど露知らず、町を散策していたラピス・ラズリ(らぴす・らずり)立川 ミケ(たちかわ・みけ)は、屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)ヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)と仲良くなっていた。
 ラピスとミケがサルヴィン川で獲れた魚を売っている店を覗いていたところに、ふらふらとかげゆが現れ、三人で店の主人から魚の種類やおいしい食べ方を聞いていると、どこからか歌声が聞こえてきて、行ってみたらヴォルフガングが町の中央の噴水のある広場でモヒカン達と歌っていたのだ。
 歌はヴォルフガングが作ったもので、ヨシオのテーマソングだった。ヨシオを崇める町のモヒカン達はすぐに歌を受け入れ歌い始めた。
 おもしろそうだ、とラピス、ミケ、かげゆも混ざって歌っていると、非常に慌てたモヒカンが駆けつけてきて、
「るる様を見なかったか!? お、お前らはるる様の! どこにいるか知らないか?」
 早口に怒鳴る彼は、すぐにラピスとミケに気づいて詰め寄った。
 その迫力に気圧されながらも、るるに急用かと思ったラピスは携帯をかけてみることにした。
「あ、るるちゃん? 今どこにいるの? ……え? 外? 外ってどこの? あれ? るるちゃん? おーい!」
 通話は切れていた。
 話の途中で切るなんて、と不満気に唇を尖らせるラピス。
 けれど、外にいることはわかった。
「王宮にはいないみたい。外にいるって言ってたけど、どこか聞く前に切れちゃった。変なの」
「外……町は今探しているが、いないとなれば……大変だ、クトゥルフ様が混沌の雨を降らせるぞ!」
 ひ〜、と情けない声をあげながら彼は走り去っていった。
「混沌の雨が何かは知らんが、探したほうがよさそうだねぇ」
 かげゆの言葉に、その場の者達は頷いた。
 ラピスはもう一度携帯をかけてみたが、今度は電源が入っていないらしいメッセージが流された。
 こうして、剛次におっぱいを狙われたるるが行方不明になった、という噂がヨシオタウンへ広まっていったのだった。