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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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三陣営の戦い


 相変わらずミツエの邪氣と奮闘中の乙軍の面々だったが、今はそれに加えヨシオ軍や生徒会軍からの攻撃を受けていた。
 張角らが応戦しているが、戦況はよろしくない。
 このことがさらにミツエの攻撃意欲に火をつけていた。
「さっさとヨシオタウンを制圧しないからこうなるのだ!」
 と、いうわけだが、ミツエに意見している者達が問題にしているのはそこではない。
 内も外も苦しくなってきた時、姫宮 和希(ひめみや・かずき)の携帯にヨシオのもとへ同盟締結のために出向いていたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)から連絡が入った。
 それを聞いた和希の口から素っ頓狂な声があがる。
立川 るる(たちかわ・るる)が行方不明!? 良雄はどうしたんだ?」
 ヨシオの周辺で異変が起こったらしいことを察したのか、ミツエも罵声を引っ込めて和希を見守る。
「……どこにいるかわからないけど、町のどこかにはいるんだな? ところで、同盟はダメだったのか? ヨシオ軍の攻撃受けてんだけど。……保留? てことは、この攻撃は独断かよ──あっ」
 和希が眉を八の字に下げた時、ミツエが携帯を奪って向こう側に命を飛ばし始めた。
「好機だ! 内側から掻き乱してやれ! 他の者にも……こらっ! 切りよった」
 舌打ちするミツエ。
 どうやら途中で通話を切られたようだ。
 無礼者め、とプリプリするミツエの手から携帯を取り戻した和希の耳に、桐生 ひな(きりゅう・ひな)が囁く。
「もう市街地目前です。これ以上進むと本当に戦争になります。厳しいですがここで耐えましょう」
 和希は頷いた。ミツエの説得を諦めたわけではないが、彼女を狙ってくる者が現れるかもしれないので、そちらへの警戒を強めることにしたのだ。
 ひなは張角のいるほうへ目を向けた。

「我こそはヴォルスング一族のシグルズ。この名を恐れるならば、道をあけよ!」
 馬上で剣を掲げ、堂々と名乗りを上げるシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)に、張角が率いるゴブリン達は銃や剣、槍を振り上げいきり立った。
 剣を持つゴブリンがシグルズの隊に殺到する。
 その勢いを邪魔するようにアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が錐形の陣の後方からサンダーブラストを放ち、シグルズが切り込みやすいようにした。ギャザリングヘクスとソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)で強化された雷は地に落ちた後も光の筋を地面に走らせた。
 援護を受けたシグルズがミツエ軍を真っ二つに割ってやろうと突進する。
 しかし、今回のゴブリン達はいつもと違った。
 サンダーブラストに倒れる者もいたが、ほとんどがそれに耐えシグルズの突撃を阻もうと剣や槍を突き出し、彼らの後方からは銃弾を浴びせてくる。
 指揮を任されている司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)は軽く舌打ちした。
「闇龍の加護か……」
 これが現れたことで鏖殺寺院の者やゴブリン、オークといった者達が、契約者並に強くなったのだった。
 司馬懿は動揺が大きくならないよう、厳しい声を飛ばす。
「陣形を崩すな! 敵軍をここで潰すのだ!」
 覇気のある声にヨシオタウンから借りてきた兵達の気持ちが引き締まり、動きに精彩さが戻った。
 司馬懿がミツエ軍を叩こうと思うのは、伝国璽から出てきたという邪霊も原因だった。
 歴代皇帝の邪念ということは、自分の息子である司馬昭もその中にいると思ったからだ。
 恥さらしと思ったか哀れと思ったかはわからないが、放っておくことはできなかった。
 シグルズを援けながら、アルツールは後ろのヨシオタウンのほうも気にかけていた。
 彼は孫権を信用していない。
 故に、後ろから増援に見せかけて襲ってくる可能性もある。
 もっとも、そんなことをすれば今度はヨシオを慕う者達から総攻撃を受けるだろうが。
 それに、生徒会のバズラが動いているという情報も耳に入っている。
 生徒会もミツエが邪魔である以上、そのミツエ軍に攻撃している自分達に剣を向けてくることはないだろう。
 となると、孫権はバズラと当たるしかない。
 ただ、よくわからないのは、るるが行方不明だという件だ。
 生徒会かミツエ軍のどちらかが連れ去ったと思われるが、それ以上は何の情報も入ってこない。
「夢を見て、破壊を振りまいたあげくがあの様か。まったくもって愚かなことよ」
 考え込んでいたアルツールの意識を、レメゲトンが戻す。
 思考は中断されたが、これは幸運なことになった。
 隊の後方から突然わきあがる怒号。
 懸念していた孫権の代わりに、どこに潜んでいたのか李厳 正方(りげん・せいほう)の率いる一隊が襲い掛かってきていた。
 挟撃の形になってしまったが、アルツールも司馬懿も慌てることはなかった。
 前方のシグルズのほうが勢いがあったからだ。
 しかし、とりあえずは後ろを静かにさせるためアルツールは李厳の隊へ魔法を放つための詠唱に入った。


 その様子を遠くから見ていた羽高 魅世瑠(はだか・みせる)は、張角を一発ぶん殴ってくるなら今がいいと感じた。
 前回、神楽崎分校への生徒会の干渉を防ぐために崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)と共に鷹山剛次へ交渉に出向き、その約束を取り付けることができた魅世瑠だったが、それでめでたしとさっさと生徒会から身を引いたのでは、周りの者に呆れられるだろうと今回の従軍を決めた。
 あまり気の進まないことではあったが、やると決めるきっかけになったのは曹操がもたらした『ミツエ乱心』の報による。
 これで生徒会への義理も果たせるだろう。
 何かと突っ走りたがるバズラを押さえ、国頭 武尊(くにがみ・たける)とまめに連絡を取り合いながら行軍速度を影から調整していたフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)が魅世瑠の横にやって来て囁いた。
「そろそろミツエ軍が戦闘状態にあることに気づきだした。押さえるのも限界だよ」
「……だな。よし、行くか!」
 血の気が多く感性で動くパラ実生を無理に押さえつけても良いことはない。
 魅世瑠は武尊に指示を求め、フローレンスは隊の調整のため後方に戻っていった。
 フローレンスが向かった先ではアルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)が曹操に迫って……いや、監視をしていた。
「うふふ、孟徳さんのお好みの女性のタ・イ・プは?」
 曹操にぴったりくっついて色気をふりまき尋ねているアルダト。
 美人に寄り添われて悪い気などするわけもなく、曹操は機嫌が良さそうだ。
「そうだな……太陽の光のような輝く色の髪に情熱的な赤い瞳、磁器のような白い肌に抱き心地の良さそうな体の女……といったところか」
 熱を含んだ目でそう言ってアルダトの腰を抱き寄せる曹操。
 それはまるでアルダトのような特徴で、気づいた彼女は恥らうような表情をみせる。
 どちらもどこまで本気か知れない。
 妙な空間になっているそこをフローレンスは見なかったことにして、最後尾にいるバズラのもとへ進むことにした。
 曹操がバズラの陸上部隊に参加することになった時、猫井 又吉(ねこい・またきち)がヘキサポッド・ウォーカーに乗って共に行こうと誘っていたが、その作戦が光学迷彩で姿を消して部隊を指揮することだと知ると、自分は逃げも隠れもしないと言って降りてしまったのだ。
 そして、アルダトが監視についたのだった。
 通り過ぎる途中、もう一人の仲間のラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)を見やる。
 気づいたラズはパッと顔を輝かせて言った。
「もうごはん? ラズ、おなかすいたよー」
「ごはんはひと働きしたらな。今、ヨシオの軍勢とミツエが争ってる。そこに突っ込むぜ。準備しとけよ」
 言いながら、フローレンスの目は曹操に向けられる。
 曹操は「いよいよか」と呟くとアルダトから手を離して姿勢を正した。
「ところでラズ、そのイナゴ食うのか? それだろ、最近増えたっていうまずいイナゴは」
「そうだよー。でも、ちょっと大味かもしれないけど、食べれないことはないと思うんだー」
「止めても聞かんのだ」
 曹操が軽くため息をついた。彼はイリヤ分校に潜伏していた頃、この通常よりだいぶ大きなイナゴを分校の生徒達と佃煮にして食べたことがあったが、固いし苦味が強いしですぐに食べるのをやめてしまった。
「ほどほどにな」
 フローレンスはイナゴを鷲掴みにしているラズにそう言い残し、再び後方を目指した。

「略奪者から略奪だぜ、ヒャッハー!」
 ブライトフィストでゴブリンを殴り飛ばすフローレンス。
 ゴブリン達が自分達と対等の強さになっていたのは、戦って初めて実感したが引き返すわけにはいかなかった。
 魅世瑠はもう少し前の方にいて、もしかしたらミツエかその側近らとぶつかっているかもしれない。
「よそ見をしていていいのか?」
 空気を切る音が聞こえて反射的に身を引くと、鼻先を槍の刃がかすめていった。
 いつのまにか張角が迫ってきていた。
「しっかりしないと、首が飛ぶぜェ!」
「させるかよ!」
 ブライトフィストで槍を受け流し、張角の懐へ飛び込もうとしたフローレンスだったが、槍の柄に阻まれた。
 二人が戦っている頃、魅世瑠は和希にミツエへの接近を邪魔されていた。
「ミツエへの義理立てか? 復讐戦どころか略奪しようって奴に? 『乙王朝』の名が泣くぜ!」
「見りゃわかるだろっ、ミツエが今おかしいってことに!」
「言い訳だね!」
 和希が振り回したウォーハンマーを身を低くしてかわす魅世瑠。
 先ほどから埒の明かない言い合いがされていた。
 ヨシオタウンからの軍勢と生徒会からの軍勢に挟まれ、ミツエ軍はいつ潰されてもおかしくない状況にあった。
 張角率いるゴブリンや蛮族がよく戦っていたが、限界がある。
 どうにか戦況を覆そうと、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は小型飛空艇ではるか上空から突破口はないかと窺っていた。正確には曹操の位置を探していた。
「……あそこか」
 ようやく見つけたカルキノスは、曹操までの道で守りの薄い箇所をいくつか見つけると地上のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)へ連絡する。
 じりじりしながら連絡を待っていたダリルは、音を鳴らした携帯に素早く反応した。
「カルキノスか? ……わかった」
 要点のみの通話を終えたダリルは、手を上げて進軍の合図を飛ばした。
「しびれ粉はちょっと危険だな。混戦状態だから味方もしびれてしまうかもしれない」
「それはダメだね」
 機会があれば風上から敵軍をしびれさせてやろうとたくらんでいたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、ダリルの意見を受け入れた。
「──行くぞ」
 ダリルの再度の合図で彼らは配下を連れて曹操へ向けて駆け出した。
 曹操の位置はカルキノスから聞いているので、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)はすぐに見つけることができた。
「文和さん、行くヨ!」
 横で軍用バイクを走らせる賈 クがかすかに頷いたのを横目に見たサミュエルは、こちらの軍勢の音に気づいた生徒会軍へ向けて機関銃を撃った。
 ルカルカも夏侯 淵(かこう・えん)へ同じように呼びかけ、ブライトマシンガンで攻撃し道を開こうとする。
 生徒会軍は不意打ちに近い攻撃を受けたはずだったが、思いの他乱れなかったのはラズの警戒による。
 その分、ルカルカとサミュエルが考えていたほど簡単ではなく、反撃の矢や銃弾がかすめていった。
 応戦する生徒会軍の兵の隙間に曹操の顔を見た瞬間、夏侯淵が吼えた。
「王、いや武将としての理念も信念も、殿は前世に捨て置いたか!」
 彼は納得できなかった。
 以前、曹操に自分で覇道を歩むのではなくミツエに託した理由を尋ねたことがあった。その時彼は「あの皇氣に、託してもよいと思った」と言っていた。
 それなのに、今回の行動は何だ!
 夏侯淵の叫びが届いたのか曹操と目が合う。
 心の内の読めない笑みを浮かべていた。
 ルカルカとサミュエルが傷つきながら切り開いたわずかな隙間を、夏侯淵がキマク鋼の盾をかざしながら突き進み、賈クがぴったり後をついてくる。
 生徒会軍の強い抵抗に夏侯淵はあまり深く突っ込むのは危険だと感じた。
 賈クもそれを感じ取ったのか懐から薬包紙を抜き出すと、
「あの世で曹昴殿もさぞやお嘆きでしょうな!」
 と、薄笑いを浮かべている曹操へ投げつけた。
 生徒会軍の兵達の頭上を越え、小さな包みは曹操の手に収まった。
 薬包紙を開いた曹操は、そこにあったものにわずかに目を見開き、すぐに元に戻すと懐にしまった。
 賈クは盛大に鼻を鳴らして小馬鹿にしたように言い放つ。
「志をなくした英雄など、隠居して養生でもしておけばいいのだ」
 そして、賈クはさっさとバイクを方向転換させた。
 夏侯淵も後を追う。
 まるで逃げるような二人に、生徒会軍は追い討ちをかけようと攻撃を激しくした。
 突出してきた兵へダリルが暗黒ギロチンを落として怯ませ、ルカルカがクロスファイアで追撃の道をふさぎ、その間に彼らとの距離をあけた。
 去っていく夏侯淵と賈クへ、追うなと命じた曹操にアルダトが聞いた。
「何を受け取りましたの? 養生がどうとか言われてましたけど」
「漢方薬だ」
 曹操は苦笑して答えた。