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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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「とうとう私の前に姿を表しましたね、氷の主! 雪だるま王国女王の私が相手です!」
 赤羽 美央(あかばね・みお)の振るった方天戟が、迎撃に飛んできた氷柱を弾き飛ばす。自ら「あいつが氷龍なら、私は氷人間です!」と宣言するだけあって、氷に対する戦い方は様になっていた。飛んでくる氷柱を見極め、弾ける物は弾き避ける物は避け、止まることなくメイルーンへと近付いていく。
「このまま真っ直ぐ行きますよ――む、あの兆候は……ジョセフ! タニアさん!」
 メイルーンの口が光を放つのを目撃し、美央が背後のジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)タニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)に警告を発する。
「オウ! これ以上寒くされても困りマース! タニアさんも隠れるデース」
「これほど大きいなんて想像もつかなかったわね……」
 人気の消えた氷原を、メイルーンの冷気放射が撫でる。幾多に渡る被害の末、ここに来て生徒たちも対処に慣れが出てきたようで、冷気放射が途絶えると同時に攻撃が再開される。美央もその先陣を切って攻撃に参加し、放たれる氷柱を振り払っていく。
「美央ちゃんが頑張ってる今の内に、大きな一撃を当てられないかしら?」
「ミーに任せておくデース! 伝説の大魔導師が生み出したとされる『ハイパージョセフズスーパーマジック』で吹き飛ばしてやりマース!」
「そ、そう。ねえ、毎回名前が違うのは……いいわ、今聞くことじゃないわね。分かったわ、私は風で援護するわ」
 頷き、紅の魔眼で高められた魔力を行使して、ジョセフが頭上に炎の塊を生み出す。そこへタニアの起こした風が吹き抜け、メイルーンを構成する柱の一つへ巻きつき、風の道を作り上げる。折しも後方ではリンネが、詠唱を完了して巨大な球体をやはりメイルーンへぶつけようとしているところであった。
 
「ファイア・イクスプロージョン!」
「ハイパージョセフズスーパーマジック!」

 二つの声と二つの炎が重なり、風の道に沿って煽られるように炎が舞い、氷柱に大きな穴を開ける。
「この好機、みすみす逃しはしません!」
 周りの冷気で穴が塞がろうかという矢先、砂時計の力で時の流れを操った美央が氷柱の前に飛び込み、穴へ渾身の一撃を振るう。
 もう一度、今度は衝撃も加わった穴が穿たれ、そこから両端へ亀裂が走り抜け、破砕する。
 メイルーンの巨体が大きく揺れ、そろそろ生徒たちの攻撃が本体に届こうか、というところまで来ていた――。

「さぁ、もう夏の音がします。冬の音色を響かせる氷は、解ける時間ですよ」
 氷の壁の向こうから、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が出撃の準備を整え、青白色の世界に紅く、紅く染まる羽を羽ばたかせて飛び立つ。左手に輝く剣、右手に槍を携え、天井から落ちてくる氷柱を避けながらメイルーンへ向かっていく。
「じゃーん、こおりのメガホンだよ〜」
 氷の壁を構築したナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が細工を施した箇所に、樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)が槍をぷす、と刺し、自らの身を守りつつ歌声を届けられるようにする。準備を終えた眞綾が天井から落ちてくる氷柱に注意を向けている間、攻め込んでいる味方を焼き払ってしまわない程度に壁と足場を調節して射角を確保したナコトが、メイルーンの攻撃の間を縫って炎の嵐を浴びせる。
(この機……行けますか?)
 向けられていた氷柱がその炎で破壊され、アルコリアが次のタイミングで突っ込もうとした矢先、冷気の筋が炎をかき消し、空を舞うアルコリアを執拗に追い続ける。壁を、天井を冷気の筋が穿ち、固まって出来た氷柱があちこちで絨毯爆撃のように炸裂する。
「わわわ〜、とてもおいつかないよ〜。ねえ、アルママはだいじょうぶなの?」
「ここで落とされるアルコリア様ではありませんわ。今は信じて、待ちましょう。アルコリア様が征かれる時、最高の力を発揮できるよう、わたくし達も備えましょう」
「う、うんっ!」
 ナコトと眞綾の前方では、冷気放射を避け切ったアルコリアが一つの策を講じるべく、やや前方で待機していたシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)に視線を飛ばす。槍を投じる合図で、例の物を使え、と。
(アルの言葉、聞こえるぞ。分かった、ボクに任せてくれ)
 シーマが【四角い水色の直方体】を取り出すのと、アルコリアが右手の槍を投じるのはほぼ同時のこと。槍は炎を受けて真っ直ぐに飛び、メイルーンの口やや下に突き刺さる。
『――――!!』
 重要な器官を狙っての攻撃にメイルーンが激昂の咆哮をあげ、逆襲の冷気放射を見舞うべく口を開き、光を漏れさせる。
「……ここで、行く!」
 ブースターをふかし、シーマが一気に有効射程内に近付き、冷気を封じる力を発現させる。淡い水色の光が一筋、メイルーンの口に飛び込み、靄のように広がった光がメイルーンの冷気放射を一時的に使用不能に陥らせる。
「まぁやちゃん、歌を、アルコリア様は今、征かれますわ!」
「アルママ、ふぁいとーーー!」
 眞綾の声が、アルコリアに力を与える。
「征って下さいませ、マイロード!」
 ナコトの放った炎の嵐が、アルコリアが構えた輝きを放つ剣に纏わりつき、噴き上がる炎に変わる。
「託すぞ、ボクの契約者」
 シーマの施した加護の光が、アルコリアを包み込む。臨界点に達した炎が煮たるように憤る。

「朝を齎す力よ、街に夜明けを!
 この地に雪解けを!」

 
 さながら炎の鳥と化したアルコリアの、突き出した剣がメイルーンの口に打ち込まれる。炎と氷が激しく接触し、巨体が一際大きく震える。
(この一撃で足りなければ、まだ――)
 アルコリアが予備のために投じた槍、しかしアルコリアがそれを使用する必要はなかった。既に口は今の一撃で使用不能に陥っていたし、残る『目』も、この機を伺っていた者たちの一斉攻撃を受けることとなったからである。

「郁乃様、危ないじゃありませんか! ここから落ちたら助かりませんよ!! 心配したんですからね!!」
「ごめんごめん、でもほら、今なら行けるよ! ここから目を潰せば、私たちの勝利だよ!」
「……もう、これっきりにしてくださいね。では皆様、参りましょう」
 秋月 桃花(あきづき・とうか)の加護の力が自身と、十束 千種(とくさ・ちぐさ)にもたらされる。一方蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)の紡がれた言葉も自身と、芦原 郁乃(あはら・いくの)の魔力を高める。
「せーの、でいっくよ〜! ……せーの!」
 千種の放った爆炎に、郁乃とマギノビオンの作り上げた炎弾が重なり、それらは一つの炎となってメイルーンの目を撃ち抜く。攻撃を受けてしまえば呆気無いもので、撃ち抜かれた目、そして口は活動を停止し、同時に氷柱の攻撃も収まった。
「やった!! 私達の勝利だ!」
 喜び合う郁乃達を背後に、アルコリアも仲間の元へ帰還を果たす。見事口を封じ、作戦は全て成功に思われたのだが、
「……あ〜〜〜っ!? 前髪が、焦げてます……」
 縮れてしまった前髪を撫でて、アルコリアが不満げな表情を浮かべる。先程の爆炎の規模を考えれば、むしろその程度で済んだというべきものなのであったが。

「……リンネちゃんたち、勝ったのかな? これで、レライアちゃんは助かるのかな?」
「……ううん、まだみたい。リンネ、あそこ見て」
 首を傾げるリンネに、カヤノが一点を示す。一対の目が合ったところに、再び光が灯ろうとしていた。
 まだメイルーンは生きている。そのことが生徒たちに伝播し、トドメを刺すべく再び剣を取ろうとした時、二つの人影がメイルーンの弱く明滅する光の前に滑り込み、まるで生徒たちからメイルーンを守るように、そしてただ吼えるだけのメイルーンへ、言葉をもって語りかける。

「五千年間も封印され、目覚めたかと思えば人々からの憎しみを一身に受け、そして今あなたは滅されようとしています。そのような宿命など、変えたいと思いませんか?」

 鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)の声に続き、エウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)も声を発する。

「自分で張った枠に拘らないで、新しい世界を見てみない? ずっと闇龍の配下のままだったら見えてこない景色が沢山あるハズよ。何千年も人と交流してなかった精霊だって最近人と共生し始めたんだもの。今更じゃないわ」

 二人の言葉の後、沈黙が流れる。
 生徒たちは今動けば、二人を巻き込むことになるため動けない。そしてメイルーンも、一時的に力を失ってはいるものの、二人を屠るくらいなら造作ないにも関わらず、それをしない。

『……驚きました。あんなに皆さんを攻撃していたメイルーンに、手を差し伸べる方がいらっしゃるなんて』

 沈黙の支配した空間に、少女の声が木霊する――。