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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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「ああ、どうりで寒いと思ったら、そりゃあんだけ冷気吐いてたら寒いのも当たり前ね。
 リズ、こたつ出して。みかんも忘れないでね。
 はぁ……こたつはいいわね。こたつにみかん、は無敵タッグだわ。
 あ、キリエさんは氷の精霊なんでしょ? 入らない方がいいんじゃないかしら。……え? 氷の精霊だからって溶けるわけじゃない? そりゃ暑いの苦手だけど、へぇ、そうなの。じゃあどうぞ? あ、ついでにみかんどうぞ。冷凍にしても美味しいわよ。缶詰もあるし食べ物には事欠かないわ。だからまずカロメ半分返して。
 ふうん……キリエさんが見えるようになったのって、やっぱり人間界のものを取り込んだのが影響してるのかしら。……うん、カロメ美味しい。え? 私にもカロメちょうだい? ダメ、これは特別なの。
 ……何の話だっけ。
 ああそう、美味しいものね。うな重。うな重美味しいわよ、上なんて格別、特上なんて別世界。……食べたい? そうね、ここから出られたら奢るわ。それにはまずキリエさんをここから連れ出してもいい何かを見つけなきゃね。
 ……え? そんなものはない? イルミンスールの購買で『五色に光る耳あて』を買え? 私はシャンバラ……ああそう、購買は誰でも入れるの。分かったわ、そうする。あとうな重もね。
 ……ねえ、さっきから奥のドラゴン? うるさいわね。キリエさんはあれと知り合い? もしそうだったら説得とかできない? 無理? そうよね、簡単に話聞いてくれなさそうだものね。
 ……ねえ、私思ったんだけど、キリエさん、今でももう洞穴出られるのよね? だったら私たちがここにいる必要ってないんじゃない? ほら戦うの面倒だし、うな重食べたいし。ね、キリエさんも食べたいでしょ、だったら今すぐ出ましょう、そうしましょう――」

「ここまで来て逃げるのかよ!
 それに、会話だけで750文字使うなよ!
  もう私達の出番ないじゃん!

 リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)が、こたつから出ようとする一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)へ手にした冷凍みかんをラケットで全力スマッシュする。それを月実は咥えていたカロメで場外ホームランする。
「うわーすごーい、この棒みたいなものには凄い力があるんだね!」
 その光景を見て、『クリスタリアの氷結の精霊』キリエが感心した声をあげる。流石一本100キロカロリー、伊達ではない。ちなみに月実の会話は、カギカッコ含め1500バイトである。
「リズ、私達の動機、覚えてる?」
「動機? えっと、『まずはキリエさんを外に連れ出さないと。そのために必要なことを調べて実行する感じね。カロメ美味しい』だっけ? ……うああ!!」
 言った後でリズリットが気付いたらしく、頭を抱える。
 そう、精霊のキリエを外に連れ出すのに必要なことは、『戦わず逃げる』こと、そのために必要なことは、先程の会話で調べた。あとちゃんとカロメ美味しいと言っている。つまり月実の行動は、動機に基づいた至極当然のものなのである。
「そんなの嫌だよ! せっかくボスみたいなのまで来て、私ツッコミだけで出番終わっちゃうの?」
「そういう生き方もあるわよ」
「…………バカー!!」
 リズリットが目に涙を浮かべて駆け去ってしまう。残された月実は最後のカロメを食べ終え、おもむろに呟く。
「……ま、このままってのも、カッコつかないしね」
 月実がキリエに向き直る。
「キリエさん、あれくらいのことは出来る?」
 言って示したのは、身の数倍はあろう氷柱を生み出してぶつけるカヤノの姿。
「あ、あれは流石に無理だけど、これくらいなら出来るかも!」
 キリエが、月実の胸からお腹辺りまでを手で指して答える。
「あの氷柱が言わば特火点ね……あれを潰さなければ、ろくに進軍できないわ」
 鋭い目付きで氷柱を睨んだ月実が、その表情のまま落ち込んでいたリズリットを呼ぶ。
「リズ!」
「……な、何?」
 その普段とは全く違う、どこか力強さを感じさせる口調に、ついに月実が本気になった、そんな期待とともにリズリットが立ち上がると。

「ちょっとあれ切ってきて。あなたの光条兵器ならいけるでしょ?」
「……他人任せかよ!!」

 その後、氷柱は無数の切り傷を刻まれて、根元から崩れ落ち地面に転がる。
 攻撃の際には、冷気に対する加護を纏った少女が、うさぎのぬいぐるみを振り回していたという目撃情報が飛び交ったものの、まさか少女一人があれほどの強固な特火点を破壊出来るはずがないと一蹴される。
 しかし、事実として氷柱がまた一つ潰されたことは確かであり、それは確実にメイルーンへと迫る一歩となったのである――。

「こんなんでいいのかー!!」


「くちゅんっ! う〜寒いですエリザベートちゃんと一緒にお風呂入りたいです〜。
 シャンプーが目に入るのが怖くてぎゅっと目をつぶってるエリザベートちゃんかわいいです〜。
 お湯をかけられてぷるぷると首を振るエリザベートちゃんかわいいです〜。
 身体を洗っている時に敏感なところに手が触れてくすぐったそうにするエリザベートちゃんかわいいです〜。
 
 
 
 
 
 
 エリザベートちゃんはかわいいのであなたはさっさと倒れちゃってくださいね〜」

 洞穴の寒さで風邪を引き、メイルーンのもたらす冷気でこじらせたか、神代 明日香(かみしろ・あすか)が途中からもはや言葉にならない本音をダダ漏れさせつつ、それでもメイルーンに向かっていこうと駆け出し、途中でころん、と転ぶ。
 すかさずメイルーンの冷気放射が明日香を襲うが、転倒の際に転がり落ちた【四角い水色の直方体】の力が発言し、靄のような光に包まれた明日香は氷像になるのを危うく免れる。
「エリザベートちゃんが守ってくれたんですね〜」
 もはや現実がよく見えていない明日香がもう一度ころん、と転んだところで、追い付いてきたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)に片腕ずつを引かれて後退させられる。天井から落ちてくる氷柱はノルンの炎の嵐で溶かされ、飛んできた氷柱は夕菜が明日香とノルンをプッシュして回避させる。
「乱暴ですね夕菜さん」
 ころころころころと転がったノルンが起き上がり、危うく冬眠しそうな明日香に温まるだろうと、お酒を飲ませてみる。前方で相変わらず猛威を振るうメイルーンの攻撃パターンを確認した夕菜が二人のところへ戻ると、明日香がむくり、と起き上がった。
「……あれ? 私一体何をしていたんでしょう? 何かを呟いていたのだけは覚えているのですけど……」
 どうやらお酒がいい感じに作用したのか、明日香はすっかりよくなっていた。
「あれが邪魔をしているのですね。では、退いてもらいますよ〜」
 生徒たちを阻む氷柱を目標に定め、明日香が今度は確かな足取りで飛び出す。
「私は明日香さんへ道を作ります。夕菜さん、お願いします」
「ええ、ノルンさんはわたくしがお守りいたしますわ」
 ノルンを夕菜が抱きかかえ、ちょうど移動砲台のようになった二人が、明日香を阻もうとする氷塊や氷柱といった障害物を片端から炎で溶かしていく。タブレットを湯水の如く消費しながらの全力投射に、氷柱の迎撃が追い付かず一時的に沈黙する。
「行きますよ〜!」
 抜き放ったナイフ、ルーン文字が刻まれた刀身が光を放ち、飛び上がった明日香がナイフを氷柱に突き立てる。一点、確かに穿たれた傷口を広げるように、爆炎を撃ち込む。生じた爆風と衝撃で宙をくるくる、と舞った明日香が地面にとん、と足を着けた時には、大きく揺らいだ氷柱が他の生徒たちの一斉攻撃を受けて、完全に沈黙していた。

(……いける! 今のこのよく分からないノリなら、私の作戦だって通用するはず! 遅れて登場した甲斐があったわ!)
 謎な根拠で確信を得た如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が、ブレイク・クォーツ(ぶれいく・くぉーつ)に自ら考案した作戦を告げ、最後にこう言い残す。
「私……無事に帰れたら師匠の授業、真面目に受けるんだ……」
「つまり真面目に受ける気がないんですねわかります。……ですが、一度立てた死亡フラグを僕の力でへし折るのも悪くないですね。行きましょう玲奈、支援はしてあげます。……魔眼よ、開け!」
 紅の瞳が紅蓮の炎をブレイクにもたらし、同様に両手に炎を燃え上がらせた玲奈へ炎を付与する。
「私の拳が真紅に燃える……敵を倒せと轟き滾る! ……師匠から受け継いだこの技、見事使いこなしてみせる!」
 多分そんな事実はないと思われるが、ともかく、メイルーンへの闘志を胸に、玲奈が特攻のタイミングを図る。神経は研ぎ澄まされ、漂う冷気も玲奈の気を紛らわせることは出来ない。
 メイルーンがアイシクルブレスを吐く合図、ほんの僅かの挙動、それを見逃さぬよう険しい視線を向ける――。
 メイルーンの口が開かれ、奥から光が漏れ始める――。
「行け、玲奈!」
「はああああ!」
 ブレイクの命令調の言葉と、玲奈が飛び上がるのは同時のこと。氷の地面を撫でるように放たれていくブレスの発射口へ真っ直ぐ、拳を突き出す。

「バーニングナックル!!」

 この一撃が直撃すれば、長く険しい戦いに終止符を打つことが出来る……
 しかし、メイルーンのブレスは、触れた玲奈のかざした拳の炎を消し去り、玲奈の身体を氷像に変える。エリアの端から端までを効果範囲に収め、直撃でなくとも氷像と化すブレスを、わざわざ玲奈一人にぶつけたメイルーンは容赦ないといえよう。
「玲奈ーッ! ……くっ、お前の犠牲、僕が無駄にはしない!!」
 ブレイクが叫び、刀身に炎を滾らせ振り抜く。ブレスが途切れた今ならば、この炎は届くはず……
 しかしここでもメイルーンは容赦ない。一旦途切れたブレスを、メイルーンは再度放つ。
「まさか……連続発射、だと!?」
 驚愕するブレイクの視界に、輝く光が迫る。僕もここまでか……その瞬間衝撃が走り、ブレイクは地面に転がされる。何事かと起き上がると、そこには先程凍り付いたはずの玲奈の姿があった。
「玲奈、お前は確か――」
「そんなことはどうでもいいわ。……メイルーン、思っていた以上に強敵ね……!」
 振り向いた玲奈が、鋭い視線をメイルーンへ向ける。その視線を受けてか、メイルーンは咆哮を放ち、生徒たちを威嚇する――。