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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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 メイルーンの吐く冷気が、洞穴の最深部を白銀の世界に変えていく。物陰に身を潜めて放射の止むのを待っていたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の身体が、小刻みに震えている。それが寒さばかりでないことは、メイベル自身がよく分かっていた。
 無理もない、遥か見上げる天井まで到達したメイルーンの巨体は、相対する者に底知れぬ恐怖感をもたらしていた。それは登山者が冬の雪山に挑む時の心境に似ているかも知れない。これからの厳しさ、辛さを思えば、足がすくみ動けなくなるのは半ば当然のこととも言えた。
「少々冷えますわね。メイベル様、寒いようでしたらわたくしのをお召しになられますか?」
「うわ〜寒い寒いっ。知ってたら飲み物、残しておくんだったかな? ごめんねメイベル〜」
 そんな中、メイベルの傍らに控えるフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も、決して余裕があるわけではないにも関わらず、ただただメイベルのことを気にかけていた。
(……私が弱い心でいたら、セシリアにもフィリッパにも余計な気を使わせてしまう)
 主の感情は、まずもってパートナーに影響を与える。誰よりも信頼を寄せるパートナーの力を左右するのは、主の心次第と言っても決して過言ではない。
 冷気が止んだ。生徒たちの攻撃が開始される中、セシリアとフィリッパはじっと控えている。
 主であるメイベルの言葉を、待っているかのよう――。
「……私達も、行きましょう。人間と精霊さんとが、仲良く暮らせる世界のため、私達もご助力しましょう」
 すっ、とメイベルが立ち上がる。
 身体の震えは、いつの間にかなくなっていた。まるで、二人が震えをどこかへ消してしまったかのように、そして身体には熱が宿り、軽さすら感じる。
「はい……メイベル様の言葉通りに」
「よーし、もう一踏ん張り、いっくよー!」
 フィリッパが頭を垂れ、セシリアが腕をまくる真似をして、メイベルに続いて立ち上がる。見据えるのはメイルーンの巨体。
 登山者は苦難に立ち向かい、数々の冬山を制覇してきた。そんな彼らに出来て、私達に出来ないはずがない。諦めなければ必ず、勝利を収められる――。
「……行きます!」
 もう一度、強い調子で言い放ったメイベルに続いて、フィリッパとセシリアが続く。
 決して凍り付かぬ強い心と、結ばれた絆を力として、メイベルたちの戦いが幕を開ける――。

 芦原 郁乃(あはら・いくの)がエリア【F】に辿り着いた時には、既にメイルーンと生徒たちの戦闘は火蓋が切られており、あちらこちらで氷柱と炎弾が飛び交い、時折吹き飛ばされる生徒の姿が見えた。
「うわ〜、あんなのに直撃されたら痛いよね〜! どうしたらいいかなぁ?」
 郁乃の言葉に、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)が意見を述べる。
「主、敵の頭上に出れば敵は攻撃ができないのではないかと思うのですが……いかがでしょうか?」
 見れば確かに、飛んでくる氷柱の方はほぼ上から下で、生み出す位置より上を取ればその攻撃は受けないように思われる。メイルーンは近距離での攻撃手段に乏しく、一旦真上を取ってしまえば絶対的に有利な展開に持ち込める……はずであった。
「……ですが、あそこまでどう行くのですか?」
 秋月 桃花(あきづき・とうか)が、天井近くまで積み上がった氷柱の上にあるメイルーンの『頭』らしきものを指して呟く。マギノビオンの作戦を実行に移そうとするなら、その位置まで行かなければならないが、まず高い。それに、確かに下方、それも前方にしか攻撃が出来ないのだが、幅が洞穴の幅と同じだけある。回り込まれる可能性が限りなく低いからこそ、メイルーンは前方にしか攻撃する必要がないのだとも言えた。
「やはり箒で上がって、でしょうか。桃花さんは光の翼で上がってもらって」
 十束 千種(とくさ・ちぐさ)がマギノビオンの提案に乗り気な様子で桃花の問いに答える。しかし、見上げた天井から氷柱が落ちてくるのを見遣って、桃花が言葉を返す。
「天井からは氷柱が落ちてきます。頭上に出るには天井スレスレまで上がらないといけませんけど、そこから真っすぐは飛べないのではないでしょうか。あの位置が下がれば出来るんでしょうけど……」
「う〜ん、つまり、頭上からの攻撃を可能にするには、あの龍の高さをどうにかしないといけないってことかな?」
 郁乃が呟いた矢先、大きな爆発が響き、メイルーンの高さが少しだけ減じた。生徒たちが氷柱を崩したことで起きた現象であった。
「どうやら他も、その方針のようですね。どうしますか主? 頭上に出る機を図り、それまでは援護に徹する、なんていいんじゃないかとあたしは思います」
 強烈な一撃を確実に見舞うためにも、準備は必要である。今はその準備段階だとマギノビオンは言いたいようである。
「うん、分かった、それで行こう! みんな、頑張ろうね!」
 郁乃の指示で、それぞれが行動を開始する。
 援護に徹しながら、頭部への強烈な一撃を見舞うため、郁乃たちは機会を伺う――。

「あ、あれが氷龍……なんて大きいんでしょう。ですが、ここまで来た以上、負けるわけには行きません! クルードさん、行きましょう!」
「……待て、ユニ、どうしてここに……!」
 メイルーンに立ち向かおうとしていた矢先に現れたユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)の存在にクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)がその冷静な態度を崩していると、そこへ天井から氷柱が落ちてくる。超感覚的に危険を悟ったクルードが、咄嗟にユニを抱きかかえて回避を図る。氷柱が地面で砕け散り無数の欠片が飛び散るが、クルードもユニも無事だった。
「あ、ありがとうございます、クルードさんっ」
 地面に降ろされたユニの顔は、真紅に染まっていた。
「ユニさんっ、大丈夫ですか!?」
 氷塊の中をアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)が苦もなく駆けて合流を果たし、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)が途中滑りそうになりつつもなんとか合流する。
「ごめんなさいっ、ボクがユニさんに連絡してたんだけど、まさか本当に来ちゃうなんて思わなくて……」
 繭螺の言葉に、ユニが何か言いたそうに口を挟み掛け、しかし留まる。クルードがアシャンテと行動していることが気になるとは、言えなかった。
「……そうか」
 それだけ呟き、クルードが懐から【四角い水色の直方体】を取り出し、生じた光をユニと繭螺へ向ける。光は淡い水色を放ちながら二人の全身を靄のように包む。
「クルードさん?」
「……行くぞ」
「……ああ」
 言葉少なにアシャンテと頷き合い、クルードが飛び出していく。
「う〜ん、こういうのがさり気なく出来る人って、カッコいいよね〜。ユニさんが気にしちゃうのも分かるな〜」
「そ、そんなんじゃないです!」
 うんうん、と頷く繭螺に、ユニが反論する。確かにユニがここまで追ってきたのも、クルードとアシャンテが一緒に行動することが多いのを受けてのことであるし、気にしてないといえばそれは嘘である。
(クルードさんとアシャンテさんは、そんなんじゃないってのは分かってます……だけど、納得は出来ません!)
 だから、可能な限りどこまでも付いて行こう。クルードさんの足手まといにならないように、自分を鍛えながらどこまでも付いて行こう。
 メイルーンから無数の氷柱が放たれる。その殆どはクルードとアシャンテの攻撃、生徒たちの攻撃で破壊されるものの、一部がユニと繭螺へ飛び荒ぶ。
「……蒼天の煌きよ!」
 蒼い炎を浮かばせたユニが、繭螺との前に壁を作り、氷柱を防ぐ。いくつかは地面に突き刺さり生徒たちに被害をもたらすが、二人は無傷だった。
「ユニさん、ありがとう! よーし、寒いのはもうコリゴリだし、ここまで来たら一緒にがんばろう、ユニさんっ!」
「はいっ!」
 ユニの蒼い炎と、繭螺の紅い炎が滾る。そして前方では、クルードとアシャンテがそれぞれの剣技を披露し、飛んでくるまたは落ちてくる氷柱を避け、生徒たちへの障害と同時に砲台と化している氷柱に狙いを定める。彼らとて体力は無尽蔵ではない、ほぼ無限に発射される氷柱の相手をしていては、いずれ体力が尽きる。その前に氷柱を生み出す氷柱が破壊されれば、自然と投射量は落ち、メイルーン本体を相手にする時も余裕が生まれる。非常に理に叶った戦法であった。
「……ふっ!」
 すれ違いざま、クルードの二刀が振り抜かれ、氷柱にヒビを入れる。そこへアシャンテの射撃が襲い、氷柱が周りの冷気で自己回復する隙を与えない。寒さによる運動量の低下は、タイミングよく放たれるユニと繭螺の炎弾が炸裂する際にもたらす熱エネルギーが防いでくれる。ならばとばかりにメイルーンが冷気放射を行おうとするタイミングで、アシャンテの取り出した【四角い水色の直方体】から放たれる光線が、メイルーンの冷気放射を妨害する。
 クルードとアシャンテ、ユニと繭螺のコンビネーションの前には、何者をも存在を許されない。まさに『必死』であった。
「これで……決める!」
「寒いのにも飽きた……まずはお前から眠ってもらおうか……」
 クルードの二刀が、アシャンテの一刀が、それぞれ炎を噴き上げる。二人にそれ以上の言葉はいらない、目的は一致しているから。
 振り抜かれた刀から爆炎が生じ、二重の炎に包まれた氷柱が大きくその身を崩し、炎が消えると同時にそれは無数の欠片となって地面に消えていった。