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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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 街に迫る冷気と戦う者たちは、その予測が取りづらい侵攻と、飛び荒ぶ氷柱の数に苦戦を強いられ、全体として一進一退の攻防を繰り広げていた。
 個々に見れば、優勢に立っている場所もあれば、劣勢に陥っている場所もあった。いかに全体指揮を担当する者がいたとしても、それなりの幅を有する森の全てを見通すのは、至難のことであった。

 壁が凍り付き、まるで水が染み入るように、冷気が壁を超えてイナテミス内部へ侵入を果たす。場所は正門からも右の側門からも最も離れた場所。二つの門から迎撃に向かった生徒たちが展開する、ちょうど間の部分を食い入られた形で、冷気はイナテミスを侵食していく。
 散々侵攻の妨害を受けてきた鬱憤を晴らすがごとく侵攻を続ける冷気だが、そこに立ちはだかる複数の影の攻撃を受けて、足を止められる。
「確信はありませんでしたが、すぐに見つけ出せるとは、やはり夜だからでしょうか。ここで止めるためにも、始めましょうか」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)の構えた銃が火を噴き、構わず侵攻を続けようとした冷気を押し戻す。ここより奥で避難誘導をしていたところ、住人の一部から「壁が凍り付いている」という連絡を受けて、見回りを兼ねて向かった先でこうして冷気に出くわしたのであった。
「洞穴に向かった奴ら次第とはいえ、これを抑え込まなきゃやばいな。時間稼ぎすら不可能になる」
 冷気が集まり、それは氷柱の形を取って襲い掛かる。それを刀を抜いたレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が切り伏せ、砕かれた氷柱が無数の欠片となって地面に消えていった。
「そちらへ向かった方……無事だといいのですが。……こちらも、街の方が無事でいられるよう、ここで……!」
 柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)の生み出した炎の風が、冷気の侵攻を阻み、振り払おうとした氷柱も溶かしていく。ここでも一進一退の攻防が続いていたが、ふと、冷気の飛ばす氷柱が途絶え、冷気自体の侵攻も緩慢になったのが、翡翠の目に映った。
「翡翠、見えるか? 向こうは元通りになっている。どうやら元を絶たれたってところだな」
 レイスが示した先、冷気が侵攻してきた場所は、今は普通の状態に戻っていた。
「なるほど、外の方が止めてくださったのでしょう。では、これを倒して、終わりにしましょう」
 翡翠の銃と、美鈴の放った炎が、冷気を貫き、包み込む。それらで大半の仕事量を奪われた冷気は、レイスの斬撃を受けて存在を保てず、すうっ、と空間に消えていく。相対的に温かな風に髪をなびかせて、翡翠が銃を仕舞い、嵌めていた手袋を取る。
「次にここを訪れる時には、温かな風に出迎えられたいものですね」
「そうですね……出会えると思いますわ。皆さん、この街が好きですから」
 それから一行は、中心部に戻り街の人々に異変が起きていないかを見て回るため、その場を後にしていった。

「さっき兄ちゃんたちが、街の外の方へ向かっていったんだ。なんか壁がみるみる凍り付いて……ああ、もうこの街はおしまいなのか!?」
「大丈夫です。冷気は皆が到達を遅らせてくれています。たとえ入り込まれたとしても、直ぐに追い返してくれます」
 街の外側の方から避難してきた住人がうな垂れるのを、櫻井 馨(さくらい・かおる)が優しげな微笑みを浮かべて励ます。
「おとうさぁん……」
 その、彼に手を繋がれていた子供が、不安を感じ取ったのか表情が暗くなっていく。目尻に涙が浮かびかけたところで、すっ、と馨の手が子供の頭に添えられる。
「怖がらないで。何があったとしても、僕が守ってあげるよ」
 しばらくそっと、馨が子供の頭を撫でていると、今度は安心を感じ取ったのか、子供の顔が綻んでいく。
「……うん。お兄ちゃん、ありがとう」
「……そうだな。俺が不安がってたら、この子まで不安にさせちまう。済まなかった」
 頭を下げて、住人たちが公会堂への道を進んでいく。馨はそれを見送って、先程から随分と痛い視線を向けている綾崎 リン(あやざき・りん)へ振り返る。
「どうしましたか? そんなに怖い目をして」
「いえ、何でもありません」
 ぷい、とそっぽを向いてしまうリンが、ぽつり、と呟きを漏らす。
「……たまには私にも、そんな言葉をかけてもらいたいですね」
 そこへ、馨の手がリンの頭に伸び、柔らかな感触と温かな熱量を感じ取ったリンが即座に馨から離れる。
「な、なな、何をするのですかマスター」
 珍しく動揺した様子のリンに、馨は微笑みを崩さないまま答える。
「いえ、特に深い意味はありませんが、そうした方がよいかと思いましたので」
「……この非常事態に何を考えているのですか、マスターは。行きますよ、まだ私達の助けを必要としている方はたくさんいるのですから」
 背を向け歩き出すリン、背後に馨の気配を感じながら、頭に微かに残る温もりを確かめようと手を伸ばした矢先、二人の耳に爆音が聞こえてきた。

 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の放った炎の嵐が森を駆け抜け、一度はイナテミスの壁を乗り越えた冷気を押し戻していく。ここに来てようやく戦力の充実が図られ、劣勢に陥っていた箇所でも生徒たちが奮戦し、冷気を壁から離れたところまで押し返すことに成功していた。
「ちょうど運良く司馬先生も到着した。守りの人手は何とかなるであろう」
「アルツール君。確かワシは『荒廃した街を復興させるため、新ビジネスのヒントとなるような講演をお願いする』という用件でこの街に呼ばれたはずだが。今日のために100ページに及ぶ資料を作成してきたワシの努力は一体なんだったのだ……」
「用件そのものは本当です。ただ講演の前にもう一仕事お願いするだけのことで。街を先生が救ったと知れれば、講演もしやすくなるはずですよ」
「そういう問題じゃなかろう……」
「はっはっは、司馬先生。今回ばかりは運が無かったと諦めたほうがよろしい。そうら、もう目の前まで迫ってきていますぞ」
 騙されてとんでもない事態に巻き込まれたことを嘆く司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)と、そんな様子を笑うシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)の視界前方に、押し返した冷気が再び勢力を取り戻して向かってくる。
「……仕方あるまい。この者たちもまとめて、ワシの戦いというものを教えてやろう」
 仲達の掌から、冷気に対する抵抗の力が街を守る生徒たちへ施されていく。再び冷気に壁を突破されぬよう、生徒たちへ指示を飛ばしていく様は、かつて名軍師として名を馳せた頃の姿を彷彿とさせる。
「さてさて……。『竜殺し』があえて龍と戦わずに、この街を守るために残ったのだ。少しは歯ごたえのあるところを見せてくれよ」
 シグルズの言葉に応えてのことか、森の奥から氷柱が集中して飛来してくる。同時に押し寄せる冷気に対し、武器を構えたシグルズの全身から立ち上る闘気が、炎となって顕現する。
「おおおおおおおっ!!」
 身体中の筋肉を躍動させ、シグルズが武器を振り下ろす。小細工の一切ない、純然たる力による一撃から放たれた爆炎は、それら氷柱や冷気をまとめて包み込み、砕け散らせ押し返してしまう。僅かに破壊しそこねた小さな氷柱は、紙ドラゴンが吐いたブレスの熱量で砕け、地面に転がってやがて消えていく。
「よろしい。ではマスターよ、我を……開いてぇん」
「…………コンクリートとここの氷と、どちらが望みだ?」
「あっあっ、ゴメンナサイゴメンナサイ、少しからかってみたくなっただけなんです。ほら最近魔道書として使われるのがご無沙汰なんで。この前だってリングに沈められましたし――」
「……分かったから無駄口を叩くな」
 ソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)にため息をついて、アルツールが高まった魔力を行使して炎の嵐を顕現させる。
(お父さんは戦っているぞ。お前たちも、お前たちの戦いを精一杯するがよい)
 公会堂で別れを告げたミーミルのことを気にかけつつ、アルツールが術の生成に意識を振り分ける。やがて完成した術が巨大な炎を呼び、それは冷気を押し返す嵐となってアルツールの手を離れ、巻き起こっていった。