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嘆きの邂逅~闇組織編~(第4回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第4回/全6回)
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第7章 突然

 真っ白な壁。
 真っ白な天井。
 真っ白な床に囲まれた部屋で。
 早河綾は毎日を過ごしていた。
 数ヶ月前まで、彼女は暗闇の中にいた。
 彼女の世界に鮮やかな色がついていたのは、もっと前。
 随分前のことだ。
「飲み物飲む? 自分で飲めなかったら飲ましてあげるからね」
 姫野 香苗(ひめの・かなえ)は自分で用意したナース服を着て訪れて、綾の世話をしてあげていた。
 元気ないなーと思いながら、それでも根気よく、明るい笑顔を向けながら話しかけていく。
 難しい話や、彼女が辛くなる話は一切せずに。
 だって、綾はすごく可愛い。
 黙って何も言わずに、一点を見つめている彼女は、きれいな人形そのもので、香苗はうっとりと見入ってしまう。
「お手洗いとか、お風呂とかも香苗、付き合うからね」
 そう言うと香苗はタオルを水に浸して、絞りだす。
「体、拭いてあげるよ。大丈夫、やましい気持ちなんて全然ないからっ、女同士だもん、女同士だもん、しかも香苗、今ナースだし、素敵なお姉さまだからって、患者さんに色々しちゃおうなんてそんなこと思ってないもん」
 勿論嘘だ。手は既に綾の服のボタンにかけている。
「か、香苗ちゃん、香苗ちゃん。ちょっと待って、男の人も病室にいるから!」
 慌てて止めたのは校長の桜井 静香(さくらい・しずか)だ。
「はうーっ」
 部屋の中に男性は見当たらないのだが……静香を初めとした男の娘は実は何人かいるのだ。
「それじゃ、あとでね」
 香苗は名残惜しそうに綾を見る。
「ありがとう、ございます」
 綾は素直に礼を言う。
 香苗はちょっと申し訳ない気持ちに――なりはせず、その綾の憂いを含んだ表情にまた胸をきゅんとさせるのだった。
 カタンと、小さな音が響いた。
 綾はそっと顔を上げて、いつも見舞いに来てくれる少女の姿を目にした。
「屋上、行けますか〜。皆、待っていますぅ……」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はそう綾に言う。
 いつもより、元気がない。
 綾もそれに気付いたのか、ただ、俯いた。
「ごめんなさい、綾さんの苦しい気持ちが、伝わってきてしまってるだけなんですぅ」
 そう言って、メイベルは車椅子を用意する。
「それじゃ、そろそろ行こうか。準備できてると思うから」
 静香は微笑みを浮かべて、手を差し出した。
 綾は頷きはしない。でも、行きたくないとも言わない。
 看護師の手伝いも得て、彼女は車椅子に乗って、百合園生達と屋上へ向っていく。

 メイベルは羽織物を手にとって、皆の後に続こうとする。
「まって」
 優しい声が響いて、メイベルの腕が掴まれた。
 パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)だった。
「……お茶請け、持っていこうか!」
 セシリアはにっこり笑みを浮かべる。
「はい。あ、花瓶も持っていきますぅ」
 メイベルは、先ほど飾った花――薔薇を活けた花瓶を持って微笑みを浮かべた。
 だけれどその微笑みはやはり少し辛そうで……。
「思いつめないで下さい」
 病室のドアの前に立って見守っていたフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、メイベルに声をかけた。
「あの事件の原因の一端は、わたくし達にもあるのですから。1人で背負い込む必要はありませんわ」
「……はい」
 メイベルは小さな声で返事をする。
「綾様のことも、色々と思うことのある方も多いでしょう。認めてあげたい人も、否定する人も。……自分はどうしてあげたいのか、まずはそれを考えて下さい」
 フィリッパの言葉に、メイベルはこくりと頷いた。
 花瓶の他に、メイベルは手紙を一通持っている。
 綾に書いたものだ。
 渡すか、渡さないか――それとも、自らの口で言うか、まだ、迷っていた。
「嘆きの騎士ファビオのパートナーが狙撃されて、看護士が怪我した事件もあったし、狙撃とか気をつけないとね!」
 セシリアが武具を確かめる。
 その事件には裏があったのだが、セシリアは知らないのだ。

〇     〇     〇


 社会科見学に向った百合園生と協力者がヴァイシャリーを出た頃。
 早河綾が入院している病院の屋上庭園では、見舞いに訪れた百合園生達がお茶会の準備を進めていた。
 テーブルには、淡い花柄のテーブルクロスを敷いて、皿やグラスを並べて。
 季節のお花を飾って、それから持ち寄ったお菓子や、お茶を淹れていく。
「ミルミん家の料理長が作ってくれた特製ティラミスだよっ」
 白百合団団長、桜谷鈴子のパートナーミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)は、研究所ではなく病院の方に訪れていた。
 側には彼女の家の執事、ラザン・ハルザナクの姿もある。
「ミルミがこっちに来たのは邪魔だからじゃないんだからねっ。鈴子ちゃん達、携帯電話の繋がらない場所も通るから、連絡係としてミルミはこっちで皆の状況を報告するためにいるんだよっ。ライナちゃんより大人だから、ちゃんと報告できるしね!」
 聞かれてもいないのに、ミルミは皆にそう説明をしていた。
「ミルミんおねーさま〜」
 小さな女の子がパタパタと近づき、ミルミにぎゅっと抱きついた。樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)だ。
「ミルミん女王様っ!」
 そして2人を纏めて、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)がぎゅむーっと抱きしめる。
「ふふっ、ミルミ女王じゃないよ、でもお姫様とかなってみたいよね」
 笑顔を浮かべるミルミをアルコリアがなでなでする。
「皆、お茶会の準備してるのね。それじゃ行きましょう」
 アルコリアは眞綾を解放し、ミルミの手を引いた。
「皆さん、ミルミちゃん借りてきますね」
「ん? じゃ、皆準備お願いね。鈴子ちゃんから連絡あったら、校長にお電話するね!」
 アルコリアがいつもよりちょっと真剣な表情だったこともあり、ミルミは彼女についていくことにした。
「いってらっしゃぁい!」
 眞綾は手を振って見送る。
「アルママのだいじなおはなし、なにかなぁ〜。あたしはじゅんびじゅんび〜」
 そして、ブレンドティーの用意をしていく。
 眞綾は、リーブラ・クロース、リーブラ・ランジェリー、リーブラ・ヘッドドレスを身につけ、可愛らしいミニティセラになっていた。パッフェル人形も持ってきている。
 勿論淹れるお茶はティセラブレンドティーだ。

「何があってもミルミを守れとの事だけど……」
 アルコリアのパートナーシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は、ミルミと皆から離れていくアルコリア、茶を淹れる眞綾を見ながらため息を一つ、つく。
「特に狙われていないミルミより、全体だよな。彼女だけではなく皆を守ってみせる」
 言いながら、目を向けた先には、冷徹な目で周囲を見回しているナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)の姿がある。
(……しかし、ナコトを連れて来るとは。本気だということなんだろうが……なんというか、な)
「イエス、マイロード・アルコリア様」
 言いながら、ナコトは離れていくアルコリア……その隣のミルミを嫉妬の込められた目で見る。
 しかし直ぐにセルフモニタリングで精神状態を安定させると、任務に動くことにする。
「病院近辺の警備に回りますわよ。シーマは院内を」
「了解」
 入手しておいた地図を手に、ナコトは病院周辺へ。シーマは院内の巡回に向うことにした。

「あっ、メール」
 アルコリアと歩いていたミルミの携帯にメールが届き、明るい音楽が流れた。
「鈴子さん?」
「ううん、バレンタインの時にできたお友達から」
 ミルミはメールを確認して、ほっとしたような顔を見せる。
 だけど携帯電話をしまった後は、表情を軽く曇らせる。
「連絡係だって、大事な仕事だけどね……」
 そう呟くミルミの気持ちが、アルコリアにはなんとなく分かった。
 必要とされたいんだろな、と。
 それは、自分と同じだと。
「私を、貴女が見ている世界まで連れて行って」
 そう言って、アルコリアは地獄の天使で、骨と赤い影の皮膜の翼を生やした。
「うわ……っ」
 ミルミは驚きの表情を見せる。
「ミルミちゃんが見ている空を見たいから、私も翼を手に入れたの。貴女みたいに綺麗な姿で無いけど、それでも一緒に居たいから」
 言って、手を伸ばすと、ミルミはこくりと頷いてアルコリアの手をとって、共に空へ浮かび上がった。
 上へ上へと飛んで。
 大声を上げても皆に声が届かないくらいの上空で2人はストップして、翼を羽ばたかせながら微笑み合った。
「んーと、先ずは……遅くなったけどお誕生日おめでとう」
 アルコリアは服の中かあら、鈴蘭のブローチを取り出して、ミルミの胸につけてあげた。
「ありがと……今年は、色々あったから、誕生日パーティやってないんだっ。覚えててくれる人、あんまりいなかったし、嬉しい」
 ミルミは両手でぎゅっとブローチを包み込んだ。
 一緒に嬉しそうに笑い合った後、アルコリアは手を伸ばした。
 ミルミの首の後ろに手を当てて仰向かせて、抱きしめる。
「どうしたら、ミルミちゃんを一番大事にしてるって言える?」
 真っ直ぐに瞳を見つめて、静かに、だけれどはっきりと伝えていく。
「恋人になればいい? もう少し大きくなったら結婚しようって婚約を申し込めば?」
 口を少し開けて驚きに表情を見せているミルミに、言葉を続けていく。
「それとも、胸を引き裂いて心臓を差し出せばいい?」
 頬に頬を当てて、耳の側で「どれだっていいよ」と囁いて。
 また顔を上げて首をかしげてアルコリアはミルミの目を覗き込んだ。
「きっと一緒に居たいだけ、私が」
「心臓とか、怖いこと言わないで……っ」
 ミルミがぎゅっとアルコリアに抱きついて、胸に顔を埋めた。
「今日、今、この瞬間……ミルミはアルちゃんでいっぱいで、アルちゃんはミルミが一番。誰も誰も届かない場所で2人っきり。それは、本当のことだよ、ね?」
 最後は言い切ることが出来ず、疑問系だった。
「うん」
 返事をしてアルコリアもぎゅっと……愛しげにミルミを抱きしめた。
 彼女が自分の中の空っぽを埋めてくれる気がした。
「この瞬間が、長く長く続きますように……」
 ミルミは小さく小さく呟いて、そっと目を閉じた。